駅の時計

 2010-Z/16,  2014-5/4 (ver. a2a+)
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[ 寸 評 ] 

<"天下り" と "引抜き">        '09-X/23 (c3)
日本郵政社長の "天下り" 人事と評されている問題への私見です。
基本問題として、今後の事業目的などに相応しい人物なら、天下りだろうが民間からの引き抜きだろうが、日本にとって最も望ましいことではないのでしょうか。
そして結論は、日銀総裁の人事問題で再三にわたり反対した小澤氏が、「私の了見が間違っていました ごめんなさい」をして、かつ、国民の許しが得られるなら、それで万事丸く収まるのではないかと思います。

ところで、"天下り" というのは官側の系図に沿って川上から川下へ異動する人事の俗称で、"渡り" とはそこから更に横か斜めに異動する場合のこれも官側が手前味噌風に意図した系図に沿った異動を意味することは、誰でも承知していることです。さて、ここから先が私見です。

官の意図による "天下り" と、民が意図した "引抜き" (抜擢:ばってき、招聘:しょうへい)とは、背景の情勢も今後の思惑なども異なるのですが、それを承知の上なのか知らずに混同しているのか "天下り" と "引抜き" を同一視している方々が多いようです。

民間側が或る特定の人物を迎えたいと望んだ場合、その人物が官吏の現職か経歴があったら "天下り" なのでしょうか。 私はそうは思いません。 民が望んだ人物が、官が意図していた人物と図らずも一致した場合でもです。 それは民から民への "引抜き" や "呼寄せ" (抜擢:ばってき、招聘:しょうへい)の類いと同じことだと考えます。

かつて"天下り" 廃止論が出たとき、上流側の経歴を持つ人物が乞われて下流へ異動する場合は "下り" ではなく "引き" ではないか、現職でなくても過去に公務員の経歴を持つ人物が異動するすべての場合も "天下り" と呼ぶような、そんな単純なものではないと考えていました。

一方、「志しを持った公務員も少なくはない」とは、元官僚の岸 博幸氏も明言しています。省の立場を守り乍ら国家・国民の公益を目指している官吏も少なからず居る、ということです。
元大蔵事務次官の斎藤次郎氏があまり芳しくない働きをしたのは事実としても、今後は国益を指向しない人物と決めつけていいのでしょうか。就任後にもし思わしくなければ、やむを得ず社長交代して貰う方法もあるのではないでしょうか。
新しい事業方針の確定はこれから決まることとは云え、就任後の成行き予測もせず、「志」も確かめずに一方的に官吏経歴者を排除する風潮は感心できません。

日本郵政の社長人事などについては「民間からこの役職にはなり手が居ない」と断言する文化人や評論家が居ます。アンケートなどの方法で確定した根拠があってのことなのでしょうか。そうではないのなら、個人的な意見に過ぎないので「 - - 居ない筈」とでも言うべきでしょう。
5月末に「東京証券取引所会長の西室泰三氏に内諾を得た」との情報もありました。
引受け者がいないとの予想が広まっていたようですが、それなら"実績"などの条件を明示して広く公募してみてはどうでしょうか。
道理の話になりますが、手を尽くして日本国中を探せばどこかには居る筈なので、その中から所定の条件に適合する最適者を選任する方法も不可能ではなく、適任者が官吏だったかどうかにこだわる必要はないと考えます。

日銀総裁問題のときの候補者を小澤氏が反対したのは、"天下り" と同一視したからなのか、或いは日本郵政の社長へ自民党が西川氏を推した結果が同族会社で運営を牛耳り独善経営するようになった事態への不審があって、当時の自民党が推薦した人物は信頼できないとして自民推薦者の官吏を排除しようとしたのか、理由は不明ですが今回の官吏経歴者を是認したのは不可解です。
かつて駄目といった方向を今度は良しとする豹変を頬かぶりしたままでは、民主党自体への不信感がやがて思わしくない結果を生まないか、憂慮されます。

 。。。。。。。。。。。。。。

<自民党への感想>
        '09-X/04.(a)


o 今回の総選挙では民主に比べ当選者数が僅かの差で少数だったのではなく、3:1もの比で負けたことへの自覚が無いように見えます。
選挙は伯仲程度の接戦が予想されていました。結果は自民が全当選者の4分の1得票となりましたが、大差でもなく圧倒的な差だったわけで、完敗というよりも壊滅ではなかったのでしょうか。この壊滅にも近い自覚の意識が見られず "大差" と同一の程度にしか認識していないように見えるのが問題だと思うのです。
有るべき野党の心構えを持ち、古風流の長老議員が指図する党内思想をかなぐり捨てる必要を感じますので、もっと気を引き締めて頑張って貰わないと困ります。

o 目下の与野党を通して国民新党やみんなの党も頼もしい存在と読め、注目しています。
国民新党は、庶民の立場を率直に代弁しているように見え、有難い存在と思います。
みんなの党は、総合施策は無理ながらも得意分野では民主党に協力すれば難局を乗り越えていく底力と推進力になりそうで、頼もしい存在に見えます。
民社党は、土井たか子氏の時代に拉致問題で不穏当な行為があったのが、不人気の大きな要素の一つになって今も尾を引いているように思います。
自民党は、森喜朗氏のように自党の繁栄に専念し議事堂の中の党の存続を図ることの腐心に終始して、議事堂の外の日本の国土・国民への奉仕を心底では志向しない政治家が采配を振う風潮があるかぎり、今迄はそれで通用していたとしても今後の自民党には将来はないと感じます。 一方、中曽根康弘氏のような達成した人物が御意見番として存在しているならば、自民党はどうにか大丈夫と感じます。
与野党の相互が良き対抗馬・反省材料として観察し合いながら、国民のために行う政治を目指し刷新の気合いで頑張って欲しいと思います。

 。。。。。。。。。。。。。。

  招致失敗を探る石原氏への都民側情報

<オリンピック招致の反省>     '09-X/04 (b1)

次々回の'16年夏季-五輪大会が、まだ一度も開催されていなかったブラジル国のリオに決まったことをお祝い申し上げます。

o 開催地の招聘では、開催が無かった国へ「ゆずる」気持、弱者をいたわり譲り合う日本の美徳を欠いた招致作戦・態度はあまり感心できませんでした。
自分の国や自分さえ勝てば良しとする現代風の誤った思想は、日本人としていささか反省すべきと思います。
どの国・国民も共に助け合っていく世界的な視野が必要な時代に入っています。

o IOC調査による開催国民支持者が56%の値には疑問もありますが、正しかったとしても強く望んで推進したのは石原氏側近のごく一部の人とスポーツ関係者だけの筈です。国民は「明日の仕事も無いような状態の不況のさなかとその生活・社会体系が変るかどうかなどの期待や不安で、オリンピック開催地の予定どころではない」思いで一杯の人が大多数でした。招致の時期が悪かったと思います。
賛成56%の殆どの人々は「開催されるならそれも良いことで嬉しい」といった程度で、強い熱気ではなかった筈です。
開催地の選考は[国民の熱意]も審査対象になっていると聞きます。 石原氏のKY能力不足と、招致再考への貴重な忠言を排除してしまう態度にも問題があります。

o 東京開催を決めたのは改選前の都議員のときです。社会情勢が変わった今は都民の意思を都議会でも再確認すべきでした。
経費約150億円のうちで都税による100億円前後額の一部 44%(賛成56%以外の分) は、石原氏の自費で都民へ返すのが筋道という意見もあります。

o 「招致に失敗したら責任をとらねばならないだろう」と述べた石原都知事は「武士の二言」を実践するのか態度不明です。「何かの形で都民へ弁済」と漏らしてはいるようですが、もし責任逃れするようであれば日本の美徳を汚す卑怯な行為でもあり、都営銀行の失態と併せて石原都政への[信用ならない実績]を積むことになるのは避けられないでしょう。


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番外編 Part 1.

[番外記事 #6 ]   
'09-9/1 (b1)

攻撃で損をした自民党

(前略)
つまり、税負担は少し重くなるが、子供が巣立った将来には、人口増による生産力の向上、個人活動の必要資材(通信・交通移動の消費素材、物品の送受、什器備品)の流通などによる社会的活力の向上、育成費の何十倍にもなる見込みの納税増の面でも 社会に貢献しみんなが豊かになる実りが出る方向の、民主党政策の一つの紹介 - - -
(以下略。 全文は下段に掲示)

。。。。。。。。。。。。。。

[番外記事 #1 ]   2009-1/14 G
渡辺喜美 元行革相の主張に
     声援を送ります


渡辺氏たちの今後の手腕に期待しています。
渡辺氏行動の "真意" に同感です。
民放調査結果も行動支持58%でした。


o 7項目の提言は、直接は「検討」の要求であり提言の素案どおりにして欲しいとは言っていない筈。党側で少なくとも検討だけはされるべきだった。 検討された結果「却下」されたのであれば話は分かる。

o 渡辺氏は提言内容を「民意による」と主張している。民意かどうかを確かめもせず却下した麻生総理は、多数かもしれない国民の意向を無視したことになり、国民の代理役として政治に従事している役割りを果たしていない。

o 7割とも8割とも言われる国民が反対している給付金などの施策に「賛成者も居る」と称して強行するような政治の体質を民主的な体制に改めたいとする渡辺氏に対し、善良な忠告を封じ懲罰する自民党の方向には、承服できない。

o 定額給付金は、配布するだけで経費80億円の税費も問題。
定額給付を要求した公明党は、望みを叶えた代りに多数の国民を敵にまわす結果になった、とも言える。

o 渡辺氏に対する自民党の懲罰や、12月26日の党各地区幹部全国会議でも渡辺氏への懲罰を重くすべきとの多勢見解一致は不可解。

渡辺氏は定額給付金の撤廃・官吏の渡り禁則など国民の目線で当然のことを主張しただけで罪悪な行為に相当しないが、社会制度の類ではなく党議に不賛成との理由で懲罰となった。民意を遂行すべき政治の本筋よりも、自民党の規律と利益が優先すると読める。
自民党の全国会議でも、様々な意見が出るのが当然なのに大多数が懲罰強化見解で一致というのも不自然で、誰かが煽動したとも読める。 

◆しかし渡辺氏の 提言7項目 には疑問もあり全面賛同はできない。
時間を置いても、渡辺氏から十分な説明や修正文言が出るのを待ちたい。

@「危機管理内閣」の発足は解せない。"危機"とは被害・障害の事態で、襲撃・災害対策に問題はない筈。 "緊急"又は "臨時"のことか{後日 "経済,財政危機"の意(TV "サンデー・プロ." 中の対談)と判り納得}。

o「政府紙幣」の不用意な発行は危険。国債や転換国債のような形の有価証券を減らさず多額の紙幣を発行したら先読み心理も働く経済情勢がどうなるか、仮定でなく学者・識者と打合わせた上での提言なのか不審。

o「社会保障口座」の構想は素晴らしいが、条件の自由組合わせだと事務が輻湊煩雑して今の社保庁系は能力不足のため実現不能ではないのか。民間委託なら実現しそうだが、総じて何も問題点が生じる危惧はないのか不安も覚える。

============

情勢・解説・討論など 主なTV番組

(月曜ー金曜 毎日)
◆フジ プライムニュース/BSフジ
20:00-22:00 司会:反町 理 ほか


(日曜日)

◆サンデー モーニング/T B S
8:00-9:54 司会:関口 宏

◆日曜討論 /N H K - TV1
9:00-10:00     

============


  番外編 Part 2.

[番外記事 #6 ]   
'09-9/1 (b1)

攻撃で損をした自民党

新聞に度々掲載された突出し部広告
その裏に潜む重大な問題があります
忘れないうち書いておきたい例です

◆総選挙の告示後、自民党から次の要旨の意見広告が出ました。

「民主党は、こども手当てを支給。
 代りに一部の税の免除(扶養控除など)は廃止。 これでは増税と同じことになる。」


つまり、税負担は少し重くなるが、子供が巣立った将来には、人口増による生産力の向上、個人活動の必要資材(通信・交通移動の消費素材、物品の送受、什器備品)の流通などによる社会的活力の向上、育成費の何十倍にもなる見込みの納税増の面でも 社会に貢献しみんなが豊かになる実りが出る方向の、民主党政策の一つの紹介です。
民主党に投票した全員が賛同した政策ではないでしょうが、今は苦しくても将来を見据えたこの政策を了承した人は多かったと思います。
結果としては民主党の圧勝が出現しました。

長期的に見て国民のために役立つ政策ですが、自民党はそこまで考えたのでしょうか。対立する民主党へ塩を送ったように見えてしまいました。
恐らく、自民党の広告は民主党を不利にする目的で提示したと想像されます。つまり、国民の便益ではなく自民党の利益を狙ったことだったのではないでしょうか。

反面の極端なおとぎ話になりますが、もし子どもが殆ど増えず将来お年寄りばかりの社会になったら、国内に税を納める純粋な日本人は殆ど居なくなって、次のような方向になりかねません。 
国民の全員は、福祉が日本よりも少しでもましな海外諸国へそれぞれ移住してしまい、国内には出稼ぎの外人と国会議員だけになって、文句を言う人は外人労働者ぐらいの状態になるかもしれません。 そこで、自民党は党利党略も思いのままで、常に念願達成が果せるという方向になります。

この広告文の出典は、麻生氏の考案か或いはいつも国民よりも党利を最優先している森氏あたりの発想ではないかと想像されます。 党内全体に、国民よりも党利を優先する体質がこびりついていて、何の政策でも常に党の立場優先で考えてしまう癖は、なかなか抜けないように思えます。
国民側は、用心して見張っていく必要がありそうです。

◆同じころ、自民党の次のような意見広告も出ました。

「CO2 排出量を25%へ減らす目標は、 国民の負担が重くなる」


例えば、住宅は太陽光発電を実行し、しかもエコカー以外は使わないことにするなど、総合的な対策をしないと目標達成ができない、そのためには1家庭当り36万円の出費になります、という説明です。

25%の目標値は、日本の国情をよく精査せず国際会議のとき出席者が独断で言明してしまったと記憶しています。とは言え、日本としては守らないとまずい立場の状況にはなってきました。地球環境からも望ましい方向なので、国内的にも悪事ということではありません。
たしかに当面は国民の負担は重くなりそうですが、将来の孫子の時代を考えれば、今ここで耐乏することもやむを得ないのではないでしょうか。決して間違った方向ではない筈です。
そういった点では、この広告に言う民主党の公約は、将来を見通した立派な政見で、自民党はそれを讃えて対立党へ花を送ったようにも見えました。
恐らく、負担増加に見える民主党の公約への国民の反発を狙ったのでしょうが、結果として民主の圧勝になり、自民党は損をして大敗に終りました。

問題なのは、目標達成へ一般家庭だけが負担するのではなく、企業の更なる努力も必要だと考えられることです。
"公害"の例で言うと、品物を作るときや使う場合に公害を(CO2も)出さないよう、企業は更に頑張ってほしいと言うことになります。
もし公害垂れっ放しの製造なら、ゆとりが無い小企業でも個人工場でもだれでも作れます。 真の技術というのは、公害を出さないでも物を作れる、或いは使える、ということではないでしょうか。先進的な技術を持っているなら、なおさらのことです。

今回のような中傷の広告に手間をかけるよりも、目標達成への問題点や技術的な手段の取り方、企業努力の援助策、技術の基礎的な研究の推進要求などを説明する広告の方が国にも庶民にも有益だったのではないでしょうか。
ネガティブキャンペンは難しいものだと思いました。浅はかで長期的な見通しに欠け視野も狭い広告にならないよう、この次は多面的な考慮を払うべきでしょう。

なお、この記事で「技術の基礎的な研究- -」などと掲示した翌日以後、産業界から技術的に実施困難などの抗議が出ましたが、対策開発費は販売価に上乗せすればよいだけのことで、さほど騒ぎ立てる問題ではないように思います。
"売値"が高くなっても、情勢に応じてそういった価格になるものなのだと思えばいいだけのことで、従来からしてきたことで はないでしょうか。 原油値段の高低に伴う電力料金・樹脂製品などの価格変動もその例でしょう。

しかし、便乗値上げなどの不正は許されない一方、開発費類すべてを原価に乗せるのも販促上や社会的影響もあり非現実的と思います。そこはお国に面倒を見て貰い、目標達成を目指す生産業者へ税の一部免除・開発人材の国家養成・各社共同研究開発への指導、などの助成で目標達成を推進する方法もあると思います。

 。。。。。。。。。。。。。。

[番外記事 #3 ] '09-5/24 a.

寺島実郎氏 提案の
 出入国時の寄付行為に大賛成

◆空路(海路)で出国・入国する都度、1人2,000円程度の医療対策への寄付をしてはとの多摩大学 寺島学長の発案に大賛成です。

5月24日のTV [サンデーモーニング] 番組での寺島氏提言を "また聞き" した程度なので不正確かもしれませんが、募金が公用・私用にかかわらず世界中で実行され慣習のように定着すれば、素晴しい効果が得られると思います。

当面は新型ウィルス対策で精一杯でしょうが、一段落したなら医薬品の供給や医療行為の助力のほか、外来ネズミ対策・蚊や昆虫の混入国対策・外来種植物の潜入対策などへの配慮もして欲しいところです。
寄付金が余るということはない筈で、途上国の診療所・病院の設置、疫病などの知識の啓蒙活動や予防対策も予定されるでしょう。 同時に、お金が集まるので病院建設地や斡旋などにからむ贈収賄が自然発生的に起きてくると予想され、不正監視活動も必要になるかもしれませんが、監視体制など不正防止対策は寄付金活用で解決できるのではないかと考えます。

この寄付策が実現されれば疫病類の拡散阻止と地域の衛生向上にも良い効果が出るのは必然ですから、我が身に跳ね返ってくる有益な防御でもあり [情けは人の為ならず] のことわざどおりが実現して自分も世界中の人も幸せな方向になるのではないでしょうか。

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*五輪の開催判断/庶民のぷれす
[オリンピック招致は自粛が適正]


*障害の警告/庶民のぷれす
[ 再生エネの誤称による弊害 ]


*エネ発電の解説/庶民ぷれす
[ 自然エネ発電の実像と問題点 ]


* 時の話題/庶民のぷれす

[ 社会保障と税・自然エネ発電 ]


*時事問題の成行き/五十嵐 正
[時の話題 今後の展望は?]


*療法の進歩/五十嵐 正Site
[療養器具の改善に期待したい]


*再エネ発電/五十嵐 正Site
[再生可能エネルギーの実体]


*民主[声明]/五十嵐 正Site
[ 前回の[言明]も査定しよう ]


*新税制 試案/五十嵐 正Site
[ 消費税の誤報と新税制提案 ]



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[B] 目 次 

当掲示は、中庸的で正しい解説を目指し、難しいことをやさしく表すよう努めています。
多様取材・一般者の平均的意向の抽出のほか若干数の見識者による監修を新聞社方式で
行っており、平均的意見の紹介はしますが個人的感想や独断・偏見は無いのが特長です。


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[B] 社会問題がやさしく分かる解説集 目次    
 2008-5.22 (v.a6b)

[監修了]  (再-編集 有) 
 (B25) 津波の潮流と原発設備の防潮対策 
 (B23) 社会保障と消費税・自然エネ発電 
 (B22) 沖縄の米軍基地問題] 打開への道筋
 (B21) 方針案の公表は進捗段階も明示必要
 (B20) 小澤一郎氏の活動資金と今後の課題
 (B19) スパコン先進策に国費が必要なわけ
 (B18) 子育てに[保育所]不足の問題が深刻
 (B17) 新政権の政治体制改善に期待したい
 (B16) スリ目撃で読めたチカン行為のえん罪
 (B13) 自民党 小泉純一郎氏は善人か悪人か
 (B12) 音の聴感と老人力との関係を読む  
 (B11) ウィンドウズは正統派のOSなのか
 (B10) 医療制度の奇妙な変更をこう読む 
 (B-9) 税金を上げても正しい政治を望みたい
 (B-8) 選挙投票で棄権すると損をするわけ
X (B-7) 主導者は予測手法と説得力量も必要
X (B-6) 応急手当で困る看板だけの救急病院
 (B-5) 前照灯の合図をこう統一したら  
 (B-4) 戦略と戦術を読み分ける基本と誤用
 (B-3) 世論調査のデータは信頼できるか 
 (B-2) 国家公務員の資格制度の是正が必要
 (B-1) 民主党 小澤一郎氏は善人か悪人か 


[監修中]  (監修・編集同時進行)
 
 

< > (kB29)
< > (kB28) Eメールの最低ネチケットルール

(kB27) 再生可能エネルギーの誤認問題    2012-Y.29 再編
(kB26) 自然エネルギー発電の実体と問題点  2012-Y.29 再編掲示
(kB24) 尖閣近海-地下資源・中国動向の概要 2012-9.28 加筆+修正
(kB25) 津波の潮流と原発設備の防潮対策   2011-8.15 編集

[編集予定中]  (下書き頁) 
 
 
 (B X) デジタルTVで視聴者だけ損の陰謀
 (B X) 落ち度が多くて困るクルマ設計思想
 (B X) 社会の不文律とネチケットと無礼御免
 (B X) 放送が聞こえない可搬ラジオを見直せ  
 (B X) 在来車種名が勝手な新分類名で混乱

________________________________


[社会問題がやさしく分かる解説集]は、時局の動きや風の流れを読む例話集です。
   
o 市民多数の中に一般的に存在すると判断できる感想や提言を掲載しています。
o 見識者たちが記事原文を審査し、客観的に妥当と思える内容を採用しました。
o 多数の市民の中に存在する少数意見や主張も、一般性があれば紹介しました。
o 偏見や独りよがりの意見、正当でなく過激すぎる意見などは除外しています。
o すべての掲載記事は、編集者の全員も同一の意見ということではありません。
 監修者・審査員は、記事の内容とは異なる見解を持っている場合があります。
o 古い記述の削除や、法令の関係などで記事を一時表示しないことがあります。
o 開設して日が浅く記事が僅かなので、様々な分野を一括して表示しています。
 いずれは分野別に頁を分けるなどの方法で、読み易い形にしていく予定です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

掲示の審査前に「この諸記事全体は多数の皆様が感じていることであり、誰でも分っていることを掲示しても意味がない」、「この記事で解説していることだけが正しいかのような、尊大な独善的主張にも受取れる」などの御意見・感想類も受けています。
当然と思ったり異論と感じたりのさまざまな読み方について、それぞれの立場の方々に考え判断して戴きたい願いを込めて掲示しています。
なお、実情の進展に応じ、記事中で古くなった部分は審査までに修正する予定です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

記事の一部分を遠慮がちに紹介報道しているようにも思える場合を見受けますが、もし少しでも役立つ事柄がありましたら遠慮なく御利用下さい。

文面は著作権が自動的に成立してしまいますが、当記事内容の紹介利用は当掲示の目的に合致している限り記事利用自由とし、流用・転用を容認しています。
当サイトに限り、記事内容御利用の際に出典名を明示されなくて構いません。 内容を多くの方々に知って頂き御参考に供することが、当掲示の目的です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

[記事中の記号]   記亊中の( )内記号の意味を次に示します。
    (:) ふりがな、俗語、外来語  ( * ) 注釈、主旨の意図
    (=) 意味、解釈        ( / ) 出典、根拠の詳細
    (X) 対語 (=反対語)      (無印) 補足説明、経過説明

 記述は、各年代の方に読み易くなるように配慮しています。 
          ( 社会と経済 )

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公式-提供情報 (読みを磨く例話集)  

[B] 社会問題がやさしく分かる解説集        部分更新 '16-5.12 (v.a4d)
 
=================================
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(B25)                 '11-3.19:掲示 '13-6.29: 修正(ver. a2t)
津波の潮流と原発設備の防潮対策

 
原発重大危機の原因となった津波対策を、機能面から考えてみました。
原子力発電に代る自然エネルギーのような低公害の発電へ順々と置換えていき、それまでの間はとりあえず原子力発電を続行するより仕方ないと考えている、中立的な立場で述べます。

一部の人が主張している "原発は即時廃止" のように急激な方向をとると、電力不足によって介護医療類の停止脅威・暗夜道路の危険性や鉄道本数の制限そして生産活動や経済力の低下など社会に弊害が起きます。
そこで、今まで活動中だった原発は取り敢えず続行しておき、自然エネルギー発電などの電力で代行可能になった原発を、順次廃止していくようにすべきではないかという考え方です。

                               避難用の照明塔付 波返し堤の例
[ずばり要点] 
 堤(^)照明付
o 津波高さは先頭の浪頭(なみがしら)ではなく後方の波高
o 対策の一つの津波高さは誤解を基に推察する対策は危険
o 防波堤だけでは防ぎきれない潮流被害も共に対策が必要
o 浸水対策には設備の設置場所・自然力利用・耐水機器も
o 海水冷却の際の海水含有成分の影響・障害差異の認識を
o 原発反対なら代りの電力確保の納得できる方法の提案を
o 原子炉が 過熱-溶融-水素爆発 の事故は定期訓練の不備
o 今回の原発事故は災害故障でなく対応不足の100%人災
o 原発事故が潮被災の元凶と解明すれば世界の対策へ参考
o[再生可能エネ] は自然系に実在しない嘘で公式名に不適

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・      (防潮堤/Google画像集)
 

[ 本 文 ]


津波と潮流の現象  

津波が4階建てビルの屋上を超えたという場合、そこが津波の高さと思いがちですが、そうとは限りません。
潮の量が多く流れが早い場合は、潮の先頭が建物などの壁に突き当ると先頭が壁を登り上がる現象が起きます。これは手近な水場で小物へ水を流してみても観察できます。
図1のように、そこの高さが津波の高さではなく潮流の到達地点・到達高さです。後方に続いて押寄せている潮の平坦な上面が津波本体の高さです。
潮+波返し堤-1 
     
高台の直下へ津波が襲来すると、潮の量が多く流れが早い場合は、潮が後から押寄せる流れに押されて盛土の斜面を流れ上がる現象になります。台地基部が斜面ではなく垂直の壁だと、潮の本流は真上へ吹き上がるだけで高台上まで登る現象は起きないので、潮流の影響はかなり違ってくるようです。
   
そのほか、今までに分かっている潮流の様相は次のとおりです。状況に応じた避難が必要になります。
   
o 堤防高さを超える分の潮流は、外洋と殆ど同じ速度で突入し、潮の流速圧が大きいと陸上の機器を破壊し押し流す。
o 津波は入江では潮が高くなる。津波の壁が入江で絞られ、後から来る潮流の勢力に押されて流れ込む現象と思われる。
o 遠浅の海岸で潮の高さが高くなり、流れが遅くなる。水深0 mの波打ち際では津波本体高さの3倍程度になるとの説がある。
 
防波堤の工夫     

津波や高波が防波堤の傾斜面をよじ登る現象を防ぐには、波返しの構造を設けると有効です。
図2は海側に波返しの突起部(オーバーハング)を設け、頂部は傾斜させた例です。
波返しが無い場合は、堤防高さをかなり高くしておかないと、潮の先頭が堤防の内側へ流れ込んできます。
   
(a)小津波が来た場合 

 堤よりも低い津波の波頭が堤の上部を乗り超えない効果があります。
 堤の突起部は、潮の圧力で破断しない厚さ・長さの最適設計が必要です。
   
(b)限界高さの津波 

 堤の高さとほぼ同じ高さの津波は防波堤の保護限界です。
もし波頭が堤防頂部へ達した場合は、陸側に海水がない初期状態では、潮が傾斜部で持ち上げられて内陸側へほぼ自然落下する作用が働き、潮の流速のエネルギーが殆ど消滅する効果が生じます(図cも参照)。
   
(c)大津波の場合 

 堤の高さを超える巨大な津波が襲来した場合は、残念ながら堤の内側で潮の流速がいくらか低減する程度の効果しか期待できません。

波返し防波堤の一例を図2bに紹介しておきます。

           図2b 波返し防波堤の例 
   (a) 全曲面の波返し堤     (b) 裾広の波返し堤(奥側の堤)   (c) 通行門と避難階段付 波返し堤
 堤(a)全曲面 堤(b)裾広 景 堤(c)階段 長
 <出典: (a) [防潮堤]/Google画像集  (b) [防潮堤]/Wikiペディア   (c) [防潮堤]/Google画像集 >

巨大な津波が襲来すると、堤の高さから上の部分の潮だけが内陸側へ突入するので、堤から入って来る海水の量は津波全体の潮の量に比べてずっと少なくなります (現実には、堤高さ以下の潮も後から押される圧力で若干量は堤を乗越えてきますから、堤防高さから上の潮の量よりも幾らかは多くなると思われます)。
   
堤の内側は津波の頭の方の潮だけなので量は少ないとは言っても、津波の規模によっては流速が津波本体の速さのままで堤の頭を乗越えますから、バケツの水を浴びせる状態で内陸側へ飛び込んでくると想像されます。
津波本体の水量と流速による破壊力は、堤防の内側では減少する傾向になるのが、防波堤の大きな効果の一つと考えられます。
   
そのほか、今までに分かっている防波堤と潮流の様相は次のとおりです。
  
o コンクリート製堤防は、強度が弱いと津波で決壊し、根入れが浅いと倒れて堤が寸断される傾向がある。
 コンクリートによる建造は、鉄筋の吟味と共に硬さ(スランプ値)の配慮が必要。
o 防波堤の内側が土面の場合、堤防を越えた潮の落下で土面を削り堤防が破壊することがある。防波堤の内側も舗装が必要。
o 防波堤の直前に設けた波消しブロック(テトラポッド類)に途切れ箇所があると、途切れ部分で津波が絞られて潮流の勢力が増し、堤防が壊れる傾向が出る。
 テトラポッドは魚礁に有益な反面で人の滑落死亡事故も多い。「波消し-ブロックは、堤防破損を考えると初めから置かない方が良策」との現地関係者意見もある。
  
重要機器の防潮対策   

福島第一原発の重大機器は、電気が切れて全ての安全装置が機能しないため、小さな障害から始まって大事故へと、安全化の自動機能が働かないまま次々と発展したのが元兇と考えられます。
元兇の根源は、津波潮流の流速圧と浸水によって非常用電源が壊れ動作不能になったことと、冷却系ポンプの不動と発電機動力源の燃料タンク流失などの障害も加わったのが原因と見られています。
   
なぜそうなったかは、設備の計画として確率論による津波襲来の規模想定とその規模の対策をしただけで、規模を上回る津波が起きる可能性に対して構えを怠ったと思われることが一つです。更に、原子炉に予想外の異常が生じた場合のマニュアルはあっても、消防訓練のように実践訓練を行っていなかったことが二つ目です。
   
また、予測を上回る障害発生の場合をタブー視する経営陣の方針があったと想像され、現実に、社内で危機を予想したり改善策を提言しただけで即刻左遷される事例が報道からも察知されました。
会社側が、設備機器の機能を活かして使う方向ではなく、安全化の性能を持つ設備の活用を封じてしまい、そのことが大きな損壊を招く事態などの予測を欠く、人為的な災害だったという印象があります。
   
地震による大きな障害は殆ど無かったようです。炉の加熱は自動的に停止して安全状態になり、重量物の発電機には回転軸が折れる事故も無く、タービンにも羽根が吹き飛ぶようなコルダーホール原発のような現象も起きませんでした。問題は地震ではなく、原子炉に対する津波の防潮対策の方にあったわけです。
   
原子炉の原理をよく知らずどこが危険で何が安全化されているかを知らない庶民が、原発は危ないと思うのは無理もないと思います。
しかしその考えは偏見ではないのでしょうか。すべて文明の機械装置類は大なり小なり危険な側面を持つものですが、社会から排除せず日常活用しています。

[ 女川原発 ]や[福島第二原発]も福島第一と同程度の津波を受けたのですが、重大危機には至らず、その後は安全に稼働を再開して今は健全のようです。
大事故の原因は報告書を待つことにし、ここでは津波の襲来から原発機器の障害発生までの間の事象と対策について、機能を中心として述べていきます。
        
防波堤とか防潮堤と呼ばれている堤は、船の出入りや港湾の都合などで開いている部分がありますので、堤が無い部分から入る津波が殆どそのままの勢力で陸側へ飛び込んでくると考えておいた方がいいと思います。 重要な機器類は、浸水のほか潮力による破壊への対策が必要になります。
                
防潮壁を重要な設備の屋外機器などの周囲に設けたり施設所の全体に巡らしても、改造工事や災害などで防潮壁の一部分が欠落した状態になる期間も予想され、そんなときに限って津波が襲来する事態もあり得ます。
   
そこで、非常用の電源・保守装備などの[重要機器]は、機器自体の防水性や潮流耐力・浸水対策を万全にしておくことが、堤を設けることよりも重要な対処とも言えます。
設備機器類を、分散設置した耐水・耐潮流の建屋の中に設けるか、一つの耐水建物の中へ全てを設置するのも、防潮対策としては優れた方法と思います。
      
注意すべきは、設置機器を盛土の上に設けても、津波の流速が速い場合は潮流が盛土の傾斜面をせり登る現象です。
一方、個々の重要機器の防潮対策は、一般論として次のような手段が考えられます。
                 (次の a-eは、フジ プライムニュースを参考)
(a)設置場所・防水の処置の例 
o 潮に流されない堅固な防水の建屋の中に、重要機器を設置しておく。
o 潮流の影響を受けない高い場所か高台に、重要機器を設置しておく。
o 予備機器を安全な場所に保管しておき、非常時に移動してきて使う。
   
(b)自然力を利用した対策の例 
o 高所の貯水タンクから流水を導いて消火する。
o 重要機器を床面の浮箱(船)の上に設置し、水没無用で使う。
 
(c)重要機器の耐水強化の例 
o 重要機器は外郭で防水にするか、水中ポンプのような耐水型を使う。

(d)設備・機器の予備機融通の例 
o 重要機器と互換性・共通性がある移動型などの予備機器を各社で共有するか中立機関などが所有し、融通し合って使う。

(e)重要機能の代行方法の例 
o 重要機器の機能と同じ結果が得られる別の方法を考えておき、非常時に切換えて動作させる。

       
原子力発電への不安憶測の解消   

今回の福島第二原発事故は、放射能が漏れる危険状態の最中です。炉心冷却が平常になって危険状態が収まるのは1年後か何年後か、そして電発の放射能もれが収束して安心できる段階までは何十年かとも言われているようです。
   
住み慣れた場所を離れ、放射能避難の最中に無くなった重病人や年寄りもあり、一方では原発の復旧計画が未定のため被災地域では生活設計の目処が立てられず、現実の損害のほかに機会損失が大き過ぎて困っている方々が大勢います。
   
原子炉は核爆弾のような爆発はしない筈です。なぜなら、一つは[制御棒]という放射線を吸収する素材が炉心に多数挿入されていて核反応(連鎖反応)を妨げるようにしてあり、制御棒を出し入れ調整して核反応を緩やかにしたり止めてしまう構造になっているからです。
   
もう一つは、核燃料の周囲に満たした水(沸騰水型の炉の場合は軽水=普通の純水)が、熱源用の核分裂を進めている [中性子線] の放射速度を鈍らせ、これも核反応を緩やかにする働きをします。水の層が厚ければ放射線が更に減速して核分裂の作用が減衰するので、結果的に水が放射線を遮蔽する効果もあります。
                
更に三番目に、放射能の材料が混合セラミック状の混ぜ物で、爆弾のようにウランとかプルトニウムの素材が純粋ではなく、量も少なく、緩やかな核反応をするのに適した混合材料のため、蒸気発生用の湯沸かしに向いた構造になっています。
        
 (参考)
: 炉心の素材 [ 燃料棒 ]/Wikiペディア

   
つまり、ゆるやかな反応しかできないので、チェルノブイリの核爆発でも建物が消えて無くなるようなことはなく、核爆弾のように瞬間的な核反応の全量大爆発は、起こそうとしても起きない筈です。
     
福島第一原発では構造が違うこともあり今後も核爆発は起きない筈ですが、冷却水位が下がった部分の核反応が活発化して高温になり、燃料容器の一部分部が溶け落ちる状態(メルトダウン)は生じたようです。
                
目下は緩やかな核反応も止まり、溶融箇所の部分的な核分裂と容器内に残った僅かな放射能とが漏れ出ている状態と思われます。炉心が "核爆発はしない"のは当然のことなので、ことさら不爆発の表明をしないのだと思います。
        
 (参考)
: 原子炉の解説[ 原子炉の基本構造 ]/電事連 広報部
     : 原発の概要-図解
[ 4.3 原子炉 ]/山賀 進
     : 原爆の原理
[ 原子炉と核爆弾の違い ]/テクノポリス
   

福島事故のすべての根源は、潮流による障害事故で冷却水が炉心部などへ回らなかったことだけ、ということがほぼ明らかになっています。そして全機能の自動化と安全化を行う装備が、停電のために動作しなかったことが大きな痛手でした。
         
福島原発の建設当初に、専門家・学者の何人かが夫々の立場から大津波の危険性を進言したとの談話を聞きます。また、津波の予測と対策を提言した回顧録を新聞や雑誌で幾つも見受けます。

電発建設側は、津波への対策を知らなかったのではなく、潮流対策に努力した様子もありません。知ってい乍ら怠けた所業は重い罪悪になります。
取り立てて言う程の津波対策を施さなかったので潮流によって水冷装置が損傷し、そのため炉心が高熱化して異常状態が次々に起きたのが目下の危機事態の原因と見られています。
   
使用中だった沸騰水型軽水炉は使用経験を積む実績があり、原発設備の全体に落度などは無く、致命的な欠陥は見当らないようです。
水冷が不能になる直前は、津波による大きな打撃もなく、安全は保たれていた筈です。 炉心の急停止による温度管理・処置などの再開準備をすれば、発電は再開できる状態だったと思われます。
   
今後は潮流の破壊力を加味した対策が施される筈で、そうなれば今回のような原子炉の危機を招くことはあり得ないと思われます。
ここでは原子炉の危険性と安全性などを説明していきますが、原子炉が安全な装置だとは考えていませんので誤解がないように願います。構造も知らずに危険だ安全だと言うのは不当なので、装置の "安全化" がどの程度のものなのかを理解しておけるよう、つとめて客観的に考えていきます。
          
福島第一に潮流対策が強化してあったとした場合のシミュレーション(現象の仮想再現)をしてみたらどでしょうか。 発電所としての設備は一部分に地震・津波の振動・衝撃による障害が起きたとしても修復できる程度で、潮流の障害が無ければ、福島第二原発の場合とほぼ同様に、全体としては今の現実に起きているような致命的な危機や障害などは発生しないことが明らかになると思います。
   
原子炉をめぐる安全装置は何箇所にもそして何重にも仕掛けてあり、原発は社会に支障が出るほど危険な装置ではありません。しかし乍ら、安全を確保する装置は少数個所が機械的な自動作用で働くほかは、殆どの機能が電気じかけで動作する構成なので、電源が生命線です。電源が断たれない限りは幾重にもしかけてある安全動作が働らき危険を避けられます。

原子炉を使う発電装置では安全を確保する機能を要所に多種多様備えているので、電源が平常通り通電していればさした障害も起らず運用ができます。世界各国でも古くから原子力発電を採用しています。
          
津波対策を怠らなければ非常電源が使え冷却ポンプも働いて、現時点の設計による原子力発電は、通常に使えば安全・安心で頼りにできる電力供給源と考えています。 ほかに大電力発電の有効な方式は今のところ存在せず、潮力・地熱発電では場所が限られ、風力や太陽光の発電では多数設けても僅かな電力量しか発電できないのが難点です。
   
福島の電発危機は、回避が [できなかった] のではなく回避 [しない] ようにしてあったことで、それは防潮対策が不可能だったのではなくしなかったのが原因、と読んでいます。この辺が一般者にとっては理解しにくく半信半疑かもしれませんが、原発は爆弾のような危険なものではありません。 原発が危険なのは、異常者が発電所へ侵入するか、超大型の飛行体・大型流星が炉心を直撃した場合だけ、と言われている程です。
   
原発の [本体] の主機能は大地震の直後も健全で、たった一つの水冷障害さえ無かったなら、地震後の発電所は再開調整期間の後に電力供給ができる状態だった筈です。
いずれ証明される大きな問題ですが、精密なデータが無く大雑把な状況判断だけの現時点でも、大筋では間違いない観察と言っていいでしょう。
   
原子力発電の機能構成と津波の破壊力による損傷   

原子力発電の場合、主機能は [ボイラー](室)と [発電機装置](室)です。それらを安全に動かす [制御・監制機能](室)を加えた3機能が主力です。
発電機装置は、蒸気タービンを設けておき、ボイラーで沸かした蒸気圧をタービンへ注ぎ、タービンが蒸気圧で回る力で発電機を回す構造になっています。
   
ボイラーの熱源に石炭や石油を使うのが [火力発電] で、ボイラー熱源に原子炉を使うのが[原子力発電] です。
なお、ボイラー無用で可燃ガスによりタービンエンジン(ジェット機エンジンと原理は同じ)を回し、その力で発電機を動かす [ガスタービン発電] も商用発電に採用されているようです。 石油系燃料によるレシプロエンジンで発電機を回す方式は、船舶用の大型発電機のほかは作業用の移動型など小規模な発電が主流のようです。

   
今回の巨大地震では、地震の振動・衝撃だけだったなら、ボイラーによる加熱が自動停止しても発電機の方は特に障害は無かったと思われ、準備を整えてから発電を再開できた筈です。福島第二原発や女川原発(東北電力)は、大過をやり過ごして無事に再開した現実の例です。
   
福島第一を整理すると、ボイラー・発電機装置・制御監視機能には重大な障害がなかったことがほぼ確実のようでしたので、これが重要点の一つです。
一方、潮流が起因で水冷機能と非常電源が同時に消滅したことが、今回の重大危機の根源と見られています。
   
電源が断たれたため、自動制御による安全化操作が不能になり、同時にあらゆる動力が使えなくなって冷却水の循環やボイラー系の調整など全ての自動・手動動作と状態監視ができない事態になってしまったようです。
その結果、今回の放射能危機が起り、発電量不足状況など様々な非常事態の根源となってしまいました。
   
水冷ポンプがなぜ動かなかったのかは、ポンプが潮流で破壊したためとの説もあります。 真相はいずれ公表されると思いますが、いま考えられる原因の要点は次のとおりです。 
  
(A)非常用発電機の障害 
 発電機をまわす動力エンジンの燃料タンクが潮に流されたとの説。
 発電機本体が潮流の影響で損傷し、発電能力が失われたとの説。
 発電機自体が津波の潮流によって流されてしまったとの説。

(B)冷却用ポンプの障害 
 電動ポンプが塩水浸水で短絡状態のため、動作不能だったとの説。
 ポンプが津波の潮流の影響で破損し、動作不能だったとの説。
 ポンプ自体が津波の潮流によって流されてしまったとの説。

   
原子炉の技術面・原発の経済性と今後の方向   

技術面から見た原子炉 

福島で使っている[沸騰型軽水炉]のほか、電力会社によって[加圧水型軽水炉]の採用もあり、[プルサーマル]という軽水炉に似た方式もあります。
どこが良くて選んだのかは、選んだ本人に聞いてみないと分りません。
   
夫々に一長一短があるようですが、どれも現実の運用に致命的な欠陥は無く、安定した現用をしているようです。
福島第一の軽水炉は、燃料中の水分障害や容器棒の腐食問題がありましたが、今は改善されて問題点は解決されているようです。
   
原子炉は危険をはらんだ装置というのは当たり前のことですが、それは中身の話で、分解して見たりしなければ安全に出来ているのは当然です。仮に危険だとしたら、操作する人はみんな逃げて居なくなってしまうでしょう。
   
原子炉の安全化(自動化した装備による保安機能)はほぼ完璧に近いと考えています。しかし危険性は僅かですが存在しているのは事実です。 炉心へ衝撃破壊を加えた場合は放射能飛散の危険性がありますが、そのような故意の行為が生じることは地震災害がやって来る機会に比べると無視できる程度でしょう。
      
5月27日のG8サミットで原発の安全強化が今後の目標になったようです。原発は決して安全な装置ではないと考えますが、それだけに安全化の対策は怠りが無い筈です。日本では現用の炉の型別に地震耐久性も加えて装置の安全化はほぼ完成されている筈で、これ以上どこを安全強化をするのでしょうか。残っている課題は、装置ではなく取扱う人間ということでしょうか。
   
運用方式は個々の原子炉の型別ごとに定着しているようです。装置の細部的な改良は必要でしょうが、異常や障害が発生した後の操作手順のほか、原子炉以外のタービンや発電機など、機械系の危機対策に問題があるということでしょうか。
とにかく原子炉装置の方の安全性は、ほぼ達成されているように思います。
       
原子力発電のしくみや技術を大雑把でも知っている人は、原発反対を唱えたり反対運動などしません。それは、原発は安全装置が危険から守ってくれることが分っていますし、原発の発電量は総量の3割で、それを全て止めたら単純計算で日に3割時間が停電になってしまい、自分の首を絞めるようなことは得にもならないことを承知しているからです。
   
原発に危険な可能性があることは紛れも無く確かなことです。それは「可能性」です。ですが、大多数の人は強固・穏便の差はあっても、できることならば全原発を止めてしまいたいと感じている筈です。しかし、止めると不足する電力の全量を、今すぐに補う方法がありません。
   
だいいち、原発の設備はそれほど危険ではありません。原子炉運転は危険阻止を全部押さえている筈で、暴走阻止が無い自動車よりも安全な筈です。"福島よりも津波が大きかった” とも "同じ程度だった" とも言われている[ 女川原発 ] や、[福島第二原発] では危機は起らず現在も稼働中です。
   
原発反対派の人は、将来対策のほかに何が反対理由なのかどこが危険なのか、肝心なところを説明できるのでしょうか。原子炉装置の異常阻止は、予測される全てが対策済みで安全化されている筈で、残っているのは操作する人間面の問題だけではないかと思います。
 
[第一原発] だけが大危機になった原因は、津波に対する対策が不備だったことです。不備だった理由は、対策の基本方針を担当者が決めたとは考え難く、上層部が決めた基準に従った筈で、その後も学者・専門家など何件かの危険指摘・是正提言をわざと無視してきた行為と思われます。その結果が人道的・社会的な大被害になりました。
   
"故意の過失なので殺人・障害未遂罪に類する罪だ" と言う意見もあります。"建設費を切り詰めた結果の惨事だが、賠償すればそれでよい" とする見方もあります。しかし目下は罪・責任よりも事故の真因究明・再発阻止が先決で、同時に原発存廃の決定も火急の問題点です。
    
原子炉停止による当面の節電を守っても限界があります。老人が多い状況では、救急設備や医療機器・介護器具類を止めると生命維持にも影響することになります。 節電は、産業、経済・内外情報、防衛ほか安全維持などを妨げ、社会機能・経済活動にも悪い影響が出ますので、本来ならあってはならないことです。
原発を止めてしまうのは、社会だけでなく反対運動派以外の大多数の人々にとっても甚だ迷惑なことになります。
     
太陽光と風力発電が有望との説がありますが、そんな程度の発電量では不足分を補えません。 全国の家庭に光発電を設置しても必要総量の7%にしかならないとの試算があります。原発を止めるなら、電力不足をどう解消するかの具体策を考えておかなければ、無責任な言いたい放題だけの暴徒に過ぎません。
   
風力発電を併用すればとの意見もあります。これも発電所1基の量に比べて微々たるものです。山・野の風通しが良い地点でしか有効に発電できませんし、発電塔が林立すると景観やふるさとの雰囲気など吹き飛んでしまう場合が多いでしょう。かなりの量が必要な電力を補うには足りない手段と思えます。
     
原発反対の活動派が自分の停電状態をどうするのかは自身の問題ですが、電力不足でその他大多数者の生活を阻害し社会が停滞する状態を考えてみたのでしょうか。理想は立派ですが、現実に起る事態を無視するのでは、テロ活動と同様に見えてしまいます。
     
電力不足を少しでも解消するため、原発反対派が出資し全所帯に太陽光発電を設けてくれる覚悟があって当然でしょう。それでも屋根の面積が狭くて所帯の必要電力量にならない場合が多数ありそうです。アパート類ではなおさらの状態です。
   
或る村長さんが言っていた「原発は仕方ないというのが実態」と述べていたように、それが圧倒的多数の民意です。
積極的な原発賛成派はごく一部の人、反対運動を起こすような人も僅かな人数に違いない筈ですが、諸国の世論調査などで反対者と賛成者が半々程度(ギャラップ調査=賛39%:反47%, 世論調査機関=賛49%:反43%)とのデータは、世論を正しく現していないと考えています。"どちらとも言えない" の集計枠が欠けているからです。
   
言い換えると、"どちらかと言えば賛成/反対"の意見が出ていないわけですが、その形で賛・否を分けた質問をするのも実は誤りと考えられます。回答者は内心では賛成と反対の意見が交々共存しているからで、"どちらかと-" の回答を、集計の際に積極的 賛・否の枠へ合計してしまう結果になる設問は、原発賛否の場合は正しくないのです。
   
原発の問題点は、原子炉が危険か・放射能の障害が起きるかの問題が根源なので、原発の実態をよく知らない人々に賛否を聞いてもあまり意味がなく、単なる感想の意識調査に過ぎません。強いて尋ねるとしても、この場合は結局は放射能への物理的な影響度ですから、答える人の社会的な立場には殆ど関係がありません。
   
その環境条件は、どの人もほぼ同じ状態であり、特に答える人の場所・地点が同じなら、別の人が回答してもその人の環境は同一なので "どちらかと言えば" の回答が賛・否のどちらであっても同枠内へ集計すべきと考えます。つまり、どちらかと言えばの賛/否意見は気分によってどちらかへ転ぶだけのことで、同一枠の回答とみなすのが妥当と考えられます。
    
なぜなら、社交関係や身分など立場によって賛・否の意見を持つ人は、通常は積極的な賛・否の枠へ回答する筈ですから "どちらかと言えば-" の中間的な回答枠へは上がってこない傾向になります。そのため、原発の場合の中間意識層は、地域・場所に応じて誰もが等しく受ける被害の "物理環境条件" だけの傾向になるのが、一般の世論調査と違う点です。
        
マスコミが "原発反対の国民意識" のように報道していますが、大多数が断固反対してはいない筈です。原子力発電は誰もが反対の気持を持っているのは確かでしょう。しかしやむを得ないと考えている人々が居るのも事実です。
純真な一般者を煽動するような報道はしてはならない事です。誤報としか思えませんが、正しい根拠があるなら示すべきです。
   
その止むを得ないと考える人々が集計されないようなアンケートは実態を現していないとしか思えないのです。これは偏見ではなく誤った考えでもない筈です。この真意がよく理解できない場合は、誤りか正しいか解るまでよく考えてみて下さい。
       
結局、原発のアンケートは 断固賛成・断固反対・その中間 の3設問が必要で、その他(わからない、等)の項目を加えた場合は4項目の調査でなければ、実情を正しく表せないと考えています。
    
菅総理が原発反対派の肩を持つような発言をしたり、原発の維持・推進に曖昧な態度を続けるとしたら日本の発展のためにならないでしょう。
国の技術を高め文化水準を保つには、原子力発電の手段に依るほかないのが実情です。
          
ここから先の小文は、冗長で長くなります。 原発反対運動の人以外は次の文節(青色の題名)までは読まずに飛ばして結構です。
以下は、社会の危険面でなぜ原発だけを全廃すべきと考えるのかの疑問や、原発機能の正しい理解をできるだけ解り易いよう噛み砕いた補足説明です。
        
"安全神話"という言葉を聞きます。福島第一原発で危機に及ぶ事故が発生したので、多くの人は原子力発電は安全ではないと考えているようです。しかし安全性に問題があるとの説は現在は当てはまらないと思えます。
   
昔は神頼みの面があったかも知れません。その後は技術が日進月歩で進み、今はほぼ満足すべき自動安全化が達成されています。
福島第二原発の方は、重大な危機など起らず今も稼働しています。女川・柏崎ほかの地震・津波災害を受けた原発の何箇所かも、大きな障害は無く運転中です。
   
原子炉には改良すべき機能は幾つもある筈です。しかし加熱炉の方式など機能の根幹を変更しない限り、使い慣れた装置で小さな改良をし乍ら使い続ける分には ほぼ安定した自動的な安全運転を続けることが可能です。方式の改造などの大きな変更をすると、必ずと言っていいほど初期故障が起きたりその後も偶発故障に悩まされたりで、却って不安定な状態も発生しがちな傾向が起きます。その意味では、在来から使ってきた装置は成熟した原子炉発電方式と言えそうです。
   
現代の自動化した機械装置類では、異常が生じたら動作を即時に止めるフールプルーフ(誤作用の阻止)の自動方式と共に、止めてしまうとかえって危険になる場合もあることから、機械を止めずに安全な方向への作用を自動的に動作させるフェールセーフ(障害の救済)の方式を適材適所に両用しています。
   
更に、鉄道・道路管制、製造プラントや原子力発電のような社会的な影響が大きい重要な装置では、自動装置自体に故障などの障害がないか全体の動きに異変はないかを人が監視し制御できる方式も併用しています。言うなれば機械装置の悲観的な予想にも対応している手段とも言えます。
   
そしてまた、監視制御する人間の疲労軽減や表示誤認防止・誤操作阻止を図るために、人間工学やMMI(マン マシン インターフェース:人と機械装置との交流方式)といった手法も採用しています。そのほか、重要なスィッチ類は、ワンタッチで動いてしまう危険を避けるため、2挙動方式という手法も使います。2挙動とは、蓋を開いてから押し釦を押すとか、ロック解除釦を押し乍らスィッチを入れるといった同時両立の操作です。
   
かつての機械装置類は、人よりも機械を大事にして守ることが主眼で、機器の性能維持や装置の安全向上を最大目標とする傾向がありました。一方、装置の保護よりも操作する人間の方を重視し、機械よりも人間の高度な安全化や作業単純化・疲れの軽減・操作のし易さ、目が疲れず表示が紛らわしくなくはっきり読取れる視認性、うっかり誤操作防止の配慮などの人間重視の思想は、欧州が先進的だったと聞いています。
   
スリーマイルの1973年原発危機は、人間工学を考慮していない装置だったため、操作員の誤認や操作する手に持った工具が他のスィッチに触れて不本意な動作が生じた失態が重なり合って重大危機を誘発したとも聞きます。
   
人間工学というのは、人の行動心理学や錯覚などの心理面も含めた総体的な対策で、MMIは人間工学の一部分です。 人間工学のことをなぜか電中研(電力中央研究所=各電力会社共同の研究機関)では "ヒューマンファクター" と呼んでいて、更に広い範囲の人間研究を進めているようです。
   
1982年に原子力発電装置のメーカー各社と監視表示盤メーカー各社が合同して中欧・北欧の諸国の制御監視装備の実態を現地調査したとき、ノルウェーのOECDハルデン研究所(14カ国参加の原発ハード・ソフト面の国際共同研究機関)には、日本の電力系技術員(電中研・原電・動燃)数人が既に1967年から参加していました。電力会社は、装置メーカよりも早くから原発の性能向上や安全化に努力していたわけです。
   
福島第一の事故は、発電設備は運転の安全化を施す装置なのに使い方が悪かったので大事故になったと読んでいます。その使い方の不良には三つの問題点が浮かんできます。 以下は津波の自然災害に対する電発所の機能面を中心に述べます。
   
◆一番目の問題点は、事業策定の手法です。

津波への対策方針をいつの時点で決定したのか不明ですが、福島第一の最初の1号機設計1966年から着工1967年までの間と推測します。津波の推測高さを5.7mとしたとの説と、最終的には6.5m と決定したとの説もあります。そしてこの高さが以降の設備側の設計めやすになったようです。
   
当時は参照すべき諸データが乏しく、対処の設定基準値としては妥当だったと思われます。手落ちが無かったのはこの点だけで、これ以降の策定や手法は問題だらけだった印象があります。問題点の提言やその改善提案を推奨・育成するような制度も無いらしく、問題点解消案などを表彰とは逆に封じ込め罰する社内空気が伺われます。
   
推測5.7m、他説では6.5mの津波高さに対して、経営者は発電設備の対処はこの程度まで耐えればよいと裁定し、それ以上の安全対策を口にする者は会社決定に逆らう者として処罰された気配があり、以降の設定値として定着されてしまったようです。言うならばその設定は独断的な楽観論の推測・対応でした。それを超える大津波襲来の可能性があることは事実です。しかしその可能性が現実化した場合にどう対処するかの悲観的な推測と対策の検討が欠けていました。

大津波の例では、約6,500万年前のユカタン半島に径10km級の隕石による大津波が生じ、高さ数百mから1,000m と推察される海水の壁が発生したことがあります。このような例外は別としても、自然界には予想を遥かに超える現象も起き得るので、予想の一方的な独断は禁物です。科学的な裏付けがある予測現象には、怠らずに対策を講じておくのが常道でしょう。
     
一般論としての近代の事業策定は、今後の進路の [悲観的推測]・[楽観的推測]・[その中間の推測] の場合の対策を考えるのが基本とされています。事業計画を往々にして成功を夢見る楽観的な予測だけで進めがちですが、それは個人企業など近代の経営手法とは縁遠い人が行う経営です。
   
プロの経営は、一般論としては他業種進出・市場撤退なども含めて少なくとも [悲観的な観測] だけは考えておくのが事業進展の安全方向です。
原発の地震対策の場合、振動・衝撃力の備えはあっても、津波・潮流の最悪条件に対する検討や防護の構えが不備だったようです。
潮流による障害が原子炉の冷却不能を起こし、炉の過熱が放射能危機の発端となったのは、誰が見ても明らかです。
   
◆使い方不良の問題点二番目は、情勢変化への対応欠落と社内の風通しが膠着しているように見える点です。

2007年に [新耐震指針] に基づく原子炉方式(沸騰水型・加圧水型など)別の損傷予測が、"原子力安全基準機構" から報告されました。年ごとに詳細になり、2009年度の報告書では津波高さ3-23mごとに、炉心損傷などの詳細な解析が加わりました(毎日新聞2011-5.15日)。
   
"原子力安全基盤機構" 2009年度報告書(障害の予測など)の要点

  o 防波堤が無ければ、津波高さ7m 以上で :-
  o 13m高さの防波堤では、津波高さ15m 以上で :-
 海水ポンプが損傷。   非常用ディーゼル発電機が機能喪失。
 全電源が喪失。     原子炉建屋内の機器が損傷。
 障害は、ほぼ 100% の確率で炉心損傷まで至る。
 (2010年12月公表)
   
福島第一では最初の津波予想値を改めず固執したままだったようですが、その理由は不明です。
上記の解析シナリオを当事者が知らなかった筈はなく、絶えず新しい情報に対応する努力をしなかったのか、社内に 刷新禁止・新対策凍結の雰囲気があったのではないかと想像されます。
          
◆使い方不良の三番目は、予想を超える障害が発生した場合の実行方針・手順・予行演習が不備だったと思われる点です。

企業の内情(内規類、慣行、会社気風など)が不明のため、障害解消のための一般的な傾向だけを述べてみます。
   
異常が生じた場合の処置基準 (実行が必要かの判断、何をどうするかの手順、手順不能のときの代行方法など) が整っていないと障害発生時の即時解消が困難になるのは当然のことです。装置の問題ではなく、取り扱う人間の方の問題と思われます。
    
また、基準があっても消防訓練のように実際に対処演習をしておかないと、現実に異常が発生したときに順調にできなかったり、その都度上司決裁のため時間的に間に合わない傾向が生じがちになります。
発電所の設置後に一度でも実行演習をしておけば、危機対応の技術操作の不手際が未然に解消できますので、今回のように世界中にも電発近隣にも迷惑をかけ、事態収拾の多大な労力と膨大な損顔賠償も生じなかった可能性を強く感じます。
   
非常電源の接続ケーブル不備、ベント作業の障害や応急処置、海水冷却の手順、海水の塩分などによる影響(海水の層=厚さや比重のもとで真水に比べた放射線減速の差異、含有金属系物質類の放射化有無、塩分による機材の電解・腐食効果、等)の認識など、現場が一番よく知っていることを技術を知らない役員と協議したり決裁を仰いで時間を空費したり、今後の改善の教訓となる障害発生が幾つもあったと思います。
          
"東電を送電・発電に二分" の案が出ています。財務上の見地からの試案と思われますが、技術・機能面から見ても [発電]と[送・配電]の業務を切り離し、 [送電] 業務だけに限定する方向なら、賛成したくなります。
今の経営体質で、東電に [原子力発電] を任せておくのは、電発近辺の多面他種にわたる被害者の立場から見ても不安があるからです。
   
[配電]の緻密と思える業務も、"計画停電" の不手際を見ると今の経営体質では東電には無理なのではないか、任せておいて大丈夫なのか不安になります。今の東電は[送電] 業務だけに特化するのが無難ではないでしょうか。
一般には送電と配電の区別がつかないと思いますが、技術的な業務は異なっていて、どの電力会社でも[送電]と[配電]は今も別部署になっている筈です。
     
[送電] は概してスケールが大きく、山・谷を越えて送る超高圧の技術が本筋です。送電線へエコー波を送って回線状況を調べたり、他の電力会社間の電力供給・受電の潮流の融通計測などの精密な作業もありますが、障害現場へはヘリで飛ぶなど概して大枠な業務のようです。
[配電] は都市の近くの変電所まで送られて来た電力を、需要家の建家内まで運ぶ範囲です。市街地の地中配電・地上変電などの配電網や障害時の迂回路配電の技術など緻密な業務と、多岐にわたるサービス運営などのきめ細かな業務と思えます。   
   
[発電] は優れた技術者が多数いても、現在のような経営体質のもとでは原発危機がまた発生するのではないか、不安があります。
もし、原発部門の技術者・企画者たちが集団移籍し、開かれた経営陣の組織のもとで活動できるなら、今よりも安全・安心の発電所が出現するのではないかと期待したい願望があります。
        
問題点の前に、原発がほぼ安全と考えている機能面の説明をしておきます。
関心がない方は以下の小部分を読まずに飛ばして頂いて構いません。
       
今回の原発危機は、防潮対策をわざと怠った経営者側の失態と思われ、事業方針などの決定権が無い社員側に落度があったとは考えにくいようです。
原発の安全化装備には重大な落度が無く、人為的なミスが重なったことが原因と見られています。
   
原発が危ない手段だと一言で決め付けて原発廃止の極論を叫ぶ前に、必要な電力量を獲得できる、代りの具体策をWebか書誌類でどしどし提言することが望ましい方向と思います。ただし、誰もが納得できる方式で、裏付けがあり実現できる方向でなければだめです。

原発反対を唱えるなら代りの発電方法の具体案を示すべきで、大いに期待したいと思います。
代案が無く反対だけするのは社会の活動を妨害するだけの反逆行為であり、テロやゲリラと同じ立場になってしまいます。
    
原発の経済面と今後の方向  

今回の原発危機は、自社の道具(設備)を使って社会的な損害と海外諸国への悪影響を引き起こしましたが、当の電力会社には、人畜の生命短縮にまで被害を及ぼした重大な罪の意識が薄いように見えます。
損害賠償は何十年かかっても百年以上になっても弁済してもらう必要があると考えています。刑罰に処され牢屋に入るとしても、弁償を払い終ってからに願いたいものです。
          
弁償のためには、会社が潰れてしまうことなく、細々でも運営して分割払を続け、全額を返済して貰う必要があります。そのために政府が融資するのは、賠償金を一時立て替え払いするだけで、融資する原資の "税" を提供してしまうわけではない筈です。
  
「債務超過」とかいう専門語が飛び交っています。庶民にとって詳しいことは不可解ですが、負債(借金つまり賠償金)が会社財産よりも多い場合は返済しきれないので特別扱いになるらしく、賠償金を払わずに済ませる措置のようですが、とんでもない制度です。
   
経済の理屈は抜きにして、とにかく迷惑を受けた損害は大きい小さいに拘わらず一切すべてを償って貰わないと困ります。目に見えない放射能によって、今後の子・孫の代まで及ぶ有形・無形の迷惑と損失が生じているのですから、償う方も経営の代が変っても弁償を続け完済して貰う制度であるべきでしょう。
   
また、電力会社の過失全容が確定したなら、損害賠償を電力料金に上乗せして被害者に分担させるような料金請求は許されません。被害者へ支払う弁償金を、その被害者から取り立てるという暴挙になってしまうからです。
加害者が身を削ってでも支払わなければならない賠償金を分割し、当の被害者から[電気料金]の一部分の形で取り立てようとする気配があります。払う代金が例え培養額の一部分であっても、道に外れた了見です。
  
地震・津波対策の不備への忠告や提言を無視し、自分の設備・道具を使って社会へ重大な障害を負わせた不始末の弁償代を、電気料金と称して支払先の被害者から取立て、危険を忠告してくれた功ある人から取り、罪も無い第三者からも取る、そんな奇異な弁償方法が行われる筈はないのですが不安です。

不当な料金を防ぐには、一般の需要家も電力料金額を監視し続け、適正な料金を維持していくよう是正努力も必要になります。
      
手短かに言うなら、適正な電気料金は、従来と同じ程度でいい筈です。それ以上の料金となったら支払い拒絶する場合は、料金の自動振込を解除してその都度払いに変更する方法もあります。面倒なように思えますが、理由を添えて払込み方法を変更するか、不払い時の推定適正料金を供託積み立てにする方法を、一回だけ手続きしておけば継続する筈ですので、あまり難かしいことではないと思います。
   ( 料金支払の「 供託方法 」は、料金を支払先(電力会社)へ直接払わず第三者機関へ預け入れる 公的制度 です。電気料金の場合、需要家としては料金を提出しているので「料金未払いによる配電停止」は無く情報など諸サービスも通常どおり受けられる筈です )
    

電力会社失態の償いに、防潮欠陥を裁定した1970年代から役員の報酬も返上すべきとの意見もあります。反面、東電はよくやったきた、今後の返済努力だけでいい筈だとの意見もあります。そして、事業の損益と社会的な犯罪行為の償いとは別問題として考えるべきとの意見もあり、これは妥当と思われます。
    
一方、採決権がある株式の株主も責任を負うべきとの考えがあります。会社の経営に限定範囲乍らも参画していたと考えれば当然でしょう。利益配分を受けてきたなら、損失も分担すべきとの考え方です。
反面、裁決権が無い株・社債類のほか単なる融資は、半ば損得・半ば善意による出資の筈であり、庶民の感覚から見ると経営に不参加であれば賠償責務を負うのは不当ではないかと感じています。
 
発電所の周囲だけに防潮堤を巡らせ設備対策も施すとした場合の経費は凡そ何十億円か程度と見込まれます。一方、現実に起きた放射能拡散に基づく損害・損失などの弁償総額は何百兆円にもなるのではないでしょうか。
電力会社の経営者が防潮設備の構え方を決めたとき、今の結果が分かっていたなら、或いは予測ができたなら、それなりの対応策を講じていた筈です。
  
福島第二は対策強化し非常発電機の設置場所や冷水ポンプの配備も改善されて福島第一のような重大事故は起きませんでした。
福島第一の方は、原子力安全基準機構から大津波による障害予測が年々次第に詳細に報告され、電源・ポンプ・炉心の具体的な重大事故が警告されたにも拘わらず、準備期間は十分あっても何も対策強化しなかった理由は謎のままです。
         
電発が負う弁償は、放射能避難の移動時に起きた住民・家畜類の死亡や経済的損害、機会損失、精神的痛手の慰謝料、物質的慰謝料(従前と全く同じ事物・状態を再出現するための難易手数など)、そして海外諸国へ及ぼした風潮被害とその影響による国家的な損失、そして発電所側の被害・負担などの補償換算額と実質的な金銭弁償額の総計です。
          
社会を支える大電力発電の今後については、原子力によらない他の方法があるなら、安全・安定して永続使用ができ(と言っても数十年以上)採算がとれて立地面や資本面でも建造可能なら、その実用化は誰しもが望む方向です。
しかし実用化には中期的な実験使用や運用上の改良が必要になる筈で、今すぐ実行できることにはなりません。
   
大電力発電によって社会を支えるには、当面は不本意ながら原子力のエネルギーを使った発電方式によらなければ、ほかに手段が見当らない状況です。
原発にすべきとは言いたくありませんが、電力は社会を支える一端ながら欠かせない原動力でもあり、明るい将来を期待するには必要な電力を原子力に頼らざるをえないのが現実です。 そういった感覚が社会常識というものでしょう。
       
ところで、東電(:東京電力)には計画停電の指令で被災地を停電にしてしまう社員がいたり、私用なのに自衛隊機の出動を要請する経営者が居たりで、上から下までが常識に乏しい体質があるようです。今の時期に会社批判をするような不心得のつもりはなく、今後の改善を期待するため東電の振る舞いに是正を望みたい点を述べたいだけの意図です。
   
御存知のとおり福島原発は技術的に万全の構えだと思っていたところが、防潮対策だけが不備だったために大事故を誘発してしまいました。
県民だけでなく世界中へ迷惑をかけ、海外諸国の救援を仰ぐ結果も招きました。
       
今後は、技術面の不慣れや放射能避難で住民への思いやりが見当違いの措置にも見えるのに居住者の心情・立場に無頓着な政府と、非常時への対応が愚かに見える東電に更なる手抜かりが生じないか、福島近辺だけでなく日本全国の国民で電力会社を見張っていく必要がありそうです。
   
原子力のエネルギーによる発電は今後も続行せざるを得ない状況ですので、原発再開や増設のためには、被害者となり得る立場の国民も最大限の監視をしていくことが今後の課題と思います。
      
福島事故の解明報告は世界の原発計画の参照材  

以上のうち推測や仮定した内容はほぼ正しい筈ですが、目下のように詳細が不明の段階では推察としか言えません。 当記事の転載や伝達は構いませんが、尾ひれをつけたような情報が口伝えなどで広まる行為は歓迎できません。
証明付きの正しい事実は、いずれ原因とその結果がすっかり判明するでしょう。 全体像は NHK"クローズアップ現代" などで公表される日を待ちたいと思います。
  
目下のところ世界の各地で原発設置の再検討、原発反対運動が起きています。 日本の福島原発事故への不安が発端と思われ、原因の解明が待たれます。
福島原発事故は「津波の潮流対策が施してあったなら安全だった」と判明すれば、各国の不安も解消し今後の諸国の政策への参考になりそうです。
国際的にも影響を及ぼした重い問題として考えておきたいと思います。
      
末筆になりましたが、今回の東日本大震災へ
謹んで 津波災害、地震災害、放射能難儀の
お見舞いを申し上げます
______________________________

(参考) 発電に利用する自然資源の例    (初掲'11-5/17 修正'13-6.19) ver.b7s:.

Web上の参考分類資料 ( 記事1 記事2 記事3 )を凝縮・改修して次に示します。
   
     o 自然エネルギー [太陽光,風力,太陽熱,地熱,海流,波動,潮汐]
      (環境エネルギー) ("落差"力は 水力発電や貯水放流力など限定的)

 資源
  o 培養エネルギー [発酵熱,培養ガス熱,培養体燃料,微生物燃料電池]
  形態  
  (微生物エネルギー /発酵エネルギー , 微生物電流 )
   
     o 放射線エネルギー [核分裂, 核融合 ]
       (原子力エネルギー /核エネルギー)
   
◆備考1.
[圧力発電]に属する踏板発電や伸縮検出(電磁誘導やロッセル塩類・チタン酸バリウム類などによる起電力)は、自然エネルギーそのままではないことや発電力も小さく実用電力に満たないので対象外としました。
[微生物燃料電池]は実用化試験中です(概要:広島大-柿園俊英教授/Ohm Bulletin 2011-冬188号)。
[ 核融合 ]は5か国共同で2030年ごろ発電実験を目標に進行中で夢物語ではなくなりました。
原子内の電荷が逆の[ 反物質 ]は小規模な生成が成功した段階で、その融合熱の実用化は遠い将来になりそうです。
[メタンハイドレート燃料]や[電磁波電力(太陽風)]など実用試験前のエネルギーは省略します。
   
◆備考2.
到着する新鮮な [自然エネルギー] を [再生] (再生可能) と扱うのは、[再生] の正しい語意に反している現象誤認です。文学的表現とは違い、科学の分野で嘘は許されません。エネルギーの[再現] とは異なり [再生] は現実には生じないので、記載・公言すれば虚偽事項の法律違反 (犯罪) に相当し、要注意です。
誤称の認識がまだ周知されておらず 法・令 名も未修正のまま の珍しい例です。自分で正否を判断し、真偽を承知の上で見聞きする必要が生じています。
   
◆備考3.
放射能以外で自然エネルギーから電力変換を実用化した順序は、概して次のとおりです。
    水力(揚水)、 地熱、 太陽光、 風力、 潮汐。
このうち太陽光と風力の発電は、地域によっては導入順序や実施規模が多様になる状況も起こります。
潮汐発電 は、天候変動の影響がなく常に所定の出力が望めるのが特徴です。 実施例はありますが、日に往復4回だけの短時間発電なのに設備規模が膨大になり費用対効果が極端に悪いので、営利事業には向かないようです。
   _________________________

[現象]の現実は、採取場所ではエネルギーが続々と[新規到着]している状態であり、以前のエネルギーの[生成]や[再生]はありません。また、到着エネルギーはいつも僅かに変動しているので以前とは成分やエネルギー分布・速度・量などがまったく同一ではなく、再生や複製とは呼べないことが明確に分かっています。
   
[観察]の表現として、自然エネルギーを採取する場所でエネルギーが湧き出ている、以前のエネルギーが再び湧き出る(再生)、とするのは感覚的な想像であり真実ではありまん。 利用する [エネルギー] は科学現象なので、想像や文学的な表現ではなく真実を表す必要があります。

[国語]の立場から見て、光・風・湯などの物質が携えているエネルギーは[再生]ではありません。
発電に使う自然エネルギーは、物質が持つ運動や熱のエネルギーです。「エネルギーの再生」は辞書にありません。実存しないからでしょう。 方や「物質の再生」は、以前の資材そのままをもう一度取り出して活用する意味です。しかし、発電に使う自然物質は再生しません。 なぜかは既に説明ずみですが自身でも考えてみて下さい。
___________________________________

[再生エネルギー]誤称の見聞による弊害発生だけなら大した問題ではありませんが、引用する場合を除き、自由意思で 書き・話し・公表すれば虚偽事項の行使となり法律違反の重い問題です。
また、再生するかのような嘘の知識は子供の教育に悪く、錯誤表示が社会の流れに直接・間接の弊害を招く恐れがあり、誤称による取違えが原発誤操作などの障害を招く恐れもあり、将来も継続して庶民も官吏も政治家も国民全員に及ぶ問題です。

再生可能エネルギー名は俗称として20年以上前から呼ばれていましたが、H.23年には誤称にも拘らず法律名に記載されました。
俗称から格上げして法令名ということになると、国語の「再生」の解釈が該当せず、現実の現象も発生不能の虚偽事項なので、決定的な法律違反の名称を法律で制定しているということになります。

再生していると誤認したのは、現象の認識力不足と国語の再生の解釈が正しくないこととが相乗した結果とも想像します。
しかし、2年以上も前から各サイトで誤りの指摘や事象の解説が示されているにも拘らず改まらないのは、本当は[再生]が発生するのでしょうか。それなら、再生エネルギーがどのようにして行われるのか、説明して貰う必要があります。

今さら「再生可能は誤りでした」と言われても通用しません。 国民の多数が疑念を持っていた「再生可能」の真意を、可能と唱えていたマスコミも文化人もそれぞれが解説する義務が生じています。しかし再生現象の解説が示されず 正しい呼び名も示されないなら、虚構で科学と社会の活動を進める行為にほかならず、危険な世情とも思えてしまいます。
  ________________________________

'11年8月26日[再生可能エネルギー固定価格買取制度] の導入・実施が決定されました。
大規模な個別発電の売電も可能になり、地方自治体や中小企業以上による発電参加によって、停電など電力不足の状況が改善されると期待されています。
そこに示されている「再生可能エネルギー」の現象と実体は現実に存在しないのですが、本当の意味を取り違えて[再生]と呼んでも、問題が生じるようなことだとは考えられていないようです。

「再生」には、物質の態様では(1)資材の場合、(2)動物・植物の場合、(3)無機物質の結晶体の場合の三通りの定義があります。資材の場合は、どの事典類でも「原資材を加工して利用する場合」を前提とした説明になっています。原資材を母体とし、派生された再生部分と母体とは分けて考えるべきとの注意も示されています。
  
地熱・風力・潮力などの自然エネルギーは、熱量を持った湯という物質、風力や潮流は流速と流量を持つ空気・海水の物質、太陽光は波動と粒子量を持つ光子(光の粒子)という物質ですから、上記(1)該当です。
  
もし"再生可能エネルギー"が真実なら、"以前に発生した熱湯がもう一度湧き出るのが可能" ということでしょうか。 新鮮な風とは別に以前の風が取り出せる、流れる潮ではなく以前の潮流が発生できる、という意味に受取れますが、そういう現象はあり得ません。
以前に流入したものと新しく続々と流入してくるものとは、性質は同一でも量や成分が変動している別物であり、同一ではありません。
  
国語の解釈によると、自然現象とそのエネルギーが「再生」する状態は対象外で、国語として定義されていない誤った解釈ということになります。
「再生エネルギー」の学術用語は登録されていません。通常のエネルギーの「再生」は存在せず、研究テーマにも挙がらないためと思えます。
    _____________________

[自然エネルギー]を利用して発電する場合、[再生可能エネルギー]とは何を意味するのか、呼称によって何か支障があるのかなど、関係する問題について頭の中を整理しておきたいと思います。
  (問題点の詳細は [ 再生可能エネルギーの実体は何か ] や [時の話題(社会保障、自然エネ発電)]-第三話[自然エネルギーから電力を取出す方式]に解説されています)

法令名の改題は 改題された法令名の一覧 に見るように多数例があり、改題される場合の手続き自体には特に問題はないと思われます。

まず、社会的に支障が起きそうな問題点が少なくとも3件出ていることをお伝えします。
◆自然現象の誤認:自然エネルギー利用の発電原理が万人によく理解されていないためか、中古相当の[再生エネ]だと誤って解釈され、真実の現象を歪め将来を担う教育面でも思わしくない。
◆国語の不当解釈:新規エネルギーとしての[発生]・[採取]・[生成]や[変換]に類する現象に対し、[再生]・[再生可能]と称して誤った語意の解釈を普及させ日本語を乱している。
◆社会の障害予想:自然エネを[再生可能]と誤解することで、真の[再生可能エネ]該当の核燃料・ウラン炉材の取扱い上で混同・軽視による事故発生の危険性を秘めている。
の三点です。

特に、使用済み核燃料やウラン炉材は[再生可能エネ]に該当することから、自然エネ別称と混同・混乱が出る恐れがあります。
 
海外と対話する場合、発電に利用する自然エネルギーは外国語で[renewable energy]と呼んでいます。[新規生成エネ] か [更新エネ] の意味で呼ばれているようです。日本では、リサイクルの意味や複製加工を意味する[再生可能]と呼んでいるので、諸国とは意味の違いが生じてしまうと思われます。

万が一、[自然エネルギー]をリサイクル・再発生のように解釈している国があったら「それは間違っている」と教えて上げるべきでしょう。

"際限なく発生して枯渇しないから[再生]と呼ぶ" との説もありますが、枯渇しない状態を言うのなら[無尽]とか[不渇]と呼ぶのが妥当です。
利用する場所に到着する光エネ、その場所に流れている風・潮エネルギーは、新鮮な[連続存在エネ]とか[利用可能エネ]と言うことになります。使った元の現象を再度使う[再生]は現実には発生できない不可能な現象です。変換して発電した電気を再度使う[再生]も、自然現象としては不可能です。

意味の真偽を確かめず、存在しない現象を公式名に定めるのは大自然に対する冒涜とも思えます。
この国は一体どうなっているのでしょうか。
命名者は現象の誤認に気付かないように思います。法令命名のルールを是正する必要を感じます。

エネルギーが再生できるというあり得ない現象「再生可能エネルギー」を政治家までが日常口にしています。慣用語だから仕方ないと言っていられない支障が幾つか予測されています。早めの誤称修正と法令名の改題が望まれます。
        ・・・・・・・・・・・・・・・
何か問題点があれば、改善策をみんなで考え、小さな努力でも社会が少しづつでも快適になっていく姿を見ることができます。

他者の説は「うそではないか」「真実か」疑問をもつ態度も必要です。
わずかな推察でもいいので、自分で考える習慣をつけましょう。
________________________________
(編集後記)              2013-6.29 (ver.o1h.)  
再生可能エネルギーの呼称は、最近の図書で命名者が判明しました。
最近出版された [これからのエネルギー](岩波ジュニア新書/'13-6.21発売) 中の余談(コラム1)で、著者の槌屋治紀博士(機械工学) が1979年に経済学者の室田泰弘さん同意で「英語のRenewable Energy を直訳した」とのことです。
   
英文の Renewable は、別エネルギーの形で取出す「新規可能」とか、新規エネルギーによる「新出化」といった意味で使われ、以前のエネルギーのリサイクル [再生] の意味ではない筈です。

科学現象でありながら今まで侃々諤々( かんかんがくがく。喧々諤々=ケンケンガクガクは俗称) の議論も無かったのは、論議しなくても誤認・誤称という答が明白だったからでしょうか。

誤称した原因は、[再現] や [再生] が身直で多用される言葉であったためか解釈を独断し、[再生] の定義をよく確かめなかったのでしょう。
   
「エネルギーが再生する (再生可能である)」という表現は法律違反の虚偽事項のほか、将来は社会を担う若年層へ嘘を教える弊害など、社会で思わしくない支障が出ることが危惧されていますので、早急な改称が望まれます。

学術名の改称は学会や文部省・経産省(エネ庁)などとの関係もあり手数がかかりそうですから、ここは単純に名付けた本人が改名して公表するのが最善ではないでしょうか。
教養図書で誤称を広めた責任の一端がある出版社 (岩波書店) にも協力願って、代わりの正当な名称が円滑に早く決まるよう願望します。

誰でも自説が間違っていても正当化したいのが常道ですが、そのような姑息な手段はとらないよう望みます。また、適切な提言があっても自分に都合が悪ければ知らない振りをするような行為も歓迎できません。出版社も命名者も共々、今後の社会の有益な方向をとるよう期待します。


( 参考 ) 
用語の誤用・乱用を正し文法・文体の正しい用法が一目瞭然の書を紹介します。
    「日本語練習帳」 大野 晋 / 岩波新書
    「日本語の教室」 大野 晋 / 岩波新書
  
================================
(B23)                    '12-1.31:掲示 (ver.b3e) '13-5.07:修正 (ver.c2y.)
◆ 社会保障と消費税・自然エネ発電 


[ズバリ要点] 
 
1. 社会福祉の制度改善の要望など  

o 福祉の水準「中福祉・中負担」にも急ぎ是正必要な問題点がある
o 受益者負担を承知し老齢医療費も[中負担]を是認する意見もある

2. 社会福祉のための財源・消費税の方向

o 税以外に経済破滅を救う道なく増税反対の場合は財源代案が必要
o 消費税率は11-17%まで諸説あり10%程度では経済効果が薄い

3. 自然エネルギーから電力を取出す方式

o 自然力発電推進は歓迎だが「再生可能エネ」は事実誤認で改称要
o [再生可能エネルギー]は実存しない現象名なので虚偽事項に当る
o ウラン燃料再生能力と自然エネ再生との混同の障害も予想される

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[ 本 文 ] 

時の話題の中に潜んでいる幾つかの問題点を考えてみました。 
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1. 社会福祉の制度改善の要望など   


社会福祉の経費が急増する状況で、社会保障全般の財源確保が緊急課題になっています。
福祉の水準を「中福祉・中負担」としたのは自民党の麻生政権のときで、国民側からは強い反論もなく結果的に了承となった印象でした。
野田政権ではまだ明確な説明がありませんが、恐らく同じ「中程度」の福祉を目指していると思われます。もし高福祉を望めば、北欧なみに25%程度の消費税率が避けられず、それでは目下の国内状況では実行できないのは明白です。
  
正確に言うなら今は[社会保障]よりも「社会福祉」の範囲が最重点です。
社会保障のように、自然災害などを含めた社会救済全般の制度をどうするかが論点と言うよりも、壮年・老人間の制度是正を含めた社会福祉の範囲を主眼にして、保障の維持をどうするか、消費増税で賄なえるかが焦点になっています。
 ([社会保障]と[社会福祉]の意味は当章末に記載)


社会福祉については、「年金は老齢者に手厚い給付、負担の年代間格差の是正」を問う新聞論調も見受けますが、「"手厚い"制度は望んでも無理と思える。せめて人間らしい老後を過せる程度を実現願いたい」との根底の願望が大多数です。老後の安心生活を国が確約してくれるかが問題です。

その福祉は、現在の水準を継続するだけでも財源が足りないのは周知のことですが、救済の水準が低すぎると思える問題点が幾つかあり、経費を費やしても機会あるごとに少しずつでも改善して貰う必要を感じています。
   
保障の格差是正や福祉水準などの、予定されている制度全体像の政策とは別に、現実面から受ける是正必要の具体例のいくつかを以下に述べます。
今の若者も中年も全ての人が、老後の環境はいずれ体験する通り道なので、真剣に考えておきたい問題です。


老後は身体が故障しがちになり回復も遅いので、療養中の状態が多くなります。現状況は、老人医療は3カ月経過すると医療施設から追い出される制度になっていて、それによって路上死しても当然の結果となりそうな、人間らしい取扱いを受けられないルールと聞いています。
現行の制度を維持するだけでも財源不足で毎年1兆円規模の赤字が増えていく状況であっても、医療制度を是正する必要があるなら更なる経費増加の方向も致し方ないでしょう。

介護の面でも、介護者は階級別マニュアルに書かれたこと以外は行ってはならないことになっていて、手厚い介護にはほど遠い制度です。例えば、痰が絡んで困る場合でもマニュアル以外であれば介助して貰えず、喉が詰っても見殺しにされる制度になっているようです。処置基準を改善して血が通った介護制度にして貰う必要を感じます。介護者の報酬を上げるなどの方法によって、必要処置であれば一人の介護士であっても各様な手当てを支障なく行えるような制度になることが望まれます。

マスコミの一部や市民の若年層が「福祉は老人に手厚い」と言っているのを聞きますが、社会の状況を確かめないで思い違いしているとも思え何を指しているのか正確には分かりません。
老後の年金については、現在は生活保護費を受給する場合よりも少ない額しか出ない制度になっています。最低限の生活さえもむずかしい年金制度では、「手厚い」どころか[中福祉]か[低福祉]程度の生活しか保障されない状況です。

「手厚い」と言っているのが診療行為だとすれば、医療費の自己負担(窓口支払い)が高齢者割安の問題はあります。壮年(3割支払い)に比べて老人(1割払い)が優遇されているのは確かですが、「優遇」ではあっても「手厚い」待遇にはほど遠い状態です。

一方、巷の中には「3割程度の負担は妥当」と受益者負担を承知し増税と同様に[中負担]を是認している老齢者も存在します。与党が自己負担などの公平化を提案しましたが途中で引込めたのはなんとも不可解で、選挙で好感政策を掲げ人気投票を獲得するような邪心があるとすれば、そのような下心は捨てて初心を遂行すべきではないでしょうか。

生活保護費の支給面では、役場の施政方針や窓口担当者の任務態度などに改善必要の問題が感じられます。
原因解明して施政が改善されれば、その状況を汲取った住民も明るい希望の気持ちを持って生活が送れる方向が期待されます。税が地方行政へも適正に配分されるようになれば、改善される結果で庶民に活気が出ることにもなりそうです。

一つの事例は、生活保護費の申請書を作成中に生活苦で死亡した旭川市(北海道)の例です。なぜ申請書が完了しなかったのかなど、役場では事故の真因を解明せず再発防止策も立てていない模様です。施行財源の問題と言うよりも制度実行面の問題です。
住民の方は、申請書を下手に書くと失格して支給が貰えない恐れを抱くようなことはなかったでしょうか、住民が申請しなくても役場が手続きを代行できる筈ですが、なぜ死ななくていいように役場は処置しなかったのでしょうか、疑問解明と今後の制度改善が望まれます。

同じ旭川市内で起きた死亡事故の2例目は、生活保護の必要が明白な環境なのに保護申請が行われず、生活苦の状況で家族2人とも亡くなりました。窓口担当者は、住民が生活保護を望む意思がなかったと言っていますが、その住民は死を望んでいたのではなく生活維持を希望していた状況なので疑問が残ります。担当者が住民の身になって配慮する気持がなく生活保護を出さない方向へ誘導した疑いもあります。少なくも手続きそのほかの支障を解決し住民を保護する任務意識が欠如していると言えます。何年経っても改まらないその役場の体質は大きな問題です。

この事件では支払い不能で水道・ガスなどの生命線が断たれましたが、困窮者へは生命線を遮断させないよう国が処置し企業側へ行政が命じる制度設定が是非必要です。このような困窮者救済の配慮を欠いたままでは社会保障の最低線を果しているとも言えないでしょう。

一方で、行政末端の担当者がどんなに不始末をしても怠けていても罰せられないとしたら、そのような状態・慣行は是正する必要があります。処罰と共に褒章する制度を強化することが望ましいと思います。褒章の財源となる税は全体から見て微々たる程度でも、現れる効果は小さくないと思います。

国家の褒章が行われるのと同じ思想の延長線で、地方行政で優れた功績や実りが出なくても努力の実績が認められた場合に表彰するなどの方法によって自浄作用が働き、正しい施政と不正防止に有益な方向が期待されます。住民にとっても、税が有効に活用される状況の認識となり、増税への理解が増す方向も期待できそうに思います。

審議中の「社会保障と税」を、一部の報道機関(一流新聞2紙)が「税と社会保障」と報じている問題があります。「筆頭」ということばがあり、例外はありますが通常は「最重要事項を先に並べる」とされていて、何が先かで文意が違ってくる場合があります。筆頭字句を変えると、結果は同じになる事柄でも意図が違う基本方針を述べていることになるのが問題点です。

「社会保障と--」と言えば社会保障が主眼でその制度をどう決めるかの問題であり、「税と--」と言えば課税が最大目的でそれを何にどう使うかが次の段階の政策と解釈されます。
逆順で呼んでも通常は大した実害は生じませんが、様々な場合を考えると重大な影響が出る場合も起こりえる基本問題です。

公文書で「税と --」の件名が幾つか存在しているかも知れませんが、Webで見る限り、正式名は「社会保障・税 --」と表されています。 一部マスコミが別名に変更し実際には存在しない「税と社会 --」の件名にしてしまうような、ウソの報道もあってはならない基本問題です。

引用ではない通称・俗称の場合は、意味が分かれば語の順序などは問題ではないのですが、カギかっこなどの引用符号を付けて表す固有名詞の場合は、全く同一名の場合だけを指すことになり問題が生じます。例えば「山本さん」と「本山さん」は対象が違い「榛名富士」と「富士榛名」では意味が違い、同一に扱うわけにはいかないのと同じことです。

特定名を意味する引用符号付きの名称で「税と --」と報じたなら、その名称の件名が法案なり審議事項なりで存在することを意味します。現実には「社会保障と --」の件名だけしか存在しない場合は、「税と --」はウソを報じたことになります。これが、引用しない通称・俗称の場合と違う点です。

報道によっては正式名の表現順序をわざわざ逆にし、政府筋の表明と違う件名を報じていますが、そのような名称の政策は存在しません。
今回の「社会保障 --」の場合は意味が分かるので大した問題ではありませんが、いずれ他の重大なニュースなどの際に、常用している手法で嘘に類する報道をされてはたまりません。事実ではない報道は、絶対にやめて貰う必要があります。

若い記者などが契約や特許範囲などの実務に拘わった経験がなければ、一言半句が違っても企業の浮沈が決まってしまう恐ろしさや文言の意味の大切さを理解できないのは、無理もないことかもしれません。逆順で記述したり括弧付きにした場合の相違を、よく理解していない場合もあると思います。

報道で問題なのは監修の立場にある部署が機能していないと思える点です。内容の質が高い一般紙がありますが、内容が良くても真実を曲げて表したり表現が不正確で報道の価値が下がっているのが欠点です。デスクなどの考証検査部門が居眠りなどしていないで真面目に働き、より良い新聞を目指して邁進するよう期待します。

与謝野元大臣や代々の総理は「社会保障と(その財源)税」のように「保障」を先に立てて発言し、記録が録音・録画にも歴然と残っています。政策名の順序を違えて言ったり文言に無頓着な閣僚も少し見受け、混同や真意の理解に少し混乱も生じています。

税を主眼にすると、どうしても多めの税を設定する傾向になるのが現実です。耐乏生活に耐えている多数庶民にとって「社会保障--」を飛ばして「税と--」の報道を見聞きするたびに、過大傾向の税を想像し悲愴な気分になりがちです。必要よりも多めの税になるという理由は、「仮決めした税率では足りないから増税したい」と後からの変更は許されないので、不足しそうにない税率へと最初から決めておく傾向になるためと考えられます。

現実に多めの税で実行されるとは限りませんが、税収主眼の方向をとると全体を見渡し課税が過剰気味になる傾向は避けられないと思います。生活に困らない報酬を得ている一流マスコミ諸氏には実感できそうもない、心情的な問題点です。


なぜ税が問題かといえば、長寿社会を迎えて医療・介護・厚生など福祉の経費が特に増え従来制度の予算では賄えなくなったからです。 その財源は、経済の引締めや景気対策による税収増だけでは無理で即刻効果も見込めず、諸国に比べて低すぎる消費税を微増し税制全般の是正・均衡を図るなどの整備も必要になっています。

従来から分かっていたことですが、国民約半数の知識人のほかの社会の状況に疎い庶民の半数近くが、選挙のときに「増税で是正」との正当論を提唱する議員候補者を落選させる結果の投票をしてきたことが、落選しない方向の受けがいい政策を議員が辿り、結果的に日本の健全な経済設計を妨げていたことになります。世界や日本の現況を知らず政治に関心がない半数前後の階層が、そのほかの良識ある人達や、自分を含めた大多数国民の将来にわたる健全な生活設計を妨害してきたとも言えます。

その結果が何十年にもわたり国の借金を増やし続ける結末になり、国債の形で借金は今や膨大な額に積み上がって利子払いだけでも国の予算が嵩み、借金元本(国債)総体も巨額でしかも増える一方の状態に追い込まれています。 その一方で国民が社会で活動するには健全な社会福祉などの生活保障も必要なので、「財源が足りないなら増税して財政建て直しもやむを得ない」意識が常識化してきました。30年ほど前を思えばこの意識が一般化するまで長い道のでした.

以前は「税は安く賃金は多く」の思想が圧倒的な世論で、増税などは飛んでもない異論とされました。 海外諸国の情報も殆ど公開されていない状態であり、報道筋も海外財政のような大衆関心を惹かない情報には身が入らない状況でした。インターネットが始まり、当時[ホームページ]と言われた公表方式をブロガーたちが利用し、内外状況や解説記事・論評類を掲示してきたことで世情が好転する原動力になってきた功績は大きいと思います。

当時は公表資料が乏しく、公的な機関でさえも、[合法的な海賊版]と言われる[ウィンドウズ]OSでなければ閲覧できない半閉鎖的なデータも存在し、取材の支障で困りました。 また、ネットの接続・掲示業者(プロバイダー)のワープロ機能(クラウド方式)は文章と画像が表示できる程度で、表作成を実用化装備している業者は少なく、グラフ化機能は殆どの業者のサーバーでは作図不能でした。

当サイトは社会問題を解りやすい読み物として掲示し、直感的に理解できるグラフや表によって諸国の税収・課税中の消費税状況なども紹介・解説し、正しい認識の普及に努力してきました。そういった記事の一つが、サイト「税を上げても善良な政治を」です。

民主党は「増税は4年間は行わないない」と言明し、次期衆議院選後に税制を抜本改革すると公約しました。4年間後も増税しないとは言っていないことや、「増税の場合は予め国民へ意見を尋ねる」と公言していることから、何れは税率アップを前提としていると考えられます。

目下は、国際・国内を通じ経済面で滅亡しかかっているとも言われる状況の、日本の進路・策定が決まる重要な時期なので、審議で野党は原案の欠点指摘や改善策提示で国策に協力するのが筋ではないでしょうか。党利党略に過ぎない中傷的な攻撃や代案無しで落ち度追及など国家の方策以外の雑事は、政局が軌道に乗ってからでも行えることなので、今は自粛するのが順当でしょう。
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( 参 考 )

[民主党マニフェストの要旨] ('10-6.11/毎日新聞6.12-p1を参考)

1.超党派による会議で財政規律を議論する。
2.強い経済・強い財政・強い社会保障を目指す。
3.次の衆議院選後に税制の抜本的な改革を行う。
4.基礎的財政収支の赤字幅を15年度迄に半減20年度迄に黒字化する。
5.こども手当は既に支給している13,000円から上積みする。
6.法人税率を引き下げる。
7.高速道路の原則無料化を段階的に実施する。
8.農家の戸別-所得保障は11年度からの本格実施をめざす。
9.衆議院80議席、参議院40議席程度の定数削減を行う。
10.企業献金・団体献金を禁止する。

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無理もあり?
変えて欲しい
[民主党マニフェスト]     '11-3/11(b.)

2.強い経済・強い財政・強い社会保障を目指す。
1.超党派による会議で財政規律を議論する。(緊急議案後に審議願う)
3.次の衆議院選後に税制の抜本的な改革を行う。(目的は政策の実現。
 財源・税率の調整は目的ではなく政策遂行用の[手段]と認識。 増税は仕方がない)

6.法人税率を引き下げる。 (3.の [財源・税制変え] と一括審議すべき)
8.農家の戸別-所得保障は11年度に本格実施をめざす。(農,林の振興策も期待)
9.衆議院80議席、参議院40議席程度の定数削減を行う。(増税と引換えで願う)
4.基礎的財政収支の赤字幅を15年度までに半減、20年度までに黒字化する。
10. 企業献金・団体献金を禁止する。(時期をみて完全実施が適当)
5.こども手当は従来の児童手当へ更に増額し支給する。(中止し後年に実施願う)
7.高速道路の原則無料化を段階的に実施する。(中止し後年に実施願う)
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[社会保障]と[社会福祉]の混同を見受けますので、一般的な解釈を述べておきます。

[社会保障]:
地域の災害・事故への対応や厚生など広範囲な住民救済を行う社会制度。
事故や犯罪による大けがなどの緊急救助の態勢を含め、地震・台風・火山などの自然災害・損害への救済・保護・厚生のため、公共事業とは別に個人の助成を目的とした社会的な保護行為。 社会福祉を含む。

[社会福祉]:
国民個々の健全生活や健康維持のための社会制度。
生活保護(助成)による生命維持、 勤労中と老後の生活を守る医療・介護・厚生の態勢や、 年金・保険類による保障などを遂行するしくみで、主として個人生活の維持を目的とした保護行為。
   
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2. 社会福祉のための財源・消費税の方向 


国の経済は財源がいくらあっても足りない程になった借金財政なので、改善するには強力で有効な収入源が必要な状態です。今のところ多額な収益が上がるような国営事業は無く、税による歳入増加を図るほかなさそうです。

増税なしで万事順調にいきたい気持ちは誰もが持っていますが、政治への注文をあれこれ要求して予算を費やし、その財源を先進諸国よりも安過ぎる税率のまま続けたら国の財政がどうなるか、それは無理難題ではないのか考えてみれば誰でも分かることです。

菅政権のとき「4年間以降に増税」含みの宣告があり「税制全般を見直す予定でそのときには国民に意見を聴く。税制改革の検討はこれから始める」旨の表明に対して国民側からの大きな反論・論争はなくおおむね了承した形になっています。

情勢は時々刻々と変ります。幾らでも出てくる筈の財源が実は出てこないとなると、出てくる予定で組んだ「強い社会保障」などの計画は霧消して初めからやり直しも同然と思われます。大きな歳入が無い状態のままで主要な財源を果す増税を止めるなら、その税収に代るべき財源をどこから調達するのかの代案を示しておかなければ経済が崩壊していく方向になり、国家も国民の暮らしも破滅へ向う状態になりますので、どうしても避けて欲しいことです。
この際に増税を拒絶するのは国民と国家など社会に対する反逆行為と見るのが一般的な感覚です。
   
構造改革や合理化・無駄排除は或る程度の財源捻出にはなりますが、政策見直しのとき何回かの事業仕分けでも判明したように、[節減]だけでは何兆円単位の大きな経費が生み出せないことは明らかです。

仕分ける立場側に求める引締め行為は、他人に負担を求めるなら自らも身を削った上で行うべきとの道理・順序のことで、それによって財源が豊富に出てくるような効果は期待できません。

現在の財政については、もし増税なしで施政した場合の国費収支が来年どうなるか、再来年はどうなるかの概略シナリオを、周知できる方法を使って公表願うと有益な効果が得られるのではないかと考えています。
社会福祉についても、必要歳費とその財源の大まかな収支計画を、この辺で誰もが知りえる方法で広報して欲しい願望もあります。
      
それによって、根強い風説の「増税なし」を信じ期待している庶民に対し「代りの財源はどうなるのか、日本の事態がどうなるのか」を示すウソの無い予測シナリオが明らかになり、増税無用の仮説信者や一般庶民にも正しい認識が得られることになるという考え方です。

財源が湧き出てくるとの嘘や、増税なしで財政再建が果たせるとの小澤氏説を念頭に置いて、正しい点と誤りを指摘・公表するなどの方法で、異論の虚構を撲滅願ってはどうかとも考えます。正確な展望が明確に示されることによって、誤説の信奉者も一般者も正しい認識をもてるようになり有益と思われます。

戸惑いの基を生み出す小澤氏の目標や言動については、毎日新聞 2010年3月ー5月寸評類「小澤一郎は党の役職を辞すべき」・「役職辞任と言うような生やさしいどころではなく、議員すら辞するのが日本と国民のためになる」、朝日新聞 2010年10.5日社説「小沢氏は議員辞職すべき」や、ブログ [次の選挙で 民主代表選での各氏[言明]を査定しよう] 巻末<まとめの項>に記載があります。
   
社会保障と財源の予測シナリオ類が公示される場合、肝要なのは年金・医療費・公共救済費など社会保障の必要経費の概算と、その充当用の節減経費・税収(科目ごと)などの歳入分の大要です。細目ではかえって解り難くなるため、概略的な展望の方が庶民にとって理解しやすいのではないでしょうか。
   
与野党間で増税大枠の [方向] が決定した後、次の段階として各税率の[具体案]や実施策が出てくる筈です。 本来は必要な用途が策定され、次にそれに見合う財源確保が正しい順序の筈なので、主たる国民へ福祉の施策概要案を予め開示願っても悪くはないでしょう。
   
財源となる税収を増やす候補として、[消費税]と共に[所得税]、[法人税]、[相続税]なども検討されているようです。そのほか新規に[資産課税(貯蓄税)]とか[パチンコ税]などの案も上がっているようですが、大震災に対する多様な新規の経済策も必要な状況では、災害対策以外の特殊な税が成立する見込みは殆どないと思います。

税金の変更というのは、単に税率を増やすのではなく、民間に不公平が起きないよう、低所得者が不利にならないよう、景気が落ち込まないよう、各種の税相互に重さの平衡が異常にならないよう、国民負担率や生産指標なども考え、全般的な配慮や将来指向も加味し、専門家が集まり検討最中と思われます。 各税率などの具体案は、増税の [方向] が決定した後の段階で出てくる筈です。

[消費税]は、国民の誰もが一様に関わっていて大きな税収変動が無いと言われ、商売の分野だけの[法人税]や[所得税]のように額は大きくても景気の好況・不況による増減が少ないとされています。経済の専門家は、消費税は他の税に比べて安定した財源になると見込んでいるようです。


かつて菅政権だったころ、税制改革で「消費税率10%」に直ぐなるかのような、真実ではない情報が横行していました。
現在、8%、10%への二段階の税率が計画されていますが、菅政権だった頃はあたかも今すぐ「税率10%」で実施されるかのような、文化人などの談話や報道記者の論評などの報道論述を多く見受けました。

その後、経済再建に必要な財源として、消費税率6%増(税率11%)から17%まで諸説が出ています。
社会福祉の財源を消費税で賄う方針が出る前の時点で、消費税率については次のような提言が公表されていました。

赤字解消の方向だけでも消費税率6%増(税率で11%)が最小限必要との、内閣府の調査結果(毎日紙2010年6月)、
25年度には社会福祉面の歳出増だけでも消費税6%分の財源が必要との、社会保障国民会議の試算(読売紙7/1)、
消費税を15%にしないと財政が健全化しないとの、米倉経団連会長の見解(日経紙7/1)、
財政収支を黒字にするには、消費税を12年度から毎年2%幅ずつ15%まで引上げが必要(4年後の14年度からでは間に合わない)との、内閣府の試算(朝日紙7/3)、
消費税率を段階的に15%程度まで引上げが必要との、国際通貨基金IMFの観測(毎日紙7/26)、
更に、半年後の2011年初旬に、経済同友会から基礎年金の財源・基礎的財政収支の黒字化を目指した提言がありました。
年金などの財源確保のため、消費税は13年度に10%、15年度15%、17年度17%とする経済同友会の展望(各一般紙・経済紙2011年1/11)。
  
財政危機の脱出には幾ら増税しても足りない程ですが、歳出とのバランスを図り、景気が向上して国民生活が少しでも潤うような「強い財政・強い社会保障」を実現するには、消費税率5%増の程度では経済効果が薄く6%増よりも更に多い増税が必要な状況が、まだ認識され渡っていないようです。
   
問題なのは、増税したのに不景気のままで生活が少しも良くならない状況です。
仮に税が15%以下では焼け石に水のように経済効果が出ないとの結論になるかも知れませんが、野党でさえも当面10%の案を示していることから、政府は少数者の反対を恐れずにしっかりした将来シナリオも何通りか立て、確かな策定をされるよう期待したいと思います。
   
消費税率が、審議の結果で仮に "当面は 12% から 22% の間" 近辺の結論になるとしても、もし税率 "10%" 程度で実施し赤字を補うだけで国民生活に何も効果が現れない状況になるよりはましではないでしょうか。
"従来から欧米並みの税率になっていたとして当然" と云えることで、"税率はもともと10%超にしておくべきだった" と無理にも考えることにして、景気の早期好転を待つよりほかには仕方がないと思います。 それは将来の日本と自分の孫・子のためにもなることだからです。
   
かつて評論家やマスコミほか第三者が創作した消費税の虚偽情報 [税率10%決定] と [増税すぐ実施] との事実に反する表明があり、これらの報道はテレビ・ラジオ・新聞類の媒体に歴然と記録されています。当時のマスコミの報道が、結果的に庶民の印象を誘導する影響が生じたと思います。

このような真実から離れた報道の影響によって、前回の参議委員選では誤った判断材料を一般者が信じる傾向が生じ、対象の党を不利へ導く不公平を招いたのではないかとの疑念を感じます。
選挙期間中の単なる他党攻撃とは異なり、嘘の情報による選挙妨害に類した行為だったとも云える現象でした。

なお、菅総理の当時の国政方針として次のような計画が示されました。今後の方向についてはいずれ野田政権から公表があると思います。
   
(1)財政の節約と制度の改革 ( (さかさに振っても) 鼻血も出ないほどの削減方向で)
 (a)議員の削減と運営の引き締め・改善
 (b)官吏の削減と運用の引き締め・改善
 (c)その他の総体的な(事業仕分けを含む)引き締め
   
(2)経済の振興 (強い経済・強い財政・強い社会保障を目指して)
 (a)社会と生活の景気対策と振興対策の方針
 (b)景気向上策の制度改善と具体的な処置
   
(3)増税による経費補填 (少なくても4年間は増税せず時期をみて)
 (a)消費税の諸国並み引上げ (上げるとき国民に意見を聞く)
 (b)他の税目若干も、税率全般の均衡と社会公平化を図る改正
   
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3. 自然エネルギーから電力を取出す方式 


発電その他に利用する自然資源の種類について、Web上の参考分類資料 ( 記事1 記事2 記事3 )を凝縮・整理して次に示します。
   
利用可能な自然資源の例   掲示'11-5.17  部分修正'13-9.25 (ver.b7s:.)
   
   o 自然エネルギー [太陽光,風力,太陽熱,地熱,海流,波動,潮汐]
    (環境エネルギー) ("水頭"力は 水力発電や流速力消火など特定向)

資源
 o 培養エネルギー [発酵熱,培養ガス熱,培養体燃料,微生物燃料電池]
 形態 
  (微生物エネルギー /発酵エネルギー , 微生物電流 )
   
   o 放射線エネルギー [核分裂, 核融合 ]
     (原子力エネルギー /核エネルギー)
   
◆備考1.
[圧力発電]に属する踏板発電や伸縮検出(電磁誘導やロッセル塩類・チタン酸バリウム類などによる起電力)は、自然エネルギーそのままではないことや発電力も小さく実用電力に満たないので対象外としました。
[微生物燃料電池]は実用化試験中です(概要:広島大-柿園俊英教授/Ohm Bulletin 2011-冬188号)。
[ 核融合 ]は5か国共同で2030年ごろ発電実験を目標に進行中で夢物語ではなくなりました。
原子内の電荷が逆の[ 反物質 ]は小規模な生成が成功した段階で、その融合熱の実用化は遠い将来になりそうです。
[メタンハイドレート燃料]や[電磁波電力(太陽風)]など実用試験前のエネルギーは省略します。
   
◆備考2.
到着する新鮮な [自然エネルギー] を [再生] (再生可能) と扱うのは、[再生] の正しい語意に反している現象誤認です。文学的表現とは違い、科学の分野で嘘は許されません。エネルギーの[再現] とは異なり [再生] は現実には生じないので、記載・公言すれば虚偽事項の法律違反 (犯罪) に相当し、要注意です。
誤称の認識がまだ周知されておらず 法・令 名も未修正のまま の珍しい例です。自分で正否を判断し、真偽を承知の上で見聞きする必要が生じています。
   
◆備考3.
放射能以外で自然エネルギーから電力変換を実用化した順序は、概して次のとおりです。
    水力(揚水)、 地熱、 太陽光、 風力、 潮汐。
このうち太陽光と風力の発電は、地域によっては導入順序や実施規模が多様になる状況も起こります。
潮汐発電 は、天候変動の影響がなく常に所定の出力が望めるのが特徴です。 実施例はありますが、日に往復4回だけの短時間発電なのに設備規模が膨大になり費用対効果が極端に悪いので、営利事業には向かないようです。
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[現象]の現実は、採取場所ではエネルギーが続々と[新規到着]している状態であり、以前のエネルギーの[生成]や[再生]はありません。また、到着エネルギーはいつも僅かに変動しているので以前とは成分やエネルギー分布・速度・量などがまったく同一ではなく、再生や複製とは呼べないことが明確に分かっています。
    
[観察]の表現として、自然エネルギーを採取する場所でエネルギーが湧き出ている、以前のエネルギーが再び湧き出る(再生)、とするのは感覚的な想像であり真実ではありまん。 利用する [エネルギー] は科学現象なので、想像や文学的な表現ではなく真実を表す必要があります。

[国語]の立場から見て、光・風・湯などの物質が携えているエネルギーは[再生]ではありません。
発電に使う自然エネルギーは、物質が持つ運動や熱のエネルギーです。「エネルギーの再生」は辞書にありません。実存しないからでしょう。 方や「物質の再生」は、以前の資材そのままをもう一度取り出して活用する意味です。しかし、発電に使う自然物質は再生しません。 なぜかは既に説明ずみですが自身でも考えてみて下さい。
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[再生エネルギー]誤称の見聞による弊害発生だけなら大した問題ではありませんが、引用する場合を除き、自由意思で「再生可能—」と呼称し・書き・公表すれば虚偽事項を行使したことになり法律違反の重い問題です。
また、再生するかのような嘘の知識は子供の教育に悪く、錯誤表示が社会の流れに直接・間接の弊害を招く恐れがあり、誤称による取違えが原発誤操作などの障害を招く恐れもあり、将来も継続して庶民も官吏も政治家も国民全員に及ぶ問題です。
  
政府が決め法律にもなった名称を誤りだと論じると、独断的な妄想か狂信的な偏見と思いがちです。一般論としては、そのとおりのこともあり、そうではない正しい場合もあります。
先入観を排除し、純心な状態で自分で考え判断する行為が大切です。
ここの再生誤認説の場合は、編集前に再生の定義確認や再生現象の真偽を調べましたが、事実説明には誤りはありませんでした。
   
再生可能エネルギー名は俗称として20年以上前から呼ばれていましたが、H.23年には誤称にも拘らず 法律名に記載 されました。
俗称から格上げして法令名ということになると、国語の「再生」の解釈が該当せず、現実の現象も発生不能の虚偽事項なので、決定的な法律違反の名称を法律で制定しているということになります。
  
一般者は「エネルギーが再生可能」という現象は本当なのか疑問をもつのが普通で、大多数が同様の疑問をもっている兆候があります。
「何も再生していないが,なぜか」、「なぜ再生可能と呼ぶのか」といった質問が掲示板・論評などにも多数見られ、不審に思うのが当然と言えるでしょう。

不審提言の例を次に示しておきます。 掲示板の場合はどの記事も [再生]を正しいとしている説明は誤りです。 発生や再生の科学的な解説が無く、以前の資源が再び出現する[再生]が正しいと思わせるような無理な説明文が、諸サイトで引用されているようです。
 o 再生可能エネルギーのウソ /ミラノ市在住 A氏
 o 「再生可能エネルギー」は誤訳 - - !?〜言葉の定義をはっきり! /無署名B氏
 o 科学的に気になる表現・用語 /無署名C氏
 o 再生可能エネルギーの真意に関して /EIC-掲示板
 o 再生できないのになぜ再生可能エネルギー /Yahoo!知恵袋
 o 再生可能エネルギーという言葉はおかしくないですか? /教えてgoo
 o 自然エネを再生可能エネと言うのはおかしくないか? /blogいざ  
 o 再生可能とはどういう意味なのでしょう /質問ITmedia
 o わからないのは「再生可能エネルギー」 /5号館のつぶやき
 o 再生可能エネルギーについてお教えください /質問ITmedia
 o 太陽光発電は「再生不可能」である /国際環境経済研究所(久保田教授)    _________________________
      
再生していると誤認したのは、現象の認識力不足と国語の再生の解釈が正しくないこととが相乗した結果とも想像します。
しかし、2年以上も前から各サイトで誤りの指摘や正しい解説が示されているにも拘らず改まらないのは、本当は[再生]が発生するのでしょうか。それなら、再生エネルギーがどのようにして行われるのか、解説が必要です。
今さら「再生可能は誤りでした」と言われても通用しません。 国民の多数が疑念を持っていた「再生可能」の真意を、可能と唱えていたマスコミや文化人からそれぞれの独自説の解説をして貰う必要があります。 しかし「再生」する現象の解説が何も示されないなら、それが虚構であったと考えざるを得ません。
  
一方、再生可能エネルギーの意味として「絶えず補充されて枯渇しないエネルギー」、「永続して存在する自然界のエネルギー」、「利用する以上の速度で自然に再生するエネルギー」旨の解説も見受けます。永続とは「地球の残り寿命は約50億年程度」なので、50億年程度枯渇しないなら永久とみなす表現です。

自然界の光や風・地熱湯などの物質が持っている波動・流量・流速や熱量などのエネルギー採取が当該の法の精神であるなら、再生可能エネルギーではなく「エネルギー採取」を表す名称にすることが妥当と考えます。
電力変換が目標であるなら、例えば「エネルギー変換」による個別発電事業といった考え方で呼ぶ方が適正ではないでしょうか。

 これは批判や言い掛かりなどではなく言葉の真意の説明です。もし疑問があれば、百科事典などで「再生」の意味をしっかり調べて下さい。

法律名を決めるとき、[再生]の語はあまりにも常識的なので、深く考えず正確な意味を確認しなかったと思われます。 また、科学事項は単純と思えても現象を独断解釈せず、当事者が自分で必ず調べ確かめてみる必要があります。
  
なお、変換と再生は違う現象です。違うからこそ別用語で定めてあり、混同は禁物です。
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'11年8月26日[再生可能エネルギー固定価格買取制度] の導入・実施が決定されました。
大規模な個別発電の売電も可能になり、地方自治体や中小企業以上による発電参加によって、停電など電力不足の状況が改善されると期待されています。
  
個別発電の推進は大いに歓迎すべき制度です。しかし、そこに示されている「再生可能エネルギー」の現象は現実に存在せず、誤認呼称であることが、たった一つの欠点です。 本当の意味を取り違えて[再生]と呼んでいると、将来に問題が生じる事態も予測されています。

専門家・少数の文化人や朝日新聞・東京新聞は再生エネルギーの呼称を使わず自然エネルギーと表現しています。 流言に同調せず真実を貫く方向は評価されるべきことです。
   

「再生」の正しい意味は、世界大百科事典によると、物質の態様では
  (1)資材の場合の取り出し加工利用、
  (2)動物・植物の場合の欠落部新生、
  (3)無機物質の結晶体の復原結晶発生
の3通りで、「以前から存在する資材を利用する場合」を前提とした説明になっています。原資材を母体とし、派生された再生部分と母体とは分けて考えるべきとの注意も示されています。
  
発電に使う自然エネルギーは、物質が持つ運動や熱のエネルギーです。地熱発電は熱量を持った湯という物質、風力や潮流は流速と流量を持つ空気や海水の物質、太陽光は波動と粒子量を持つ光子(光の粒子)という物質です。 地熱・風力・潮力などの自然エネルギーは物質が持つエネルギーですから、上記(1)該当です。
  
もし"再生可能エネルギー"が実存するなら、流れてきた新鮮なエネルギーとは別の、再生つまり"以前のエネルギーをもう一度取り出す" ことが可能ということですから、以前到着した風力・潮流などのエネルギーが出現できる、という意味になってしまいます。 これは批判や言い掛かりなどではなく言葉の真意の説明です。もし疑問があれば、百科事典などで「再生」の意味をしっかり調べて下さい。
  
現実には、放射能以外で以前のエネルギーが取出せる再生現象はあり得ません。
また、以前に流入した風・潮などのエネルギーと新しく続々と流入してくる風・潮などのエネルギーとは、性質は同一でも量や成分が変動している別物であり、同一ではありません。 つまり現実に採取するものは以前とは異なる成分で、"再生" とは呼べない新品です。
   
電力へ変換する前の自然エネルギーは、空気や水などの物質の流れとして絶え間なく流れてきますので、採取場所で無尽蔵に湧き出る「再生」だと思い込んで「再生可能」と名付けたのでしょうか。
法律名を決めるとき、[再生]の語はあまりにも常識的なので、深く考えず正確な意味を確認しなかったと思われます。 また、科学事項は単純と思えても現象を独断解釈せず、当事者が自分で必ず調べ確かめてみる必要があります。
  
国語の解釈によると、自然エネルギーの「再生」は定義に外れ現実にも存在しない現象であり、誤った使用語ということになります。
学術用語にエネルギーの種類は多数登録されていますが「再生エネルギー」はありません。通常のエネルギーが「再生」することはなく、研究テーマにも挙がらないためと思えます。
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[自然エネ]による発電を[再生可能エネ] と言い換えた呼び方が流行し、些細に見えますが基本事項の事実誤認という重大問題が生じています。
[自然エネルギー]を利用して発電する場合、[再生可能エネルギー]とは何を意味するのか、呼称によって何か支障があるのかなど、関係する問題について要点を整理しておきたいと思います。
なお、法令名の改題は 改題された法令名の一覧 に見るように多数例があり、改題される場合は手続き自体には特に問題はないと思われます。
  
まず、
社会的に支障が起きそうな問題点が少なくとも3件出ていることをお伝えします。
◆自然現象の誤認:自然エネルギー利用の発電原理が万人によく理解されていないためか、中古相当の[再生エネ]だと誤って解釈され、真実の現象を歪め将来を担う若年層の教育面でも思わしくない。
◆国語の不当解釈:新規エネルギーとしての[発生]・[採取]・[生成]や[変換]に類する現象に対し、[再生]・[再生可能]と称して誤った語意の解釈を普及させ日本語を乱している。
◆社会の障害予想:自然エネを[再生可能]と誤解することで、真の[再生可能エネ]該当の核燃料・ウラン炉材の取扱い上で混同・軽視による事故発生の危険性を秘めている。
の三点です。

 問題点の詳細は、次のサイトに解説されています。
  [自然エネルギー発電の実像と問題点]
  [再生可能エネルギーの事実誤認問題]
  [ 再生可能エネルギーの実体は何か ]

 
社会的風習も含め、自然エネルギーの誤った呼称によって何か支障があるのかなど、関係する問題について解析してみました。
 
海外と対話する場合、発電に利用する自然エネルギーは外国語で[renewable energy]と呼んでいます。[新規生成エネ] か [更新エネ] の意味で呼ばれているようです。日本では、リサイクルの意味や複製加工を意味する[再生可能]と呼んでいるので、諸国とは意味の違いが生じてしまうと思われます。

自然エネルギー利用の場合はいつも新鮮な現象のエネルギーを使うのが真相であり、国語の立場からも新鮮なものを[再生]と呼べば嘘になります。

光発電
の場合は、遠来の次々とやってくる太陽光を利用することになります。光を[再び][発生]させて[再生]利用するように見えても、いつも新しい光を使うのが真実で、以前の光を使う[再生]行為はありません。
また、前の光は今の光と性質は同じでも、太陽のコロナ活動・黒点の状況が時々刻々と変化していて波長分布も波高強さも異なっている現象なので、その現象によるエネルギーとしては厳密に言っても大雑把に言っても前とは相違しています。以前のエネルギーを「再生することが可能」とは言えないのです。

風力発電や潮力発電
の場合も新規発生現象の利用と言う点では同様です。風や潮は絶えず流れ去って再利用は不可能です。前と同じ風や潮を利用しているように見えても、流れの量や流速・継続時間などが微妙に相違しています。後から後からと発生してくる新しい流れの現象は絶えず変化しているので、現象もエネルギーも以前の流れの[再生]とは、とても言えません。

地熱発電
の場合も、以前に発生した熱湯を再発生する現象は不可能であり、湧き出る新たな熱湯の熱エネルギーを利用します。使い終った湯を何かの目的に「再利用」することはあるとしても、以前の熱湯を出現させたりそのエネルギーを取出したりする[再生]の行為は存在しません。

意味の真偽を確かめず、存在しない嘘を一般流布しているのは子どもの教育の為にならず、社会の将来にも支障発生が予想され、大自然に対する冒涜とも思えます。 この国は一体どうなっているのでしょうか。

制定者は現象の誤認に気付いていないものと思います。法令名を定めるとき の手順の制度を是正する必要を感じます。

外国では[ renewable energy ](新規生成エネ、更新エネ)と称し、中古のrecycle(再利用)・regenerate(再生成)の意味とは違うようです。
万が一、[自然エネルギー]をリサイクル・再発生のように解釈している国があったら「それは間違っている」と教えて上げるべきでしょう。

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自然エネルギーから電気エネルギーを取出す場合の状況などを以下に説明します。

[光発電] 光-発電素子(俗称:太陽電池、ソーラーパネル、ソーラーモジュール)に刻々と新鮮な光が到来し、発電素子の端子に生じる電圧を取出す発電です。

光発電素子の変換力寿命は20-30年間と言われ、発電装置全体の保証は10年間前後とされているようです。
発電素子から取出す電気は+と-が出てくる直流ですから、利用するにも配電線へ送り出すにも、交流に変える[変換装置]を使います。

[風力発電] 風車に到来する新鮮な風の力で発電機を回す発電です。

発電機の耐久性寿命は通常は30年間が一般的とされています。しかし海上設置や極寒地域の場合など環境条件によって耐久性は大きく変ってきます。また、熱帯地方の仕様や沿海地域の耐塩害材質の採用などによって耐用年数と発電機価額は連動する傾向になります。設備費用をけちれば耐用年数が短くなる関係です。
発電機に連結する風車の方も同様で、環境条件を考えると耐用寿命はかなりの幅がありそうです。

風力発電 の状況は、風の風圧で発電機を回し風が無ければ休む動作の繰り返しなので、使い終わった風を集めてもう一度使う[再生]行為や、風が[枯渇]したり[永続]しなかったりの現象には関係がない発電方法です。
   
[地熱発電] 地下の熱湯か温湯を、湯のままか蒸発性の物質を使い、その蒸気圧でタービン類を回し発電機を回す発電です。
湯を循環利用することはあっても廃湯の再利用に過ぎず、湯を作り出す再生はあり得ません。風力の場合と同様で熱から電気への変換です。
   
[潮力発電] 潮流が激しい海中で羽根車を回し発電する方式で、風車発電と同様な原理・現象です。
風力発電も潮力発電も、光発電の場合と同様、風や潮の速さ・強さ・流量はその都度変化し、前の風・潮と次に来る新しい風・潮は、似て非なる別質の流体です。再生とか再利用しようとしても、流れ去った流体を集めたり誘導したりは実現困難で、いつも新しく生じる流体を使って発電することになります。

[波動発電] 一般的には、浮き具で波の上下動を取出し、回転力へ機械的に変換して発電機を回す発電です。発電の原理・現象は風車と同様です。
いずれも、次々と到来する新鮮な 光・風力・潮力 などの姿から電気エネの姿へ、形態が全く違う[変換]を行うことです。日本語で、前と同じ形態を復活して利用する意味の[再生]は、行いません。
   
[微生物発電] 微生物中のマイナス電子を利用し直接発電する手法で、いま実用化試験が進行中 (例:広島大-柿園俊英教授による実用化実験中/Ohm Bulletin 2011年188冬号)です。 電子伝達剤(機能名:メディエータ)を満たした電解槽の中で微生物のマイナス電子が奪い取られ、電子伝達剤の中で電子が移動することにより電流が流れる現象の発電です。

[再生]をしているのは微生物の培養行為で、取出したい電気エネルギーが[再生]されているのではありません。 取出す電気は常に新しいエネルギーです。 培養行為により増殖した微生物は、新規生成物の筈ですが[再生]と呼ぶのかどうかかは微妙です。学者・有識者などで打合わせた統一見解が欲しいところです。
   
[培養物発電] 微生物の培養熱を利用する発電と、微生物自体を増殖して燃料にする発電があります。
培養エネルギーの場合はちょっと複雑ですが、それでも[再生]行為は発生源で培養を行っているだけです。目的は熱エネルギーの発電利用や微生物燃料電池の電気エネルギーを取出すことですから、培養の[再生]は電気エネルギーが再生することとは違います。また、利用したい熱エネルギーは再生した中古品エネルギーではなく常に新品ですから、やはり「再生エネルギー」には該当しません。
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自然エネの形態から電気エネの形態を取出す処置は、エネルギーの[変換]工程になります。通常は、自然エネルギーを利用するときに電力への変換も同時に行う手法をとっています。
光発電では、光-発電素子(俗称:太陽電池、ソーラーパネル、ソーラーモジュール)を使って光を電気へ直接に変換しています。
風力・潮力の発電では、流体の流れを羽根車などで回転力へ変換し、その回転で発電機を廻して電気を取出す方法をとっているわけです。

電気エネルギーを取出す単純な現象の場合は、[再生エネルギー]のように実存しない現象がすぐ判断できるので救われます。
将来に科学技術が進歩しもっと複雑な状態などを説明する場合、間違った説明が様々に重なったりすると真相が判明できず、深刻な状態になることも予想しておく必要がありそうです。

今のように不正確な説明語で表していると、場合によっては事実に反する誤解状態が幾重にも現れる結果で人心が動揺したり、逆に楽観した予測誤認などによって計画類の変更が重なり社会の損失が無視できない状況になったりする危惧もあります。
将来のため、疑わしい事象はよく確かめた上で誤りがあれば率直に正す行為を、怠らず絶えず励行していく必要があると思います。
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(編集後記)              2013-6.29 (ver.o1h.)  
再生可能エネルギーの呼称は、最近の図書で命名者が判明しました。
最近出版された [これからのエネルギー](岩波ジュニア新書/'13-6.21発売) 中の余談(コラム1)で、著者の槌屋治紀博士(機械工学) が1979年に経済学者の室田泰弘さん同意で「英語のRenewable Energy を直訳した」とのことです。
   
英文の Renewable は、別エネルギーの形で取出す「新規可能」とか、新規エネルギーによる「新出化」といった意味で使われ、以前のエネルギーのリサイクル [再生] の意味ではない筈です。

科学現象でありながら今まで侃々諤々( かんかんがくがく。喧々諤々=ケンケンガクガクは俗称) の議論も無かったのは、論議しなくても誤認・誤称という答が明白だったからでしょうか。

誤称した原因は、[再現] や [再生] が身直で多用される言葉であったためか解釈を独断し、[再生] の定義をよく確かめなかったのでしょう。
   
「エネルギーが再生する (再生可能である)」という表現は法律違反の虚偽事項のほか、将来は社会を担う若年層へ嘘を教える弊害など、社会で思わしくない支障が出ることが危惧されていますので、早急な改称が望まれます。

学術名の改称は学会や文部省・経産省(エネ庁)などとの関係もあり手数がかかりそうですから、ここは単純に名付けた本人が改名して公表するのが最善ではないでしょうか。
教養図書で誤称を広めた責任の一端がある出版社 (岩波書店) にも協力願って、代わりの正当な名称が円滑に早く決まるよう願望します。

誰でも自説が間違っていても正当化したいのが常道ですが、そのような姑息な手段はとらないよう望みます。また、適切な提言があっても自分に都合が悪ければ知らない振りをするような行為も歓迎できません。出版社も命名者も共々、今後の社会の有益な方向をとるよう期待します。


( 参考 ) 
用語の誤用・乱用を正し文法・文体の正しい用法が一目瞭然の書を紹介します。
    「日本語練習帳」 大野 晋 / 岩波新書
    「日本語の教室」 大野 晋 / 岩波新書
    
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<ウィンドウズ系閲覧ソフト(ブラウザ)では、配字列がずれて見えることがあります>

(B22)                        '10-5.16提示 '12-3.06修正(d3m.)
◆[沖縄の米軍基地問題] 打開への道筋 

                               沖縄と尖閣-近海の略図L-諸島図-6
[ズバリ要点]

(米軍基地の存在-撤廃問題)
o 大目標は有事にアジアの安全維持・日本の防御
o 基地が県外国土なら良とする沖縄言は独善主張
o 米基地が沖縄偏重も東洋突発事態への対処目的
o 沖縄はその目標のための一手に過ぎない認識を
o 現実の解決第一歩は隣2国の脅威・抑止の衆知
o 北朝鮮の首脳者高齢で政権交代の余波も予測要

(普天間基地の安全化-移設問題)
o 県民頭越しの辺野古策定も代案無ければ現状か
o 解決案は二つ。だが実現には10年以上が必要
o 1は希望地へ移転・2は所定地へ移住で生活保証

                  (図クリックで2段拡大)
[ 特 報 ]
その後、米高官出席のTV番組中で次の要旨の諸点が日本側へ伝達されました。 (BSフジ '10年9.23日[フジ プライム ニュース]対談)
 

  ◆ 沖縄の米軍はアジアや日本の安全維持に必要で、駐在米軍すべてが撤退することはない。
  ◆ 緊急出動が任務の海兵隊は、東アジアの突発危機へ時間的・地理的に対応できる沖縄の駐留が必要。
  ◆ こういった防衛の状況について日本内 (政治家・国民) への認識教育を徹底して欲しい。
  ◆ 尖閣諸島の領域の武力攻撃へは日米安保条約の行使(防衛の助力)を適用する。 日米安保は今迄どおりで引き続き有効。
  ◆ 米軍への助成(思いやり予算など)は年々減らされてきたが、(米軍の防御を仰ぐ謝恩の配慮も込め)減額をされないよう望みたい。

23日にはクリントン米国務長官も本国で次の要旨を言明しました。(翌9.24日各報道)

  ◆「尖閣諸島も、武力攻撃に対する日米安保は引き続き有効」

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( 米軍基地 )
[ 本 文 ] 
 
(10年前と変ったテロへの情勢変化の認識が必要)

目下のアジアに生じている予想危機の一つは、北朝鮮の政権交代前後にもし動乱などの異変が生じると、その隙に核がテロの手に渡る事態が起きる可能性です。
10年前とは異なる世界情勢の変化があり、9.11事件のテロによる活動で歴然とした危機のように、北朝鮮に起り得る従前とは異なる危機発生の予測を無視してはならないと考えます。
  
東アジアの中で特にかの国に起り得る危機予測は、向う30年から50年以内には収束されると思いますが、その予測危機を避けるためにも、当面は沖縄の近辺に米軍基地が存在している状態がどうしても必要になってきたのです。
ところが、こういった類いの情勢変化について政治家の認識が不十分だったことが判明してしまった沖縄問題のほか、国民殆どもその危機意識が薄いようです。更に、10年前と同じ東アジア情勢を前提とした報道などの論調も未だに見受けますが、早々に近年情勢へと考え直すべきでしょう。
  
かの国首脳者の健康が永久持続することを前提とした楽観的観測は見直すべきで、高齢のため政権交代する時期が近づいている情勢変化を考慮すべき状況になり、首脳交代の直前か後日にもし騒動などが生じた場合の危機予測を考えておく必要が生じてきたのです。
     
かの国で政権交代などの機会に異変が生じた場合、動乱にまぎれて核兵器や原子力資材・資料などがアルカイダなどテロの手に渡るようなことがあると、核所有の国家とは違い核兵器を取得したテロの暗躍で、当の北朝鮮共々世界中が被爆・都市壊滅やその予告恐喝の脅威に晒される状態になることが予想されます。

米国高官筋の談話による対応策でも、かの国が有事の際は寸刻を置かず先ず米先発隊が目標地へ「突入」(毎日紙 2000年4/1) し措置を施すとのシナリオは、突入がどのように決まっているのかは不明ですが、突発的な二次的危機も未然に阻止する対策の一つとして、最近あらためて確認された報道の情報です。

東アジア緊急時の対処が時間的・地理的に有利な沖縄の近辺は、最重要な軍事基地として再認識される事態へと変化しています。

      
(大目標は有事に自国の防御・アジアの安全維持)

事変が起きたときの日本を防衛する手段を真剣に考えない人もいます。目下は米国に守って貰えるからいいじゃないかと考える人も居ます。これは日本の願望です。 
しかし米国は自国の立場が優先ですから、日本・米国が同時に危機の状況に陥った場合は、自国に有利な方を優先し日本の危機状況がすぐ解消されるとは限りません。 
   
一方、アジアの安全維持は米国の立場の目標です。同時に日本にとっても必要な措置です。更に、世界にとっても障害波及を阻止し保安を維持するための安全策です。
東アジアに存在する米軍は、かの国に突発する予測危機を未然に防ぐためにも重要な役割りを果たす状況になっています。
   
中国との協力関係を望む人もいます。しかし、中国は強かな思考を持っていて、領海内の漂流船は船主へ返さず中国が所得すると宣言したり、日本の領海線上の石油系資源を吸い取ったり、米国の最新鋭偵察機に対して曲芸もどきの中国機接近のワザで自国内へ強制着陸させ最新式の米軍諸装備を取外して調べたり、日本近海まで中国艦隊列が出張し軍事演習をしたりで、油断ができないお国柄です。 東洋国同志の友好を深めるには望ましい国ですが、軍事協調には熟慮が必要でしょう。 
   
政党の中に、米軍基地は日本国外へ移すべきとの意見があります。 諸種の政策方針があるのは歓迎なのですが、それなら米軍の代りに日本の国土と国民を危機から守る対策構想を持っているのでしょうか。 その党の旧来からの束縛を現代の立場で見直し、国の将来を考え子・孫の時代を想い、基地問題にも次善の策を建てることで党内の旧弊を転換される努力が望まれます。


(沖縄はその目標のための一手に過ぎない認識を)

沖縄をアジア防衛の基地としておきたいのは米国の都合です。日本に米軍を置きたくないのは日本の願望ですが、それでは日本の防衛もアジアや世界の安全も確保できません。 
沖縄基地が未だに存続していることには同情します。 沖縄に限らず敗戦間近で近隣の諸島も激戦に巻込まれて苦労されたのは、誰もが承知していることです。沖縄と同様に、本土でも戦渦の激変を体験した詳細を、沖縄の人々は承知しているのでしょうか。共に庶民の体験談を語り合ってみたいとも思います。 
   
戦時中から食糧も生活用品も乏しくなり長期間の耐乏生活や機銃掃射の恐怖や戦火・爆撃の被害も沖縄と同様かそれ以上です。 本土へは原爆を2発も落され、覚悟する間もなしに消えた大勢の同胞があり、死にかかったまま苦しみ続けて旅立った人々も多かったようです。 

沖縄県民の多大な苦悩は分りますが、米軍が地元から撤退するならどこへ移設したら最善と考えるのかの案を考えているでしょうか。 疑問なのは、近年に新たな危機が発生し、アジア近隣では危機発生の可能性が高まっている一面も生じている状況を、完全に認識しているとは思えない反対派の言動です。各地基地の危険度や苦悩は重いことですが、日本全体の危機の方がもっと重要な問題ではないでしょうか。
   
かの国の政権交代前後に起り得る核部材テロ取得の危惧は、向う10年から30年以内には収束するとの観測もあります。 また、米国の元国防次官補の談話で、もし数十年後に「北朝鮮がなくなり、中国が民主化して友好的な国家となった場合、在日米軍の必要性は減じる」('10-6/20毎日紙)との説もあります。

今の危機が過ぎれば、米軍による緊急出動の重要性は解消し通常の防衛態勢でいい筈です。 沖縄の基地の大半がグアムへ移転してもアジアの防衛が維持できる情勢になれば、沖縄の基地負担はかなり軽くなると想像されます。
つまり、30-50年以内には沖縄の米軍基地の更に相当な部分が日本へ返還される可能性が大きいので、永久ではなく暫くの期間の辛抱という予測ですが、政府の公式見解は不明です。

こうした世界情勢の変動と対応の変化に対し、殆ど無知状態にも見える政党は社民党だけのようですが、それは一体どうしたことなのでしょうか。憲法(9条)は変えない・軍隊も持たない・北朝鮮に起り得る危機は絵空ごとだと考えているのだとしたら、今後の日本が存続しえない方向になってしまいます。思考を改めて現下の世界の状況を一刻も早く認識し、時代に沿った正しい思考をとる転換が望まれます。
   
基地の地元は、従来に代る移転先地区の苦渋を思いやり乍らも地元からの撤去を謙虚に要求するのなら納得もできるのですが、自分の地元から消えさえすればよくて行先地の負担は知った事ではないと思っているような身勝手な行為に見えてしまうのが悲しいことです。
同じ国民なら、助け合う気持で防衛の今後をどうするのが最善かを共に考えるのが、今必要な本筋ではないでしょうか。
アジアや日本を守って貰うための一つの手段として、米軍の駐在を支えるはやむを得ない代償と思いますが、誤った考えでしょうか。 


(解決案は二つ。だが実現には10年以上が必要) 

現政権があらゆる問題解決策を検討してきたのかどうか不明ですが、現地県民の希望基地案を拾い出す方向と、基地の整備に対する転居自由と住民保障・住辺振興を助成する方向との、二つの案を示してみます。 
その前に、第三の方向を提示しておきます。これは架空の方向ですが、誰もが再確認しておきたい問題です。
   
◆第三の方向 

沖縄と本土の各地から外国軍が完全に存在しなくなる場合の予想シナリオです。
他国防衛軍の撤退を主張するなら以下の状況になることも承知しておくべきです。
   
まず、様々な場合に自国を防衛できる状態にしておく必要が生じます。
軍事装備と兵力を持ち、どの国にも負けない武器と兵士が必要です。負ければ日本はテロか外国の領土になったり、大打撃を受けて前の敗戦よりも惨めな社会と生活になる可能性があるからです。 攻撃が目的ではなく、外部・陸上から攻撃を受けたときに強力な報復方法で攻撃者が壊滅してしまう脅威を与えるための防御軍備が必要です。 抑止力とも呼びます。 可能性だけの実力・武力です。 
   
諸外国は徴兵制度があるのが普通なのに日本に徴兵が無いのはどういうわけなのか、原因や成行きを考えてみたことがありますか?  
日本は軍事費が少ない分をほかの政策や経済対策に回せることもあって、経済的には救われた面があります。 日本の経済力はハンディ付きだ——軍事費丸儲け(同然)を背景にした経済力で国際交易してもそれは真の実力ではない、といった日本への対応をされたと感じることがありますが、思い過ごしでしょうか? そう感じた理由は、他国は軍備を整えれば国の経済が苦しい方向になるからです。  
   
他国並みの武力を持つには、最新の兵器を米国に売って貰うなどの方法で装備し、兵力を備えるには徴兵制度も必要になります。
軍事費が嵩むので増税は避けられず、軍事産業の振興で雇用状態は良くなっても物資・用品が欠乏する状況になるかもしれません。 
   
外国軍を排除したいのなら、こういった状況の覚悟が必要になります。そうではないのなら、ほかに取るべき代案が必要です。代案を持たず沖縄も本土の各県も自分の願望だけを主張するのでは、問題の本質が解決しない徒労に見えます。 
   
それでは、二つの試案の説明に移ります。
◆(案1) 各地区県民の希望案を聞く 

 どこに軍事基地を設けるのが望ましいかの案を出し合って検討する考え方です。
本州でもどこでも代替え基地を置く場所の最善策を各当事者県民から提示願って検討し、纏めたら当事者の米国と協議する方法です。 
具体的な場所の地形図・住民数や、構築前後と将来への推移のシナリオも必要です。希望候補地の基データは政府から出して貰い、具体案は地元県から提出願えば企画は可能と思いますが、恐らく自民党が検討済みの候補地を再吟味することになりそうに思えます。すべてが完了するまでに10年間程度の期間を要するのではないでしょうか。
   
◆(案2) 代替え地を用意して移住して貰う 

 沖縄や本州各地の現用基地のどれかを拡充し、散在している現用基地を、なるべく活動し易い集中基地にして米軍へ提供する方向の案です。ただし、ある程度の分散基地にしておくのは、安全上から必要な配備と思われます。重点基地拡大のため、住民がなるべく無理をしない限度内で移転する方向になります。
地元に残りたい人は希望地を自由に選び、移住者は所定地へ移り快適な生活が保障される考え方です。すっかり落ち着くまでには10年間ほどかかると思います。
     ——————————————————
  
国内基地の存在を沖縄県民の多くが拒否し基地撤廃を主張している問題のほか、県民の頭越しで政府と米国間で約束してしまった辺野古基地の移転策も早急に解決しなければならない現実問題です。
鳩山氏が総理だったとき「少なくとも県外」と約束したのは取り返しがつかない発言で、そのとおりに実行できないことは明らかです。それは、東洋に有事が発生した際は寸刻を置かず沖縄から出撃できることが抑止力として地理的に必要なので、沖縄以外の他の場所でもいいと言うわけにはいかないからです。
このことは従前から広く認識されてきたからこそ、基地問題となって引き続いている問題の主点です。

東洋を視野に入れた日本の防衛基地は、県内設置を前提として、最善策を模索するよりほかない状況に置かれています。
   
日本の防衛基地が沖縄県に集中している状態は止むを得ないことと誰もが認めていることです。国内基地数 (全国の米軍基地/東京都知事本局)
135のうち沖縄は37基地で箇所数では3割弱ですが、負担7割と言われているのは沖縄の軍事規模 (沖縄県基地マップ/沖縄県 知事公室)
による兵力・装備の負担や環境問題だと思われます。 この状況で、沖縄県民が「基地は県外へ」と叫んでいるとおりにしたらどうなるでしょうか。

沖縄基地をもし本土へ移設分散して連携防護が不具合な状態にでもなると、今脅威となっている外国の攻撃が現実に起きるかもしれない可能性が生じます。
必要としている抑止力のための最適な条件は、本来なら本職の米軍による戦術計画次第と思いますが、沖縄県民が希望する改善策はどうなのでしょうか。どこへ移設するのが最適と考え、沖縄から引上げるとどういった支障が生じると思うのか、そしてどの程度の将来予測をしているのでしょうか。

沖縄だけではなくアジアの平和維持を考えないと、攻撃を受けたときに日本が打撃を受け沖縄が壊滅や占領される恐れが生じ、アジアの平和が破れ次いで世界が不安定になる可能性が現実になります。沖縄地区が外国に占領されて沖縄県民は外国の統治下になるシナリオが現実になるかもしれず、次いで尖閣近海も外国の領有域になる危険性が強くなり、アジアの平和が破られる方向にもなりかねません。

沖縄の方々には済まないことですが、犠牲的な精神で防衛基地を受入れる覚悟が必要な状況なのです。そうでなかったら、希望に応じて県外かどこか望みの場所へ移住するほかなさそうです。現地の知恵でほかに方法はないでしょうか。
政府が独断で決めるべきではなく、国民の総意がどうなのか どのような方向へ善後策すべきかは、野田政権の運営に懸かっていると考えるのですが、本来ならどうあるべきなのでしょうか。

本来なら「防衛基地は日本の自衛隊だけで守りをかためるのが本筋」と言う見方もあります。基地の設営問題からは外れますが、一つの改善策です。しかし防衛装備類は、国産しても諸国に比べて技術面で遅れがあり追いつくのが難事です。兵力も不十分で徴兵制度で補充する必要があります。大きな軍事費も目下の経済状況では無理です。すべて今すぐ間に合う状況ではありません。結局、できる限りの範囲内で努力し、殆どは米国に助けて貰うほかない状態です。この環境の中で、新たな対策を工夫するほかない状態に置かれていると思います。


現状を見て思うのは、沖縄県民の頭越しで政府と米国側が勝手に決めた基地問題の改善案や計画・評価案などが出来上っても、そんなものは空念仏ではないでしょうか。軍用基地の全面的反対に転じた沖縄県に対し、まず最初に現地の県民に納得して貰わない事柄は、いつまでも実行に移すことは不可能な筈です。
        
現実問題としての米軍基地対策の道筋は、まず通常防衛と目下の東アジア予測危機との二面について、楽観的観測ばかりを考えず悲観的観測による予測危機などのほぼ全容を沖縄住民の全てが正しく知り、現下の防備のあり方・抑止力を完全に理解していく状態が出発点と考えます。
それ以外の打開方向は、目下のところ見出せません。
自分たちの目先の生活しか考えない沖縄県民の狭い視野の状態を開く方向も考えないと、硬直した現況の進展は何も得られないと思います。
   
建設予定地区の居住者対策と共に跡地周辺の経済環境低下への対処も大事な問題ですが、全体からみれば局部的な地域問題であるのに比べ、東アジアの有事に対する緊急出動の必要性は日本全体のもっと大きな問題であり、アジアや世界にとっても重要な危機問題です。
沖縄も本州各地区も共に協調して突発的危機の認識とその対応策を意識しておく必要があるのではないでしょうか。
   
二番目は、長期と短期の基地構想を政府が明示し、沖縄ほか各基地がどうあるべきかの段階的・時間的な計画の情報について、一般国民としても把握しておきたいと思います。

そして三番目に、再構築計画の手順や造成地の構成などの具体策を固める段取りになるのではないでしょうか。
その間に、基地周辺の住民、与党内部、米国の了解が必要で、手抜き飛越しや頭越しの策定は、もはや見えてはならない行為と思います。

( 雑 感 ) 
 
各地元の反対派、賛成派の数はどうなのか現状真実不明。
賛成中には今後の国防熟慮者・地元の振興願望者も推察。
うかつに"賛成"と言えば袋叩きの予測。真相不透明の疑。
今から調査しても"賛・否"の実態明白化は不可能と推察。
住民は日本の立場・危機の認識欠如で行末の損害不察知。
先ずは広い視野と将来の代々安泰への純正思考が必用事。
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(周辺諸島の今後)              
   (v.a:)
100年後、尖閣諸島が中国領土になっている可能性が強くなっています。
沖縄も、米軍が撤退済み状態なら 中国領になっているかもしれません。
日本の漁船は今も将来も尖閣近くでは漁ができない状態が続くでしょう。
尖閣産出の石油も、日本は中国から特価で輸入する状況も予想されます。
沖縄の米軍基地は韓国移転でアジア防衛基地が強化する見方もあります。
沖縄は中国が占領し沖縄県民は中国統治下の生活になるかもしれません。

  
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(B21)                  '10-4/26 (v. b3c)
◆方針案の公表は進捗段階も明示必要 
 

[ズバリ要点] 

o 初期素案と最終策定案との区別の認識が必要
o 策定に至る審議過程の一般原則の尊守が必要
o 審議過程と位置づけを政・民とも把握が必要

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[ 本 文 ] 

(初期草案と最終策定案との区別の認識が必要)

大臣の元で纏めた腹案を、恰も(:あたかも)政府の決定案と思えるような公表をしたり、大臣によっては草案の中身を変更するつもりはないと明言してそのままを法律にする気配を見せたりして、騒ぎが起きています。 その腹案・素案とも言える初期案の中身が、完璧ならぬ欠陥や民意に反する内容だったりしていると、問題が強く感じられ騒ぎが拡大する方向になりがちです。

しかしこれらは草案とも言える初期段階の案なのか最終案なのかがはっきりしません。全体会議前のどの段階の案なのかを、起草本人も第三者にも明確にして欲しいと思います。 
   
(策定に至る審議過程の一般原則の尊守が必要)  

誰もが知っている筈の審議手順を目下の与党各議員の誰もが注意も払わず無視し、初期案のままを法・令へ持込もうとしているかのように見えてしまう状況が多発しています。国政による制度を策定する場合、議員一人が取纏めた腹案がそのまま法律化されるような事態を、可能性としても確実に防ぐ必要があります。

政策成案までの審議過程を、以下のような基本原則の形で国政側が再確認した上で樹立しておき、これを基にして夫々の場合に応じた一般原則を建てて個別の案件を進める手順を、広く共通認識としておく必要があるのではないでしょうか。

全国各地から専門家代表が集まる多様な会議に長年関わった体験から、一般的と考える審議順序・策定段階の概念を示してみます。
  
<<原案作成の段階>>

  
 [腹案/素案] 
(1人単独〜数人により、命題達成案の叩き台を作る) 
            ↓ 
 [草案/専門家討議案]
(専門家の代表者により、落ち・欠陥を潰して草案を纏める)
腹案などの資料が何も無いゼロの状態から出発すると、諸種の異論などが乱発して纏め時間がかかり過ぎたり、方向も出ないまま流会する場合も起る。 少なくとも骨組みが示されている程度の初期案でも台を基に論議すれば、将来の全体像も早めに見えてきて短時間で草案が纏まりやすい。

            ↓ 
 [原案の作成] 
(上位の多数の専門委員により、専門分野の立場から、予測の手法なども用いて案の実施上の問題点を修正・確認し承認する) 
              
<<承認審議の段階>> 

            ↓  
 [原案の承認審議] 
(企業体の責任者多数により、社会機構上で原案策定に問題がないかなどを審議し承認する) 
            ↓ 
 [承認案の決定審議] 
(所定の選任者全員による全体会議で、事業策定としての目的や効果などを予測・確認して決定する)
   
一般的な審議過程の概念です。実際には事業の内容や目的に応じて専門的な細分化や逆に簡素化した構成になります。 
各審議段階では、予め指定した委員構成か特に指定された委員会で審議する必要があります。立案者に都合が良いような委員編成又は既設の審議機関へ独断で依頼し検討した場合、我田引水の検討体制により審議方向が偏る可能性があります。
 

(審議過程と位置づけを政・民とも把握が必要)  

各大臣がてんでに見通しなどを表明する状況が何件か見られ、混乱が生じています。 審議過程の大原則を樹立しておけば、政策案が公表されたとにきそれがどの段階の案なのか今後の見通しはどうなのかも把握でき、無駄な騒動は起きない方向になるのではないでしょうか。
  
例えば、今回の高速道路 通行料金改正案の場合では次のような問題が生じています。
   
o 単なる腹案段階の内容なのか所定の審議機関による最終案なのか、策定段階の手順による位置づけが曖昧なので混乱が生じます。政も民も審議手順の原則を共に認識し、今後の検討余地を承知しておく必要があります。
  
o 道路建設の予算で補う方向と通行料金を無料化する方向との二面のうち、予算活用の方向だけを尊守し通行無料化の方向を軽視する結果になってしまいました。しかし、その一方だけを堅守する理由と根拠が示されていません。
建設予算の一部を若干ながらも活用する変更を行うのなら、もう一方の料金無料化の公約の方こそ約束を果す方向へ路線変更すべきではないでしょうか。 
   
o 国土交通相の初期案は将来の収益も見込める優良な腹案だったと聞きます。それが小澤氏の意向によって道路建設を優先させる方向へ変更されたらしく、その結果の無茶に見える原案は建設地区の住民票獲得を優先する意図のほかには考えられません。予算はいくらでも出る筈が逆に減額方向となったのが原因で、国の経済よりも選挙票獲得を優先させる方向の策定になったのだとすれば、どう見ても許される話ではありません。
  
o およそ世の中で約束に反する行為を一方的に行うのは、社会的に許されません。社会は約束によって進行しており、約束が守られなければ社会や世界の秩序と動向の全てが崩壊することにも通じる由々しき問題です。
通行料無料化の施策停滞なら、いずれは実行される予定として許容もされますが、一部分とは云え公約とは逆方向の有料のままで、しかも従前よりも高額料金に改正される制度は約束無視の人道的な道徳違反でもあり、許されないことです。
   
o これはまた、料金減額・均一化の方向を期待している民意にも逆行する制度です。
政治家は国民の代弁・代行者として国民を代行する活動が任務であり、民意に反する独断の言動があってはなりません。敢えて民意逆行を行うことは任務に反する行為であり、議員・大臣を失格している思いがします。

一般人で能力・手腕もあり有能でも、年収は議員・大臣の年俸・諸手当に比べて僅かなものです。政治家諸氏は、税金から支払っている報酬に恥じないよう更なる努力と気構えで責務に尽力されるよう望みます。そしてここで述べた感想は、庶民の殆どが当然のことだと感じている状況を認識して貰う必要があります。
  
o 通行料金改正案の例で「内容の変更はありえない」との大臣主張は、[腹案・素案] としては改めないということであるなら、主張する道理は分かります。 以降の審議で大臣腹案を叩き台として討議し、不備があれば十分に直す余地があるからです。その審議案の格付け面に、上述のとおり審議過程の全体像の中で該案の位置づけがどの段階部位なのかの認識が必要になっていると思います。  
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(B20)                     '10-1.16 (e4a+)
◆小澤一郎氏の活動資金と今後の課題
          

[ズバリ要点]   

o 小沢一郎氏は日本を駄目にする独裁闇将軍的な印象
o 正当な働きで[億]の額を稼げる筈がなく裏収入がある
 (政治活動の根本的検討と[新法]で罰則・遡及刑罰も必要)
o 国民の支持は民主党であり "小澤氏信頼" は逆の虚言

(参考:各氏演説-論評サイト "次の選挙で 民主代表選での各氏[表明]を査定しよう" )
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[ 本 文 ]   

(小沢一郎氏は日本を駄目にする独裁闇将軍的な印象)

小澤氏が国民のため日本国家のために働いたという印象がありません。党利党略が目的で活動し、その副産物として国益が生じたこともあった程度ではないでしょうか。

小澤氏の主張には通常の良識ある社会人から奇異な理論が多いと言われていますが、本人は大真面目で自説が正しいと信じているようです。実害がないならいいのですが、政治家の場合はその理論を政治へ反映すれば国益に反する場合が出ることもあるので、好ましからざる人物に類するということになってしまいます。
自民党政権の時代から、異口同音に「民主党の政策案は好感がもてるが、小澤氏が困りもの」といった風評が囁かれてきました。

民主党に在籍している小澤氏が困りものだとしても、今回の総選挙で民主が3/4議席、自民1/4議席の結果となった理由は、民主党の自浄作用によって奇怪小澤氏は是正されるであろうとの期待があったからと想像されます。しかし、現実には未だに自浄作用の気配が見えていません。正しくあるべきことが行われないのは、こわもてに類する小澤氏の陰の力が働いているからとも読めます。最近は「恐怖政治」といった表現も聞くようになりました。

小澤氏の意向に沿わない提言などがあると、選挙のとき公認して貰えず交付金の配分が減らされ刺客の候補者を差し向けられたり徹底的な排斥をされるのが通例になっているらしく、その体験談を幾つも聞くことからも党内で小澤氏に逆らうことができない状態が「闇将軍」の印象めいた元凶になっているようです。

自己への忠言でさえも「楯突く人」と受取ってしまう場合もあり、忠告として受入れたり自身を高める鷹揚さが乏しく、思い知らせるのが趣味のようにも見えます。
その反面、なついた人には厚遇し忠誠心が高まるように仕向ける行為は、和製のゴッドファーザー(=助けてくれる神様のような父さん役) といった感もあります。

民主政権が確定したとき、鳩山代表は小澤氏を政務に携わらない選挙対策の専門部署に就けると言っていた筈ですが、いつの間にか党の全権を持つ幹事長に据えてしまいました。そこには、議員当選数を確保したとされている小澤氏の見えざる力学が働いて、鳩山氏が屈してしまったように見えます。

今回の選挙で民主党300議席(自民100議席)の民主圧勝で、自民議席との差があまりにも開き過ぎる程だったのは、小澤氏の選挙活動の成果と言うよりは民意の投票パワーの方が遥かに大きかったからだと読めます。 現実に、全国津々浦々の地区に小澤氏が回って来て游説したわけではなく、また小澤氏の演説・説得があったから民主党へ投票したとは考えられません。

小澤氏が接触し当選を果したと思われる議員はせいぜい100人程度であり、それよりも遥かに数多い国民の大多数が、自発的な判断によって民主党の候補者を選んだと判断されます。小澤氏の尽力が無くても民意による200人程度の当選(自民は100人程度)となった筈です。民主圧勝がすべて小澤氏の力だったと読むのは、理論的な錯覚に過ぎないのではないでしょうか。

小澤氏は人に説明し説得する能力が無いため、金の力で人を集め頭数の力で諸事をなびかせる手法を常道手法としているように見えます。そのために合法・非合法で金を集める必要があると読めてしまいます。 小澤氏の力の根源は金であると考えられるので、資金源を断てば力は消失すると想像されます。

なお、鳩山氏が小澤氏へ「検察と戦って」と励ましたのは、検察が正当な法治の組織であるなら正義と「戦う」ことになり、正と戦う「悪の立場で頑張って」と言う意味になってしまいます。 言葉ひとつの問題ですが、かつての原爆・敗戦が (長崎で)「よかった」発言でも「せめてもの・不幸中の幸い」とでも言いたかったのと同様で、戦うのではなく「検察へ協力して」とでも言うなら分りますが、励まし言葉にしても不穏当な発言を避けるべきでした。

(正当な働きで[億]の額を稼げる筈がなく裏収入がある)

今回の問題点は二つあります。多額な金額の素性(1)と記録の小細工(2)で、この二つは間接的な関連はあるものの別件の問題です。
(1)落札口利きの謝礼金の事例は、問題の根源で、今後の課題です。
(2)会計の記録不記載の問題点は、一段落したように見えています。ほかに、行方不明とされている機密費類の引継ぎ精算・最終消費部署やその使途など、幾つかの問題と謎が残っています。
ここでは、(1)の「口利き謝礼金」を根絶する願望について述べます。

予定されている政治資金規正法関連の修正は、慎重に推進願って策定されるよう、政治活動の裏取引などの悪業が日常的に多発されないよう願望します。
団体の政治献金や個別企業連結の政治支援に拘わらず:ー

  一事業体当りの [資本の総額] に比べた [寄付額] (の比率)
  

が不相応に過大な場合を反則とし刑罰に処するだけでなく、遡及措置も設け或る程度の範囲のもとでは処罰となる方向が必要ではないでしょうか。それは、進行中の事業や新規の駆け込み献金を阻止するためもあるからです。

事業斡旋の口利き料が事業費に上乗せされて支払われるような場合は、公共事業の場合は血税が上乗せ分だけ余分に支払われるか又は事業者にとって有利となる何らかの裏取引が行なわれることは必至なので、収賄の証拠はあっても無くても多額な献金の事実がありさえすれば相当に思い罰則を課す方向で検討して欲しいと思います。
少し極端で飛躍した言い方に思えるかもしれませんが、そのわけは以下に逐次述べます。

選挙活動の経費は事前準備も含めると相応にも多額にもなると予想されます。小澤氏の場合は秘書が20人以上とも言われ、秘書・見習い・書生・助手などを含めると年間の人件費だけでもかなり嵩んでくる筈です。小澤氏が主宰する [改革フォーラム21]・[小沢一郎政治塾]・[改革国民会議] なども常時運営されている筈なので、それらの経費はどこから捻出しているのかに疑問が湧きます。

更に、選挙になると事前調査・予行活動・実行運動を通じた総経費はかなりの額になる筈です。企業の一つや二つを持ち収益を注ぎ込むのでなければ、法定の交付金だけで活動費の総額を賄えない筈です。
現在のところ小澤氏は事業経営などの収入源は無いようですので、多額な経費の財源をどこから捻出しているのか、労少なく高収入の不正な行為をしているのではないかの疑念が生じるのは当然のことです。
多額な活動費は何によって稼ぎ出したのか、行方不明となっている機密費類が党の選挙対策に流用されていたようなことはなく別の原資により公明正大な運営をしているとしても、収入源とその入金の性格と共に収支額の概算を公表・説明願う必要があります。

建設業に限らず事業会社の立場では、企業軒並みの小額寄付類なら各社ともおつき合い程度のことで通常行われていることですが、何千万円単位の大口献金ともなると得策なしで企業が出費することはあり得ません。 企業は利益を得るのが使命であり、回転しなければならない運転資金は幾らあっても足りない程なのが普通なので、多額な寄付を何の益もなしには支払いません。無益な献金をするぐらいなら慈善事業へ寄付した方が、企業の知名度が上がる面で得策になります。
もし何千万円もの政治献金を支払うとしたなら、政治権限を背景にした口利き落札など企業にとって何らかの有益な見返りが行なわれている筈と考えるのが自然です。 したがって、多額な寄付行為があれば、それをもって見返りの謝礼とみなし、真相を見極めたら刑罰に処すのは当然と考えていいのではないでしょうか。
  
工事を落札するための口利き料が業者と小澤氏秘書筋の間で相談され、一億を5,000万ずつ2分割して渡したとも報道されていますが、それはほんの一例に過ぎません。 野党の時代・与党の立場に拘わらず議員当選の地区で実質的な権力を持ち、請け負い会社の決定へ"天の声"の口利き料金による収入を選挙活動に当てていたと考えられますが、違法と思われる口利き代金の収支行為がなぜ現実に行なわれ得るのかが焦点と考えます。

落札の口利き行為については、謝礼額の相談のほか口利きの慣行状況など幾つかの事例の告白も新聞などで報告されています。 小沢氏の秘書筋から請負会社へ「上乗せ請求すればよい」と暗に指導までしていたことも判明していることから、口利き料の授受がいつも行なわれていたのは間違いない事実と判断されます。

公共事業の口利き斡旋などがあると、現実に口利き料金が上乗せされた額が事業者から請求され、国税から水増しされた額が支払われます。つまり口利きの支配者の所へは斡旋料が入金する一方で、その斡旋料は業者の施行額に水増しされて国税から支払われ、国民の税が不当に多く支払われる結果になります。これを見過ごすわけにはいきません。
実質的な不正行為の所得があれば、当事者が与党・野党の立場に拘わらず適用されるような法・制度の整備が望まれます。

この問題とは別に政党交付金を倍増する議員提言も出ていますが、法定の政党助成・議員手当て以上の金がなぜ必要なのかの問題を深く考え、解決を図るよう望みたいと思います。 今後の政党交付金・政治資金規正法の制度改善に絡む問題点の根本的な再検討が必要でしょう。
口利きなどの斡旋収賄を禁じる法律が存在している筈にも拘わらず、現実にはこのような不正がいつも繰り返される事態を阻止する必要がありますので、法令の不備に対して早急に完全補遺されるなどの方法で、政治に関する悪業が日常的に多発されないよう望みたいと思います。

巷に「原資となった出所こそが問題の根源」といった論評がありますが、金の「使い道」を追及するばかりでなく、もう一歩突っ込んだ「原資」面についても、議員活動支援のあり方と共に原資となる多額献金の犯罪視など、根本的な「立法の整備」に関する追及・論調がなぜ出ないのでしょうか。
 政治評論が専門でもない当ブログで論評しなければ誰も言い出さないのは何故なのでしょうか、専門家によって問題の根源に迫る論評が望まれます。

(国民の支持は民主党であり "小澤氏信頼" は逆の虚言)

小澤氏が「私は国民の信頼を得ている」旨の小澤氏発言がありましたが、当ブログ関係その他の周辺者で小澤氏を信頼している支持者は見当たりません。恐らく国民の大多数の中庸的な知識人で小澤氏を快く思っている国民は殆ど存在しない筈です。
また、総選挙で民主党が圧勝した点についても、小澤氏の努力によったのではなく、自民党の方が自滅した結果の現象との説 (談話・討議/新聞・TV) も出ており、小澤氏への国民総意による好感というものはないようです。

当ブログの別項 (B-1)[民主党 小澤一郎氏は善人か悪人か] でも「小澤氏が党首になる可能性があるなら民主党への選挙票は望めない」と述べました。 現在も小澤氏が党内にいる限り、民主党に対する信頼感も期待感も持てない感じを強く受けています。
次の参議院選でどういうことになるでしょうか、そしてその直後に小澤氏の面目などがどうなるかが案じられます。 小澤氏が存在し続けるために与党の情勢や施政に悪い影響が続くとしたら、日本にとって思わしいことではありません。

( 余談 )
 
   '10-1.29現在 (e)
主な政党に対する一般的で中庸な庶民の、ほぼ平均的な感想を述べておきます。
夫々の立場により政党の見え方は異なりますが、一例として御参考に供します。

民主党  

申し分がないほどの優良な政党で、黒く染まっていない善良な議員も沢山存在しています。しかし民主党内部が黒派と白派に弁別できなければ、全体を一括で考えざるをえません。 引き続き政権を任せておけば安心とはいかないように思えます。
閣僚ほか与党のみんなで決めた合意事項が小澤氏の一声で御破算になる図式が、与党の評価を激減させているといった印象です。その反面、民主閣僚たちが努力している施政の推進が、党への信頼感を支えていると思われます。

自民党  

庶民の立場で問題点が少なくとも二つはあり、救いようがない政党という実感を受けています。
一つは50年間以上にわたり国民をひどい目に遭わせ続け問題を先送りし予算が足りなければ福祉を切り捨て老人を見殺しにするような政策を棚にあげ、党をどう盛り立てるかだけに腐心して国民に対する配慮が乏しく、人道的な反省がないことです。謝罪してくれというわけではなく、申しわけなかったすまなかったという気持が見られないのは、忘れろと言われても忘れられないのが実感です。 二番目は谷垣総裁の国会質疑でも見受けるように、与党への追及議論を早めに切り上げて予算委員会審議の本題へ移った態度は立派だと評価はしますが、与党に対して批判するだけでなく「我が党ならこうする」との対案を示さない風潮が当然のように行なわれていることには失望させられます。国民からすると、もし自民が与党であったならどうかの判断材料が得られず、これではシャドーキャビネットの資格もないと言わざるをえない失格政党に見えてしまいます。次の政権党として考えることができない政党です。
   
自民党を背負い再出発するためには有望な方もおられますが、概して期待うすと読んでいます。 舛添氏は早計な政策を未検討のまますぐ表明してしまう癖があり、国際政治はともかく総合的な守備範囲があまり広いとは言えず未熟な政治家と感じています。河野太郎氏は熱意と誠実さはよくても体験不足の感があり、熟練者を立てその補佐役としては相応しいかもしれませんが、自身が党を率先するには力不足の感があります。 誠実と正義の信念がある平沼赳夫氏は有望な政治家ですが、郵政民営化当時の濡れ衣などで自民党を追われたまま党へ復帰する気配がないので、今後への期待は未知数です。

公明党  

一時的な定額給付金の支給を主張した事例にも見られるように、党への一時的な人気を得て有利な選挙を企み社会全体を考えないような政党に同調する気はおきません。実質的には宗教団体が政治へ介入している構図であり、政治と宗教の混在を快よく思っている一般者は居ない筈です。

社民党  

子育て支援など庶民の困窮を重視してくれる政策は有難いのですが、概して個人の立場ばかりを主張し、将来も見据えた日本国家の全体を考える姿勢がない政党と映ります。 米軍基地の提供にしても、招致による基地建設や遊興街の運営などによる地元の活性化を望む住民意向が存在する一方で、グアム移転を主張するのは一体どういう考え方をしているのか、判断に苦しみます。有事の際にグアムから米軍が駆けつける間に我が国が壊滅的な打撃を蒙ったらどうするのでしょうか。日本の将来を考えるべきときに自我の立場だけを優先するような政党に国政を委ねるわけにはいきません。

みんなの党  

現在の状況では最も信頼できそうな政党と映ります。 党首の渡辺喜美氏が何のしがらみも無い純粋な立場らしいところが、望ましくて嬉しい政党です。
目下のところ将来展望・社会福祉・外交政策などの多面的な能力が乏しい印象を受けます。
いずれは拡充された議員による幅広い守備範囲の体制が実現し、国民みんなが願望する方向で国内外の諸問題への万全な取組みが期待されます。

前回の総選挙では立候補者の全員が当選となりました。政策や信念が確かであり、日本をよくしたい熱意も誠意も十分あると感じます。将来は、たとえ民主党からみんなの党へ政権が移っても、社会的な混乱が少なく庶民の生活も損なわれることがない政策が維持できそうに見えます。 
残念なのは、目下は議員数が少ないため党の存在が浮上ませんでした。 できることなら次の総選挙(4年先の衆院選)では立候補者が100人でも200人でも立って全員当選となるよう望みたいところです。現状では国民が望んだとしても現実には資金などの点から実現能なのは不合理です。 
国会で様々な法令が制定・改正されているのように、議員選出に関する法令や諸制度も将来は整備願い、民意があれば国の助成か融資を得て多数立候補が叶うような制度になることを願望したいと思います。 国民の支持があっても選挙費用不足のため立候補の登録もできない制度は、これからの日本にとって誠に残念なことです。

国民新党  

庶民が感じている願望を、いつの間にか政策へ反映させてくれる嬉しい政党と思います。
"みんなの党" の次に望ましい政党と思いますが、党内の人材が少数なので残念な思いがします。
代表の亀井静香氏は優秀な政治家で政策も優れていますが、誰でも思いつくようなことを党内で吟味もせずに表明する癖があり、党首としては信頼感が不足気味です。今後の党の成行きに注目していきたいと思います。
   
その他の主な政党 (感想 不記載)   
日本共産党  
たちあがれ日本  
新党改革  
新党日本  
新党大地  
新党本質  
幸福実現党  
女性党  
自由連合  
スマイル党  
新社会党  
世界経済共同体党  
日本公進党  
日本創新党  
改革クラブ  
維新政党・新風  
沖縄社会大衆党  
東京・生活者ネットワーク
  
   
(参考)
◆[毎日新聞]論評「小澤氏は役職どころか議員すらも辞すのが日本と国民のため」'10年4月前後、3回ほど掲載
◆[朝日新聞]社説「小沢氏は議員辞職すべき」'10年10.5日
◆[文藝春秋]手記「悪魔が来りてホラを- -」(野中広務氏)'10年十月号
◆[文藝春秋]手記「- -小澤一郎氏の生前葬」(海部俊樹氏)'11年三月号
◆[ Web ] 論 評 「- -各氏[表明]を活用 - -」(五十嵐 正) '10年10.7日
◆ マニフェスト早見表 http://senkyo.yahoo.co.jp/manifesto/    
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(B19)                     '09-Z.1 (b3a) 
◆ スパコン先進策に国費が必要なわけ


[ズバリ要点]
誰でも分かっている必要性の根本要素を、まだ誰も整理して説明してくれません。そこで、独自の視点ですが、当ブログがいつものように本邦初の読み方の一例を記載してみました。

o 先鋭の科学-技術は将来の国際社会の中で日本にとって唯一の資源。
o 科学-技術の振興を採算投資ではなく国の事業とすべき説明が必要。
o 科学には学問と技術があり、技術は基礎と応用を分けて考えるべき。
o もし応用面で遅れが出ても後日に習熟などの方法で取り返しは可能。
o 基礎面の科学は一時でも遅れたら取り返しが現実には不可能に近い。
o 取り組みには、潤沢でなくも必要最小限の研究体制の維持が不可欠。
o スパコンは少分野の活用ながらも費用対効果無視の用具として必要。
o 新型の開発には困難も伴うが輸入品に頼るのでは活動に遅れをとる。


国の仕分け作業では、このような要領で相手が必要としている情報の要件だけを、当事者が抽出し提示して欲しかったと願うばかりでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[ 本 文 ]

資源が乏しい日本では、進んだ科学-技術は国際的には日本の唯一とも言える資源で、将来は国が生きていくための糧になると読んでいます。
また、技術進歩が停滞するとやがて国産品は性能がが劣る傾向が出て、先進技術品はすべて輸入という方向になるのも歓迎できません。

単に「科学-技術は重要で必要」と言えば誰でも理解できることなのですが、なんとなく「実用化のために有益」と言う意味になり、一般的には個々の場合を意図する意味あいが強く表れます。
いま個別問題ではなく全体像として "科学-技術の振興" に国の財源を使いたい場合は、費用対効果を無視した事業などの理由で「国家の助成として何をどこへどうするのが必要なのか」そして「どのような効果が見込めるのか」の端的な説明が必要になるものと思います。

「科学」がどのような範囲を指すのかよくは分かりませんが、一口に言うなら[分野]の概念ではないでしょうか。 [分野]としての「科学」の意味は広くて:ー
   (1)[学問]の分野、   (2)実用向け[技術]の分野
の二面があります。 俗に[技術]と言うのは(2)の中の[基礎技術]・[応用技術]や実践上の[技能]を指すと考えます。 科学技術を考えるときには、この(1),(2)を分けて認識しておく必要があります。
どの分野面が遅滞しても進歩が期待できず、その結果による現実面での効果は得られません。

(1)の学問の分野は、相対性理論や中間子理論などから人間工学や失敗学などに至る理屈の世界です。 実践すると "原子力発電" や "誤操作が生じない装置類" と言った実用性が生まれることになります。学問と実用技術の境い目は、両分野が混然としていて共存両性の状態と言えます。 この学と技の境い目の共存範囲は、実用面や生活にも密接に関わってくる領域です。

科学技術の進歩は基礎分野による成果が基盤になり、長い努力時間と成熟期間が必要です。
応用技術面や習熟技能の進歩遅れに比べて基礎分野の遅れが出ると、時間をかけても完全に追いつくのは容易なことではなく、その努力を積んでいる間に他所・他国では更に進歩が生じていきます。 現実には、基礎分野が一旦遅れたら取り戻すのは困難ではないでしょうか。

科学全面や技術の多面に潤沢な原資があれば申し分がないのですが、緊急財政のさなかであっても基礎や応用などすべての面で研究・開発の進行を止めてしまわず、必要最小限の研究態勢を維持する配慮が是非とも必要なことを認識すべきではないでしょうか。

スパコン(:SuperComputer=超々高速の電子計算機:演算装置)というのは、今すぐ利益を生み出す "もとで" という思想ではなく、採算を度外視しながら莫大な有益性を秘めた道具として考えるべきでしょう。

どの部門でも常に必要としているわけではありませんが、部門によってはそれが無いと研究が進まないことになり、また経済予測や気候予測などの一部の分野では実用にも活用されています。

スパコンの開発や設置は、費用対効果(:コストパフォーマンス)が見込めないため国の助成を受けてでも運用し、成果がいつの日かに実ることを期待していく過程が大切で、そこに日本の価値が生じることになるわけです。 これを停止することは科学の進歩への態勢を放棄することに近いのではないかと考えます。
研究・開発を推進する態勢が経済的に無理なら、少なくとも研究調査を維持するだけの機能を絶やさない配慮が必要と考えます。

スパコンの新機能型の開発には採算性や各企業体の技術協力面などに幾つかの難問があるのではないかと見ています。目下は業界レベルで何件かの共同開発が進行中のようですが、努めて円滑な進行が期待されます。開発や基礎研究などには必要に応じて国に助成を仰ぎ日本の技術進歩が止まらないように願望したいと思います。
輸入技術に頼るような事態になると、最新技術を導入するまでに他国に比べて時間差が生じるので、国内技術に遅れが生じる状態が日常化するような状況が予想されるので歓迎できません。

(余談)  

筆者は計算処理の分野が専門ではありませんが、なぜスパコンが要るのか何に使うのかの概念を一般論として言うなら、次のようなことかと考えています。
   
莫大な量の計算をするために普通の高速計算機を使ったのでは、答えが出る頃には次の時代になってしまいかねません。そのため短時間で処理できる超々高速の計算機を使うことになります。
それでは、莫大な量の計算にはどんな仕事があるのでしょうか。 一般に考えられる作業としては次の二面があります。

一つは、莫大な量のデータを扱い、"事象の推移" や "障害診断" といった解明を、蓄積してある多数の経験則中から条件組合わせ事例を探り出すなどの手法で瞬時に導出する [抽出] とも言える処理です。
もう一つは、"複雑な計算式" や "未知の事象の解析" などを短時間で解明する [計算] (=組合わせ演算) 処理です。 
[抽出] と [計算] のどちらも、"莫大な処理量" という点では同じことです。

通常の汎用計算機(パソコン)とスパコンでは何が違うのか、処理速度を高めるには何をしているのかは、基本的には三つの要素を高めているようです。
最初の二つは通常の汎用計算機(パソコン)でもとっている手法で、処理素子の機能(処理ビット数)を高めていることと、処理信号の刻み速度(クロック数)を高くしています。 処理を担う信号刻みの速さは、極超短波の電波を超える周波数に相当します。
この [素子] と [処理速] 二つの機能はそれぞれの場合の応じて現在の最高限界を採用していて、作用を更に高速へ高める改善のほかには特にむずかしい問題はなさそうです。
 
三番目は、処理の方法などに工夫をこらしていることです。 
計算機は演算作業を端から順に処理する機能になっていますので、演算の全行程を処理し終わるには何年にもなってしまう場合が生じます。そこで、演算処理の全工程を或る程度の長さで多数の小間切れに分けておき、各部分を一斉に同時処理すれば小間切れ部分の処理時間で済むので早く終了するだろうと言う考え方が基本になっています。[並行同時処理] とか [同時多重処理] と呼ばれています。その考え方から出発して様々な応用形態が工夫されています。
   
実用には多数の処理部を並列に増やしたり、並列にした処理部を多段に積んで同時進行したり、開発の立場により独自の処理・流れ方式を採用しているようです。 そこが並みの計算機と違う点です。 
スパコン製作で超々高速・高機能を最大限に高めるため、目的に応じて最適と思われる仕様をとり、各国・各社がそれぞれ特異な技法を採用する状況になっています。
     
計算装置は高額になるため各利用機関が共同使用するのが普通で、その賃貸し業もあるようです。 装置は、輸入する方が経費が得策に成る場合が多いようですが、将来を見越した国益の点で国産して使う方が現実的と思われます。 
日本の特技にしたい技術を推進するため、国費の助成を受け富士通やNECなどが協力して新方式・複合型の開発を進めていました。 ベクトル型が得意の日立・NECが途中から不参加になったため、複合型の計画を断念し富士通・理研の共同でスカラ型を基台としほぼ単機能型で開発してみるとの計画変更で進めていたのが現時点です。

スパコン機能の方式は、大別して2系統があります。
(伝え聞いた説話なので不正確かもしれませんが、スパコンを説明するときの要領の一例として示します)
◆スカラ型(一系列の計算を逐次処理。この素子を多数並べて同時に分担処理する方式) と
◆ベクトル型(多面の計算を一挙処理。この素子を多数並べて一斉に分担処理する方式) です。
スカラ型を基台とし、ベクトル型の機能も持たせた疑似ベクトル型というのもあるようです。 スカラ型のスパコンは、現在のスカラ型汎用PCを延長した方式として造り易く、営利商業には向くようです。

開発計画を進めていた複合型というのは、全く新しい発想による新方式を構想し、心臓部の処理素子(CPU)も新方式向けに開発することを考えているようです。
もし計画延期ではなく中断となると、日本の将来にとってまことに残念なことだと思います。

(参考小論):
[ スパコン世界ランキングに見る「あすの日本」 ] /三菱総研
     :[ スーパーコンピュータ技術史 ] /Wikiペディア   
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(B18)                    '09-Y.02 (c1++)
◆子育て[保育所]不足の問題が深刻


[ズバリ要点]   別項(B17)から "保育所類" の問題だけを抽出して提示

o"子ども手当て" よりも "保育所類" 不足の問題が深刻
o 保育所の充実で 少子化 対策や 経済効果 が見込める
o"子ども手当て" よりも "保育所" の補充が強い願望
o 後年に減額・中止は生活設計が崩れ貰わない方がよい
o"子ども手当て" の一律給付は税金のムダ遣いも同然
o 社会福祉の維持財源に国債発行を容認だが逆順政策

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[ 本 文 ]  

保育所・学童保育所が、目下は自由に使える状態ではありません。
緊急で最重要課題とされている課題の一つが、母子家庭で働き手を兼務する主婦が託児して生計を立て社会活動もするのに必要な保育所園・学童保育所が、人口密集の」都市部で圧倒的に不足しています。
待機児童が多数で、片親家庭の生計が窮地に立たされている事例が非常に多い状態です。

子供を抱える母子家庭にとって、児童を預けて働きに出ようとしても、保育所・学童保育所が無く予約待ち状況なので働いて生計を助けることが不可能な場合が多く、保育所類を利用できることが切実で強い願望となっているままで生活困難という深刻な問題が続いています。
  
子ども手当てが今後に減額や取りやめになることが迷惑で脅威です。「支給が変更されて生活設計が崩れることの方が損害が大きいので、永続の保証がないのなら初めから貰わない方がよい」との意見を重く受けとめたいと思います。

これから子どもを設けようとする場合も、保育所類が利用できない状況が続くなら、片親の家庭は託児して働きに出られないと生計が成り立たない見込みから、出産をあきらめざる事例も多いようです。 将来の若者層を生み出すには、今の保育所類が重要な役割りを担っているとも言えます。

10月11日に"認可保育所" を規制緩和して設立し易くする方法で推進される方向になりましたが、中央政府でなく地方行政の方で推進されるとしても、先ず国としての基本的な改正基準や利用料などについて政府の方針を示しておくことが良いのではないでしょうか。
保育所類の多地区設営は、失業対策と共に設備設営などによる経済効果が大きく現れる見込みと言う説もあり、社会にとって必要な機能としても大きく期待されています。
 
[子ども手当]だけでは "少子化対策" や "雇用対策" の効果は殆ど見込めず[保育所類]の充実こそが最重要と見る説が有力です。
子ども手当は、貰っても家計には役立つが勤務収入の代りにはならない程度と嘆く親も居ます。「保育所類があれば子を預けて親が働くことができ、"子ども手当て" を上回る稼ぎもできる」というわけです。

第三者の見解ですが、[子ども手当て]は財政が安定するまで2年間程度は延期し、今は保育所が不足している地域で設営を早急に国策で手配すべき」との少数ながら強い意見もあります。
国家の財政が成り立つかの火急のときに、従来は無かった手当て支給を少しの間だけ延期した後で実現するのはやむを得ないでしょう。
それに代る託児施設の補充設営が急務なことは明らかで、経済効果や少子化対策も期待されます。

"延期" は、健全財政の見通しが立つ迄という配慮です。 また "設営" というのは、新規建設に限らず応急的な処置を含め、公立アパートなど空き部屋類の間借り・賃貸住宅などによる安全場所での設置という意味で、当座の処置として実現可能と考えられる方法です。

"子ども手当て" に積極的で "保育所類" を推進しなかったのは小澤氏の意向だったのでしょうか。 子ども手当ては小澤氏が次の参議院選で国民の受けを狙った施策と思われますが、すべての国民が待ち望んでいることではなく、むしろ "有意義ではない" と言われて歓迎されない雰囲気もあります。
それよりも託児施設の充実が切望されているので、その問題を解消するのが友愛の精神にも叶うと思われるのですが、国民よりも選挙対策の方が大切な小澤氏に見えてしまうのは、どうも感心できません。

追記で恐縮なのですが、子ども手当て給付の実行推測について述べさせて頂きます。
一律給付しても、富裕層にとって学費の支出などは予定の行為であり、給付金が出たからと言って受給者が何か特段の動きをする可能性は殆ど見込めません。 そうなると給付金は入金通帳に記載されるだけで子育て支援の効果が現れることがなく、目的が果せないまま所定の給付金が親又は子供の預金の中で眠ったままになりかねません。
貴重な税が、富裕層の一部分とは言え有益に効果が果せなくなる方向の施策には強く反対いたします。

子供は社会のみんなで支えるとの方向に反対ではありません。そのためすべての子供へ一律支給という方策も賛同します。でも、目的とする効果が得られない範囲があるなら、その範囲は避けるべきです。また貴重な税が無駄に捨てられるも同然の遣い方になるのも、回避すべき課題と思います。
富裕層つまり高額所得者の線引きが困難との話も聞きました。 ちょっと待って下さい。子育て助成の "目的" と、実行する場合の線引きなどの "方法" とは、別問題ではありませんか。 やり難いから一律支給の方法で行くと言うのは、政策上の筋違えではないでしょうか。

どこからが富裕層なのかを緻密に考える必要はなく、大まかな区分でよろしいのではないでしょうか。
税申告の手法や裏利益などもあり、同じ稼ぎ高を取る人でも実利には個人差が出る筈です。どんなに精密に分岐基準を算出して区分点を決めても、あまり意味がないことでしょう。給付の事務作業が煩雑になるだけのことです。富裕の線引きは、荒っぽく決めてよろしいのではないでしょうか。

毎年 "ことしの長者番付" らしきものが公表されます。それと同じ手法で、確定申告の納税高で区分するのも一法と考えますが、実現できないのでしょうか。納税データによって簡単に算出できる筈ですが。分岐点は、子ども手当てが有効に使われる範囲とすべきで、暫定としては毎期ごとに従来区分の年収800万か新区分として8,000万か、その辺は財務系や福祉筋の専門家にお任せするのが妥当と思います。

子ども手当ての支給対象者は一律給付を強く望むでしょう。所得制限の分岐点近辺では不公平が生じる問題や給付する自治体の実施作業の問題も出てきますが、それは制度とは別であらゆる施策におこる付随問題です。
一方、対象外の人々は一律支給を容認しているわけではなく、疑問を感じたり反対の気持を持っているのが殆ど全員と想像されます。現在の小範囲の意見では、全員が一律給付に不賛同となっています。
国民全体の賛否を想像しただけの論評がありますが、世論調査などの結果によって論じなければ空論でしょう。

もしどうしても一律支給とするなら、高額所得者へは給付時に同額を福祉或いは教育関係への寄付を仰ぐようお願いしたらどうでしょうか。支給時に相殺して給付することになります。
高所得者でも、どうしても寄付したくない向きには、やむを得ず支給しても仕方ない思いがします。

とにかく、緊急財政のときには暫定措置としてでも不急な出費は押さえるのが本筋です。財政が苦しいさなかなのに、老人も含め皆で納めた税を金持ちへも施し、それが活用されるなら良いのですが裕福者の口座の中へ吸収されたままで無益になりかねない方向の施策は、どうにも我慢ができません。

小澤氏は「無駄を削れば財源は余るほど出てくる。当たり前のことだ」と言い切りました。しかし国民側は半信半疑で、それは概念としては分かっても今すぐとはいかず、何が無駄か・どのように無駄かを判定して歳入が確定する迄は時間がかかると読んでいました。いずれは実現するとしても、目下の大転換期には応急的な処置を取らざるをえない最中だと思います。

命の保証に拘わってくる社会保障費を削ることがあってはならない。財源が足りないなら、緊急時には国債発行もやむを得ない。 庶民の代弁としてそう進言もしました<別頁 (B1) [小澤氏は- ] 、(B-9) [税金を上げても- ]、(B10) [医療制度- ] >。 しかし、扶養控除は削る、国債も増発する、との両用では民意に逆行する政策になります。
扶養控除は社会保障とは"科目"が違うかもしれませんが、庶民の生活維持の点では同等の手当です。 保障止めをしておきながら暫定国債の赤字も出すとの両方の同時実施を容認したつもりはなく、また子ども手当てを支給する代りに扶養控除を削る施策という起点からも、我慢できる限界を超えています。

「こんなことなら自民党政権の方がよかった」、「いや、自民も民主も結局はおなじことよ」といった見方も出てきそうです。 このような理不尽とも思える給付方法は小澤氏の主張以外には考えられず、小澤氏のごり押しはいい加減にせよと言いたいところです。
民主党の政権公約はとても良かった、いずれはきっとよくなる、と感じていたとしても、一つの策定でも悪ければすべて悪しとも見えてしまいます。
どうか民主党はあと一歩でも頑張って戴き、妥当と思われる施政に励んで欲しいと願っています。
________________________________
[参考] 

(呼び名):
保育所(公立)=保育園(私立)。 学童保育=主に小学生以上の保護預け。
(関連法令-例):
厚生省令63号/s.23年、児童福祉法45条・24条・39条2項、社会福祉法2条3項、建築基準法・同法施行令。
     ___________________________

[社会保障]と[社会福祉] の混同が多いので、当サイトが考えている意味の違いを述べておきます。

[社会保障]:
地域の災害・事故への対応や厚生など広範囲な住民救済を行う社会制度。
事故や犯罪による大けがなどの緊急救助の態勢を含め、地震・台風・火山などの自然災害・損害への救済・保護・厚生のため、公共事業とは別に個人の助成を目的とした社会的な保護行為。 社会福祉を含む。

[社会福祉]:
国民個々の健全生活や健康維持のための社会制度。
生活保護(助成)による生命維持、 勤労中と老後の生活を守る医療・介護・厚生の態勢や、 年金・保険類による保障などを遂行するしくみで、主として個人生活の維持を目的とした保護行為。
     __________________________
 
社会人の関心は今や[税率]よりも[社会保障の中身] へ移っています。
現実には[社会保障]が目的であり、[税]は政策を遂行するための手段に過ぎません。 NHK以外のマスコミは、殆どが「税と社会保障」と「税」を頭に表現し、税を増額して(飲み食いではないにしても)何にどう使うか、と言った論調になるので庶民にとって愉快ではありません。 「税」は末節的に言うべきです。

[社会福祉を実行するため、その原動力となる税や保険料の財源] という施策の真意を正しく伝える場合は、与謝野大臣の説明「社会保障と(その為の)税」のように「保障」を先に立てて表現しないと、受ける意味・理解が違ってしまいます。

また、厳密に言うと今の場合は「社会保障」ではなく「社会福祉」と言うべきです。庶民にとって、社会保障のように災害救済などを含めた広範囲な社会救済を税で遂行することが論点ではなく、社会福祉の範囲を主眼にして財源をどうするか、消費増税で賄えるかが問題になっている筈です。

   
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(B17)                    '09-9.18 (g2.)
◆新政権の政治体制改善に期待したい 


[ズバリ要点]

o 基本は政治家が戦略、官吏は戦術の領域を尊守の方向へ。
o 政局・政策検討のため、官吏は情報提供や助言で尽力を。
o 官吏の省益優先を国益目標の制度へ転換し褒章と昇進へ。
o 官吏も同じ国民。敵視せず友愛の一致で現況の突破へ。


<参照> (s23) [小澤一郎氏の資金問題と今後の課題]

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[ 本 文 ]  

経済が悪く職が無く生活が成り立たない概況にあり、とりわけ緊急で最重要課題とされているのは、母子家庭で働き手を兼務する主婦が社会活動できるために必要な公的保育園・保育所の多角的な設営です。
子供を抱える母子家庭にとって、保育所類が乏しくなかなか利用できないため、子供を預けて働きに出て生計を立てることができない状況が一般化しています。 この状況では、いくら「子ども手当」があっても子を設け育てる意欲は無くなりがちで、少子化対策の効果は薄いと思われます。

保育所類が誰でも自由に使える状態ではない場合[子ども手当]だけでは"少子化対策"の効果はあまり出ず[保育所類]の充実こそが最重要と見る説が有力です。
保育所類の多地区設営は、失業対策と共に設備設営などの経済効果が他の事業に比べかなり大きい見込みと言われていることもあり、社会にとって必要な機能としても大きく期待されています。 今回の保育所・保育園開設の規制緩和によって保育所類の増設が推進すれば、雇用対策の一助になり設備投資の経済効果も向上する方向が期待されるので喜ばしいことだと思います。

母子家庭の家族や病人・老人たちが生存していける保証が危ぶまれる方向の諸制度・入院期間の制限・介護の諸制度などの社会福祉面の救済もあり、更に官吏だけが良い思いをする代りに庶民の待遇が低くなる方向の諸制度、国際的な立場から日本が守らなければならない方向や貧困国への援助策、ほか、問題山積みした中で出発したピカピカの一年生 新政権を、暖かい目で見守ろうと思います。

この記事は民意の一端です。新制度樹立の苦悩に関して参考になるかどうかは不明ですが、現段階での庶民の願望の若干を示しておきたいと思います。
鳩山総理から「皆さんの意見」の呼びかけがありましたが、そうでなくても民意の代弁・執行を行うべき政府へ夫々の立場から国民の意向を伝えることは大切なことだと思います。 むしろ今まで国民の意向が率直に伝わり反映される仕組みが十分には機能していなかったと感じており、民意募集をことさら言わねばならない点に従来は問題があったと思います。

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(政策の遂行は無理をせず着々と進めて欲しい)
 '09-X/17 (d1)
政権公約が額面どおりに進むかどうかは初めから疑問を感じており、実行に無理があれば率直に公表願った上、公約の部分変更もやむなしと当初から予想しています。
予算がもし不足した場合、国債発行よりも税率暫増の方があるべき本筋なので、景気向上への推移も考慮しつつ国債発行・増税の併用が妥当ではないでしょうか。

増税については、当ブログ (B9)[税金を上げても正しい政治を望みたい] で妥当性を解説し、私達集団のブログが個人ブログ系では初めてグラフを使い一目瞭全(瞭然)に世界各国の消費税の状況も示して説明を試みました。当時の社会はまだ"増税などとんでもない" といった雰囲気でしたが、現在では増税を容認する傾向に変ってきました。 グラフを使って日本の税率を解説したり、[増税]が損にはならないことを解って貰いたくて努力した記事が、幾らかでもお役に立ったのなら良かったと思います。
この増税提言に対する閲覧者の反応は、掲示以来400日間に来訪者がどの程度の数だったのか確定できませんが "反対意見" は皆無でしたし、世論としても[増税]を容認する認識は定着してきたようです。
一方、赤字国債の発行は一般庶民が容認しているわけではなく、利子ともが赤字となる[国債]を増やす代りとして [増税]を容認しているのが実情です。

別の方策として、政権公約の大半を一時凍結する方が望ましいとも考えています。
急がないもの・無理があるもの・出血の方向になるものなどを更に "査定" して暫時延期する方法です。
公約が実行されないのではなく、一時停止されるだけのことです。
仮定ですが、緊急を要する社会問題と、国際的視点に立ち早期着手が必要な国際空港・港湾の整備のほかは公約すべてを一時保留するほどの考え方で思いきった計画変更を施し、
赤字国債をなるべく少なくする努力が望ましいと思います。
例えば「税収が不振です。高速道の無料化は延期します」と言えばよいのではないでしょうか。だいたい、税収入をストップしておき乍ら、一方で赤字国債を発行して借金を増やすという、景気対策を別面で相殺する方向の奇妙で不公平な方策を同時にとるのも停止すべき選択だと思います。

従来のひどい政治でも国民は耐えてきたことです。 もうしばらくの間を耐えるのは不可能ではありません。 
新公約は、将来の夢として一時的に預けておくと考え、
緊急の社会福祉などが改善される分を国債発行で賄うといった程度の策定でも、新政権によって僅かずつでも改善されるのは有難いと思う気持に変りはありません。
新政権が政治体質を改善し、その体制が固まらないうちに新政策も実行し、施策の項目数とその作業量も盛り沢山の状態では、すべてを一挙に行うことは無理です。そこは多くの国民も理解している筈です。

もともと予算の収支は「だいじょうぶ」と明言した小澤氏から発生したもので、無駄を削れば予算は余るほど出る、分かりきったことだと豪語した小澤氏の方針を受けた鳩山氏が、言いなりになって進めていると読んでいます。小澤氏の推察が絵に描いた餅かもしれない点は当ブログ (B1) [民主党 小澤一郎氏は善人か悪人か] で喚起しましたが、やがては小澤氏構想どおりになるのかどうかは、今回の公約がすべて履行された後に判断すべきことかもしれません。今後の成行きに注目していきたいと思います。
どちらにせよ、新政権は無理をせず着々と努力し、良い政治を目指して慌てずに予定を進めて欲しいと思います。

(基本は政治家が戦略、官吏は戦術の領域を尊守の方向へ)

シャドーキャビネットの頃から、民主党内で努力していた気配が読み取れました。促進に期待したいと思います。
政治体質の改善へ内閣だけでなく政府全員が心を合わせて推進される方向を歓迎します。
国民は、"自民党をぶっこわす" 政治体制改革に期待して裏切られた経緯もあり、新しい政治態勢・制度の体質是正に向けて努力中の菅氏たちに敬意を感じます。そして外国諸制度の良い手法・制度の導入や、策定用情報類の活用など試行錯誤があっても新手法採用の試みによって、内閣ほか政府全員が少しでも効率的に有益な政策が推進されるようにと期待しています。

政治で方針を策定するのを[戦略]と呼ぶなら、官吏は戦略を遂行するための情報や政治家への判断材料を提供する公務員としての本来の任務を全うすべきと考えています。 庶民も公務員も幸せになる方向の役割りが真の姿と思います。
官吏のもう一つの任務として、策定された政策を如何に推進するかの[政策戦術]面の行政遂行もあり、新制度のもとに邁進されるよう期待します。
官吏は政治家ではないので、政治家が決めた政策を遂行するための政策戦術に専念し、その戦術の行使に腕を振るうのが本来の任務と考えられるからです。

例外的なのは外務の在外公館です。 大使・公使などが外地で即断即決が必要な場合に、国として即答明示が責められる戦略・意思決定の官吏執行権限をどうするか、[新ルール]を明示しておくなどの問題点が残っているように思います。

「政・官の在り方」が9/16夕に表明されましたが、17日夜までに報道が見当たらなかった新聞もありました。 官吏は国造りを担う重要な役割りであり、その在り方の表明は国民の関心も高いのですが、それを報道しない報道機関があったのは心外でした。 新政権では初期段階の策定が重要で将来方向への道筋が左右されることになりますので、関連事象の報道を新聞社の独断で省くことをせず、国の[方針]に関する記事は必ず記載して欲しいと思いました。

(政局・政策検討のため、官吏は情報提供や助言で尽力を)

民間企業で活用されている有益な手法を、政治面で有効活用する方向に大いに賛成です。 しかし、一般には今のところこの手法が正しく理解されていないような論調を見受けることもあります。
政策決定者へ判断材料の情報を提供する行為は民間企業で情報管理と呼ぶ実践分野でも提唱されていて、主要な手法の一つになっています。  "管理"というのは制限するという意味ではなく、有効・無益なものを選り分けたり保管(ファイル)しておき事に応じて実践したりする意味で知られているとおりです。

企業では、経営者が運営方針の戦略可否を判断するため、情勢分析や意思決定のための判断材料を経営者へ提供する実務に"情報管理"の手法が多く採用されているようです。
日本も多くの企業では社長直属の部署を置き、情報管理士などの専門家が判断材料を提示するといった活動をしています。自社がこの手法をとらなければ、手法を有効活用している他社に負けてしまうからです。

情報提供は、単に情勢のデータなどを並べただけではだめで、指導者が意思決定できるような結論・方策案を幾とおりか提供する必要があります。
基本形は、指導者が決断を下せるための判断材料で、判断向け[素材]の提供が原則の筈ですが、場合によっては[策定案]の幾つかを提供することもあるかと思われます。
政策の場合、案のとおりに行われるとは限らず、諸案の有利要素を組合わせた施策になるか、全く別の策定のヒントになるだけの場合もあり得ることでしょう。官僚案に差配されるというような読み方があるのは、誤った偏見だと思います。
一方、官僚が守備範囲内の政策戦術面の話を独自に声明・公表したり施行するのは、当然の任務の筈です。

また、企業の場合は、情報提供の部署は任務内容の公表はしないのが普通でしょう。 これが公務とは違う点で、自社独走の民間企業と混同した読み方は禁物と考えます。
企業の戦略部署類の場合、従事員として氏名が知られているので、社長の代弁をしたり首脳部の代行を企んだりしても通用せず、実行した話も聞いたことがありません。これも公務とは違う点で、官吏は責任分界点の範囲内でなら自己責任のもとですべてを自由に活動して貰わないと、国民が困ることにもなりそうです。

(官吏の省益優先を国益目標の制度へ転換し褒章と昇格へ)

国民・国家に益する努力を続ける行為があれば、必ずしも結果が実らなくても表彰し昇進するような方向の制度なら賛成です。 これは当の改善行為半ばで図らずも異動などが生じ、努力が完遂できなかったような場合の救済策です。試行錯誤もあると思いますが、制度が確立され定着するよう状況になることを期待します。

問題は、省内で上司の覚えめでたくなければ身分が昇格しないので、まずは上層部の思想改革・人事制度改善が先決ではないでしょうか。役所への人事関与は省内規則への内政干渉ではなく修身的な基本原則であり、大臣が省内CEO役であることの思想徹底も必要ではないでしょうか。

当掲示では[褒章]と共に[罰則](即行)を勧めてきましたが(別項 B-8 [選挙で棄権すると損 - -] )、民主党が言う[昇進]の筋道だけでなく何をしたら官吏として不適当なのかも、個々の公務員が認識することが基本と思います。

(官吏も同じ国民。敵視せず友愛の一致で現況の突破へ)

官吏も人の子です。官吏に味方するのではなく中立的に述べているつもりですが、市井で「使いこなす」とか「裏を企む」と言った評は、もし自分の勤務所内で言われたら心地よいものではありません。政府内の同じ執務者同志の仲間に対し意欲を削ぐような失礼な表現や疑心は止めるべきでしょう。
自民党が世の中を悪くし荒れた世情にし人々から希望を喪失させ、加えて世界的な経済不況が起きた中で、新政権は「その後しまつ」の重荷と共に、今迄の不始末の再発防止という意味からも「無駄を省き政治構造・社会政策も建て直す」など[体制]と[経済]の施策を、いっぺんに完遂しようと努力している態度に敬意を感じます。だからこそ、政・官の担当者同志が協力し合って目標達成して欲しいと思う願望も強くなります。

他面で、官吏が職権の一部又はすべてを失うという思考があるようですが、この考えは間違った思想だと読んでいます。
官僚はもともと政治家を補佐する立場の筈であり、官吏が政治家でないのは当然です。政治家の方は、しばしば交代し任じられた政務に必ずしも精通していないので、官吏が補佐し助言なども重宝がられていた状況が強化して定着した状態を当然のことと考えるのは誤りで、本来の政策補佐行為の姿に戻るのが正しいあり方と思います。
官吏の権限執行は、任務の[政策戦術]の範囲内で思う存分腕を振るえばいいことではないでしょうか。政務への出過ぎた越権行為は是正するのが妥当でしょう。
もしどうしても政務へ尽す行為を為遂げたければ、議員の立場に転じてから、国民の代表として志を提言し達成を目指すのが正しいあり方だと思います。今後は議員立法が廃され別方式に変るようですが、提言を封じる制度ではない筈で、議員提言として政府全体で検討されると思われる方向のもとで大いに活動して欲しいとも考えます。

(政策は協議を経て実施されるよう望みたい)

願望は二つあります。
◆一つは、施策案に対する問題点が考えられれば、指摘を排除することなく多数意見を拾い出し、内閣や政府の全員で検討することを原則にして欲しい点です。 特に今の緊急の場合は落度を極力回避し慎重に目的を急速推進するため、そういったような方法を考えてもいいのではないでしょうか。
施行してから想定外の問題点が出てくるというような事態は不手際ですので、予め極力きめ細かく、かつ、多面的に洗い出し対策しておくことが必要と思われるからです。 ここで各員の知恵だけではなく3筋の「予測」の手法(悲観的・楽観的・その中間の3本の成り行きシナリオ/又はあらすじ)が必要で、とりわけ悲観的観測は不可欠と考えられています。
通常は、新方策のいい面しか考えない傾向があります。
新規の方策を実行する場合は、予め問題点を洗い出しておく必要があります。 それでもなお、実施してみると予想外の問題が出がちなのは、知られているとおりです。

望んでいる新政策の一つ一つは歓迎ですが、その目的を具体化する "実施方法" によっては、古傷は治っても全身が危なくなる事態も起こりえると想像されます。 副作用の余波で国民が前よりも不幸になってしまう予測を無視することがないよう、問題点の抽出は真剣に考えて欲しいと思います。
事例によっては国が一時的に肩代わりするなどの対策を立てておくのも必要ですが、施策の見通しによっては問題点が少ない別の実施案を準備しておくよう望みます。

原案に対し指摘する場合は[代案]を同時に提示するのが原則と思います。 問題点と共に「どうした方が良いか」の代案は指摘者が一番よく感じている筈だからです。問題点の指摘では、官や民間当事者の方が的確な思考と答えを持っていることが多いのではないかとも考えます。ただし、当事者の見解を参考にする場合は、一面だけを見ることがないようにして貰いたいと思います。 当事者見解の一面を参考にするなら、別面から見た[対案]の説明を受けることも忘れないようにして欲しいと望みます。

◆二番目は、協議・合議の必要性です。 提出する政策案内容の柱となる「方針」については、策定の最終段階までの間に提案者・大臣が単独で本会議へ提出することなく、必ず複数の閣僚で或いは政府全員で協議した上で案を決定されてから議院の本会議へ上程されるようにして欲しいと思います。 これは、党の連帯責任であると共に、国民から見て政治暴走を食い止めるための重要な関門と考えています。
従来の小澤氏のように、自分の意見が協議されると通らなくなることを避けるため、陰で暗躍し通過闊歩してしまう傾向は、もう止めて貰いたいと思います。

首脳者が提言し協議抜きでゴリ押しで決議とされるような、暗黒政治的な方法は民意ではありません。 閣僚でも官僚でも、良い政策案は単独で出すほか身分を超えて各位からも提言し政府の皆で協議した結果によって国益に尽して貰う方向を、国民多数が期待しているのではないでしょうか。
提出案を一人で決め単独で遂行するのではなく、政府内の多数者で協議し決定することが、民主的な本来のあるべき姿だと思うのです。
大臣は、内閣のみんなの合意を得た策定を、今度は一人で遂行・監視し完成を果すのが責任者の任務の一つだと思いますが、損な役回りとも言えるでしょう。
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( "戦略"・"戦術" の解説 )

一般的な概念は、[戦略] は目標+方針の大筋。[戦術] は実行するための小ワザ。
一般論の要旨を平たく言うと、例は悪いが、何かを "企む" のは[戦略]。その企みを、どんな手法・道具類で実行するかの実践方法が [戦術]、と考えればよい。 ( 参照: (B-4)"戦略と戦術 - - " )
企業では、経営などの方針を策定するのが[戦略]で、その戦略遂行のためにはどんな手法をとるのが最善かの実行方法・配備策などを建てるのが[戦術]。
企業の場合は、営利が目的なので、企画した経営方針の戦略について、どの営業市場が最も有利か、自社が競争他社よりも有利になるにはどんな手が有効か、といった実践面を吟味する手法が主眼とは言うものの、効果的手法の模索という基本精神は政治面でも共通する筈です。
そのために専門家として[情報管理士]の塾など養成機関で受講し、代表者一人が習得して自己部署内部へ言い伝える"又聞き学習"ではなく、松下成蹊塾のように個々の人物が直接会得できれば最善とも思います。
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(余談) 

今度の総選挙の少し前ごろから、いつもの時間帯なら可能なサーバー回線が混雑で接続できず、当ブログの校正など行えない状態がしばしば起こりました。 折からの政治関心者などの検索が集中する傾向が重なったのかもしれません。
何度も掛け直すには時間の消耗・エネルギーの浪費が生じ、後日でないと再度行う時間がとれなくなる場合には、大・小の機会損失が生じることもあります。

大規模な事業体などで、内部の個々の端末から外線を使って検索する代りに、事業所内のどこか一箇所にセンターを置き必要情報を予め収集しておき、そこに無い場合だけ自動的に外線へ出て行くようにすれば、一般回線の渋滞はかなり緩和する筈です。

このような半"ミラー方式"のような方法を採用している事業所は少ないと思いますが、ネット接続をなるべく少なくする何らかの方式をすべての事業体で一斉に採用すれば、一般者の接続効率化に有益と思います。
事業所内で、内部の何十か百台以上もの端末機がネット回線を塞いでしまう場合に比べ、1回の外線収集によって何十件もの企業内検索・収集が円滑に代行できるなら、省エネルギー・省エコロジーの効果も得られのではないでしょうか。
   
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(B16)                     '09-5/23 (c+:)
◆ スリ目撃で読めたチカン誤認のえん罪
 

@スリの手口例
[ズバリ要点]  

o 左ポケットを狙う右側のスリが、抜取る手口の一例。
 スリが、右腕を後ろ手にして左後の人をねらう場合。
o 同様に、女性などが:ー
 左側を触られた場合、左の人が触ったとは限らない。
o 被害者が思い違いに気付かずカンだけで状況を話すと
 罪もない人を社会的な死刑にすることにもなる。要注意。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[ 本 文 ]  

◆ 目撃したときは車内が少し混雑している状態で、人々の周囲は僅かな空間がある程度でした。人物間はもっと折り重なっていて、所々は向うが見える状態です。
もし身動きできないほどのすし詰めだったら、スリも思うように動けなくてシゴトがし難いと想像されます。

◆ 状況は、偶然にも人と人のすき間から目撃できたわけです。 この被害者は、左側に密着して居た人が多分犯人に違いないと思い込むでしょう。
 位置の状況が良く読めないと、騒いでいるうちに斜め後に居た真犯人は逃げ去ってしまいます。

◆ こんな情景に気を取られ、自分が掏られる対象者にならないよう御用心を。
 稀には、集団スリが注意を反らす芝居を仕組んで、本命は{眼が釘付けになって見ている人}を狙う場合もありえるからです。

◆ 痴漢行為も、同じような方法で行われる場合が考えられます。
思わぬ方向から攻撃されたり、注意をそらしておいて、触れられたことを気付きにくいようにして攻撃する手口もあるのでなないでしょうか。

◆ 触わられた場合、見えなかったのに「どの人」と指摘するのは暴挙です。そのことが、無関係の人を罪に落してしまうことにもなるからです。
迷惑行為と痴漢行為はいろんな状態があるらしく共通問題も多いようで、どちらとも断定できないことも起るようです。
背中を押されている場合、足を割り込んでくる場合などで、実は相手の人が手荷物を抱えているだけだったり、怪しいと思った人は実は足元の旅行ケースが倒れないよう足を踏ん張っただけのこともある筈です。 どういう状況かを [はっきり確認] することが大切です。

◆ 迷惑なことをずっと続けられたような場合は、「止めてください」「足を引っ込めて下さい」といった [願望] だけを叫ぶと、相手の人を傷つけ周囲の人も痴漢が出たと思ってその人を取り押さえたりして「えん罪犯人」を作り上げてしまうことも予想されます。 どうこうしろ・やめろ といった命令口調を言われたら、善良な社会人でも100%の人は面白くないと思います。カチンときて逆切れするかどうかは、その人の良識性や成熟度にもよりますが、相手がおとなしい人でも面倒なこじれが生じがちになるでしょう。

◆"願望" を叫ぶ前に、「(押されるので)倒れそうになります」とか「足が痛いので」といった自分が困っている "状態" の言葉を先に付けて話してはどうでしょうか。
「足が痛むので(苦しいので)、おみ足を少しずらせて戴けませんか」のように、静かに話しかけてみるのが穏当でしょう。
 迷惑の状態を「痛いんですが」(方便でよい)とだけ言ってみるのも良いと思います。
殆どの場合、迷惑を受けても恐ろしくて黙って過ごしてしまうと聞きます。しかし、迷惑[状態] だけを訴える場合、声に出すと周囲の人は認識しますから、相手の人は{空気が読める}まともな人物なら、めったな逆切れは起こさないのではないでしょうか。

◆ 体を触られる痴漢のような行為が続いたり、何回も行われて錯覚ではなく [はっきり確認] できた場合は、身をひねると同時にその手首を掴んで放さないことも有効です。 しかし、その行為をとる前に、何か物か人が偶然に押して来る場合もありますから、わざと行う迷惑な動作であることを [はっきり確認] できた場合に限ります。
見えない場合も、できれば触られている手のひらがどちら側、指先がどっちの方向、と間違えないようにしっかり知覚しておくことも必要でしょう。それによって、犯人の腕の方向、つまり居る方向が決まってくるからです。

◆ ときには、カミソリ様のもので衣服を切られる被害も聞きます。相手の掌を掴むと負傷することも予測されますので、相手の手首をとるのが良いと思います。
万一自分が怪我を負っても間違いなく犯人を捕えれば幸いです。推察だけで間違えてしまった無実の人の生涯を駄目にしてしまう行為に比べたら、真犯人を捕えたときの自分の[けが]などは取るに足らない一時的な災難と考えるのも、一つの救いではないでしょうか。   
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(B13)                          '08-8/16. (ver. F+!)
◆自民党 小泉純一郎氏は善人か悪人か

  
[ずばり要点] 

o 人柄は社会人失格だが善良、政治家としては国へ貢献なく史上後世に残る大罪人。
o 首相就任の当時は改革の白馬の騎士かと喝采したが、その後異常な悪政が連発。
o 心ある政治家からも空気の流れを読める市民大多数からも小泉氏賛辞を聞かない。
o 街で殆どの人から「小泉さん首相から世の中が悪くなった」旨ほぼ同じ声を聞く。

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[ 本 文 ] 

◆ 竹中平蔵氏と組んで金融回復へ公的資金の注入など大企業に有利、零細企業には不利というよりも潰れてしまう方向の、弱者切捨てを厭(:いと)わない制度を進めた。
様々な施策の結果、国内全体としての経済は持ち直したが、その陰で個人営業全般に突然の融資停止など厳しい処置が多く現れ、集団自殺ほか営業行き詰まりの自殺者も次第に増えました。

◆ 北朝鮮の抑留者を一部救出しただけで本当の救済をせず見捨てたままにしました。

◆ 個人の主張を優先して靖国参拝し、国益(外交)と民益(経済)をかなり損ねました。

◆ 政界長老への冷遇、同好者への闇討ち、選挙戦の刺客など汚い手法で日
本の道徳を下落させ凶悪犯罪も増えました。

◆ 当時の田中眞紀子外相への指導・対応が下手で、外交上や国内改革の損害を生じました。
   
◆ 小泉氏が「自民党をぶっこわす」と広言したとき、不満ある大多数の庶民は "自民党の体制を改善する" 意味だと思って歓迎し、その他の少数者は "田中派など派閥問題の障害を解消する" と受取った筈です。そして派閥問題は一部解消されましたが、党の体制改善は完遂しないままになりました。庶民多くは広言に欺された感じでした。
それならば最初から「派閥の弊害をぶっこわす」とでも言うべきだったでしょう。

◆「郵政民営化」と公言したとき、国民の大多数は "金融の流れを是正する" 意図だと思い歓迎した筈です。しかし預金事業の改革は良いとしても、ほかに郵政の分割方法や実行手段、過疎地の集配業務の継続見通しなどの諸問題があり、 "慎重な検討時間が必要" との妥当な主張は、民営化に賛成しているのに [反対者] と見なされて非常識な処分が行われました。[民営化すればすべてがバラ色になる]如き説明は実現の見通しがなく、重要な問題点が幾つも残ったままになりました。庶民の大多数はだまされた感じがしました。
急がず、だまさず、外国銀行筋の乗っ取り危惧も含めた予測などもありのままに公表し、慎重審議すべき問題でした。
       
◆ 街でごくフツーの庶民知人商人など殆どの人々から「小泉さんが総理になって以来、世の中が悪くなったし荒れたねぇ」といった誰もがほぼ同じようなことを云い殆ど同じ感想を聞かされます。 政治には関心がないような人からも同様の話をされ、このような人までもが、と驚きます。
うそだと思ったら、自分で聞いてみれば分かるでしょう。 ただし、本音(:ほんね)が聞けるかどうかは、尋ねる側の聞き方や人柄・態度の如何にもよります。

◆小泉氏と竹中氏の罪状などについては、の本が出版されましたので詳細はそちらへ譲ります。

 o [小泉純一郎と竹中平蔵の罪] 佐高 信著/毎日新聞社刊
 o [七人の政治家の 七つの大罪] 平沼赳夫 著/講談社
    (小泉純一郎氏、竹中平蔵氏とも単独の章)
 o [くたばれ竹中平蔵] 藤澤昌一 著/駒草出版     
  
[小泉- -] の書については、出版社の次の紹介文が付いていました。
 「日本をここまで荒廃させたのは誰か?」
 「もっとも罪深い二人を徹底的に弾劾(:だんがい)する。」
すごい文言ですが、「この程度の罪状表現は当たり前」と思う多くの人や、「そんな言葉では生ぬるくてとても言い足りない」と話す被害者側の多数の人たちも必ず居る筈です。

権力者が国に対する罪を犯した場合、時間が経てば証拠が確定できることもあります。今のところ牢屋に入らないのは政治家を保護する思想のためとは思いますが、大罪でも罪に問われないのは保護過剰ではないのでしょうか。 また、検察庁が怠けているようにも見えてしまいます。
一方、中枢政治家への[罰則]が不備なのは、懲罰思想の未成熟・法令の欠落・制度化への回避があったと考えています。

小泉氏を贔屓(:ひいき)にしている人がまだ居るようですが、この辺で目を覚まして欲しいと思います。何か利益を受けているのでなければ、時局が読めず政治に関心がない無知な人に見えてしまいます。
報道を観察し、誰のせいで人々の心が荒れ世の中が悪くなったのか原因や御時世も政局も読める目を持ち、空気の流れが読める力を養いたいと考えています。 そして次の選挙では、人気投票ではなく自分の希望と合っていて世直ししてくれそうな候補者を選べる視野を持ちたいものです。 
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(B12)                   掲示'09-4/26. 部分修正'15-5/-8 (ver. f2)
◆ 音の聴感と老人力との関係を読む

     
[ズバリ要点]  (人の音感特性を簡単に整理してみた読みの一例)耳の音感覚-12

o 人の聴感は全音域均一ではなく3,000Hz近辺が最も感度が良い
o 高齢で高音域の感度が下り更に全音域の感度が下る傾向に向う
o 老人との会話は大声よりも高音域強めが話が通じることがある
o 老人力(説明の項 参照)中で聴感度低下は社会生活で最大の障害
 会話や放送音・発声、受信・受像機類の高音強化に配慮が必要

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[ 本 文 ] 

(人の音感/聴感特性)
 

◆ 人に聞える音は、壮年の普通の音感で20Hz(ヘルツ)から1万8,000 Hz程度です。
 話の明瞭度に役立つのは 3,000~8,000 Hzの高音域です。個人差がありますが、補聴器ではだいたい 6,000 Hz以上の音域を強めにすれば話がすっきり通じる方向になります。電話機では、機能の都合で6,000 Hz以上の音域を送受するのは減衰が大きくなって無理があり、電電公社時代に研究の結果、電話機特性の範囲内では300~3,000 Hzの範囲が最適と分かり、それよりも低い音・高い音の周波数成分があると、話の鮮明化が下がることが確認されました。
この会話鮮明化の300~3,000Hz限定範囲は、1963年に出現した600型電話器の音質特性に加味され、その後に音特性が普及して現在は各種電話器も通話音質はこの鮮明化特性を考慮して作られているようです。
(参考) 音・声が [高い] [低い] は、ドレミ音階で言う高音階・低音階のこと。
 「高い音・声」はキンキン声とも言う高音階のことで、大声・強音とは違うので要注意。
 「低い音・声」は低音階のことで、小声・弱音の意味で言うのは誤り用法なので要注意。

   
(年齢による音感変化の傾向)

◆ 中年を過ぎると、言葉の鮮明に役立つ高音域の子音が次第に聞こえ難くなってきます。 最初は低音域が聞こえ難くなる人もいるとの説もありますが、未確認です。
 そのあと低音域・高音域全般の聴感度が下がる現象が徐々に進み、だいぶたってから全音域の感度が鈍ってきたとはっきり感じるようになる傾向があります。 このような傾向を知って老人と対応することが必要です。

o 老人の聴感は、音としてはかなりよく聞こえていることが多いのですが、初老段階では一般的に高音域だけが聞え難くなるので、音は聞えていても話として・言葉としては何のなのか解らない・意味が聞取れない傾向になります。音だけは はっきり聞こえているという点が、通常の人にはよく理解されていないようです。
 そのため、耳が遠い初期の老人へは、大声で叫ぶよりは普通の音量でもカン高い声を使う感じで話す方が、話が通じやすくなる場合も多いようです。

◆ もう一つの思い違いは、ゆっくり話すと意味が通じると思い込んでいる錯覚です。
 早口でも、発音がはっきりしていれば話の内容は解って貰えている筈です。早口で話すと言葉の中身が解って貰えないのは、殆どは後期の老人だけだと読んでいます。
 それでは何故ゆっくり話すことが大事なのでしょうか。 それは、発音が不明瞭な場合に、聞こえた言葉を頭の中で翻訳するのに時間がかかるのが主な原因だと考えています。
 例えば「秋田」と聞き取れたとします。ところが話の筋から考えると、ここでは「あきた」ではおかしい、「あした」と言ったのではないか。しかし明日でも意味が通らない、それなら「まきた」ではどうだろう、牧田でも文脈が通らない、では「拉致が」だろうか、そうでなければ何だろう、などと翻訳語を頭の中で探しているうちに次の言葉が矢継ぎ早に耳へ飛び込んでくる、という状態になると話の本筋が解らなくなってしまう傾向が出ます。その場合に、もしゆっくりした話し方ですと、1語を翻訳し終わってから次の言葉の聞き取りをする間でのゆとりが生じますので、話の筋も全体の意味も理解できることになります。 結果的に、"ゆっくり話した場合だけ話が通じる" ように思われている誤解です。
この説は、発音が明瞭に聞取れて頭の中で「ことば」の意味の多重翻訳が不要なら、不自然なほどゆっくりしゃべらなくても内容が聞取れることが多い。 すべての場合ではないが、話す速さの配慮よりも言葉の明瞭度の方が大切だ、と言う読み方です。

◆ 年齢を重ねて "老人力" とも言われる年代になった人の体と心の特性は、次のような様々な現象が現れてきますが、とりわけ音や会話が不便になることは日常生活で最大の障害とも言えます。そのため、なるべく差支えが少なくなるような声の出し方と音の環境が望まれます。
   
("老人力" と言われる一般現象) 

(1) 記憶の劣化 (意味づけが無い "名称" が特に思い出せない)
(2) 五感特性の劣化 (高音域の聴感が低下、視認力が下がる)
(3) 運動能力の低下 (反射神経、力、わざの劣りが出る)
(4) 自分の誇示 (自慢したがる、自分を偉い人物に見せたがる)
(5) 談話の繰り返し (同じことを何度も繰り返し述べる)
(6) 納得しない (言説では無効果。自分の目で見ないと信じない)
(7) 頑固になる (他人の言を聞き入れない、反省なしで押し通す)
(8) 独りよがり (おせっかい、深なさけしがちになる)
(9) 節度の薄れ (なり振りかまわず介入する、ごう慢になる)
(10)うそをつく (失敗を隠す、言い訳けするなどで体面を保つ)


老人が荒れるのは、外的な原因のほかは上記に関係する事・物の欲求不満や心の傷つきによる と推察されます。

     
このような老人力を十項目も並べると、老人とは「無能なので体を使って働き税を納めるほかには何の役にもたたない人種」といった印象を受けるかもしれません。なるほど近年は寿命も伸び壮年なみの体位を保つ老人も見受けますが、体力の衰えに比べ能力や智力は環境がよければ殆ど低下しない傾向があります。 老錬ならではの豊富な見識や体験から技術コンサルタントや開発技術の指導などで各企業を飛び回っておられる御老人や、経営指導や評論などで社会の"陰れた功労者"となったり第一線で活躍中のお年寄りも沢山居られます。
また、一流企業とは言っても熟練の技能者・設計者を年齢でリストラしたことが原因で、製品の品質は落ちないものの若年者の設計のためか機構・性能が不備になったり、使い勝手が格段に悪くなった製品の事例をいくつも見受けます。
操作スィッチに指が届かず格納機能も無く使い勝手が極端に悪く使い物にならない掃除機、放送を聞いている間は録再が不可能な録再付きラジオ、感度が悪くて近くの放送局でも周波数によっては聞こえないポータブルラジオ、長尺印刷ができずロール紙をかなりの長さ空送りしてしまい巻戻し機能も無いプリンターなど、どれも一流大企業の有名な製品です。これらの製品の改善については「流通品の問題点」として別項で解決策や解説を予定していますが、要はやみくもな年齢的リストラをすると企業のノウハウが消滅して製品の機能が落ちたり、社会に迷惑がかかることにもなる場合がある、ということです。
総じて、初老の段階でも労働力の提供は無理な場合が多く、むしろ頭脳の活用で社会に貢献できる立場にあると言えます。 とは言え、老人は既に社会へ貢献し尽くした結果 "もういいです" と扱われた身分でもあり、余生を安楽に好きなことなどをして過ごすのも働くのも自由にできる社会環境であるべきでしょう。
     
(老人への会話・音関係などの配慮)
 

◆ ラジオ・TVを聞く場合、高音域を強めにして聴くと老人には普通に聞こえます。こういった聴感特性を考慮し、受信機・受像機では高齢者に対応した製品が作られる傾向になりましたが、それでもまだ不十分な音質特性の機器もあるようです。
◆ 一方、放送音を出す側については、人の声を送るアナウンサーの話し方だけ対応が遅れていると感じるのは、民放よりもNHKアナが多数です。 口を大きく開いて話すなどの努力も怠るためか、江守 徹のように明瞭な発声をしない女子アナはごく少数なのですが、話の末尾を内緒話のようなひそひそ声で締めくくる男子アナがかなり多く、どういうわけかNHKラジオ第一(:R1)のアナだけのようで、理由を尋ねたら「近年は語尾まで強く発音するよりも自然な会話の感じを優先して発声する方針になった」('99年6月ラジオセンター深夜班)とのことでした。 全国の局へも"明瞭発声のほうが大切"という聴取者の意向は届いていないと思われ、今もなお('09-8月現在)聞きとれない傾向の声でもかまわないで放送する癖が直らないアナがまだ居る状態で、何の話か末尾の決め手部分が聞き取れないことがあり受信者を困らせています。
信じられない人は、R1の"深夜便"放送でニュースなどの音声番組を聞いてみて下さい。

◆ 放送する側の人の声つまり "音声" も、老人のためだけではなく一般者へも、AM放送のほかFMの音楽以外は高音域を強めにし明瞭度を上げる工夫を実行して貰いたいと思います。
若いときから社会へ貢献してきた老人を、今の若い人達が暖かく対応し不便が無いように心掛ける態度が大切です。 特に敗戦後の壊滅状態だった日本を支え復興に力を注いできた世代の老人たちへは、音の面でも最大の思いやりを尽すべきでしょう。
   
(音声などの機器や人の発音の対応) 

音声機器のほか放送する人の声の明瞭度が、老人に対してはまだ不十分と感じます。
◆ 高音域の声を持たないアナウンサーは、音質補正の技術で高音を補えばかなりの場合は救われます。
 語尾をわざと小声で言うアナ氏の癖も、昔からあった音量一定化の技術手法で補えます。
 音質調整しても、声紋が同じなら別人の声に聞こえることはありません。それは音質が異なる受信機で聞いても、同じ人の声かどうかの区別がつくことからも解ることです。

◆高音域の音を強めに、話す音声を一定の音量で放送して欲しいのは、老人向けに限ったことではなく、電車内や建物内の呼び出し放送などでも配慮すべき問題です。 避難放送のとき聞き違えて危ない方向へ行動し、命を落とすことことになる場合もあり得ます。

現状で音声放送に適切な配慮がみられる事例はまだ僅少です。 そして、これは無理を言ったり贅沢を望んでいるのではありません。どうしても困る必要最低限の処置を説明しているだけです。
また、「つんぼなので聞えないが、なんとかせい!」と言うような例外的な苦情を要求しているのでもありません。病的な耳でなく健康的な老人中期で、聴覚検査も「特に問題なし」とされた標準聴力範囲の下限程度を基準として状態説明をしています。

◆夜の放送で特に困ることは、アナの声が大小に変化することです。なぜなら、小さなささやき声でも聞取れるような音量で聞いていると、突然に元気よく大声で放送されることがあり、隣室で寝ている人が「眠れないじゃないか」と押し込んで来たりします。大声が程よい音量にしていると、ささやき声のとき聞取れなくなり、放送内容が解らないままになってしまうことがあります。 なので、深夜の音声はなるべく同じ強さの音で放送してほしいのです。

◆ラジオ深夜便の集いという会合でも「放送の語尾が小さい声で聞き取りにくい」と意見が出たそうです。 「ヘッドホンで聞いて下さい」 というような説明があったと聞きました。
これは無理難題です。自分で寝床で横になって実行してみて欲しいものです。机上の回答をしただけで、放送局側の人はこれで問題解決と思ったのでしょう。 仰向けなら支障はありませんが横向きに寝返りを打って聞くときにどうなるか、耳が痛くなって放送を聞いてなどいられません。ヘッドホンも破損してしまいがちです。 このような説明では無茶な言い訳に受け取れてしまいます。

◆ 音は聞えていても話の内容が聞取れない場合の放送音改善には、アナの発声矯正と音質補正技術の2面があります。両方とも満足すべき対策が施されていない場合は、音声の内容が老人には概して2割弱程度が聞き取れない放送が日常多発していて、更なる改善が待たれます。
多くのNHKアナが語尾を摩擦音(声ではなく吐息の風)で発音しがちな弱声気味の癖も、癖なので正常に戻るには時間がかかると思いますが、明瞭な放送が聞ける日を期待したいと思います。

◆ 宇宙利用の衛星放送など先進技術には熱心ですが、地味な課題のためか放送音が聞こえないなどの基本問題と基礎技術の成熟・実施を怠っている "体質" を感じ、改善はされているようですが問題点の根底は残存しているように思えます。

◆ お年寄りが完璧に耳が遠くなった段階では高音強化も無駄です。音が強く聞えるためのメガホン、プラスチック筒(底抜きボトル)、補聴器などの伝声器具(集音器、増幅器類)が必要です。
     
(その他の老人力について) 

◆ 身体状況や老人力の特性を周囲の人が良く知っておき、それなりに対応することがお互いに少しでも快適な過ごし方になります。
  
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(B11)                       掲示 '09-3.15 更新 '16-5/12 (f2-f)
◆ウィンドウズは正統派のOSなのか


[ズバリ要点] 
 
o 近年 ウィンドウズは パソコン分野で マックに並ぶ程の OS になった
o マックは使い勝手が良く、ウィンは機種と周辺機器・ソフト類が豊富
oウィンドウズ と マック 両系統の得失を知って 悔いのない選択が賢明

(全PCを見渡して冷静に認識する基本):—

今パソコンは Mac系(Apple製) と Windows系(各社製) とが主流
o パソコンも、個人向ウィンド型OSも、Apple創始が真実の歴史
o 正しい歴史の流れを知っておくのは 社会人としても必要な知識
o Win. は正統派でなく 合法的覆製版 だが多数者は知らない真相
o 品種の得失と使い易さを究め 選ぶのが今後の労力・時間に得策

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[ 本 文 ] 

殆どの人が、今の汎用PC(パソ-コン)の素性や歴史を、正確に知らないのが実情です。
そうとは思えない場合は、この記事を読んでみて下さい。 たぶん、知らなかったことが多く、意外ないきさつと感じることも多々ある筈です。 Windowsユーザが語る、汎用pcの裏事情も明らかに晒した告白記です。

稀にですが「パソコンは、個人がゲームをするため作られた用具」と思い込んでいる人もいます。 年賀状の作成やメール交信、アルバム整理などは、おまけ程度の機能だと言うのです。パソコンは仕事用のものだと説明しても信じません。業務用の製品だと思うのは、飛んでもない常識はずれだと考えているようです。
一方、市場の機種 [ウィンドウズ] に対し [マック] は模倣の海賊版程度の物だと思い込んでいる人が、まだ多数存在しているようです。この誤認をしている人は、かなり多数です。

そういった状況なので、パソコンが発生してから現在までの正しい経過と存在を、大筋だけでも述べておく必要がありそうです。
これからパソコンを選ぶ人も、この記事を参考に、Mac系(Apple)機種とWindows系機種を比較して検討することをお奨めします。

Windows系は品種が多く、店頭でも殆どの場合 [ウィンドウズ] 機を勧める傾向があります。そのためか、[アップル] 機の存在を知らない人がいるという信じられないような事実もあります。「マックなんてパソコンあるんですか?」「どこに売ってるんですか?」と聞かれることもあります。

Windows系のパソコンは、製造メーカーが多いので細部仕様が多様に存在し、プリンターなどの周辺機器や実用ソフトなどの種類も多いので、自由に選べて便利です。

Mac系のパソコンは、製造がApple1社だけですが機能も操作メニューも完備していて、何をするにも操作案内が常に表示されているので迷うことがなく、買った直後からやさしく使える特長があります。

一方のWindows系は、誰もが「馴れが必要」と言うのが定説で、操作が困難というよりは初心者にとっては戸惑い・不可能に近く、「完全マスター」類の参考書で学習するか講習会に行かないと、円滑な操作は無理なのが実情です。

ここでは、どちらの機種が良いと勧めているのではありません。パソコン品種の全体像を大づかみでも正しく知っておき、全容の中で自分に最適な機種を選べる能力源とも言える知識を紹介しているだけです。
一度選ぶとずっと使い続けることになりますので、両系統を比較検討して慎重に決めるのが得策です。片方しか良く調べなかった場合は、Mac と Winndows 両系統の得失を知らないまま、ずっと使い続けることになります。 後悔しないためにも初期の段階で納得できる選択をする方が懸命です。
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世界で初のパソコンが商品化したのは1976年、アップルでした。 その後、1981年にIBMがこの小型機分野に参入してきました。
Appleは同名の他社ブランド名が存在している中で自社称号を確保するため、ビートルズ発行のレコード「アップル」の名称を買い取り、高級ステレオアンプ界の「マッキントッシュ」という商号使用権を購入し、自社のブランド名を安泰化したとの伝説もあります。
以下は、伝説でなく真実の談話です。

今の個人向けパソコンは2系統の方式が主流です。一つはアップル社のマキントッシュ(Mac=マック)系、もう一つはマイクロソフト社のウィンドウズ(Win.=ウィン)系です。
アップル社は、パソコン本体のハードと、OSのソフトとの両方を発売しています。
一方の Ms社(マイクロソフト)はWindowsや実用ソフトなどのソフトメーカー(大規模ソフトハウス)で、パソコン本体の製造は本業ではないと言われています。

パソコン(Personal Computer : PC) を動かすエンジンは、通称[OS] (Operating System=基本ソフト) と呼んでいるソフトウェアです。
なお、「マックOS」と「ウィンドウズ」の2系統のほかに、UNIXやIBM系、TRON系、ルビー類、グーグルChrome類などのOSも、用途や趣味に応じて使われています。

パソコンを総称する [PC] 名に関し、IBMのPC/AT互換機や X1・MSX・Windows系などの機種を"PC"と呼ぶ場合は狭義の品種名であり、一部のマニア的な呼び名なので、全体を指すパソコン総称との混同に要注意。


ウィンドウズ系の機種は、多種のパソコンメーカーから発売されていますが、マック系の製品は台湾製 [パイナップル] といった紛れブランド品を除けば、メーカーは Apple1社だけです。これは、ライセンス製品を許さないアップルの方針なので、純正CPU(演算素子)を持たない他社は近似品 (方式だけがMac型) しか製造できないためです。

Mac OS機とWindows機とは、PC機内の固定機能 (ファームウェア:点灯機能・OS呼込み機能・全終了後の消灯処理など。別称 BIOS ) が少し違っていて互換性はありません。OSもMacとWinは夫々独自の手順を持っていて共通には使えません。
プリンターなど周辺機器の接続ポート (プラグ装備) の数・種類が異なり、インターフェース (入・出力信号の采配機能) も微妙な相違があるようです。

[互換ソフト] が出来ていますが、PC本体の中に固定されている [PRAM] 類や [ファームウェア]と言う常駐機能で仕組まれている「処理手順」の独特な作用によって、機種系によって違う現象が起きたり機能しないことがあり、大まかな共通化の働きはしますが完全な共通互換は無理です。なので、どちらかの機種を選ぶと、ずっと将来までその方式の機能で使い続けることになります。
もし完全互換なら、どの機種を選んでも好みのOSを入れたらサクサク動くといいのですが、現実には100%完璧な互換動作は期待できないでしょう。

PCエンジンの [Mac OS] と [Windows] では機能や操作方法が少し違うものの、大もとは同じ仕様から派生した兄弟OSです。 ここでその生い立ちについて紹介してみます。


(マック-OSとウィンドウズ流布経過の概要)
  

50年ほど前の電子計算機の概念は、空調室の中に更衣ロッカーのようなキャビネットが並んでいる大型コンピュータが常識でした。 個人が使える小型の電算機は、庶民の間で欲しがる人がまだ出現していない状況でした。 一部に、データ解析や憩いのゲーム創作用などに手作りPC機の趣味が米国MA.(マサチューセッツ)工科大学などの学生間で流行したようですが、マイクロチップなどの部品調達が難事でした。

一般市場では、小型コンピュータは特定用途向けには既に存在し、プラント類の組込み用とか、遊興場のゲーム専用機・特定業務の演算用などには活用されてはいましたが、単体の完成品一式として販売・流通している状況ではありませんでした。
1976年、個人向けの小さな電子計算機 (現在のパソコン) が世界で初めて商品として販売されました。それがアップル社の手作りコンピューター商品です。

そしてアップル社は、個人用として広く使われた当時のBASIC-OSやCP/MなどのOSよりも更に使い易くてなるべく高性能なOSの模索を始めました。
 その後に出現したMS-DOS BASICは [OS] ではなく、インタープリター型や稀にコンパイラー型の [MS-DOS変換] であり、純粋なOSのBASICとは異質です。 混同されていることが多いので要注意。


アップルのコンピューターが発売された頃は、学生や電子機器の愛好者が手作りする小型コンピューターは既に存在していました。そしてコンピューターを動かすには、記号編成か命令文章を入力して実行する方法をとっていました。
当時は大型コンピューターでもゲーム専用機でも、[マシン語] と呼ぶ記号で入力・編集するか、日常会話に近くて理解しやすい命令文を所定のOS文法でワープロのように文章入力しておき、それを「実行」命令してコンピューターを実動させる方式が主流でした。

こんな面倒なことをして、コンピューターを動かすには文章で命令する操作が必要でしたが、それでも小型で普通の人が使えるコンピューターが手頃な価格の商品として出現したので、中小企業の経営者たちには福音だったと想像されます。
それまでは、コンピューターは空調室に設置する大型装置の財産と言った感じで、経済的にゆとりがある大企業だけの独占利用のような状況でした。

表計算ができ、統計処理や経営情報の集積・分析、生産計画などに活用するため、数値処理や文書類の分類保存など多面的な利用が期待できました。 大型コンピューターに匹敵する機能をもち、数値の倍精度・三角関数・累乗(2乗/立方根など)・配列変数、そして図や表の処理・文字検索・項目並べ変え・作画・時間管理・通信処理など、日常処理作業は大型機と殆ど同等の機能を備えていました。

コンピュータを動かすOS [BASIC] に次いで新型の [MS-DOS] がマイクロソフト社から発売されると、処理命令群を枝葉に分割して (階層構成) 収録したり呼出し利用が自由に設定・処理できる機能が BASIC に比べ便利なので、飛躍的に採用されるようになりました。

BASIC よりも MS-DOS の市販ソフトが次第に流通し始め、各社から毎月にようにムック形の「アプリケーション目録」が無料発行されました。内容は、学習・教育手法、財務・会計処理、エキスパートシステム構築、CAD、ファイルコンバーター、工程管理、医療事務、作図・作曲(音階演奏)、家計簿、といったあらゆる分野の処理ソフト類が電話帳のように記載されたムックは、中小企業に限らず庶民の広い階層に活用されました。

子供でも操作できる電算機を目指したアップルは、実現の第一歩として、ゼロクス社が開発した画期的な業務用コンピュータを手本にして、アイコン操作方式や多重ウィンドウを導入し操作しやすい個人向けOSを創りだしました。 それが今言うウィンドウズ方式 (GUI = Graphical User Interface 絵文字操作) の始まりです。

呪文のような文章を入力する従来の煩わしさがなく、並んでいる命令文のメニューか象形絵をクリックするだけで操作できるようになったわけです。
アップル社は、画面配置やマウス操作による便利機能に工夫をこらし、わかりやすく象形絵(アイコン)で選択する新方式の個人向けOS (後年に出現したウィンドウズ型の原形) を開発し、 [System] の名称で個人用コンピュータ [Apple] に1983年搭載しました。 この [System] ソフトが次第に機能強化され、名称も [Mac-OS] と改名されました。

その後、マイクロソフト社もこの方式に習って独自OSの開発に苦心しましたが、肝心な機能は殆どアップルが特許を取得していたこともあって、1983年に擬似的な動き方をする (現在のウィンドゥズ) 試作品を展示発表したものの、満足に動く本格的な機能は作れませんでした。
1985年になり、MS-DOSの機能を使ってウィンドウズの様式を代行する方式Win.1.0を発表しましたが不安定な機能なので、本格的な機能をもち安定した動作のOSを目指す必要がありました。

このあとウィリアム (俗称ビル) ゲイツ 3世 氏がどんな手を打ったか、 パソコンOS真実の歴史の要点は巻末 [暦年マップ] 付き記事「技術と栄枯」にあります。また、多種の年表が豊富な図書「アップルコンフィデンシャル」もおすすめしたい資料です(章末参照)。

1990年代に入ると、大型コンピューターに代り、多数の小型のパソコンを使って代行する方法が効率的という思想が出てきました。 分散処理という手法が広く使われるようになり、現在は一般的業務は大型機を廃し中型機(ワークステーション) 若干と通常型パソコン多数で遂行する手法が一般化してきました。 ただし、特定業務には、それ専用か汎用の大型コンピューターやスパコンが 、引き続き TPO に応じ使われているのは当然です。

(誤りの伝説でなく真実の歴史を知る)
  
 
今のところウィンドウズが正統派のOSでマックOSはその海賊版程度のものと誤って認識している人が、いまだに存在しているようです。
製品の取説などでも、正当なマックよりも不純なウィンドウズの説明の方を優先したり丁寧(:ていねい)な説明・取扱いの事例が見られ、マック系は使用に不便な思いをしたり説明簡素で戸惑いがちな状況も出ています。

一流のパソコンやプリンターの生産などに従事する人の殆どが、真相を知らずに活動している状況も見聞きします。
ある外資系パソコンメーカーの顧客管理者も、ウィンドウズが純粋のOSだと思い込んでいるので真相の概要をお知らせしたところ、感謝状めいたファクスで「始めて知りました。今後の運営の参考になります」旨の御礼を頂いたこともあります。
   
どうなっているのかを多数の資料・図書で調べ、ほぼ真相を知る事ができました。
事実ではない伝説が社会にはびこり、うその歴史が誤ったままで後世にも伝えられないよう、正しい経過を知っておくことは社会人としても大切なことだと考えています。
そこで、正しい情報をほかの方々にもお伝えしようと手記したのがこの記事です。
悪口を言っているように見える箇所があるかもしれませんが、そうではなく有りのままを率直に述べているだけなので、お許し下さい。
   
アップル社が許諾して主要な機能の幾つかをマイクロソフト社へ譲り渡したとき、アップル側は初版のバージョンだけを譲ったつもりで契約しました。 ところがその翌年にマイクロソフトが発売したWin.2.03は許諾の限度を超えてMac OSそっくりな仕様だったので裁判沙汰になりました。 裁判の結果、以降のすべてのバージョンもマイクロソフトが無償使用できるという意外な判決になり、それがウィンドウズ95の完成とそれ以後のWin.機能進歩へ貢献する結果になりました。

アップル社のジョン・スカリーがマイクロソフト社のウィリアム・ヘンリー・ゲイツ3世へ譲り渡すとき作った契約書は後に紛争の基になりましたが、契約書はアップル側弁護士が手がけたのです。何回も書直しているうちに許諾期限などの肝心な条件が抜け落ちたり結果的にマイクロソフトに有利な記述に変ったことにアップル側は誰も気付かなかったとの説があり、裁判で譲渡の契約条件が読み替えられた判決になったとの説もあります。
どちらにせよ、提供する側が自分の不利になるような契約はしない筈ですが、苦心して開発したものが無償で第三者の手に渡る結果になってしまいました。
   
新規な発明・考案をした開発者が保護される「特許制度」があるのに開発者が保護されず、不利な状況に置かれる結末になったわけです。 そこには不自然な成り行きがあるので、通常の敗訴などとは違う一抹の疑問が生じます。
以下は想像です。
戦略と戦術に長け商売上手なMs(マイクロソフト)がアップル社から特許技法を譲り受ける段階で、Msは契約書を作成する弁護士を巨額費で買収したのではないか、マイクロソフトにとって有利な思想を持つ陪審員の選定に暗躍があったのではないか、不公平な司法取引があったのではないか、謎の種は盛り沢山です。


(合法的な覆製版のWin.が流行した理由)
  

マックは普及に力を注がず、一方のマイクロソフト社はWin.の宣伝力・販売戦略の方がずばぬけて強力でした。 
初期の頃はマックが高額だったのであまり売れず、宣伝も消極的だったので多くの人々はその存在すら認識できませんでした。 そのためかマックはあまり知られないまま普及もしませんでした。
   
アップル社はOS仕様の内容情報を公開せず、周辺機器のメーカーが対応機能を作りにくかったことも普及しない原因でした。 
機器メーカーが「MacはOSのバージョンが変ると周辺機器の様式は改良どころでなく新規開発が必要になる場合が多く、開発費がかかるため新規対応品が出しにくい」とのぼやきも聞いています。
PCの周辺機器が豊富に出回っていないと、新規購入者はそのPCの購入をためらう傾向があり、これもPCとそのOSの普及を妨げる原因になりました。
   
反面、Win.版のPCや周辺機器は作り易いし売れるから良いと考える参入メーカーたちが、ウィンドウズ版機器やその応用製品を手がけて品種が豊富になり、そのことがWin.版類の選び易さや売れ行きに拍車をかけて普及が促進した一面もあります。
   
マイクロソフト社はOSの抱き合わせ販売や一部製品価格の不当統制で国際訴訟されるなど、ルール違反のずるい商法を駆使する流儀で知られています。初めて本格的なウィンドウズを発売した1995年、事前の発売予告を報道すると共に、発売日に特約店などの系列店の販売員を弁当付きで動員して購入者の行列を演出した宣伝では、行列演出の証拠を持っていると言うマスコミ系管理職氏の話も聞いています。

Win.95は世界同時発売だったと思います。 宣伝の手段は国によってまちまちだったようですが、日本では他人に合わせると言う習性があることを利用し、自分も買わねばと思わせる手法ではなかったかと読んでいます。
このような状況で、ウィンドウズこそが初めての本格的なOSという間違った印象が知れ渡ったようです。
   
マイクロソフト社のウィンドウズがマックOSの合法的な盗用版だとは知らなかった官庁の担当職員や一流企業の担当者が、これが最適なOSと判断して採用を決め、結果的に半ば不正行為に加担するような形で不純な製品が普及したほか、世界各国でも猛烈な宣伝と売り込み活動が展開され、ウィンドウズが次第に世界標準と言われるようになってきました。

それでも、一般的にはアップル社のMac OS と共にマイクロソフト社のWin(ウィンドウズ) の2系統は同格でした。しかし官公署の公表資料でありながらアップル社のパソコンでは閲覧できないような方式(世界各国の税閲覧など)が採用された時期があり、公共機関として本当の[公表]とは言えない状態がしばらく続きました。
マック系は正統派パソコンであり、市場ではWeb資料など殆どすべては2系統のパソコンのどちらでも閲覧でき官庁の公表資料類もそうあるべきなのですが、何とも妙な気がします。

Win.は、Mac OS の物まね版ですから、Mac の特許機能の全てが継承されているわけではなく、Mac と同じ性能は期待できません。 Win.独自の優れた機能もありますが、総体としてMac が高価でも Win.機の方が得策になることはない筈です。 Win.を褒める人は、しがらみがあるか自分の立場を正当化したいかだけで、本音は真実を知らないか、或いは認めようとしないだけでしょう。
然し乍ら、もし今 Win. 機に馴れて気に入っている場合なら、必ずしもMac 機へ無理して乗換える必要はありません。

OSの性能はマックに比べウィンドウズも使い勝手が良くなり総合機能ではマックを追い抜いたり抜かれたりの段階もありました。
その後、マックは多機能でメニューも完備し、何を動作するにはどこを操作すればよいかの殆どあらゆるメニューが所定位置に常設されている一方、画面や文書編集でも適所へジャンプ・多文書照合・コピぺ・範囲移動などの操作性や機能が抜群に優れたOSへと整ってきました。

最近東京大が学園用に 1300台余の iMac を導入 したり、一般者が 「Mac はWin.に比べ てとても使いやすい」 とか 「もっと早くマックの存在を知っていたかった」 と言った感想を聞くことが多くなりました。

[教えて掲示板] 類のパソコン使い勝手に関した質疑でも、Win機に比べてMac機の使い勝手の良さが添記されているのを見受けます。
Win 機から Mac 機へ乗換える人が散発しています。Mac 機は [馴れ] が必要なくすぐ使えるので、乗り換えるとしても楽々可能です。

Win.使用者が自分のOSを最も優れていると正当化したい気持はわかりますが、Mac に比べると使い勝手の悪さを率直に認め、製品化経過の真実も見究め正しく認識しておくことの方が有益で大切なことです。
Win.は優れたOSですが、このOSの成り立ちには不純な行為があったのは間違いない真実です。

Ms社は、抱合わせ販売で国際的な懲罰を受けたり、ウィンドウズ新発売で見せかけの購入人気行列を演出したりで狡猾な商売上手を駆使しています。合法的とは言え販売業績は清純とは言えないので、購入後のサポート見通しなどもよく吟味して購入するのが無難でしょう。
Win.の供給側の問題点として、ソフトハウスと言うよりはそのメーカー全体としての特異な体質や営業経歴を、購入側が承知していて導入したのかどうかの問題は残ります。

難しいことは省きますが、不純なOSの経歴を正当化したい理屈よりも、真実を見究め認識しておくことはもっと大切なことです。
購入前に、購入者にとって有益でない真実を知らされていなかったという点では、購入者は被害者という見方もあります。Mac・Win どちらの機種の選択・購入者とも損だったのではないでしょうか。
理屈は抜きにして、真実を自分で見究めて認識しておくことが大切と考えています。

(参考図書類の一例)
o 「技術と栄枯」五十嵐 著/Computer Report誌 '03年1月-2月連載/日本経営科学研究所
o 「アップルコンフィデンシャル」オーエン著、林+柴田 訳/アスキー出版 (年表豊富)
o「Mac OS進化の軌跡」柴田文彦 著/アスキー刊 (Win.との対比論=第10章)
o「WindowsXP を使わない人の本」/工学舎編集部編(落ちのないOSのすすめP120-125)
o (ウェブ)『 コンピュータ博物館 』(要点書き) /情報処理学会
o (ウェブ)『 パソコンOSの歴史 』(年譜) /木暮 仁
o (ウェブ)『 OSの歴史 』主な製品の動き概要 (一覧表) /Yukio Sawamura
o (ウェブ)『 [Apple I] から [iPhone 4] 進化の歴史 』(写真集) /Daily News Agency
o (ウェブ)『 マイクロソフトの沿革 』(年代別経緯) /Microsoft
o (ウェブ)『 マイクロソフトの歴史 』(項目別経緯) /Weblio 辞書

  
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(B10)                 2009-2/13. (ver.0.3)
◆医療制度の不思議な改変をこう読む


[ズバリ要点]  

 本来は老人重負担にすべきでなく、安定な老後を送る制度にすべき。
 75歳の区分は1点でなく何段階かの緩やかな区分にしないと理不尽。
 制度変更の説明がまだ無い。 表とグラフで解説すれば分りよくなる。
 政と官の方の制度改変が先決問題。そちらが片付いてからにすべき。
 将来予測と長期計画が未熟。 再三の制度変更は契約違反に相当する。

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[ 本 文 ]  

(後期高齢者の名称について)
 

後期の高齢者と言うと、もう余命いくばくもない、つまり死に近づいている「終末期」の老人と言う印象になります。 しかし、呼び名は一種の符号に過ぎません。呼び方が違ったことによって、ぶたれて負傷したりだまされて財布を巻き上げられたりする場合のような実害はありません。
  
あまり気にしない人もいる一方、気にしたり嫌な気持を持つたりの程度こそは様々でも「好ましくない」と思う人の方が大多数の筈です。 
一方、「あなたの寿命はとても長いですよ」などと言われたとたん、元気が出て重病からすっかり回復した事例などは幾つも聞きます。 呼び名がじわりと影響する場合もあるわけです。
  
そういった事が分かっているなら、"後期" ではなく丸に"寿" とか "(高老)"、 "A種年齢者" といった名称に改めたほうが良いのではないでしょうか。

近年、めくらと言ったりかたわと呼ぶことを避ける社会情勢になっています。その用語制限に倣って医療面でも末期に近い「後期」といった言葉は避けるべきでしょう。
お金がかかっても、保険証などの名称を今からでも改称した方が社会にも有益ではないでしょうか。
     
(75歳の区分点について)
 

区切る理由が読めません。良待遇になるか不利になるかのどちらでも、本来は年齢で区分すべきではないでしょう。
また、区分点がなぜ65歳以上でなく50歳以上でもないのか。いっそ25歳以上にしたらどうなのでしょうか。
  
今後75歳を迎える年齢の人は、今迄に何か大きな功績があった年代なのか逆に不始末でも起こしてきたのでしょうか。
保険料・税もきちんと払い、他の年齢の人と同じにきちんと正しく加入して社会生活を過ごしてきた人が大多数だった筈です。ならば差別を設けるのは不当で、年齢で区別すべきことではありません。
   
どうしても段階を設けるなら、1段でなく多数年代の段階にして各段差が緩やかな変化の区分にしなければ不公平になります。
   
庶民には身を切るような思いの生涯計画というものがあります。 従来も今後も、加入時の医療条件を変更することなく退職後も継続されることによって、個人の生活設計の様々な要素が端から壊されていくようなことがなく安定した老後を送ることができる制度であるべきと考えます。
     
(制度について) 
  
保健制度に加入した時点から、生涯補償という前提で保健料を支払って加入していたにも拘らず、制度が急変されることには承服できません。
医療費の負担率などの変更は、予め加入段階中に承諾をとっておき、その時点以降の加入者から変更制度を実施するのであれば、納得できます。
  
個人年金の場合は、多くは保険会社と契約しますが、もし支給などが一方的に変更されれば契約違反です。 医療制度でも、保険料などの一方的な変更があれば約束不履行やサギ罪にも相当する罪悪ではないでしょうか。
  
社会情勢によって医療制度も変更せざるを得ない状況になっていることは、痛い程わかります。しかし、過去の時点で情勢を予測しておき、年齢分布や支給状態がこうなった場合はこう、どの情勢になるならこう、と何通りものシナリオが描け対応制度の周知もできた筈ですが、その予測作業を怠っていたのでしょうか。
   
一方、現行の医療費は本人負担が一割程度の負担率は異常に安すぎて赤字財政の方向になるので、もう少し増率するのが妥当ではないかとの意見もあります。 保険料や医療費の個人負担をそのまま変えずに医療態勢の維持や向上を望むのは虫がよすぎるという読み方も、その一つでしょう。
  
個人の医療費負担を現行の2〜3倍程度にすることによって、医療にかからない人の保険料が軽減する方向へ自動的に補填されるよう図ると共に、増額分の収益によって医療態勢が向上するように図って貰うという考え方はどうでしょうか。
診療が受けにくくならないよう、受診者の増額分の一部又は全部を当分の間はお国が肩代わりをするという方法もあります。
  
要は、医療の全体像を再吟味して、現在よりも悪い診療状態にならないよう、誰もが納得できる医療制度にして欲しいということです。
医療は生命にかかわることであり、診療を財政が苦しい場合・楽な場合で変えてよい問題ではない筈です。
  
今回の新制度のような、長年継続してきた保険料や診療方式の約束が破られ、年齢の差別を設け受診が年齢によっては不利又は有利に変更される制度は撤廃すべきと考えます。
どうしても続行されるなら、新制度の周知時点から以降を対象に、「ただし、今後の加入者に限る」旨の付則を加える方向で再検討されるよう切望しています。

制度の分かり易い解説が必要です。  
住居地区からの解説書を受けていますが、自分たちが受ける制度の実質面や自己の受診がどの位置づけなのかなど難解です。
新制度が確定したら、制度の意義や全容の概念・個別事項の構成などの導入部分をチャート図や表を使うなどの方法で、企画元から分かり易い制度説明をして貰えるよう望んでいます。  
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(B-9)                    2011-3/11 (ver.a7b)

◆税金を上げても正しい政治を望みたい

  
[ズバリ要点]
  
o 税収が予算額の半分しかないのに、良い施政や改善諸々を望んでも無理。  
o 消費税を廃し物品税15%平均の案あり。 税の行方は慎重な討議が必要。
 (本来は税の浪費を阻止する改革が先で、効果が現れてきたら増税の順序)
o 今は緊急事態で増税どころではない。体制の改革は後で景気回復が先決。
o 次に税の浪費を阻止する改革で、効果が現れてきたら増税で暮らし向上。
o 経済の正常化は、議員役人が真剣に必死で決行すれば、必ず実現できる。
o 議決事項の監察権が国民に無いと国の廃退も。総理罷免権の制度も必要。

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[ 本 文 ]   

税金が上がれば良い政治が行われるとは限りません。現状では貴重なお金がどこかへ消えてしまうだけの可能性が強いと読めます。それなら、どうしたらよいのでしょうか。夢のような話ではなく、確実に改善できる道があるかどうかを考えてみました。

(景気好転の状況だけで増税予定の施策は不審です)
 
景気が良くなって増税なら、景気が悪化したら減税するのが、もの事の道理です。 しかし、現実には景気が低下しただけでは減税されない筈です。 
      
誤解のないよう、読みの幾つかを補足します。   
景気によって税率を上げ・下げ するのは応急の暮らし対策・社会活性化のためで、これは政治家も国民も承知している一時的な処置です。
税金の本当の姿は、まともな生活が送れ、かつ、健全な社会機能が保たれるための妥当な費用であり、主に所要経費の率(=税率)として適した値に設定され、国全体の経済情勢に応じて時折の変更はするものの、やたらに変えるべきものではない筈です。
   
それだけに、過去何年もの間にあまり妥当ではない税率になっても正当な値に変えず、むしろ税が安くなるか下がったと見える方向がとられて来たと感じています。 その原因は、「賃金を上げろ、税金は下げろ」の庶民の声になびいた政策をとり、弱者を救済する根本の改善を先送りしてきた政治家も悪いですが、目先の生活向上や自分の利益ばかりを追求し、社会全体の幸福などそっちのけの風潮があたりまえだった庶民の方にも問題があったのではないかと読んでいます。
その結果、税収が少なくて国策の歳費とほぼ同額の借金が毎年嵩(:かさ)んだり、社会の経済体質が弱くなってきたりの弊害(:へいがい)が目立つようになってきたのではないでしょうか。
  
景気対策を考える場合、個人が納める所得税などのほか、商売にかかる税負担も関係してきます。 取引税などもありますが主なものは事業税や所得税で、これが高率だと景気の足を引っ張ることになります。
先進諸国に比べて日本は消費税が異常に安い一方、事業税は少し高めです。 最近、経済評論家 勝間氏のレポート で事業税を安くする提議と意見集が出ています。
事業税が高いと税が高額なので原価高になり、商売がやり難くなったり景気が下がる方向になる一方、事業件数が膨大と言う程ではないので税率が少し上がっただけでは税収が巨額と言う程には増えません。
一方、消費税は個別の税収は微々たる額ですが、個人が高額商品でも買い易くなるかどうかで景気に影響が出てきます。 税収面では、すべての物品が対象ですから件数が多く、国民全員数であることと一人当り何品も購入することから国内全体では件数が膨大になるので、ほんのちょっと税率が変っても税収に大きく響くことになるわけです。
    
日本は先進諸国に比べて消費税が安すぎることもあり、もう少し税金が高くなっても政治がよくなれば有難いことです。 が、景気が好転したとき「制度は何も良くならないが税金だけが高くなる」ような事態は歓迎しません。
現状の改善などの為すべき事をせず税率だけを高くするようなことがあると、国民の嘆きや怒りがその場では治まっても潜在し、累積していく危険性があると読んでいます。
  
まず出費を押さえるのが先決です。押さえても財源が足りないから増税せざるを得ない、というのなら話はわかります。
構造改革を開始し、実りが出るところまで行かなくても、少なくとも軌道に乗っていける見込みがついてからの増税でしょう。
  
今は経済危機に立ち向かっているため順序が番狂わせになっていますが、それなればこそ特に計画の実施手順が固まったら、説明の公表が是非とも必要です。
庶民にも生涯計画というものがあります。 暮らしがきつい時期は、なおさら切実です。 増税必要の証拠やその改革計画として、全体像の行程概要(目標・効果など中期又は短期ビジョンのシナリオ)のような形で公表されるのを待ちます。
  
(予算と収入は破産状態の日本に救いの道はあるか)
 

日本の生活設計で歳費に対して税収は約半額程度しかなく、かなりひどい状態です。 私たちの子・孫は一体どうやって暮らしていく状態になってしまうのでしょうか。 まともな政治を望むならそれなりのお金はかかります。 現状の合理化だけで賄うのはだいぶ無理で、税収が増えないと大負債の減額すらできない状態です。
しかし税金が上がれば見通しが明るくなると言うわけにはいきません。 近年のイタリーの経済破綻はどういう状態になりそして立ち直ったのでしょうか。詳しいことは知りませんが、日本の復興の参考にはなるでしょう。 歳入と歳費が正しい軌道へ向かい、お国の借金が急速増加中の状態から抜け出すことは必ずできることで、いますぐ成し遂げなければならない問題です。
  
税金を上げる代りに良い施政に改革してもらう、という話は昔からあったことで、いま始まったことではなく思いつきでもありません。私が聞いたのは、「たわけた役人どもが--」といった毒舌を振り撒いて有名だった 小汀利得(評論家,元日本経済新聞社 社長)が元気な頃で、1970年代前後だったかと思います。
その後1981年には中曽根康弘氏(当時行政管理庁 長官)の肝入りで行政改革の審議が始まりました。ただし、纏め役を請け負ったのが「朝食に目刺し」の質素な暮らしで知られた土光敏夫氏(当時第2臨調会長、元経団連会長)で、このときは増税なしの行革目標でした。 加藤 寛氏(経済学者)が日本短波放送で「暮らしと経済」と言う番組を持っていて、「ディスクロージャ」(今の情報公開とは意味が少し相違。国の経済や企業の計理の実態公表といった程度か)という言葉が使われ始めた頃です。
  
 当時、政策改善のためには税をもっと上げても仕方ないなどと言う人はごく僅かな変人扱いで、今に比べると取るに足りない数でした。 それでも確かに経済改革を上回る政治大改革の芽は既に出ていた筈です。 政策の基盤となる税金については、もっと下げろと言う人は多いのですが、外国は日本に比べてどうなのか、国内外横並べの情報が巷間には伝わって来ないので判断材料の欠乏状態でした。 ディスクロージャと同様に、諸外国のデータなども公表が当り前のことになるような道筋が欲しいとの願望も潜在していたわけです。
一般者のこういった情報開示と税率ぐるみの意見は、当時が減税潮流の社会情勢もあって世には殆ど出ませんでした。

(外国の税金はどうなっているのか)
 

まず、主な外国で税収がどうなっているかを探し出し並べてみました。
  
     図1 各国の税収額の例  (所得税+付加価値税+資産税+企業税+ )
各国税収A

        出典:Web:[ミセスAllAbout]資料ほか + JETRO[各国の税制]

* 全容の公開データが無く諸資料からの拾い値が年代不揃いのため、およその状況比較として示します

  
 図1を見ると、米国が最大で日本の約4倍もあります。
もし日本に米国の税収の半分ほどでもあれば、今よりも庶民の生活が潤い災害被災者などへの救済も向上したり科学分野の開発・進歩や文化推進も進む筈です。ちょうど今の日本の税収の2倍程度の予算額に相当するからです。現実問題としては、今よりもう僅かでも税収を増やし、もっとまともな政治をして欲しいとも思います。
  
税金を上げなくても正しい政治を実現する方向は可能との説もあり、それは当然のあり方です。 しかし、今は政治改革などの是正作業に時間をとられているよりも、目前の経済対策を果すと共に医療制度などを改めることの方が急務と読んでいます。政治体制ほか構造改革はあとまわしで遂行するのはやむを得ないことでしょう。
  
(日本の消費税は高いのか安いのか)
 

一般市民が直面しているのが消費税です。 外国ではどうなっているかを調べてみました。
  
           図2 各国の付加価値税 (日本の消費税) 税率の例
税率-03025
   出典 : 財務省Web資料 /'07年1月版抜書き 

図2は、消費税に相当する外国の付加価値税の状況です。 先進諸国に比べて日本は低すぎると言えるほどの税率になっている状況が分かります。日本がいつかは先進国並みの税率になったとしても、決して不当なことだとは言えない状態です。
     
(物品税の方式の方が公平ではないのか)
 

もし消費税を上げる場合は税の使途をはっきり示し増額分をすべて明白に開示できるなら、政治が今よりも幾分かは良くなる程度なら期待できそうです。
仮に増税するとしたら、一律の「消費税」をやめて「物品税」(旧5~30%)近似方式に改変する案はどうでしょうか。 税収が減らない方向で、税率だけを段階的に設定する新方式です。 Web上でも、増税説は見当らないものの物品税制度を推奨している提言は案外あります。

 米国のように食品や生活必需品は無税(0%)近くにし、宝石など贅沢品類は150%(旧100%?)前後のもとで個別の届け出認定制を設けて実用品税との区別を明確にし、必需品は品種や事象によって税率の高低(例えば2~15%)を決める、と言った試案はどうでしょうか。 欧・米の付加価値税では、多数の国が物品税と殆ど同思想の方式をとっているようです。 もし税制の方針が決まった場合は、実施前に具体案が示されるよう期待したいと思います。
  
(物品税にする場合の問題点は何か)
 

 必ずしも税率を上げず5%~5%一律にするのも非現実的です。 品物ごとに税率を設定する場合、過去に弊害があった物品税の問題点を避けなければなりません。 現代の時点で、市民の環境条件や物品の流通状態などを展望し、慎重な配慮が必要と考えます。 新製品が無税の期間中に、購入が必要でもすぐには買えない事情がある場合は、予約契約しておき後日でも無税購入が可能な制度を設けるなど、税体系を取り巻く諸制度の整備も必要になるでしょう。 ちょっと厄介ですが、相対的に得策な物品税の新方式を吟味し、欧米なみに採り入れて今よりも快適な市民生活を送ることは可能であり、消して夢物語りではない筈です。

(スウェーデン国民の意識調査)
 

 スウェーデンの人々の意識調査の状況を次に示しておきます。
 日本の福祉と比較してこれをどう読むか、難しいところです。
   
         スウェーデンの税負担に対する国民の意識調査
   
 今よりも高税負担しても よい いいえ
 同 高税負担しても よい いいえ
 医療・保険 66.8% 31.2%  育児支援 42.4% 53.0%
 初等・中等教育 62.3  34.3  雇用政策 39.5 56.2
 高齢者支援 61.6 35.4  社会扶養 28.7 67.1
      出典:Web-PDF資料 [税負担増加に関する意識調査] p.38
  
この調査結果は、およその状況を見るにはたいへん参考になる資料ですが、一つ一つの数値についてはあまり真剣に考えるのは良くないと思います。
  
諸外国の実例を見ると、日本でも税率の増額は無茶なことではないことが分かります。そして社会福祉も良くなることが期待できます。
一挙に25%の重税になるのは歓迎できませんが、少しづつ徐々に上げて生活などが向上していくことは夢ではないでしょう。

(正しい政治には正しい政治態勢の実現が必要)
  

税金の正当な使い方といった面だけでは駄目で、もっと重要なのが正しい政治のあり方です。
正しくあるべき政治体制のもとで議員の政治姿勢・活動を国民が監察できる制度になっていれば、その制度のもとで国政は飛躍的に改善できるでしょう。 

そのような制度が実現し政治が良くなることを期待すための投票、つまり議員になる人物の選び方などについては、掲示面の都合で別項「 選挙投票で棄権すると損を 」の項で述べました。
_________________________________
( 参 考 )

[民主党マニフェストの要旨]
('10-6.11/毎日新聞6.12-p1を参考)

1.超党派による会議で財政規律を議論する。
2.強い経済・強い財政・強い社会保障を目指す。
3.次の衆議院選後に税制の抜本的な改革を行う。
4.基礎的財政収支の赤字幅を15年度までに半減、20年度までに黒字化する。
5.こども手当は既に支給している13,000円から上積みする。
6.法人税率を引き下げる。
7.高速道路の原則無料化を段階的に実施する。
8.農家の戸別-所得保障は11年度からの本格実施をめざす。
9.衆議院80議席、参議院40議席程度の定数削減を行う。
10.企業献金・団体献金を禁止する。

     __________________________
[ 参 考 ]

無理もあり—
(変えて欲しい)
[民主党マニフェスト]     '11-3/11 更新 (ver.b)

2.強い経済・強い財政・強い社会保障を目指す。
1.超党派による会議で財政規律を議論する。(緊急議案後に審議願う)
3.次の衆議院選後に税制の抜本的な改革を行う。(目的は政策の実現。
 財源・税率の調整は目的ではなく政策遂行用の[手段]と認識。 増税は仕方がない)

6.法人税率を引き下げる。 (3.の [財源・税制変え] と一括審議すべき)
8.農家の戸別-所得保障は11年度に本格実施をめざす。(農,林の振興策も期待)
9.衆議院80議席、参議院40議席程度の定数削減を行う。(増税と引換えで願う)
4.基礎的財政収支の赤字幅を15年度までに半減、20年度までに黒字化する。
10. 企業献金・団体献金を禁止する。(時期をみて完全実施が適当)
5.こども手当は従来の児童手当へ更に増額し支給する。(中止し後年に実施願う)
7.高速道路の原則無料化を段階的に実施する。(中止し後年に実施願う)
     ___________________________
民主党の審議手順は、次のような段取りが推測されています。
(1)財政の節約と制度の改革 ( (さかさに振っても) 鼻血も出ないほどの削減方向で)
 (a)議員の削減と運営の引き締め・改善
 (b)官吏の削減と運用の引き締め・改善
 (c)その他の総体的な(事業仕分けを含む)引き締め
   
(2)経済の振興 (強い経済・強い財政・強い社会保障を目指して)
 (a)社会と生活の景気対策と振興対策の方針
 (b)景気向上策の制度改善と具体的な処置
   
(3)増税による経費補填 (少なくても4年間は増税せず時期をみて)
 (a)消費税の諸国並み引上げ (上げるとき国民に意見を聞く)
 (b)他の税目若干も、税率全般の均衡と社会公平化を図る改正

   
消費税率については、いま必要な消費税率として、6%増(税率11%)から17%まで諸説が出ています。

赤字解消の方向だけでも消費税率6%増(税率で11%)が最小限必要との、内閣府の調査結果(毎日紙2010年6月)、
25年度には社会福祉面の歳出増だけでも消費税6%分の財源が必要との、社会保障国民会議の試算(読売紙7/1)、
消費税を15%にしないと財政が健全化しないとの、米倉経団連会長の見解(日経紙7/1)、
財政収支を黒字にするには、消費税を12年度から毎年2%幅ずつ15%まで引上げが必要(4年後の14年度からでは間に合わない)との、内閣府の試算(朝日紙7/3)、
消費税率を段階的に15%程度まで引上げが必要との、国際通貨基金IMFの観測(毎日紙7/26)、
更に、半年後の2011年初旬に、経済同友会から基礎年金の財源・基礎的財政収支の黒字化を目指した提言がありました。
年金などの財源確保のため、消費税は13年度に10%、15年度に15%、17年度に17%とする経済同友会の展望(各一般紙・経済紙2011年1/11)。
  
財政危機の脱出には幾ら増税しても足りない程ですが、歳出とのバランスを図り、景気が向上して国民生活が少しでも潤うような「強い財政・強い社会保障」を実現するには、消費税率5%増の程度では経済効果が薄く6%増よりも更に多い増税が必要な状況が、まだ認識され渡っていないようです。
     ______________________ 
(寸評)       掲示:2011-3.11 修正:2012-1.28(ver.b1:.)  
財源不足の中、とりわけ社会福祉の経費が急増する状況で、社会保障の調整・財源確保が緊急課題です。 ところで、審議中の「社会保障と税」と、一部の新聞社(毎日、朝日)と東京財団が言う「税と社会保障」とでは、政策結果が同じになったとしても意図が違う「基本方針」を述べていることになります。
「筆頭」に並べる事項が、通常は最重要とされています。「社会保障と--」と言えば社会保障が主眼でその制度をどう決めるかの問題であり、「税と--」と言えば課税が最大目的でそれを何にどう使うかが次の段階の政策と解釈されます。

暮らしへの影響は、[社会保障]の制度が[税]制よりも重要な中身の問題です。「社会保障と税」の呼び方を言い間違えたり文言に無頓着な閣僚も少し居ますが、専門家の与謝野元大臣や代々の党首は「社会保障と(その財源)税」のように「保障」を先に立てて発言しています。 公文書も、Webで見ると「社会保障・税 --」と保障を先に表示しています。
   
社会保障の「程度」については、自民党の麻生政権のときに「中福祉・中負担」の目標が示され、国民側からは強い反論もなかったので是認された感じです。
野田政権では説明未開ですが恐らく同じ「中程度」の福祉を目指していると思われます。なぜなら、もし高福祉を望めば北欧なみに25%程度の消費税率が避けられず、それでは目下の日本の状況では不可能だからです。

税を主眼にすると、どうしても多めの税を設定する傾向になるのが現実なので、耐乏生活に耐えている多数庶民にとって「社会保障--」を飛ばして「税と--」の報道を見聞きするたびに、過大傾向の税を想像し悲愴な気分になる状況が生じています。必要額よりも多めの税になるという理由は「仮定した税率では足りないから増税したい」と後からの変更は許されないので、不足しない税率に決めておく傾向になるからです。現実に多めの税で実行されるとは限りませんが、税収主眼の方向をとると全体を見渡し課税が過剰気味になる傾向は避けられないでしょう。生活に困らない報酬を得ている一流マスコミ諸氏には実感できない心情的な問題点です。

最大手新聞の2紙だけは事実の順序をわざわざ逆にして「税と社会保障」と「税」主眼の表現で書き立てていますが目下そのような政策は存在せず、政府や政党の言明どおりを正しく伝えていません。政策の心髄を理解していないのか何か意図があるのか報道の信頼を損なう行為です。 うそをつかない報道に努めるように態勢・体制を改めて欲しいと思います。
  
なお一般論ですが、正確に言うなら目下は[社会保障]よりも「社会福祉」の範囲が最重要課題です。 社会保障のように、自然災害などを含めた広範囲な社会救済を税で遂行することが論点ではなく、壮年・老人間の制度是正を含めた社会福祉の範囲を主眼にして、財源をどうするか、消費増税で賄なえるかが問題になっている筈です。

     _________________________
 
[社会保障]と[社会福祉]の混同を見受けますので、一般的な解釈を述べておきます。

[社会保障]:
地域の災害・事故への対応や厚生など広範囲な住民救済を行う社会制度。
事故や犯罪による大けがなどの緊急救助の態勢を含め、地震・台風・火山などの自然災害・損害への救済・保護・厚生のため、公共事業とは別に個人の助成を目的とした社会的な保護行為。 社会福祉を含む。

[社会福祉]:
国民個々の健全生活や健康維持のための社会制度。
生活保護(助成)による生命維持、 勤労中と老後の生活を守る医療・介護・厚生の態勢や、 年金・保険類による保障などを遂行するしくみで、主として個人生活の維持を目的とした保護行為。
   
================================
(B-8)                  2009-2/9 (ver.a.7.e)

◆ 選挙投票で棄権すると損をするわけ


[ズバリ要点]  

o 今は仲よしクラブの票だけで当選がほぼ決まってしまう状態
o 自分だけ投票しなくても"と思う結果が投票率30%台の状況
o 投票して民意が反映すれば苦しい生活が去って楽しい社会も
o 選挙で民意反映と言える投票率は報道筋による啓発が効果的

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[ 本 文 ]  

(選挙で投票するなんて、何の意味があるのか?)  

自分の意見の背後には、同じ意見の人が400人以上は居るという俗説があります。
400人か4000人なのかは定かでありませんが、総選挙のような多数者投票の場合は、自分と同様な行動をとろうとしている他の人が、少なくとも何万人か居ることは想像できます。

選挙で投票してもしなくても文句を言われるわけでもなく、「今度はやめとくか」と思いがちです。多くの人達も同じ思いでしょう。
その結果が通常選挙ではたいてい投票率30%ちょっと程度(有権者10人中の3人程度だけ)で、総選挙とも呼ぶ衆議院総員の選挙でもたいてい60%台前後の状況です。
政治への関心が高まっているときでも、通常選では40%台を超す程度でした。
欧州では通常選挙でも70%前後が普通のようです。2007年の仏.大統領国民選では78%だったかの例も聞きます。 外国の調査団などから「ジャパンでは投票率が低い理由はなにか?」と尋ねられるそうです。

自分一人ばかり棄権してもしなくてもそれがどうなる、と思っている人が選挙で投票する行為を起こすと、意外に大きい影響が出ることになります。 そのわけは、後の項で述べる「当選票の仮説」で説明します。 
各党の仲良しクラブの人たちだけで当選者が決まってしまうような傾向は、もう、ご免です。 それを解消できるのは、みんなで投票することだけだと考えています。
  
自分が投票の行動を起こすと言うことは、同じ思いの何人もの人達が行動を起こしている筈で、そうなると投票率が増加する傾向が現れます。その結果、民意に沿った候補者が当選することになれば、みんなの希望に叶った政治が行われる願望が実現する方向になるというわけです。

自分だけが、と思う心を押さえて面倒でも選挙の義務を果たさないと、今よりも幸せな生活が現実になることは望み薄です。
気をつけたいのは、どの候補者を選ぶかを慎重に決める必要があることで、これを怠ると選んだ政治家によって自分の望みとは違う社会へと展開していくことにもなります。

日本の転換期に、政治家が本気で日本を良くしようとする気構えがあるのか疑問なので、投票側も本気になれない事情もあります。
そこを押さえて投票しなければ政治は変らず、世の中が良くなって行く見込みはありません。 いまは「我が世の春」を送っている役人さんもフツーの人も含めて、お子さんやお孫さんの代へと影響していくことになります。

投票することは、幸せへの切符だと思っていいでしょう。 大きな意味があります。
     
(当選票の仮説)
 
 
なるべく早わかりする話で行きます。

一般者の投票数が少ないと、党にゆかりがある支援者系の票数だけで当選する傾向が出てきます。

党の支援者系の人達は必ず投票します。特に、ゆかりがある信奉者層は風雨の投票日でも殆ど一人残らず投票所へ行く筈です。
そうなると、全体の投票数が僅かな場合は、その他の人々が殆ど投票しないと、党の候補者ゆかりの人達の票数だけで「当選確実」となる可能性が出てくるわけです。

大雑把に言って、投票率が30%程度の僅かな票数だと、党関係者の票がかなりの数でかたまった票数になります。その他の一般者の投票は散らばって各候補者へ入り、一般の人の票は、どの候補者へもほぼ互角の票数になる傾向となります。

その結果、党関係者の票数が候補者の一般得票へ上乗せされて当選圏内に入り、それ以外の候補者は当選圏へ届かないので、そこへ投票した大多数の有権者の意思は、選挙で反映されないことになるわけです。
つまり、一般者の民意は今後の政治へ反映されないままになります。 
大威張りで民意と呼べる選挙結果は投票率70%以上(有権者10人中の7人以上)で、少なくも60%前後は無いと、気まぐれ投票も入るので民意の反映とは言い切れないのではないでしょうか。 
  
ところで、そういった状況とは別に、投票時のような誰もがほぼ均一な状態の課題を持つ場合に、一人が選択・決定をする行為が総体としてどのような効果になるのかの、殆ど定説に近い[仮説]を説明してみます。

投票に行くか止めるかを決断する場合、ほかにも同じように考えている人がかなり多数は必ず居ます。 その場合に自分が[行く]と決めると、同じ決定をする人が他の人の中で何人かは必ず居る筈です。 それと同じように、[投票はしない]と決めると、他の人々の中で何人かは[投票へ行かない]と同じ決定をする人が居る筈です。それによって、全体の中では行く場合・行かない場合のどちらかの人が増える傾向になります。
  
つまりは、全員が同じ投票立場のもとでは、自分が決断することは他の人々も同じ決断をしている状態の方向になります。 勇気を出して面倒な行為の方を選択することは、他の人も勇気を奮って同じ行動を起こす傾向になるのです。 
   
万人がほぼ同じ立場の投票行動をする選挙の場合について、[行くか・行かないか] が自分一人だけの単独行動に終ると思い込んでいるのは、全てがそのとおりになるのではないので誤った考え方と言えます。たった一人の行動で終ってしまう現象ではありません。

多人数が同一目的の場合、(自分が決定する行為は、多数中の何割かの人もまた同じ決定を起こしていることになると考えてよく、)自分がとる行為が全体的な傾向となって現れるということなのです。 
    
いまの投票—当選 の過程には、およそ前記の二つの場合 [仲良しクラブ投票] と [一人の勇気が多数票] のような傾向があると読んでいます。これは多数の方々も気付いている現象と思います。 
   
投票する僅かな手間と時間を惜しむと、しあわせ切符が手に入らなくなって、次の選挙までの長期間を耐え忍ぶのは大損だと考えています。

( 例え話 ) 

「蟻が町」で町長さんの選挙がありました。
 Aさん、Bさんの2人が立候補しました。

有権者100人、投票率はいつも40%(40人)ほどです。
Aさん支持者は5人、Aさんがいいかなー?と思っている一般者は16人です。
Bさん支持者は3人、Bさんがいいかなー?と思っている一般者は16人です。
  
◆ 今度の選挙は次の経過で、支持者が少ないBさんが当選しました。

o 一般者のうち、今度はAさんでなくBさんへ投票した人:1人。
o 一般者で、新たな投票者が増え、Bさんへ投票した人:1人。
  
o 投票率は41%でした。 
o 得票数は、Aさん20票、Bさん21票で、Bさんの当選です。
 御不審でしたら検算してみて下さい。
  
1票の重みが効いた、「蟻が町」の たとえ話です。
有権者数が十倍でも百倍(一万人)でも一票の重みは同じことです。 他の候補者に比べて10票差・100票差なくても1票多ければ、誰かが入れたに違いないその一票によって優位が決まります。
     
(正しい政治には正しい政治態勢の実現が必要)
 
大自然界の中で寄り添って集団生活するようになった人類は、長(:おさ)を立てて民衆の願望を束ね、力を合わせて建設や侵入者への対応を図ってきました。 文化が進み環境が変った現代でも、長の役割りは自然界・社会の中で生きるためには同じ思想で保たれていく必要がある筈です。
ところが現今の政治家は「おさ」の役を忘れ、政党や自分の保身が第一で国民のために働く役割りは後回しの思想がはびこり過ぎています。

現に「我が党にとって- - 」と党議が最優先の発言を度々聞くと、国民への政務よりも党の規律が先に立っているようです。党律も大切なことですが、だれのために仕事を与えられているのか職務の目的は何なのか分かっていないような、基本認識に疑問がある議員が多すぎます。
このような代議士を排除して国民のために尽くしてくれる政治家を選んだり育成・応援をすることは、私たちの責任であり義務でもあると考えています。
   
選挙で善良な政治家が当選しても、任期満了や退任があればそこまでです。 また、自分が投票したときの願いが議員全員に及ぶわけでもありません。
議員の問題と同時に、大臣が誤った判断をしたとき・不正な行為に走ったときの歯止めの制度も必要です。現行ではその危機管理方法が丸きり無いわけではありませんが、頼りにはならない状態です。
   
正しくあるべき政治体制のもとで議員の政治姿勢・活動を国民が監察できる制度になっていれば、その制度のもとで国政は飛躍的に改善できるでしょう。 
制度化していれば、その態勢は議員全員に及びますしいつまでも有効に作用する筈です。
  
国民が監視するだけでは効果が薄く、間接的にでも懲罰処置 (憲法第15条、ほか) を行える制度が無ければ政治改革の効果も十分に果せない恐れが多分にあり、どうしても国民監察が必要な状態になっています。しかし監察のほかにもっと実現し易い手段で、根本を正せる方法はないでしょうか。 この根本の是正については、冷静によく考えてみる必要がある問題と思います。

平素から国民に尽くす当然の活動をしている議員には、このような制度があっても無くても憂いは生じない筈です。
それと共にもう一歩進め、国民・国家に対して持続する貢献が見られた議員・官吏へ国民賞の名誉を授与し、功労までの平素の心掛けや努力の経緯に対して国民側から感謝の気持を込めて贈る特別褒章が是非必要と考えています。 功績ではなく、実りが出なくても国民・国家へ貢献する「努力」こそが大切と考える感謝の念です。

[参考] 
江戸時代にもあった、村人による[善悪]の民意入札 (:いりふだ)制度
江戸時代末期の越後の村では、村役人の[選挙]はもとより、悪事の[犯人](今の裁判員 制度か)・善行者や非行者の[善悪]投票も「いりふだ」の制度として行われていたようです(/日本史家・藤木久志さんの研究/毎日紙'09-5/21[余録])。

   
秀逸な装衣者(ベストドレッサー)の表彰例などとは性格が違うこの授章候補者の選出は、国民投票による評価方式がいいと思います。 ただし、その場合も投票率と仲良し仲間の団結投票数の問題があり、全投票率が80%以下のときはその得票数を「民意」の表れと解するのは妥当ではないと考えます。
   
ところで、着々と進められていく政策の中で庶民の評価・判断の方が誤っていたり誤解している場合もあり得ます。
このような場合、賞罰のような制度の公正な審査を誰がどう方法で判定するか、間接的な懲罰はどのような形で遂行するかといった問題もありますが、その具体的な方策などは有識者や議院関係者などの専門家が決めることになると思います。
   
苟も(:いやしくも) 政治改革をするなら、掛け声やうわべだけでなく、こういった形で国民代表者としての活動を正しい方向で行って貰うための、効果的で強力な是正方法の模索と遂行も必要な状況にあると考えています。
   
問題点は、お国のために役立つことなのに議員にとっては都合が悪いようなことでも、実現に努力してくれそうな人物を選挙で選出できるかどうかです。
これは、選挙のとき庶民のくらしの願望を叶えてくれそうな候補者を選ぶことよりも、はるかに重要なことです。
仲々難しい問題ですが、なんとかそれらしい候補者へ投票したいものだと考えています。  
================================
(B-5)  
◆前照灯の合図をこう統一したら


[ズバリ要点]

(1)
進路をゆずるときは1点滅か2点滅し、微動もせず消灯したまま待つ。
(2)
ゆずって貰ったら、更に相手の意思を確認した上で自分が進行する。
(3)
自分の進行を相手に知らせたいときは、前照灯を点灯したまま進む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[ 本 文 ]

(1)
は通常見受けることですが、微動せず止まっているのが大切です。
 合図した後で少しでも動くと、こちらが進行するのかと相手が誤解や混乱する恐れがあります。
 通例は、一度決めたら変更せずじっと待ち続けることが必要で、それが相互の安全になります.
   
 また、対向車の列の先頭に1台だけ右折車さんがいて、自車側の車列の途切れ待ちで停車しているような場合、右折さんへ "先行して下さい" と自車の直進を止め道を譲る合図をしても、その運転者さんが横を向いて町並みを眺めたりよそ見し続けてなかなか気付いてくれないことがあります。 そんなときには前照灯の2点滅か3点滅を根気よく繰り返して、相手さんが気付くまで続けた方が安全です。

しかし、自他の車線両方とも後続車が無い場合など、状況に応じて、安全なら、いつまでも止まったまま待たず早めに決断してゆずる意思を取り止め、自分が進む変更は臨機応変です。
   
そのときは(3)のように点灯して徐行すれば相手側にも確認して貰えます。
特に右折する場合は、対向車列の向う側に走行中の二輪車などを予想読みして、急がず、自車の頭を小刻みに出す感じで最徐行すると旨く横切れるようです。 
車で走るには、時と場合に応じて前記のような合図と決断の行動も必要だと実感しています。
  
(2)
は、相手の状況を確かめることが大切で、サンキュー事故が防げます。
 これは聞いた「呼び名」の受け売りです。「サンキュー事故」とは、自分が進行するとき相手側もゆずって貰ったと誤解して「サンキュー」と急加速し、衝突事故が発生する事例の俗称だそうです。
  
(3)
は、夜や日中の単車が走行するとき、点灯して走る通常方法を延長したルールです。
 暗い中を消灯して走るのは禁則な反面、走行時には点灯している状態が基本原則です。
 昼間にライトを照らして走る例として、特殊資材や重病人を搬送中の注意表示、先導車へ後続車の居場所を示す目印、牽引車が後続車輌を綱で引いている状態(下引きの牽引綱が死角で見えない他車が、引綱の上へ割り込んでくる場合)の注意標示といった状況を見かけることがあります。
   
 交差点などで自分の方が先に進行することになった場合、念のため発進の意思表示をした方がよい場合があります。  その場合、前照灯を消したままで行動するよりも点灯状態に変更して挙動の意思を明確に示す方が安全です。 同時に、その場を抜け出た後は忘れないうちに消灯(夜間では下向き照射を確認)する行為も必要です。
   
現在(1)のルールは常識化していますが(3)を励行する人はわずかで、明滅ルールが明示されていないため知らない人やでたらめな人が多く、困ることもあり重大な事故になりかねない場合もあります。 
   
目下(3)は法令化には至らないエチケットのようですが、道路合流点で1台ずつ交互編入するエチケットのように、時と場合に応じ走行意思をライトで表示する合図も常識化されるよう望んでいます。 公的機関では検討済みの筈なので、JAFなどなどでも合図方法の適否や推奨・周知方法などを検討されるよう期待します。 
   
何年か前、急病の親を病院へ自分で搬送したとき、右折して病院内へ入る門前で対向車の流れが渋滞状態で譲って貰えず立ち往生し、ライトをつけても駄目でした。警笛を鳴らしたら、道をゆずる合図と誤解されたのか却って車間を詰められて自車が横切る割り込み隙間がなくなってしまい、一秒も早く治療の必要があるので焦りました。 多くの方もこれに類するような思いをしたくないのは当然でしょう。
   
左窓から腕を出して右折の合図ができるといいのですが、同乗者の位置や都合でその合図ができない場合もあります。 大きな問題点は、自車が「進路をゆずって貰い進行する」ことを意思表示する方法が決められていないことです。
上記「前照灯点灯」のルールが一般化すれば、通行が円滑になり支障や事故も防げる方向になると読んでいます。  
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(B-4) 
◆ 戦略と戦術を読み分ける基本と誤用


[ズバリ要点]  

* 元は軍事用語。戦略は大枠、戦術は小枠。誤用され読みが混乱することが多い。 
* 戦略とは大前提となる目標や方向。企業の事業策定や中長期経営方針の類い。
* 戦術とは戦略の目標・方針を遂行するための手段や事業部単位の実務計画類。  
* 実戦(実践)とは戦術を実行するときの作業・業務などの手法やその実施方法。
* 定義・解説を情報管理士系以外の門外者が記述する掲示が多く、現状は混沌。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[ 本 文 ]

意味の解釈を詳しく知りたければ、Webの [「戦略と戦術」に関して/ヤマナカ K.] や  [ ウィキペディア 「戦略」 ] が参考になります。
その他の掲示は遠回しで核心を外れた感じの説明が多く、あまりよく解りません。
   
正しい読み方をするためには正しい知識や情報の公知と熟得が必要と思います。
戦略・戦術の知識も、正しく理解し読むときも使う際も注意すべきと感じています。
      
(蛇足)

 筆者個人の解釈をざっと述べます。大きな誤りはない筈です。
[戦略の例]
収益を躍進するため、他の企業と競合するA事業を強化しようと考えたとします。これは方針上の戦略です。 次いで、B事業を撤廃し、A事業に新機能を加えた製品を加えて欧州で売上げを伸ばそうと策定したとします。これも経営上の戦略です。
     
[戦術の例]
"戦略"に沿った実行のため、競争各社とどう戦うかを考えるのが営業の戦術です。 欧州の拠点をどこに設けるのが最もよいか、新機能を広告で知って貰う手段をどうするか、どのようなデザインで取り扱い品の高級感を出すか、といった処置は営業面の戦術です。
     
[実践/戦闘の例]
欧州の拠点に何人で活動するか、景品を付けて宣伝するかなど、現場で実行する行動が実践です。 書く必要はないのですが、実践の上位が戦略ではなく戦術の場合でもかまわず戦略と呼ぶ傾向があり、混乱と迷惑が生じるので敢えて記述しました。
   
戦略の下位企画は戦術の上位計画と重なることもあり、現実にはその境界や任務部門が流動的とも言えます。
しかし、どう見ても戦術が記述されている筈なのに戦略と書かれている場合があり、裏に何か戦略の意図があるのか考え込むこともあります。時間が無くなりそれ以降は読めないままになるときもあり、乱用語一つで時間浪費と混乱の迷惑を受けることにもなるわけです。
   
戦略を策定する過程で、経営者が判断するための素材情報として現状の市場調査データや将来予測情報などを知ることは不可欠で、戦略策定と状況判断の情報類は一体で考える必要があります。 予測の"戦術"を利用し"戦略"を決める、とも言えます。
経営者へ提示する判断材料は、端的で適切な情報であることが大切です。それが不適切だと後の一連の対処が違う方向へ進んでしまう可能性も出るからです。この情報提供は情報管理系の資格者が担っているようです。
   
将来予測は、旨くいく場合・そうはいかない場合・その中間の場合、の3通りを考えておくのが基本です。 少なくとも、旨くいかない失敗の場合を考慮し、自企業の対策を立てて備えを固めておく必要があります。 立てない場合・立てるゆとりが無い零細企業などでは不利な立場になります。 行き詰まった場合への対策のために、事業策定の段階で企業診断士など他の立場から見た知恵を借りる場合もありそうです。 自分一人で予測し完璧に対策できるような、単純なことではありません。  
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(B-3) 
◆世論調査のデータは信頼できるか


[ズバリ一要点] 

* ほとんど信頼できません。データの採取量も採取場所も問題です。 
* もう少し現実に納得できる方向へ改善して貰う必要がありそうです。 
* 調査基台としている[統計学]の導入過程に錯誤思想があるのでは。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[ 本 文 ] 
 
民意の統計調査のうちで世論調査の値は、最近になって実態をかなり良く表すようになったと感じます。
小泉政権の後半の頃は、特に政治がらみの内閣支持率や小泉支持率が実態とだいぶかけ離れている感じでした。 詳しく調べたわけではありませんが、身辺で支持率0%、国内全体では15%前後と推測される状況なのに、世論と称する調査値が50%台・40%台を経て30%前後などの数値で発表されました。
発表値が身辺の実態とかなり違っている印象を受けたのが、疑念の始まりでした。
   
実態と思える支持率と発表値とが大幅に食い違う理由は、推測した「15%程度」の値が違っているのか、15%程度は真実であり調査の対象数や統計学の導入方法に不具合があるのではないか、同好の支持者たちが大勢いる所へ行って調べるなど調査した地域が不適当ではなかったかなど、種々の疑いが考えられます。
実際の支持状況に対して公表値がとんでもなく違うと思える現象にどうしても納得がいかなかったので、専門外ながら推察してみたのが以下の記述です。
          ______________________________
 
全地域の均一な抜き取り調査だけの場合は、「おれが、おれが」と進み出る人や近親者など代理者の意向見を拾う傾向が出るのでダメ、と読んでいます。  
特に政府や総理の支持率調査では、調査結果と現実とが違う場合が多いように感じます。 

調査方法の私見を一つだけ呈示してみます。 現実のアンケート調査手法は、統計学の導入過程の際に織込み済みかどうかは知りません。長くなるので方法論の説明だけにします。機会があれば詳しくご説明します。 

要は、公表値には地域の特殊性が現れているかどうか、現場の住民意向を拾えるかどうかが主眼の場合です。 
北海道から沖縄まで、全国の住民には環境の相違による経済的な負担・心情の違い、などその地区独特の意識というものがある筈です。 例えば崖と橋ばかりがやたらと多い地区、隣の家まで遠い住み家、直線道路というものが無い村、見渡す限り平野続きでのどかな山村、などです。 そこの住民は、個人差は抜きにしてそれぞれに立場の相違、心情の違い、といった平均して独特の傾向がある筈です。 

今、全国均一な抜き取り調査をしたと仮定すると、その地方の沢山の住民の中でただ一人の意向を拾い出すことにもなり、全国の回答の中では埋もれてしまいがちになります。それではどの地区独特の意向も全体の中で平均化されてしまい、地方色が薄められたままで反映されない可能性が強くなる、と考えています。

そこで、こういう試案です。 
o人数の分布を均一とみなして、どの地域でも何人かの住民に1人の割合で調査する、という方法は基本として良いと考えます。 広大な地域に2-3人の回答者、という場合もあり得ます。
oさて本筋です。 回答者の分布を、全国均一ではなく、無作為な特定地域だけ、これは場所で区切って所定の広さ(特定ブロック)の中で所定の調査密度数(標準よりもやや高め)だけ人数を選び、質問します。 この特定地域は中程度の個数だけ選んだ地域とし、残りの殆どの地域は標準的な均一密度の人数で調査します。 
つまり、シマウマかキリンの斑点のようなトビ地域内だけ、多めの人から回答を貰うようにするわけです。 

oこうすることにより、均一調査対象だった場合ではその地区独特な住民感情や生活感というものが、たった1人の回答だけのために埋もれてしまうような場合となる傾向を防げる、という考え方です。 
逆に、大都市の中心部は調査しないように願いたいものです。 各都市の中心地域には大・中企業の本社が集中する傾向があり、どうしても与党になびいた空気が住民へも充満しがちになります。そうなると、これはもう仲良しクラブの意見を聞いているようなもので、偏った調査結果、ということになってしまいます。
o全国津々浦々「漁村も山村も、横丁の御隠居さんも零細企業の社長さんも、すべての人々の意向が入っています」と言い切れることが、調査する側の努めではないでしょうか。  
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(B-2)                       開設: 2008-5/25 (a1a)
◆ 国家公務員の資格制度の是正が必要
   編集: 2012-5/25 (a1a::)
   
[ズバリ要点]

o 日本再建には国情と任務の認識を貫く公務員を選ぶ制度是正も必要。
o 小人数で任務全てを完全遂行するには資質ある人材の厳選が最重要。
o 採用資格を記憶偏重から素質重視への新制度に変更し人物を活かす。
o 本来は定型の職務は政治家が戦略、官吏は戦術面の領域が管理基本。
o 政治家との交流・協調は必要。情報提供、諸提言で進捗向上を期待。

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[ 本 文 ]

公僕ともよばれる官吏は国民のために尽すのが使命・任務ですから、庶民側からの注文や願望などもしっかり述べておきたいと思います。
   
ここでは国家公務員を中心とした読みの例を説明します。
この項目は、主として国家公務員試験の際に、各個人の資質を確かめる設問を強化し、追加するか一部の設問と入替えるという試案です。 

市民の立場から見ると、各省庁の施策の中には施行時点の予測に欠ける行政を進めたり、思いやりなどの思慮不足に見える事例が目立ちますが、これは素質がない官吏が行政に携わっているとしか思えないことから感じた対策です。
国家公務員の中には、フツーの人以下の能力しかない官吏が意外に多いことが明らかになってきました。
公務員の怠慢や不正の悪事も暴露しつつあり、妙な建議や現状の把握・成り行き予測などにかまわず決裁してしまう上層部にも問題があります。
これは中傷ではなく、真実と思える事象を感じたままに述べた「読み方」の一例です。
   
一般論として、優れた原案でも大勢で審議すると劣悪な結論になる場合があり、粒よりの少数者で策定する方法も望みたいとの声も出ています。  
  
今のような状況では思わしくないので、国家公務員の質を今よりも高める方法として人物を重視し入省前の段階で優れた人材を確保する方向も一つの考え方です。
現状でも記述文や面接で人物評価が行われているようですがそれだけでは不十分で、優れた国家公務員の中に妙な人物が紛れ込んでくる状況が結果として現れているという読み方もあります。
ほかにも様々な見解があり「人物を見る方法は必要ではあるが行動心理学や教育学などの力も借りた評価方法をとったとしても確かな判定は困難と思えるし簡易な方法では効果が見込めない」との強い意見もありましたが、当記事の提示をやめる声は一件もなかったことを特記しておきます。
  
「各省庁との人事交流を活溌化する」、「欧州ほか先進諸国への派遣をもっと強化、かつ、諸国均等に行う」、「入省後の教育・研修を更に充実する」などが必要との重い意見もあります。 
特に欧州先進諸国の研修で、国民の気質やその国の諸制度の思想などを学び取ることも大切ですが、それよりももっと大きな利点は欧州諸国の制度を基盤とする社会に住んで国家的な視野を広げ、人格を形成するのに大いに役立つと考えられます。費用はかかっても、日本にとってはお金に代えられないそれ以上の大きな収穫があると期待しています。 将来は「欧州研修を体験した公務員なら信頼できる」と言った風評が一般化するような状況になって欲しいとも思います。

公務員制度を政策側から決める面とは別に、実務側から実践面で支え固めていく方法とも言えます。
しかし教育の前に、国家公務員の中に妙な人材が紛れ込まないよう、入省の入口の段階で人物査定の試験方法を十分に吟味した上で実施する必要があります。 目下のように素材に低純質が混在し、かつ、不純な思想が汚染していく状態では、制度がいくら良くてもだめで新制度の効き目が結果的に行政実施に反映しないか反映しても薄れる状況になりそうです。
個々の人材の教育・研修も大事ですが、素質がない人に教育しても無駄になるという考え方が根底にあります。 入省後の能力を重視するには、最初から人物を選別しておくことが効果的なのではないでしょうか。
  
重鎮の主導者に必要と思える素質を、思い浮かぶままに並べてみたのが下表です。
今の国家公務員試験で判定しているのは、下表の中で末尾の「記憶」1件程度に過ぎません。ほかに判断力・推理力・表現力(数学・物理・論文)の評価要素もありますが、設問で評価可能な資質は、文章力以外は社会活動とは異質な思考的信条に類し、机上でなく実行で役立つ素質とは概して同一ではないと考えられます。
   
      ( 表 ) 社会で指導者に必要な人物・素質の例
_#_ 必要と思える素質
   実務に素質が活用される場合の例    
 1関連先への連絡遂行
多面多角な配慮・交流ができ、情報も貰ってくる
 2判断力と共に推察力
確かな予測・推定ができ実行に移せる
 3決断力と共に度胸
危機状況・不穏な環境でも平静に行動できる
 4他者への思いやり
弱者・生活環境などへのやさしさと配慮をもつ
 5指導力と共に行動力
難なく実行でき、意思を明確に伝達・交流できる
 6全体像と個別の把握
目先事と最終目的を認識・理解し達成できる
 7忍耐力と穏やかさ
万事を丸く納め、忍耐強く持久力もある
 8団結力と共に正直者
わざとの嘘をつかず、協力体制を崩さない
 9約束厳守と責任認識
言ったことは必ず守り責任を持ってやりとげる
10記憶力とその応用力
広い知識と状況をよく知り臨機応変に行える

   
     (参考) 江戸前期 [指導者の資質]-言説の例

         指導者が備えるべき能力
 -------------------------------------------------
 一、先見の明がある人
 二、時代の流れが的確に読める人
 三、人の心をつかむことができる人
 四、気づかいができて人徳のある人
 五、自己の属している共同体、組織全体について構想を持っている人
 六、大所高所から全体が見渡せる力量を持っている人
 七、上に立つにふさわしい言葉遣いや態度が保てる人

        [鈴木正三 (三河 松平藩-旗本>禅僧)/毎日紙 '10-3.6."近聞遠見"]

このような資質の人物採択方法が不十分なことが起因となって、嬉しいことがない行政が散発するようになるとも思えますので、人物選定方法の改善策が必要という考え方です。
上記の表中、官吏や外交官にどれが必要なのかは、立場・部署によって相違があると思われ、できれば全部の素質と言いたいところですがそれは当事者・専門家のプロが決める問題でしょう。
  
一国の主導者に必要と思える素質には、心の広さ・深さ、拘らない明るさ、いじけない強さ、などの特質もありますが、職場上で認めていけばよいことであり、一般論としての資質からは省きました。
また、威張らない、自慢しない、羽目を外さないなどの性格もありますが、職務とは直接関わらないことなので役職上の必要素質としては省きました。
  
試験制度を含む公務員の体質をなんらかの方向へ改変するにしても、なによりも急いだり、無理を通したりせず、徐々に進めて欲しいと強く望んでいます。
なぜなら、それによってもし政治面や行政・施行面に少しでも歪みが出て混乱や手違いが生じると、国民側に滞りや負担増などとなって現れる障害が生じるからです。 このことは是非とも留意願い、変更が緩やかな進捗で円滑に進み、かつ、将来の時点で満足できる完遂を期待したいと思います。

もっと幅広い視野で何らかの是正方向を心中では考えている官吏が多いと想像する一方、どうすればよいか分かっていても同僚間の狭間で省益に反する改変などはできない状態だしやりたくもない、と思っている職員の方が圧倒的多数とも読んでいます。

一方、先輩官吏たちが長年月の間に苦心して築き上げてしまった態勢を、構造改革・制度改善の方向に沿って今急激に崩すと弊害も生じ現実的ではないことも事実でしょう。
   
改善を考えるとき、官僚の意識改革・国家公務員の資格-採用基準の是正・政官相互間の交流活発化の3点を同時に進行するようなことから始めれば円滑に進むのではないでしょうか。
以下に愚案の根拠などを述べてみます。
  
まず、各省内の公務員新規律を示してはどうかという考え方です。
国民の立場からも官吏はこうあるべきと思われる姿勢を、紙に書いた形で将来目標として示しておくといった意味あいです。
   
次は、公務員採用試験の際、各個人の資質を確かめる設問を強化し、追加するか一部の設問と入替えるという案です。 これは早い段階で準備しておく必要がありそうです。
  
なぜこんなことを考えるかは、各省庁の施策の中には、まったく嬉しくもない制度や思いやりなどの思慮不足に見える施行・改正例が目立つので、これは指導的な立場の人物に必要な力量が欠けているとしか思えないことから感じた対策の試案です。
   
国家公務員の資格については試験が殆ど修学検証に近い内容のように思われ、そのために最高指導者として認定するための資格が十分ではないように思えるので、個人の素質を重視する選別方法を強化してはどうかという考え方を中心にしています。

松下政経塾や各グランゼコールでエリートを養成する目標に近い方向ですが、それらの育成意図とは別で天性の能力を発揮願う考え方です。 力量のある人はその能力を国益へ活用して貰い、無い人はそこへ力を添えるように願うのも一つの方法ではないでしょうか。
なお、グランゼコールに関して、 国内の 適切でない認識への見解例  フランスの入学者選抜制度の例 と, 現状に対する一般ゆかり者たちの報告,意見集(M.L.)を、単なる参考ですが示しておきます。 M.L.は#20に映像,静止画+授業状況音声(仏,英,ほか諸語 公報版)の紹介項目もあり、玉石混淆ながら価値ある掲示板と思います。  (別の参考情報/ここをクリック)  
  
細部的な事象は計算機から取出せばよい時代になってきました。 個人がどの程度の知識を記憶しているかを試験などで試しても、計算機からでも取出せる事務的な事項などは人の記憶の有無が職務上であまり影響がない状況になりつつあります。 細かい知識や事柄に神経を使う代わりに、もっと大局的な事象や能力活用に力を注げるような体制にして欲しいと願っています。
  
1996年12月のペルー大使公邸人質テロ事件当時に報道された、青木盛久 元特命全権大使の沈着冷静だったらしい立派な言動が印象に残っています。
  
[あとがき] 

かねてからウェブで意見集のサイトを準備中でしたが、この提言を出すような情勢になるのはあと2年ほど先になりそうだと見ていました。というのは、財政再建が実行へ移されるとき :-
        [準備] - [助走] - [本丸]  
の順で実施されると読んでいましたから、本格的開始の流れに遅れてしまいそうになり、大いにあわてて暫定的にでもこの「提言集」各例話の整備を進めている最中です。
財政再建を実行に移すには、構造改革を伴う総合的な対策が必要になってくる筈です。 議員数の削減、官吏の合理化、年金・健康保険など福祉・厚生制度の一元化などが先決で、それでも財源不足なので一般税率類を増額するというのが正当な順序です。 しかし当の政治家にはその気構えがあるのか不可解な状況です。
現実にはできることから始めるのも一つの方法ではあり、とりあえずは国家公務員の意識改革から始めてはどうかという考え方もあります。 改革を始めるなら、今すぐ公務員採用制度の改善も準備に入らないと実りが出る時期が何年も先になってしまいます。
国政が良くなるには「官吏の体質改善を実現するのが先で根底の最重要問題」との根強い願望も潜在しています。 取急ぎ整備中のこの記事の内容は、政府に初期の段階で検討願うべき問題の一つと考えています。  
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(B-1)                     2008-5/25 (m.)
◆ 民主党 小澤一郎氏は善人か悪人か
 
  

[ずばり要点] 

o 人柄は頑固者ながら純真な善人、政治家としては自己利益を追う悪人に見える。
o 信念貫徹は頼もしいが、政策に無理・即効不能・国益損失・根拠不審が見える。
o 欠点の本人自覚が不足。悪口と忠告を区別せずすべての声を排除するのが難点。
o 具体化段階時の予測が無く、財源系や税の収支はどう見ても無理で危険な政見。
o 民主党支持者が増加中だが、小澤氏の存在がある限り民主党の躍進は実現不能。
o 国民が苦しむ政策を主張する小澤氏が代表を退けば民主党躍進の気配が伺える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[ 本 文 ]
 
小澤氏自身の人物は好々爺といった感じで誠に申し分がないのですが、政治活動には奇異な主張が多くどうにも改まる気配もないので賛同しかねるという読み方になってしまいます。
  
初心貫徹で振れることなく主張を通す言動は頼もしくて良いのですが、実現するのは無理と思える施策もあり、時間をかけないと実りが出てきそうもない目標、国益では損失になり国民の負担が重くなりそうな目標もあり、立派な目標を実施する際の財源や根拠が非開示の空虚状態で信頼できない致命的な欠陥が大きいので、小澤氏政見をまじめに聞くのは馬鹿らしいと言う気にもなってきます。
  
加えて、奇異とも思える主張を改める気配がなく、是正方向の意見をすべて受け付けない無反省に見える言動が問題です。 つまり、言動に誤りがあれば正すという態度がないのでは、もはや人物そのものを受入れるわけにはいかないことになります。 党内には鳩山氏、岡田氏ほか多数、後陣にも原口氏、枝野氏ほか幾人もの人材が控えているので、党首交代ということにでもなった場合は民主党支持者が短期間で激増する見方もあります。

小澤氏は「国民の皆さんのため」と口では言いながら現実には国民に損害があってもかまわない方向の言動が多いので、「与党を失脚させて民主党が政権をとる」ことばかりを優先していると読むほかありません。 その幾つかを次の箇条書きで示しますが、 このようなことでは、民主党を頼りに思っている庶民も小澤氏には国の主導権をとって貰う気にはなれないでしょう。
今はそんな風が吹いているように思います。問題になる小澤氏の言動は次のとおりです。 
   
◆ '07年9月、小澤氏は「アフガニスタンがらみの自衛隊による国際活動は内陸活動に専念し、洋上給油はやめるべき」と主張しました。 もしこの主張を実行すると、テロ攻撃があったとき日本は正当防衛のほかには交戦ができないので不利な立場のため損害が大きくなります。また、洋上給油では各国への国際的な貢献ができるのに比べ、内陸では後方支援の程度なので経費や労力が大きい割に貢献度は些細になります。 議員も国民も多数が反対している状況で、かつ国民の負担が増える方向でもかまわず主張し続けるような小澤氏に国家の政治を任せるわけにはまいりません。
  
◆ ’07年10月以来、福田氏と小澤氏の連立与党構想らしい会談がありましたたが物別れに終りました。 
個人的な解釈ですが、政党の連立は本来あるべき姿ではないと考えます。  多数決が前提となっている場合は、過半数の賛成票があれば何でも計画どおりに決定できてしまう、と言うことになるからです。 票の数ですべてが決定できるということは、もう独裁政治的な犯罪行為でしょう。 
福田氏・小澤氏が大連立の陰謀を協議した経緯に、国民の不審感が渦巻いたままです。

◆ '08年3月、福田首相が提案した日銀総裁案を、官僚出身と言う理由で小澤代表が同意しませんでした。  
次期総裁が不在だと経済界の影響、日本の醜態が国際上の信用失墜や機会損失も生じ、日本国つまりは国民にとって損害となるような方向をとるような党代表に、私たちの政治を委ねるわけにはいかないとの思いが強く残ります。 
 
◆ '08年5月に開始されたガソリン税操作による給油価の上げ下げ騒動に対し、小澤氏は値上げ反対を唱えていました。 一方、国の経済は財政改善+構造改革で賄えると名言しています。
 一般論として、値段が下がるのは市民にとって有難い政策ですが、その分の減収をどうやって埋め合せるのか誰もが疑問に思っています。 
財源の見直し改革は、まず議員定数の削減・国家公務員の合理化など国の「体制改革」も伴う一大事業で、10年間単位で実行に移す必要があると読めますので、今の急場に間に合うような話ではありません。小澤氏説が正しいのなら、既に計画され初期段階の実行がとおに始まっている筈です。 
  
小澤氏は代りの財源をどうするのかのバランスシートを示していないので、一般市民にとって「できない相談をどういう形で実現すのか」まったく不可解な不安が一つ増えることにもなりました。 
  
 市民は今や目先の損得よりも生涯など長期的な利害を心配しています。大衆に迎合する目先の安売り方策を提唱して国の将来を危なくするかもしれないような政党に、国政を預けることはできません。 
 あれこれと述べましたが、もし民主党に小澤氏がいなくなれば、上記の観察は違ってきます。 (B-1 完)
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テーマ:政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル:政治・経済

監修・編集-審査


{ ウィンドウズ系の閲覧ソフト(ブラウザ)では、配置がずれて見えることがあります }
{ 画面に文字群と画像が横へ並ぶ場合、ブラウザ掲示仕様の僅差により起る現象です }
  
 (工場のガラス張り見学室のように、当掲示の制作過程も公開にしています)
 (古い記述・法令の関係などで一部記事を暫時不表示にすることがあります)


記事の中に 解らないこと・間違っていると思うこと・信じられないことがあったら、
だれかゆたかな常識人に尋ねてみて下さい。 しだいに、ほかの方に尋ねなくても理解できるようになってくる筈です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  


( 監修・編集中の記事 )

御監修の先生は 下記の記事で御審査下さい
 

[B]社会問題がやさしく分かる解説集
               2009-7.20 (a7a)

[ 監 修 中 ]
(監修・編集同時進行)  
(kB27)再生可能エネルギーの誤認問題     2012-Y.29 再編
(kB26) 自然エネルギー発電の実体と問題点  2012-Y.29 再編初掲示
(kB24)尖閣近海-地下資源・中国動向の概要   2012-9.28 加筆+修正
(kB25)津波の潮流と原発設備の防潮対策    2011-6.21 再編

    
[編集予定中] 
 (下書き頁)  
 (B25) 津波の高さ・原発の防潮対策  

 (B14) デジタルTVで視聴者だけ損の陰謀
 (B15) 落ち度が多くて困るクルマ設計思想  
 (BXX) 社会の不文律とネチケットと無礼御免  
 (Bxx) ファクシミリとE-メールの得失を読む
 (B X) 放送が聞こえない可搬ラジオを見直せ  
 (B X) 在来車種名が勝手な新分類名で混乱

______________________________

[社会問題がやさしく分かる解説集] は、時局の動き風の流れ読む底流の感想例話集です。

o 少数ながら見識者たちが審査し、妥当と思える [民意の一端] を掲示しました。
o 多数の市民の中に存在する少数意見や提言も、一般性があれば紹介しました。
o 偏見や独りよがりの意見、正当でなく過激にすぎる意見などは除外しています。
o 掲載記事のすべては、監修者の全員も同じ意見ということではありません。
 監修者・審査員は掲示文と逆の見解を持っている場合があります。 
o 古くなった記述・法令の関係などで記事を暫時不表示にすることがあります。
o 始めたばかりで記事が僅かなので、さまざまな分野を一括で表示しています。
 いずれは分野別に頁を分けるなどの方法で読みやすくしていく予定です。
o 記述は、各年代の方に読み易くなるように配慮しています。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -- - - - - - - - - - - -
[記事中の記号]   記亊中の( )内記号の意味を次に示します。   
    (:) ふりがな、俗語、外来語  ( * ) 注釈、主旨の意図 
    (=) 意味、解釈        ( / ) 出典、根拠の詳細 
    (X) 対語 (=反対語)      (無印) 補足説明、経過説明  

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[B] 審 査 頁                      (初頁頭へ)
  
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(kB27)                       '12-Y.29:再編 '13-1/23:修正 (ver.a1s+)
◆ 再生可能エネルギーの誤認問題


[ずばり要点] 

o 発電に使える自然エネルギーの種類
o エネ全体像と発電用エネの呼び分け
o 再生可能と称する指定範囲の問題点

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[読み方の例]

'11年8月26日[再生可能エネルギー固定価格買取制度] の導入・実施が決定されました。 一般家庭や事業所で発電した電気を販売したい場合は、従来の電気事業者つまり電力会社が一定価格で買い取る制度です。
電力不足を各自の発電能力でまかなう方向を促すと共に、それでも不足する電力をみんなの発電力提供で補ない合う効果が期待されます。
  
個別発電の推進は大いに歓迎すべき制度です。 しかし「再生可能エネルギー」は現実に存在しない虚偽の文学的な表現であり、科学的にはうその現象を表しているので、科学面と虚偽事項記載の法律面からも許されない状況になっています。
  
政府が決め法律にもなった名称を誤りだと論じると、独断的な妄想か狂信的な偏見と思いがちです。一般論としては、そのとおりのこともあり、そうではない正しい場合もあります。
先入観を排除し、純心な状態で自分で考え判断する行為が大切です。
ここの再生誤認説の場合は、編集前に再生の定義確認や再生現象の真偽を調べましたが、事実説明には誤りはありませんでした。

再生の正しい意味は「以前の資源を出現させて新たに利用する」ことです。 地上で採取する通常型の自然エネルギーは、流れてくる端から消滅し再生は生じません。その環境などは逐次解説していきます。
        
ところで、自然エネルギーの「再生可能」という意味は何か、考えてみたことがありますか。
「再生可能」と名付けた理由は、取出す場所に自然エネルギーが「発生」していると誤認し、発生を再生と呼び換えた二重誤りではないでしょうか。
  
再生可能の正しい意味は、新鮮ではない以前のエネルギーがもう一度発生できるという意味ですが、具体的には自然エネルギーのどういう状態が再生なのか、よく解かりません。 一般的には、以前のエネルギーの再発生を意味する「再生」は、あり得ないと思われています。
  
常識的に「エネルギーが再生可能」という現象は本当なのか疑問をもつのが普通で、ウェブにも多数者が同様の疑問をもっている兆候があります。
「何も再生していないが,なぜか」、「なぜ再生可能と呼ぶのか」といった質問が掲示板・論評などにも多数見られ、不審に思うのが当然と言えるでしょう。

疑問掲示の例を次に示しておきます。 掲示板ではどの記事も [再生]を正しいとしている説明は誤りです。 発生や再生の科学的な解説が無く、以前の資源が再び出現する[再生]が正しいと思わせるような無理な説明文が、諸サイトその他でも引用されているようです。

 o「再生可能エネ」表現は非科学的 (自然と科学)/理学博士 菅野礼司
 o 太陽光は再生できない (岩坂彰の部屋-32) /報道翻訳家 岩坂 彰
 o 「再生可能エネ」誤訳と誤解 (Fluffy white croquis)/align_centre
 o 再生可能エネルギーのウソ /ミラノ市在住 A氏
 o 「再生可能エネルギー」は誤訳 - - !? /無署名 B氏
 o 再生可能エネルギー? (5号館のつぶやき)/生物学研究者
 o 再生可能エネルギーの真意に関して /EIC-掲示板
 o 再生できないのになぜ再生可能エネルギー /Yahoo!知恵袋
 o 再生可能エネルギーという言葉はおかしくないですか? /教えてgoo
 o 太陽光発電は「再生不可能」である /国際環境経済研究所(久保田教授)
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一部の専門家・少数の文化人や朝日新聞・東京新聞は再生エネルギーの呼称を使わず自然エネルギーと表現していますが、必ずしも社内統一されていません。 誤りに同調せず真実を貫く方向は評価されるべきことです。
   
  
法律制定の際、発電用のエネルギー資源が絶えず補充される状態を再生と呼んだのか、資源を抽出して活用するから再生と称したのか理由は不明ですが、地上では放射能以外の自然エネルギーが再生することはあり得ません。
   
多くの 技術辞書 も、「再生可能」は英文で「recyclable」と訳され、以前の素材の取出し利用が可能、つまりリサイクル利用の意味です。

自然エネルギーの再生は誤認なのか、誤称され易い原因は何なのか、誤認・誤称に気付かず検討もされないままの体質・制度、その結果で起こる社会的な障害予測などの問題点も出ています。
    _________________________

利用し得る自然エネルギーの種類


発電その他に利用する自然エネルギーの種類について、Web上の分類例 ( 記事1 記事2 記事3 )を凝縮・整理して次に示します。
        
利用可能な天然資源の例     掲示'11-5.17  部分修正'13-9.25 (ver.b7s:.)
   
     o 自然エネルギー [太陽光,風力,地熱,太陽熱,海流,波動,潮汐]
      (環境エネルギー) ("落差"は 水力発電や水頭・流力など特定向)

 資源
  o 培養エネルギー [発酵熱,培養ガス熱,培養体燃料,微生物燃料電池]
  形態  
  (微生物エネルギー /発酵エネルギー , 微生物電流 )
   
     o 放射線エネルギー [核分裂, 核融合 ]
       (原子力エネルギー /核エネルギー)
   
◆備考1.
[圧力発電]に属する踏板発電や伸縮検出(電磁誘導やロッセル塩類・チタン酸バリウム類などによる起電力)は、自然エネルギーそのままではないことや発電力も小さく実用電力に満たないので対象外としました。
[微生物燃料電池]は実用化試験中です(概要:広島大-柿園俊英教授/Ohm Bulletin 2011-冬188号)。
[ 核融合 ]は5か国共同で2030年ごろ発電実験を目標に進行中で夢物語ではなくなりました。
原子内の電荷が逆の[ 反物質 ]は小規模な生成が成功した段階で、その融合熱の実用化は遠い将来になりそうです。
[メタンハイドレート燃料]や[電磁波電力(太陽風)]など実用試験前のエネルギーは省略します。
 
◆備考2.
到着する新鮮な [自然エネルギー] を [再生] (再生可能) と扱うのは、[再生] の正しい語意に反している現象誤認です。文学的表現とは違い、科学の分野で嘘は許されません。エネルギーの[再現] とは異なり [再生] は現実には生じないので、記載・公言すれば虚偽事項の法律違反 (犯罪) に相当し、要注意です。
誤称の認識がまだ周知されておらず 法・令 名も未修正のまま の珍しい例です。自分で正否を判断し、真偽を承知の上で見聞きする必要が生じています。
   
◆備考3.
放射能以外で自然エネルギーから電力変換を実用化した順序は、概して次のとおりです。
    水力(揚水)、 地熱、 太陽光、 風力、 潮汐。
このうち太陽光と風力の発電は、地域によっては導入順序や実施規模が多様になる状況も起こります。
潮汐発電 は、天候変動の影響がなく常に所定の出力が望めるのが特徴です。実施例はありますが、日に往復4回だけの短時間発電なのに設備規模が膨大になり費用対効果が極端に悪いので、営利事業には向かないようです。
        —————————————————————
   
[現象]の現実は、採取場所ではエネルギーが続々と[新規到着]している状態であり、以前のエネルギーの[生成]や[再生]はありません。また、到着エネルギーはいつも僅かに変動しているので以前とは成分やエネルギー分布・速度・量などがまったく同一ではなく、再生や複製とは呼べないことが明確に分かっています。
    
[観察]の表現として、自然エネルギーを採取する場所でエネルギーが湧き出ている、以前のエネルギーが再び湧き出る(再生)、とするのは感覚的な想像であり真実ではありまん。 利用する [エネルギー] は科学現象なので、想像や文学的な表現ではなく真実を表す必要があります。

[国語]の立場から見て、光・風・湯などの物質が携えているエネルギーは[再生]ではありません。
発電に使う自然エネルギーは、物質が持つ運動や熱のエネルギーです。「エネルギーの再生」は辞書にありません。実存しないからでしょう。 方や「物質の再生」は、以前の資材そのままをもう一度取り出して活用する意味です。しかし、発電に使う自然物質は再生しません。 なぜかは既に説明ずみですが自身でも考えてみて下さい。
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[再生エネルギー]誤称の見聞による弊害発生だけなら大した問題ではありませんが、引用する場合を除き、自由意思で「再生可能—」と呼称し・書き・公表すれば虚偽事項の行使となり法律違反の重い問題です。
また、再生するかのような嘘の知識は子供の教育に悪く、錯誤表示が社会の流れに直接・間接の弊害を招く恐れがあり、誤称による取違えが原発誤操作などの障害を招く恐れもあり、将来も継続して庶民も官吏も政治家も国民全員に及ぶ問題です。
   
再生可能エネルギー名は俗称として20年以上前から呼ばれていましたが、H.23年には誤称にも拘らず 法律名に記載 されました。
俗称から格上げして法令名ということになると、国語の「再生」の解釈が該当せず、現実の現象も発生不能の虚偽事項なので、決定的な法律違反の名称を法律で制定しているということになります。
   
自然界の光や風・地熱湯などの物質が持っている波動・流量・流速や熱量などのエネルギー獲得が当該の法の主眼であるなら、再生可能エネルギーではなく「採取エネルギー」のような名称にすることが妥当と考えます。
また、もし電力変換が目標であるなら、例えば「エネルギー変換」による個別発電事業といった考え方で呼ぶ方が適正ではないでしょうか。
 
 これは批判や言い掛かりなどではなく言葉の真意の説明です。もし疑問があれば、百科事典などで「再生」の意味をしっかり調べて下さい。

法律名を決めるとき、[再生]の語はあまりにも常識的なので、深く考えず正確な意味を確認しなかったと思われます。 また、科学事項は単純と思えても現象を独断解釈せず、当事者が自分で必ず調べ確かめてみる必要があります。
  
なお、変換と再生は違う現象です。違うからこそ別用語で定めてあり、混同は禁物です。
  
もし"再生可能エネルギー"が実存するなら、流れてきた新鮮なエネルギーとは別の、再生つまり"以前のエネルギーをもう一度取り出す" ことが可能ということですから、以前到着した風力・潮流などのエネルギーが出現できる、という意味になってしまいます。
  
現実には、放射能以外で以前のエネルギーが取出せる再生現象はあり得ません。
また、以前に流入した風・潮などのエネルギーと新しく続々と流入してくる風・潮などのエネルギーとは、性質は同一でも量や成分が変動している別物であり、同一ではありません。 つまり現実に採取するものは以前とは異なる成分で、"再生" とは呼べない新品です。
   
電力へ変換する前の自然エネルギーは、空気や水などの物質の流れとして絶え間なく流れてきますので、採取場所で無尽蔵に湧き出る「再生」だと思い込んで「再生可能」と名付けたのでしょうか。
法律名を決めるとき、[再生]の語はあまりにも常識的なので、深く考えず正確な意味を確認しなかったと思われます。
    _________________________
   
エネ全体像と発電用エネの呼び分け 

   
発電用の狭い範囲の自然エネルギーは、広義の天然のエネルギー全体中のほんの一部分です。 狭義・広義のエネルギーは、混同を避けるためにも別の名称によって識別することが望まれます。
天然のエネルギー全体では、次例のように広範囲で人類が未利用のものも多く存在します。
 ジェット気流 天空に流れる偏西風など。 航空機が追い風に利用。
 雷の静電気  利用の前に、素性を知るための基礎研究中。
 太陽熱    温水用のほか、集光の加熱炉は実験規模の程度。
 その他    地底熱エネルギーの温泉利用のほか、竜巻の負圧エネルギー、
        大陸プレートの移動力など、広範囲で多彩なエネルギーが存在。


法で定める [発電用の狭義の自然エネルギー] の実用化は、目下は太陽光・風力・地熱の3形態のエネルギーが主な対象です。潮流発電も有望ですが、まだ小規模で実用観察中の段階です。

発電用の狭義の [自然エネルギー] などを、広い意味の天然エネルギーと区別して呼びたい場合、現在は主に次の名称が使われています。

[クリーンエネルギー]:通常は、環境総合で公害を出さない光・風などの自然エネルギー。
場合により、利用場所では公害を出さない燃料電池・電力などのエネルギーも指す。
電池や発電装備の製造段階で出る公害と利用状態の無公害を参酌し、総体として地球に優しいかがクリーンと呼べるかの判断基準となる。

[グリンエネルギー]:天然のエネルギー。大自然の"緑"の連想から無公害の意味を含むが、対象となるエネルギーの種類が不明瞭。
広い意味では「グリン」を天然資源の総称とし、木片・ガス・石炭などの燃焼熱も含める場合がある。

[新エネルギー]:活用を 促進・開発育成するエネルギー源10種類が原則。 [再生可能エネルギー] つまり法で定める [発電用の狭義の自然エネルギー] との区別が曖昧。

[再生可能エネルギー]:法で定めた [発電用の狭義の自然エネルギー] だけを表す造語。 ただし、国語に照らすと、放射能以外のエネルギーの「再生」は実存しない現象で不当な表現。 [再生可能エネルギー] に代わり、虚偽記載に当たらない適正な表現が必要になっている。

自然エネルギーを活用して発電を促進する制度は、原発に代わる手段として今後おおいに推進してほしい分野です。 しかし、法で定める [発電用の狭義の自然エネルギー] を表す用語として[再生可能エネルギー] と呼ぶのは、今後の障害発生が予測され、それにも増して存在しえない現象を公式名にするのは法律違反の罪悪です。虚偽の俗説に影響されることなく正当な名称に改める必要があります。

( 備 考 ) 妥当な新名称が策定できないものかを、Wikipediaへ打診してみました('12年6月末)。その結果、Wikipediaの記述は、社会で周知され情報源が検証可能(容易に検出・認識できる)場合に限るとされ、新規情報は「独自研究」と称して掲載は禁則となっていることが分りました。 このことは公開ルール [Wikipedia:独自研究は載せない] にも明記されています。

[再生可能エネルギー] の用語を、嘘がない [自然エネルギー] の表現にしてはどうかについてもWikipediaへ尋ねてみましたが、既に各所で多く使われており法律名にもなっている [再生可能エネルギー] 名が優先するとのことでした。
    

(参 考)
発電用途などの [自然エネルギー] 呼称例  
自然エネルギー 発電促進法 案 /衆議院
自然エネルギー 発電促進法(案)/経済産業省
自然エネルギー 協議会
◆ JREPP 自然エネルギー 政策ポータルサイト/環境エネルギー政策研究所
◆ 日本 自然エネルギー 技術学院
自然エネルギー 財団
自然エネルギー (各分野用語事典集) /Weblio
自然エネルギー の種類と利用状況(分類表)/リノ エンジニアリング
自然エネルギー の利用(分類表)/青電舎
自然エネルギー 利用「種類と利用方法」/テラ・エネルギー
◆ 地球に優しい 自然エネルギー
◆ ≪発電≫ 自然エネルギー の活用方法 /テラ・エネルギー

新エネルギー 利用等の促進に関する特別措置法
新エネルギー 等の電気利用推進(RPS法)

再生可能エネルギー 特別措置法
再生可能エネルギー の固定価格買取制度
◆ NEDO 再生可能エネルギー 技術白書
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Wikipediaは、既に広まっている情報であれば掲載され、取材源が仮説か虚偽かを問わないということなので、注意が必要です。 例えば「反物質」の記事の一部では、元素と原子の相互関係が定説とは逆の説明になっており、Wikipediaは真実の論文などの引用・参照には向きません。

公開ルール [Wikipedia:検証可能性] の条文は <ウィキペディアに掲載してよいかどうかの基準は「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」です> と明記されています。 「検証可能」とは [Wikipedia:信頼できる情報源] が存在している意味で、Web上で検出できる公的機関の記事・文献や、誰でも確認できる百科事典、私家版を除き出版社で監修工程を経た図書類などの記事で証明できる意味のようです。個人の感想・主張などのサイトやブログの記事は「自主公表」とされ、Wikipediaでは「信頼できる情報源」と認められません。

 当サイト [庶民のぷれす] 記事の配信元 [東京仙人亭] は新聞社形式の取材-編集-監修を経て、真相を正し偏見を排して妥当性・中立で公正な情報提供に努めています。 掲示の画像構成が粗雑で低俗に見えますが、内容は単なる個人意見ではないので、系列下の [下書き] サイト以外の各サイトは小規模ながら「信頼できる情報源」に相当します。

    _________________________

再生可能と称する指定範囲名の問題点 


個別発電の推進は大いに歓迎すべき制度ですが、「再生可能エネルギー」は現実にあり得ない虚偽の現象であることが、ただ一つの問題点ともいえます。
  
ほかに個別発電力の買い上げ制度による経費の分担のため、通常の電気料金が若干上乗せ額になる問題がありますが、これは原発を止める代償と考えればやむを得ない措置と思います。
  
個別発電を促進する制度に関して、広い意味の "天然エネルギー" との混同を避けるため、法で定めた [発電用の狭義の自然エネルギー] と呼び名を使い分ける必要が生じています。 ところが [発電用の狭義の自然エネルギー] を表す適正な名称が無いことが一つの問題点です。
更に、虚偽事項の疑いがある [再生可能エネルギー] と呼び法定の名称となったことがもっと大きな問題点と考えています。

「再生」の正しい意味を調べることなく、取違えた名称を採用してしまったように思えます。 「エネルギー再生」は放射能以外にありえない筈ですが、自然エネルギー変換の場合に[再生]と呼んでいると、本当の再生放射能の場合に誤認識による障害や事故が生じる危険状況などが予想されます。
  
社会的に支障が起きそうな問題点は少なくとも次の3件出ています。
◆自然現象の誤認:自然エネルギー利用の発電原理が万人によく理解されていないためか、中古相当の[再生エネ]だと誤って解釈され、真実の現象を歪め将来を担う若年層の教育面でも思わしくない。
◆国語の不当解釈:新規エネルギーとしての[発生]・[採取]・[生成]や[変換]に類する現象に対し、[再生]・[再生可能]と称して誤った語意の解釈を普及させ日本語を乱している。
◆社会の障害予想:自然エネを[再生可能]と誤解することで、真の[再生可能エネ]該当の核燃料・ウラン炉材の取扱い上で混同・軽視による事故発生の危険性を秘めている。

 問題点の詳細は、次のサイトに解説されています。
  [自然エネルギー発電の実像と問題点]
  [ 再生可能エネルギーの実体は何か ]
  [時の話題(社会保障、自然エネ発電)]-第三話[自然エネから電力を]

 
再生しないものを再生と呼ぶ誤称問題が是正されることなく放置されているのは何故なのでしょうか、問題点の一つです。 想像ですが、関係者や科学・国語学者などが、用語の如きに関わって本来の職務・研究時間を費やしても自分が損失するだけなので触れない傾向が考えられます。官吏が決めた事項に注文をつけたりすると研究予算を削減される恐れがあり沈黙しているとも考えられます。ほかにも理由が考えられますが、放置されたままになっている体質・制度も問題です。

科学事象の誤りを正すのは科学者の務めですが、なぜ放置してきたかに是正すべき課題があると考えます。
同時に、広義の天然エネルギー全体像から識別するための発電用自然エネルギーの正当名称をなぜ検討もせずいい加減に決めたのか、疑問と同時に体制の問題を感じます。
  
天然の自然エネルギーと、法で定める [発電用の狭義の自然エネルギー] を区別する目的なら、名称「再生可能自然エネルギー」でなくても、識別でき嘘がなく明瞭に判別できれば何でもいい筈です。

「再生可能」を意図する状態つまり採取前のエネルギーなら「取込みエネ」・「捕獲エネ」・「採取エネ」といった表現があり、「再生」と解釈する状態つまり電力へ変換するエネルギーを表すなら「変換エネ」・「抽出エネ」・「電力用エネ」の表現もあります。取敢えずは嘘が無い「収穫エネルギー」とか「Pエネルギー」とでもしたらどうでしょうか。ただし、「捕獲エネルギー」は素粒子の場合に使うことがあると思われ、避けた方がいいでしょう。

該当の学会などへ諮問するような手続きをするまでもなく既存の小委員会などでさっと決めたらどうでしょうか。
   
国語で定める「再生」の意味は百科事典によると、物質の態様では:-
  (1)もう一度取り出して活用する資材、
  (2)動物・植物の場合の欠落部新生
  (3)無機物質の結晶体の復原結晶発生
の3通りで、物質の場合は「原資材を再度取出して利用する場合」を前提とした説明になっています。生物や結晶などの原資材を母体とし、派生された再生部分と母体とは分けて考えるべきとの注意も示されています。
  
発電に使う自然エネルギーは、物質が持つ運動や熱のエネルギーです。地熱発電は熱量を持った湯という物質、風力や潮流は流速と流量を持つ空気・海水の物質、太陽光は波動と粒子量を持つ光子(光の粒子)という物質です。 地熱・風力・潮力などの自然エネルギーは物質が持つエネルギーですから、上記(1)該当です。

国語の解釈によると、自然エネルギーの「再生」は定義に外れ現実にも存在しない現象であり、誤った使用語ということになります。
学術用語にエネルギーの種類は多数登録されていますが「再生エネルギー」はありません。通常のエネルギーが「再生」することはなく、研究テーマにも挙がらないためと思えます。
     ____________________________________________________
  
[再生可能エネルギー] の名称にこだわるのはなぜか、何か利害関係があるのではないかと不審に思われるかもしれません。不審を除き先入観を解消して白紙の純粋な視点で考えたいので、背景などから起きる問題点も伝えておきたいと思います。

前編では [再生可能エネルギー] と呼ぶのは正しくないとの主張をしてきました。でもその主張は正しいでしょうか。該当分野の学者・一般専門家などが沈黙しているので、真偽が確認できません。 貴方はどう感じていますか?

放射能以外の [再生可能エネルギー] が起こりえないことは、科学的にほぼ確実に判明しています。うそを広めることは、社会に障害が生じるだけではなく教育にも悪い影響が及び、裾広がりに広がっていきます。
社会に反する罪悪であり虚偽事項に当る法律違反にも拘わらず法令名などで正しくない表示をしている理由は何でしょうか。 考えてみて下さい。
   
* 学者が名付けたが、改名するのは体面が傷つくので変更しないよう手を回している。
* 官界で定めたが変更すると不名誉なので学会やマスコミに圧力をかけている。
* 以前から使われた俗称が真実を表さないとは知らず、確認せず殆ど考えもせず正式名に採用した。
* ネットの百科事典(WikipediaやWeblioやBiglobe)に載っているので採用した。

様々な憶測があるでしょう。とりわけWikipediaの表示を参考にして各分野でも「再生」の語を採用した可能性は多分にあります。
そのような場合、記述が必ずしも真実ではない場合があるWikipediaの記事を、裏付けの出典とするには注意すべきことが一つの問題点です。

呼び名が正しいか不正かは小さな問題です。その裏に潜んでいる間違えても誤りとは認めない政治側の体質や、決めたら直すのは沽券に拘わるので改めない体制があるとしたら、その方が大きな問題点です。
科学や経済も歴史も、数字や記述が真実であることは不可欠です。とりわけ法令名などの公文の場合は、言葉であっても不都合が判明したら直ちに改める態度が大切なことです。

たかが名称の些細なことをこだわり主張するのは、何か魂胆があるのか得策になるのか疑念があるかもしれません。
そのとおり、今すぐ社会に被害が起きたり便益が生じたりするわけではありません。また、当サイトに何の利益も損失も生じることはありません。 将来に社会的な損害がおきる可能性があり、それを防ぎたいだけです。それよりも、虚偽事項を公表することは罪悪と考えています。

ついでに釈明しておきますと、サイトの設立を「広告料が目当ての行為だろう」と誤解している人がかなり存在しています。これは誤りで、無料のサイト構築では主に二つのサービスを受ける代償として、広告の掲載が義務づけられるためなのです。
一つは万人が閲覧できる掲示・配信を行う機能を使わせてもらう代償があります。もう一つは、記事を保管してもらうスペース(記憶容量)を間借りする家賃替わりの広告掲示です。
広告収入は配信業者(プロバイダ)の懐へ入り、利用させてもらうサイト制作者へは来ません。サイトで広告収益などの営利活動をする場合は、[アフェリエイト]という部門で加入し掲示する必要があります。
もう一つ言うなら、閲覧機能の維持管理費があります。自分のサイトの不具合や構成などで相談し改修を指導して貰えるサービスなので、これはかなり御世話になるタスクであり、これも業者側が得る広告収入で賄われています。


もしエネルギーが再生可能なら、それを唱える人は何の物質が再び生成するのか、どのような工程で "再生" されるのかが目撃されたのかなどの真実を説明して貰い、社会を惑わせない行為を望みます。 "再生可能" が真実なのかの疑念が晴れれば、社会の一歩前進になります。その場合、[再生] の国語を正しく解釈していることが必要です。

釈明や解説は、 [再生可能エネルギー] の名称を口にし記述・表明した執政者・評論家・報道関係者など全ての立場の表明者が対象です。他人の理論ではだめで自分で考え自分のことばで説明して貰う必要があります。それができなければ、「再生可能」が真実であることは証明できないと判断するほかありません。

説明は、再生の現象が証明ができなくてもやむを得ないでしょう。再生が不可能であることはほぼ予想されたことですから。
しかし、疑念が出ることが明白にも拘わらず国民・視聴者への説明を怠たり、嘘の現象名を公表してだまし続けた罰の意味も込めて、逃げ出したり卑怯な行為をしたりせず必ず説明して貰いましょう。

現象の科学的な説明でなくてもかまいません。 政府の圧力があったとか、本当に再生できると信じていたとかの真相を聞かせて貰う必要があります。これは、真偽が問われている状況では、無理にも実践して貰わないと困ります。
   
釈明による償いは厳格すぎるとの批判がありますが、広い視野から見ると厳しいどころかむしろ甘すぎると判断されます。
科学・経済・数学・歴史などの分野に限りませんが、故意の嘘は社会的な地位を許されない意味の死刑に相当します。論説だけでなく行動・態度でも同じことで、石器埋め戻しで考古学の歴史をねつ造した場合でも分かるとおり、虚偽の行為を行う人は社会の進歩を妨げ害になるという考え方のようです。
  
真実を知りながら嘘を黙認した場合もほぼ同罪です。社会への損害という点では言動も黙認も同じ結果を招くからでしょう。
しかし故意の嘘ではなく思い違いをしていた場合、だまされていた場合、思考の過程に誤りがあった場合など、真実を知りながらわざと嘘を表明したのでなければ、情状酌量や無罪の処置は当然です。
  
[教えて]掲示板類の例にも見るように、多数者が「エネルギーの再生可能はありえない」と思うのは当然のことで、考えてみなくても分かる嘘を、多数の人々の生活を預かる立場の政治家までもが社会全体をだまし続けた罪は、重く認識する必要があります。
再生が可能と言い続けてきた行為が、一回の釈明だけで罪が消えるのかどうかは、世論に尋ねてみないと判断できません。
  
現在の状況で、"再生" の意味と現象はよく確かめ正しく認識して表明する必要があり、誤った解釈を基にして広報されては困ります。
再生の真意は、既に生じた物質か現象をもう一度出現させて活用することです。前の事象ではなく新規に到着・発生する場合は再生ではなく継続とか新規です。物質ではなく現象の場合は、例えば録音・録画では以前の状況を取出すのが再生で、新しい演奏・別の状況を取出すのは以前の再生と言うよりも別件の演出になります。
 
問題の発端は、なぜ「再生可能」の表現を採用したのかが一つの問題点です。その理由を推察してみて下さい。

「再生可能エネルギー」の誤称が始まったのは「グリンエネルギー」「クリンエナジー」類の名称が多用された何十年も以前からで、公式名というよりは俗称として多用された経緯があります。しかしこの呼称は正しくないとの意見が潜在し、1998年(12月)にGreen Journalという専門誌の社外モニターから「再生の表現よりも資源の継続利用を意味する表現の方が望ましい」との提案もありました。公式検討されないまま俗称として使われてきた用語です。

法令名の作成者がその成行きを知らなかったのは落ち度ですが問題はほかにあります。一つは担当者が[再生]の真意を考えなかったと思える点です。少し考えてみれば虚偽の現象は誰でも分ることです。

もうひとつは公表された事象を認識する問題で、マスコミも一般者も、先進諸国に比べて日本人は自分の意見を持たず考えることを怠る傾向が蔓延していることです。これは海外の社会人から日本人は意見を持たない人種だと低く見られる傾向が出ています。 無批判に受け入れることをせず、もう一歩考えてみる習慣をつける改善策が望まれます。

外国で[自然エネ]の通用文は英文で [renewable energy] と表しますが、使い終わった自然エネルギーをもう一度呼出して使う「再生」の意味ではないようです。 "新しいのと取替えが可能"とか"再び始められる"という概念ともいわれ、[新規生成エネ] か [更新エネ] の意味で用いられていると思われ、[再生]した中古品とは違う意味のようです。
もし [自然エネルギー]をリサイクル・再発生のように解釈している国があったら「それは間違っている」と教えて上げるべきでしょう。

日本文を海外へ表明するときは renewable energy と翻訳され、recycle(再利用)・regenerate(復活利用の)といった表現にはならないので問題は出ません。 外国語から日本語にするときは[再生]と翻訳するので新規生成どころか "中古の復元" の意味になってしまい、海外と日本とで言う意味が違うので支障が出る問題が生じます。

「再生」と呼ぶ理由について、「資源が際限なく補充されるから」、「枯渇しまいから」との説明を多く見受けますが、補充されたり枯渇しないのは再生エネルギーではなく到着や流入してくる新規のエネルギーなのです。
補充や枯渇しない状態を言うのなら[無尽]とか[不渇]と呼ぶべきで、事実誤認の問題があります。

「利用する速度以上で速く出現するから再生」との理由も散在しますが、補充が速いから再生とは理由になりません。何かの記事の主張を引用したと思われますが、論旨や辻褄をよく考えずに引用する問題があります。

既に法令名に制定ずみの名称だけを改修するのは困難かもしれない問題があります。 しかし、法令名の改題は 改題された法令名の一覧 に見るように多数例があり、改題される場合の手続き自体には特に問題はないと思われます。

 一事が万事をうそで固めた日本にならないよう願いたい、と言うよりも、言われる前に業務体制を善処しておくべき問題だと思います。
________________________________
       
(編集後記)              2013-6.29 (ver.o1h.)  
再生可能エネルギーの呼称は、最近の図書で命名者が判明しました。
最近出版された [これからのエネルギー](岩波ジュニア新書/'13-6.21発売) 中の余談(コラム1)で、著者の槌屋治紀博士(機械工学) が1979年に経済学者の室田泰弘さん同意で「英語のRenewable Energy を直訳した」とのことです。
   
英文の Renewable は、別エネルギーの形で取出す「新規可能」とか、新規エネルギーによる「新出化」といった意味で使われ、以前のエネルギーのリサイクル [再生] の意味ではない筈です。

科学現象でありながら今まで侃々諤々( かんかんがくがく。喧々諤々=ケンケンガクガクは俗称) の議論も無かったのは、論議しなくても誤認・誤称という答が明白だったからでしょうか。

誤称した原因は、[再現] や [再生] が身直で多用される言葉であったためか解釈を独断し、[再生] の定義をよく確かめなかったのでしょう。
   
「エネルギーが再生する (再生可能である)」という表現は法律違反の虚偽事項のほか、将来は社会を担う若年層へ嘘を教える弊害など、社会で思わしくない支障が出ることが危惧されていますので、早急な改称が望まれます。

学術名の改称は学会や文部省・経産省(エネ庁)などとの関係もあり手数がかかりそうですから、ここは単純に名付けた本人が改名して公表するのが最善ではないでしょうか。
教養図書で誤称を広めた責任の一端がある出版社 (岩波書店) にも協力願って、代わりの正当な名称が円滑に早く決まるよう願望します。

誰でも自説が間違っていても正当化したいのが常道ですが、そのような姑息な手段はとらないよう望みます。また、適切な提言があっても自分に都合が悪ければ知らない振りをするような行為も歓迎できません。出版社も命名者も共々、今後の社会の有益な方向をとるよう期待します。


( 参考 ) 
用語の誤用・乱用を正し文法・文体の正しい用法が一目瞭然の書を紹介します。
    「日本語練習帳」 大野 晋 / 岩波新書
    「日本語の教室」 大野 晋 / 岩波新書
   
  
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(kB26)                        '12-Y.29:再編 '13-6.20:修正 (ver.a3f+)
◆ 自然エネルギー発電の実体と問題点


[ずばり要点] 

o 自然エネルギー発電を促進する制度
o エネ全体像と発電用エネの呼び分け
o 自然力から電力変換する原理と正体
o 再生可能と称する指定範囲の問題点

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[読み方の例]

     
自然エネルギー発電を促進する制度


'11年8月26日[再生可能エネルギー固定価格買取制度] の導入・実施が決定されました。 一般家庭や事業所で発電した電気を販売したい場合は、従来の電気事業者つまり電力会社が一定価格で買い取る制度です。
電力不足を各自の発電能力でまかなう方向を促すと共に、それでも不足する電力をみんなの発電力提供で補ない合う効果が期待されます。

その反面、買取制度に要した経費の総額は、全受電者が使用電力量に比例した賦課金 (サーチャージ) として分担支払いしていく方式になりました。自宅発電する家庭もしない家庭も、僅かずつながら賦課金を供出する制度で、使用電力量にほぼ比例した賦課金が従来電気料金へ加算されて支払うことになります。

更に、従来から行われていた火力・水力などの自家発電や電力販売の発電事業を促進する動きは、電気事業の届け出の手続きが簡素化されて、発電・電力供給が促進される方向になりました。
  _________________________

エネ全体像と発電用エネの呼び分け 


発電用の自然エネルギーは、広義の天然のエネルギー全体中のほんの一部分です。 狭義・広義のエネルギーは、混同を避けるためにも別の名称によって識別することが望まれます。
天然のエネルギー全体では、次例のように広範囲で人類が未利用のものも多く存在します。
 ジェット気流 天空に流れる偏西風など。 航空機が追い風に利用。
 雷の静電気  利用の前に、素性を知るための基礎研究中。
 太陽熱    温水用のほか、集光の加熱炉は実験規模の程度。
 その他    地底熱エネルギーの温泉利用、竜巻の負圧力、
        大陸プレートの移動力など、広範囲で多彩なエネルギーが存在。

  _________________________

(参考)利用可能な自然資源の例   掲示'11-5/17 修正'13-6/20 (b7s:.)
  
     o自然エネルギー[光,風,地熱,太陽熱,海流,波動,潮汐]
     (環境エネルギー) ("落差"は 水力発電や水頭・流力など特定向)

資源
  o培養エネルギー [発酵熱,培養ガス熱,培養体燃料,微生物燃料電池]
 形態  
 (微生物エネルギー /発酵エネルギー , 微生物電流 )
   
     o放射線エネルギー [核分裂, 核融合 ]
     (原子力エネルギー /核エネルギー)


◆備考1.
[圧力発電]に属する踏板発電や伸縮検出(電磁誘導やロッセル塩類・チタン酸バリウム類などによる起電力)は、自然エネルギーそのままではないことや発電力も小さく実用電力に満たないので対象外としました。
[微生物燃料電池]は実用化試験中です(概要:広島大-柿園俊英教授/Ohm Bulletin 2011-冬188号)。
[ 核融合 ]は5か国共同で2030年ごろ発電実験を目標に進行中で夢物語ではなくなりました。
原子内の電荷が逆の[ 反物質 ]は小規模な生成が成功した段階で、その融合熱の実用化は遠い将来になりそうです。
[メタンハイドレート燃料]や[電磁波電力(太陽風)]など実用試験前のエネルギーは省略します。
   
◆備考2.
到着する新鮮な [自然エネルギー] を [再生] (再生可能) と扱うのは、[再生] の正しい語意に反している現象誤認です。文学的表現とは違い、科学の分野で嘘は許されません。エネルギーの[再現] とは異なり [再生] は現実には生じないので、記載・公言すれば虚偽事項の法律違反 (犯罪) に相当し、要注意です。
誤称の認識がまだ周知されておらず 法・令 名も未修正のまま の珍しい例です。自分で正否を判断し、真偽を承知の上で見聞きする必要が生じています。
   
◆備考3.
放射能以外で自然エネルギーから電力変換を実用化した順序は、概して次のとおりです。
    水力(揚水)、 地熱、 太陽光、 風力、 潮汐。
このうち太陽光と風力の発電は、地域によっては導入順序や実施規模が多様になる状況も起こります。
潮汐発電 は、天候変動の影響がなく常に所定の出力が望めるのが特徴です。実施例はありますが、日に往復4回だけの短時間発電なのに設備規模が膨大になり費用対効果が極端に悪いので、営利事業には向かないようです。
   _________________________

法で定める [発電用の狭義の自然エネルギー] の実用化は、目下は太陽光・風力・地熱の3形態のエネルギーが主な対象です。
潮流発電も有望ですが、まだ小規模な実用観察中の段階です。
潮汐発電は潮の満ち干き1日4回の往復潮流発電で、地形による潮の流れを利用するか巨大な貯水槽(ドック状のプール)による流水発電で設備が大仕掛けになるので、設置例はありますが実用普及は不利です。
   
発電用の狭義の [自然エネルギー] などを、広い意味の天然エネルギーと区別して呼びたい場合、現在は主に次の名称が使われています。
   
[クリーンエネルギー]:通常は、環境総合で公害を出さない光・風などの自然エネルギー。
場合により、利用場所では公害を出さない燃料電池・電力などのエネルギーも指す。
電池や発電装備の製造段階で出る公害と利用状態の無公害を参酌し、総体として地球に優しいかがクリーンと呼べるかの判断基準となる。

[グリンエネルギー]:天然のエネルギー。大自然の"緑"の連想から無公害の意味を含むが、対象となるエネルギーの種類が不明瞭。
広い意味では「グリン」を天然資源の総称とし、木片・ガス・石炭などの燃焼熱も含める場合がある。

[新エネルギー]:活用を 促進・開発育成するエネルギー源10種類が原則。 [再生可能エネルギー] つまり法で定める [発電用の狭義の自然エネルギー] との区別が曖昧。

[再生可能エネルギー]:法で定めた [発電用の狭義の自然エネルギー] だけを表す造語。 ただし、国語に照らすと、放射能以外のエネルギーの「再生」は実存しない現象で不当な表現。 [再生可能エネルギー] に代わり、虚偽記載に当たらない適正な表現が必要になっている。
  _________________________

自然力から電力へ変換する原理と正体


自然エネルギーから電力を取出すには、次の順序をたどります。
  (1)光や風・潮・地熱のエネルギーを採取。
  (2)光は太陽電池で電力へ変換。その他は回転力へ変換。
  (3)回転エネルギーで発電機を回し電力取出し。
この電力を取り出す行程の中で、自然エネルギーの再生や再生可能機能といった作用は、まったく行われません。

[現象]の現実は、採取場所ではエネルギーが続々と[新規到着]している状態であり、以前のエネルギーの[生成]や[再生]はありません。また、到着エネルギーはいつも僅かに変動しているので以前とは成分やエネルギー分布・速度・量などがまったく同一ではなく、再生や複製とは呼べないことが明確に分かっています。
   
[観察]の表現として、自然エネルギーを採取する場所でエネルギーが湧き出ている、以前のエネルギーが再び湧き出る(再生)、とするのは感覚的な想像であり真実ではありまん。 利用する [エネルギー] は科学現象なので、想像や文学的な表現ではなく真実を表す必要があります。

[国語]の立場から見て、光・風・湯などの物質が携えているエネルギーは[再生]ではありません。
発電に使う自然エネルギーは、物質が持つ運動や熱のエネルギーです。「エネルギーの再生」は辞書にありません。実存しないからでしょう。 方や「物質の再生」は、以前の資材そのままをもう一度取り出して活用する意味です。しかし、発電に使う自然物質は再生しません。 なぜかは既に説明ずみですが自身でも考えてみて下さい。
 ___________________________   
自然エネルギーで実用的な発電をする手段は、エネルギーの形態によって相違があります。
(太陽光エネルギー)

太陽光が地上へ到着した時点で採取し利用します。
地上へ到着した光エネルギーは発電素子(俗称:太陽電池、光発電モジュール、ソーラーパネルなど)の中で電気エネルギーに変換され、発電素子の電極から電力を取出す方式です。

一つの発電素子から取出せる電力は微弱なので、実用できるパワーが出るように多数の発電素子を繋なぎ合わせて何枚もの受光板(パネル単位)に成型するのが一般的です。

光発電素子の変換力寿命は20-30年間と言われ、発電装置全体の保証は公称10年間前後とされています。
発電素子から取出す電気は直流です。利用するにも配電線へ送り出すにも、交流に変える[変換装置]を使います。
通常は、変換機能の装置内に、交流の周波数変動の安定・交流同期ずれの安定・電圧安定などの機能を同居させています。

(風力・潮力・波動エネルギー)

風通しや黒潮・親潮などの流れの途中や波立つ海上で、機械的な動きのエネルギーを採取します。
流れや揺れの自然力は、羽根車や流圧ピストンなどで機械的な回転力に変換し、その回転で発電機を回して電気エネルギーを取出す方式です。
発電機の能力(kW)は、原子力・火力・地熱発電などのボイラー発電に比べ、一基あたり1/100とか千分の一といった次元です。
  
発電機の耐久性寿命は通常は30年間が一般的とされています。しかし海上設置や極寒地域の場合など環境条件によって耐久性は大きく変ってきます。また、熱帯地方の仕様や沿海地域の耐塩害材質の採用などによって耐用年数と発電機価額は連動する傾向になります。設備費用をけちれば耐用年数が短くなる関係です。
発電機に連結する風車の方も同様で、環境条件を考えると耐用寿命はかなりの幅がありそうです。

(地熱エネルギー)
地底の熱湯か温湯を、湯のままか蒸発性の物質による蒸気圧でタービン類を回し、その回転力で発電機を回す発電方式です。
湯を循環利用することはあっても廃湯の再利用に過ぎず、湯を作り出す再生エネルギーは生じません。
   
(微生物発電)
微生物中のマイナス電子を利用し直接発電する手法で、いま実用化試験が進行中 (例:広島大-柿園俊英教授による実用化実験中/Ohm Bulletin 2011年188冬号)です。 電子伝達剤(機能名:メディエータ)を満たした電解槽の中で微生物のマイナス電子が奪い取られ、電子伝達剤の中で電子が移動することにより電流が流れる現象の発電です。

[再生]をしているのは微生物の培養行為で、取出したい電気エネルギーが[再生]されているのではありません。 取出す電気は常に新しいエネルギーです。 培養行為により増殖した微生物は、新規生成物の筈ですが[再生]と呼ぶのかどうかかは微妙です。学者・有識者などで打合わせた統一見解が欲しいところです。
   
(培養物発電)
微生物の培養熱を利用する発電と、微生物自体を増殖して燃料にする発電があります。
培養エネルギーの場合はちょっと複雑ですが、それでも[再生]行為は発生源で培養を行っているだけです。目的は熱エネルギーの発電利用や微生物燃料電池の電気エネルギーを取出すことですから、培養の[再生]は電気エネルギーが再生することとは違います。また、利用したい熱エネルギーは再生した中古品エネルギーではなく常に新品ですから、やはり「再生エネルギー」には該当しません。
   _________________________
   
「再生可能エネルギー」呼称への不審状況 

      
再生の正しい意味は「以前の資源を出現させて新たに利用する」ことです。 光・風・熱などの自然エネルギーは流れてくる端から消滅し、エネルギーの再生は生じません。
   
自然エネルギーを利用する場所では、エネルギーが続々と[新規到着]している状態であり、エネルギー発生箇所のように[生成]や[再生]の現象は起こりません。また、利用場所で自然エネルギーや電気エネルギーの複製が生じたりもう一度呼び出す再生の現象が出ないことは、実施面で判明しています。 これが、発電に利用する自然エネルギーの状態です。


[再生エネルギー]誤称の見聞による弊害発生だけなら大した問題ではありませんが、引用する場合を除き、自由意思で「再生可能—」と呼称し・書き・公表すれば虚偽事項の行使となり法律違反の重い問題です。
また、再生するかのような嘘の知識は子供の教育に悪く、錯誤表示が社会の流れに直接・間接の弊害を招く恐れがあり、誤称による取違えが原発誤操作などの障害を招く恐れもあり、将来も継続して庶民も官吏も政治家も国民全員に及ぶ問題です。

再生可能エネルギー名は俗称として20年以上前から呼ばれていましたが、H.23年には誤称にも拘らず法律名に記載されました。
俗称から格上げして法令名ということになると、国語の「再生」の解釈が該当せず、現実の現象も発生不能の虚偽事項なので、決定的な法律違反の名称を法律で制定しているということになります。
   
エネルギーが再生可能という表現については、多数の人々が「何も再生していないが,なぜか」、「なぜ再生可能と呼ぶのか」といった不審を感じていて、質問が掲示板・論評などに多数見られます。
  
若干の例を次に示しておきます。 掲示板ではどの記事も [再生]を正しいとしている説明は誤りです。 発生や再生の科学的な解説が無く、以前の資源が再び出現する[再生]が正しいと思わせるような無理な説明が、諸サイトで引用されているようです。

 o「再生可能エネ」表現は非科学的 (自然と科学)/理学博士 菅野礼司
 o 太陽光は再生できない (岩坂彰の部屋-32) /報道翻訳家 岩坂 彰
 o 「再生可能エネ」誤訳と誤解 (Fluffy white croquis)/align_centre
 o 再生可能エネルギーのウソ /ミラノ市在住 A氏
 o 「再生可能エネルギー」は誤訳 - - !? /無署名 B氏
 o 再生可能エネルギー? (5号館のつぶやき)/生物学研究者
 o 再生可能エネルギーの真意に関して /EIC-掲示板
 o 再生できないのになぜ再生可能エネルギー /Yahoo!知恵袋
 o 再生可能エネルギーという言葉はおかしくないですか? /教えてgoo
 o 太陽光発電は「再生不可能」である /国際環境経済研究所(久保田教授)
  _________________________

   
再生可能と称する資源範囲名の問題点 


2011年に[再生可能エネルギー固定価格買取制度] が制定され、個別発電の推進が制度化されたのは、大いに喜ばしいことです。 しかし「再生可能エネルギー」は現実にあり得ない虚偽事項の名称であることが、ただ一つの欠点ともいえる問題点です。
  
ほかに個別発電力の買い上げ制度による経費の分担のため、通常の電気料金が若干上乗せ額になる問題がありますが、これは原発を止める代償と考えればやむを得ない措置と思います。
   
広範囲な天然エネルギーの中で、発電に利用する光波・風力・潮力・熱源などのエネルギー範囲を識別する名称として[再生可能エネルギー]名が使われるようになりました。 再生の正しい意味は「以前の資源を出現させて新たに利用する」ことです。 光・風・熱などの自然エネルギーは流れてくる端から減衰・消滅し再発生はしないのが真実です。
  
再生可能の誤称によって社会的に支障が起きそうな問題点は、少なくとも3件出ています。
◆自然現象の誤認:自然エネルギー利用の発電原理が万人によく理解されていないためか、中古相当の[再生エネ]だと誤って解釈され、真実の現象を歪め将来を担う若年層の教育面でも思わしくない。
◆国語の不当解釈:新規エネルギーとしての[発生]・[採取]・[生成]や[変換]に類する現象に対し、[再生]・[再生可能]と称して誤った語意の解釈を普及させ日本語を乱している。
◆社会の障害予想:自然エネを[再生可能]と誤解することで、真の[再生可能エネ]該当の核燃料・ウラン炉材の取扱い上で混同・軽視による事故発生の危険性を秘めている。

詳細は、別サイトに解説があります。
  [再生可能エネルギーの誤認・誤称 ]
  [ 再生可能エネルギーの実体は何か ]
  [時の話題(社会保障、自然エネ発電)]-第三話[自然エネから電力を]
  
そのほか、基本的な問題点を整理書きすると以下のとおりです。
o [再生可能エネルギー] は苦心した呼称と思うが、現実には不可能な現象なので虚偽事項を表示した法律違反の結果となり、軽微な問題ではない。
ミクロ的にエネルギー採取が主眼なら[抽出エネルギー]の表現か、マクロ的に発電目的の呼びなら[エネルギー変換]に類する名称が妥当ではないか。

o電力を取出す場所に自然エネルギーが湧き出る、以前のエネルギーが復活する、との理由で再生と呼ぶのは、感想か錯覚であり真実ではない。
[再生可能エネルギー] は科学的な現象なので、錯覚や感想の文学的な表現ではなく真実を表す必要があるが、嘘の現象名が承認され法律題名として制定されてしまう政治体制に、問題を感じる。

o 広範囲な天然エネルギーの中で、発電に利用する光波・風力・潮力・熱源などのエネルギー範囲を識別する名称が必要なのは理解できる。しかし、不当な[再生]の用語のままで提言も是正もせず放置している国語・物理などの関係分野の体質に問題を感じる。

o 一方、不当・不正な用語であるにも拘らず、公然と使用している文化人やマスコミは、判断能力がないのか、考える努力を怠っているのか、何か組織的圧力があるのか、社会的な異常が潜在している問題を感じる。
          ________________

既に法令名に制定ずみの名称だけを改修するのは困難かもしれない問題もあります。 しかし、法令名の改題は 改題された法令名の一覧 に見るように多数例があり、改題される場合の手続き自体には特に問題はないと思われます。

 一事が万事をうそで固めた日本にならないよう願いたい、と言うよりも、言われる前に業務体制を健全にしておくべき問題ではないかと考えます。
_____________________________
            
(編集後記)              2013-6.29 (ver.o1h.)  
再生可能エネルギーの呼称は、最近の図書で命名者が判明しました。
最近出版された [これからのエネルギー](岩波ジュニア新書/'13-6.21発売) 中の余談(コラム1)で、著者の槌屋治紀博士(機械工学) が1979年に経済学者の室田泰弘さん同意で「英語のRenewable Energy を直訳した」とのことです。
   
英文の Renewable は、別エネルギーの形で取出す「新規可能」とか、新規エネルギーによる「新出化」といった意味で使われ、以前のエネルギーのリサイクル [再生] の意味ではない筈です。

科学現象でありながら今まで侃々諤々( かんかんがくがく。喧々諤々=ケンケンガクガクは俗称) の議論も無かったのは、論議しなくても誤認・誤称という答が明白だったからでしょうか。

誤称した原因は、[再現] や [再生] が身直で多用される言葉であったためか解釈を独断し、[再生] の定義をよく確かめなかったのでしょう。
   
「エネルギーが再生する (再生可能である)」という表現は法律違反の虚偽事項のほか、将来は社会を担う若年層へ嘘を教える弊害など、社会で思わしくない支障が出ることが危惧されていますので、早急な改称が望まれます。

学術名の改称は学会や文部省・経産省(エネ庁)などとの関係もあり手数がかかりそうですから、ここは単純に名付けた本人が改名して公表するのが最善ではないでしょうか。
教養図書で誤称を広めた責任の一端がある出版社 (岩波書店) にも協力願って、代わりの正当な名称が円滑に早く決まるよう願望します。

誰でも自説が間違っていても正当化したいのが常道ですが、そのような姑息な手段はとらないよう望みます。また、適切な提言があっても自分に都合が悪ければ知らない振りをするような行為も歓迎できません。出版社も命名者も共々、今後の社会の有益な方向をとるよう期待します。


( 参考 ) 
用語の誤用・乱用を正し文法・文体の正しい用法が一目瞭然の書を紹介します。
    「日本語練習帳」 大野 晋 / 岩波新書
    「日本語の教室」 大野 晋 / 岩波新書
 
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(kB24)                       '10-9.30:掲示 '13-9.04:修正 (ver.b4b)
◆ 尖閣諸島-地下資源・中国動向の概要


[ずばり要点]
                            尖閣-周辺の略図 L-諸島図-6
1. 尖閣近海の地下資源 

o 尖閣近海にイラクに次ぐ石油資源で日本は産油国の三歩手前
o 産油策の実現で社会保障の充実・健全財政・文化振興も期待
o 台湾が独断契約した"資源採掘権"の無効化提訴・確定が必要
o 領有の証拠には安易な言動でなく第三者記録・証文類が重要

o 埋蔵の探査技法・採取の海上櫓ほか制度・技術の問題がある
o 世界の油相場の安定が必要。 乱獲・乱売の統制乱しは禁則
o 採掘は膨大経費が必要。国営採掘は財源も実行の余力もない

2. 近年の中国動向   
                      ( 図クリックで2段階 拡大 )
o 1968年石油系資源の埋蔵が判明以来、中国が領有化めざし活動開始
o とくに尖閣諸島近辺の石油系資源の獲得にあの手この手の工作を展開
o 中国は台湾からフィリピン・マレーシア方面への制海権と領有を画策
o 中国の戦略で南東方面の威圧活動を経て諸国へ武力行使の支配が脅威
o 目下の中国は南シナ海ヘの航路確保とその近辺の地下資源獲得と推察
o その二つの目的で航路近辺の小諸島の中国領有化と資源確保とが両立
o 領地主張には自国領有の完全証明として 贋作不能な自国外証文が必要

o 中国の欺瞞点は尖閣諸島の近辺は中国領とする吹聴で自国民へも徹底
o 1895年清国から台湾割譲の前から周辺諸島や尖閣諸島は日本の領有
o 敗戦後の1951年に台湾を領有放棄。 周辺の尖閣諸島は日本領のまま
o 希土類各種が採取可能次第中国報復脅威無用 領海侵犯へ威嚇射撃緩行

o 「 領土の解釈 」は章末参照

3. 漁船操業と衝突事故 
 
o 今年9月7日尖閣諸島近くで中国漁船と海上保安庁の巡視船が接触事故
o 尖閣諸島沖の漁船衝突は、中国戦略遂行の中で枝葉の問題に過ぎない
o 中国内紛も漁船衝突も日本が中国領を横領・侵入との民衆洗脳が根底
o 漁船は反対分子が雇った団体か兵士で漁船傷損は政府補償付きと推察
o 当の漁船員は反対派過激団体などが雇った漁民生活補償付き乗組員か

[ 特 報 ]

その後、米高官出席のTV番組中で次の要旨の諸点が日本側へ伝達されました。(BSフジ '10年9.23日 [フジ プライム ニュース] 談話)
 ◆ 沖縄の米軍はアジアや日本の安全維持に必要で、駐在米軍のすべてが撤退することはない。
 ◆ 緊急出動が任務の海兵隊は、東アジアの突発危機へ時間的・地理的に対処できる沖縄の駐留が必要。
 ◆ こういった防衛の状況について日本内 (政治家・国民) への認識教育を徹底して欲しい。
 ◆ 尖閣諸島の領域の "武力攻撃" へは日米安保条約の行使(防衛の助力)を適用する。日米安保は今迄どおりで引き続き有効。
 ◆ 米軍への助成(思いやり予算など)は年々減らされてきたが、(米軍の防御を仰ぐ謝恩の配慮も込め)減額をされないよう望みたい。

23日にはクリントン米国務長官も本国で次の要旨を言明しました。(翌9.24日各報道) 
 ◆「尖閣諸島も、"武力攻撃" に対する日米安保は引き続き有効」

  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[風読みの例]

  この記事は一般常識の範囲内で問題点を整理書きしたものです。
  誰もが感じ・考える程度の一般的な視点に立った考察です。
  記事には尖閣沖の漁船衝突発生までのあらましを述べてみました。
  中国漁船の衝突後の話は、刑事事件の別問題であり除外しました。 

1. 尖閣近海の地下資源


埋蔵資源の存在

 
尖閣近海に膨大な石油系資源が埋蔵していると分ったのは1968年で、第二次世界大戦が終って20年余り後、第三次佐藤栄作内閣の時代です。
   
アブラでなくてアラブの砂漠に巨大な近代都市が建造できる産油収益のように、日本でも民営のほかに国営の採油事業が軌道に乗れば、豊かな資源による収益で国の財政建直しも楽々と進めることができます。国民の医療・介護・老後の安心生活などの社会福祉も充実して、誰もが健全な暮らしになるのも可能です。
更に、洪水・崖崩れ・噴火被害といった災害の救済と生活助成や日常の救急態勢完備などの手厚い社会保障も望めることになりそうです。

   
尖閣の地下資源は、調査研究で日本・韓国・台湾の海洋専門家が協調態勢で臨むと共に恐らく探査費の国連援助を頼ったと思われ、国連-ECAFE (アジア極東経済委員会) の協力を得て東シナ海一帯を調査し、尖閣近辺は中東級の膨大な1,095億バレル埋蔵の可能性が1968年に発表されました。

  
膨大な埋蔵といってもどの程度の規模なのか、主な各国の埋蔵量を示しておきます。
埋蔵量を見ると日本は世界中の最大5位の中に入っていて、中東と並ぶほどの埋蔵量です。
日本は北海道・新潟・秋田・千葉(茂原地区など)にもガス田・油田がありますが、産出量が少なく採算割れで今は多数が閉鎖中の状態です。
なお、新発見の開発田により各国の埋蔵量は年々増加しています。消費量も急激な増加をしていますが、埋蔵量が豊富な地域のサウジアラビアなどが産油量を増・減して安定供給に努めているようです。
     
   原油の推定埋蔵量 と 国名        (2009.10月公表値)  単位:億バレル
 2,667.0  サウジアラビア   
 1,785.9  カナダ  
 1,385.0  イラン  
 1,150.0  イラク  
 1,095.    日 本 (尖閣近海)

 1,040.0  クエート  
   978.0  アラブ首長国連邦
  970.3  ベネズェラ
  600.0  ロシア    
  415.0  リビア    
  362.0  ナイジェリア 
  300.0  カザフスタン 
  213.0  米合衆国   
  160.0  中 国     
                        (出典=Web [ garbage news ])
  備考:1バレル=約160リットル(158 .987* liter)


日本に産油事業が実現して、豊かな収益で国の財政が健全になり誰もが貧困なき生活や快適な社会が望めるようになるのは、夢の話ではなくいつでも開始できる現実問題です。
             
ところが、尖閣近海を掘れば必ず油が出て順風満帆というわけには目下のところいかないようです。「産油国になれる三歩手前」の第一歩目は、尖閣-を自国領だと称し、実力行使で日本が採掘できないようにしている中国の態度が最大の難関です。
 
二歩手前の問題点は、掘る前に油床探査の優れた検知技術が必要なことです。どこを掘れば原油が出るのか、探索・鑿井(:さくせい=井戸掘り事業)には巨額の資金と時間と特殊技術が必要なことでもあり、特に小さな油溜りが分散しているような場合の採算割れ状態も予想すると、調べもせずにすぐ採掘・産油に着手するわけにはいきません。
     
三歩手前目は、尖閣近海は海底が深くて採掘が困難と見られていることです。この近辺は水深2,000m程度と言われ、また海底は平坦でなく山あり谷ありの状態に加え浅海の鑿井作業は通用しません。しかし堅固な小室を海底面に固定することができれば、そこを中継点(機械的カップリング方式 か 電気的インターフェース方式、トランスファーマシン)として海上から採油するような手法も考えられます。採油が不可能とは思えませんが、かなり困難なことは間違いないでしょう。
以上の3点からも、「三歩手前」と考えているわけです。
    
中国・台湾から見ると、イラクと並ぶ程の豊富な石油埋蔵量-推定1,095億バレルの獲得に、掘削の費用と労力をかけても産油国になれば経済力・国力が増し、有事の際も中国・台湾は燃料確保・軍事用の合成系素材調達が楽になるなどの利益が見込めます。特に中国は、50年先・100年後には国内繁栄するに伴って石油不足が深刻になると予測されるため、今からその対策に躍起になっていると思われます。

中国による産油地域の資源奪取で武力攻防になった場合、テロ・海賊に類する武力行使には日米安保により日米合同の反撃があり得るので犯罪闘争の印象を避け、領土問題への米国不介入の原則を利用して米国介入がなく中国に有利な領土問題だけとの印象を他国へ与えようとしているとの読みもあります。
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地下資源の獲得と収益の行方 


地上では、法律上で埋蔵物は地下40mまでの範囲が所有権とされていて、地底深くから掘り出した物の所有は地主ではなく採取者の拾得物になる筈です。海上でも同様に適用されると解釈されます。
石油系資源は殆どが40mよりも深層に存在するため、出てくる資源は殆どの場合は地主ではなく採取者の所有になる筈です。
   
鑿井者が国でも個人でも、取り出した資源は採取者が獲得することになると思われます。
しかし、採取するまでには鑿井(:さくせぃ=井戸ほり全体の概念)探査場所や採油場所の土地所有者の許諾が必要になり、そこに利益分配の権利主張が発生することになります。
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 ( 参 考 )
 ◆ 地上権と地下権 図解資料/東建コーポレーション
 ◆「土地の権利」は地下何メートルまで?/読売新聞社
 ◆ 大深度地下利用法を適用する事業 /Wikipedia
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資源採取のための探査・掘削などの鑿井作業は、小島のほか主に海上で行われると推測されます。
小さな島を採油のため削ったり切り崩すと、風化も加わり日本の領土が消滅する方向に向うと共に、工事用敷地面積の不足や櫓(:ろ=やぐら)数が限られ景観も損なうので望ましくない行為でしょう。

海上の鑿井は通常は櫓(:ろ、やぐら)を組んで掘削します。海面下の大地を基台とする建物を建造して海面上から採掘しても同じことですが、その上に人が居住可能ならば住民と解釈され建造者が土地所有権をもつことができるようです。

第三者が資源採取のための櫓や建物を海底に設置したら、そこに所有権や使用権などのどんな権利が生じるのか登記されるのかの資源取得の場合の特殊性の問題も起こりえます。
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地下資源の採取に伴う問題点:


イラクに次ぐと言われる石油系資源の推定埋蔵量1,095億バレルが正しくても、或いは不正確だったとしても、放置しておけば盗掘は必ず起り得ます。更に経済面・技術面などの問題点も多々起こりえると考えます。
   
尖閣近海を横行する多数船の中で正しい操業をする漁船の保護、石油系資源の盗掘を狙う海賊船の横行、他国の国旗を掲げる不審船の見分け方と処置方法、不正な採掘の櫓類と海面上下使用権の処分基準、船舶ひしめく状況になった場合の海上巡視船不足問題、などの対応策も必要になるでしょう。
   
これは夢物語ではありません。資源埋蔵が確かなら、いつの日か将来には必ず直面する問題になります。
埋蔵の量と質が確かなのかも重い問題です。なるべく正確に確認するための技術の推進策も課題になります。  

もし中国が産油国になると、石油系取引レートを乱して諸国が迷惑したり、ずさんな開発工事でメキシコ湾のような原油噴出による環境汚染や資源損失の問題も予想しておかなければなりません。
   
一方、南方域の石油が枯渇した場合に備え、アジア地帯の資源は温存しておく考え方もあり得ます。また、地球規模で産油調整の段取りを考える願望があっても、目下は各国で協約する前に平和反目・宗教対立などの問題が立ち塞がっています。   
   
アジア地域や日本の立地条件の視点から、政府は少なくとも対策計画だけでも樹立しておくべきではないでしょうか。
当面の様々な状況に対する計画や不正処置基準などを樹立しておけば、樹立してあること自体が不正行為抑止力になります。今からの検討が望まれます。
   
なお、採油の長期計画がほぼ纏まりかけた初期時点で、先発産油国とくに自主規制に優れた協調方策を施しているらしいサウジアラビアや主要メジャーへ、忘れずに、計画を打ち明け挨拶もしておくことが極めて大切で国益になると考えます。
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大深度探索・鑿井・採取の技術面の問題点

    
海面下の掘削は経費が嵩むほか、水圧や採油流出阻止などの技術問題もあり、慎重な準備が必要です。 ちょっと考えただけでも以下のような問題点が思い浮かび、専門家による診断などの手法で予め解決しておく必要があります。
   
なお、採油のパイプライン輸送による諸問題を心配している方が多いようですが、国際情勢などのほか送油の技術面にも問題があるようです。潮の急流箇所や地震・台風による浅海部分の影響などを考えると、現実にはパイプ送油ではなく採油地点でタンカーへ船積み・輸送する [ 積み出し船 ] 方法が採用されると思われます。
   
地下資源の量・質をすぐ検出・解析できる技術手法の推進

 どこでも掘れば油が豊富に湧き出てくるというわけにはいきません。一本の竪坑を掘るにも大きな経費と時間がかかりますので、どこを掘削すれば最適かを事前に探り当てておく必要があります。地底深くで水平向きへ方向転換し、四方八方へ掘り進める工法 (マルチラテラル坑井) をとる場合は、油溜りの分布状態も短時間か瞬時に察知できる技術手法が望まれます。
従来の衝撃波(地震波)探査のほか、近年は[ 電磁波による探査方式 ] も実用されているようです。

岩盤プレート・断層地帯の関係とその影響

 火山国の日本では断層破砕帯にも注意が必要です。 地下深部では塑性変形した岩石が応力を蓄えている場合もあるため、掘削の振動がきっかけとなって岩石の反発力により掘削管が剪断や変形することも予想され、対応処置を予め考えて掘り進める必要があります。
掘削中の地震発生を予測し、予め対策しておく必要もあります。

油だまりの分布と埋蔵量の問題

 掘削が油溜りへ運良く行き当たっても、油量が少なく極端に言うとバケツ5杯分程度であったり、採算に乗らないような少量の油溜まりばかりが散在していては採掘ができません。 油井全体として(マクロ)の埋蔵量とその油井の分布、そして地点ごと(ミクロ)の油溜りの状態について、事前になるべく正確にそして立体的に知っておく必要があります。

ガス田と原油田の関係

 油田でも原油中の揮発成分がガスとなって原油と一緒に噴出してくるのが普通です。尖閣-は「油田」とされていますが、ガス噴出が多いか殆ど発散済みかの状態は実際に採掘してみないと分りません。 ガス田/原油田の存在と分布がどのような場合でも支障なく、かつ、深海の高水圧のもとで効率的に安全な採取ができる技術が必要です。

脆い(:もろい)岩盤中のシャーベット状埋蔵の問題

 崩れ易い岩盤の中に油溜りが存在している場合は、地殻変動で破砕した石くずの中に油が滲み込んだシャーベット状になっていて油が思うように採取しにくかったり、採油の中に砕けた岩石が混在して採油に支障が起きたり、と言った現象もあり得ます。 このような状態でも効率よく採油できる技術を推進して確立しておくことが必要です。
       
先史時代からの熱帯巨大樹林・巨大動物と寒帯地帯との埋蔵差

 熱帯地方と寒帯地域とでは埋蔵量に差があると考えるのが一般的です。巨大な樹木や果実類とそれらを食料とした巨大動物や小動物がひしめいていた中東・アフリカと、北方の寒冷地帯とでは埋没物にも差があって当然です。地球自転軸の変動と気象条件などの環境状態の推移も加味した推察から、掘削予定地の埋蔵量を確認して予め収益分岐点などの試算をしておく必要があるでしょう。 
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<豆解説> 
[地下資源]
この記事で言う地下資源は、主に石油系資材を想定しています。
   
●地下資源=地表面以下に存在している資源。鉱物/鉱石・流体・固体化石油系資源その他の素材類のほか、化石・古代遺物などの学術的な資材も含む。:ー

 ◆鉱物類=鉱石<金属・非金属(雲母・ゲルマニウムなどの半導体を含む鉱石・シリコンなどの元素を含んだ鉱石類)・重金属・希土類を含む岩石>、ラジウム・ウランなどの放射能元素を含む岩石、岩塩、硝石類、スレート・アスファルト・石炭、陶土・砂利類、化石・古代遺物・遺跡。

 ◆流体類=泥水類以外の主に石油系資源を指し、流体状資源(原油類) と ガス状資源(原油の揮発成分と、メタンガスなどの主として有機化合物の化学反応による成分)とがある。

  o 流体状資源=主に原油類 <素性は"炭化水素"(油)の様々な分子量の種類の油類が混合している状態で、主に硫黄成分など不純物が混入> を指し、その内訳としてアスファルトや重油、軽油(テレピン油・白灯油などの原料)、揮発油(ベンジン・シンナーなどの原料)類の成分の混合状態。
それ自体は酸欠状態の材質なので、地上で酸素と化合して"燃える"現象がおこる。
      
  o ガス状資源=埋蔵物が炭化などにより石油系資材となり、その中の揮発成分が "ガス溜まり" 状態に集っている場合と、堆積物類や腐敗物の化学成分で生成された有機ガスがそのまま "ガス溜まり" へ移行する場合とがある。
なお、最近は岩石に含有しているガスを強制的技法で採取する"シェールガス採取方式"が実用化されている。

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2. 近年の中国動向  


中国の願望と問題点
        
        
中国の目下の願望は、フィリピンやマレーシア方面への制海権・制空権の掌握と思われます。
もう一つは尖閣海域の領有権と油の所有権であり、漁船衝突事故は枝葉の問題に過ぎません。
 (1) 南シナ海へ至る自由通行と周辺諸島の中国領土化
 (2) 軟弱な日本を狙った尖閣近海の石油系資源の獲得
   
目的は、東シナ海などの領土獲得・領海確保と漁獲維持のため、威圧するための軍艦などの通り道にある尖閣諸島を中国領にし、航行の自由を確保する願望が推察されます。
しかし、他国領をむりやり奪取する方法のほか、友好的に通行権だけを取得する方法も考えるべきではないでしょうか。
   
1968年に国連系の調査で尖閣諸島の近辺にイラク並みの石油系埋蔵量が判明したのが尖閣-領土問題の発端です。
尖閣諸島は沖縄のかなり西方にある台湾周辺の諸島という位置にあります。 しかし宮古島・西表島・石垣島よりも北側にあり、日本本土寄りに位置しています。
   
この海域は中国海軍が南シナ海方面への通り道でもあり、中国は自国領にしておきたい思惑が読取れます。
加えてこの近辺に豊富な石油系資源が手つかずで眠っているとあらば、中国はなんとしても手に入れたいと考えるのは当然とも言えます。

中国は近い将来に産業発展や国民生活向上などによって石油系資源の深刻な不足問題が起きるとの観測から、中国が近辺の石油系資源の調達に乗り出していると推察されています。
   
問題なのはその調達方法で、友好的ではなく武力を利用して他の諸国領土の一部を中国領有化し、その場所で資源を採取しようとしていると思われます。
そのために中国海軍を繰出し、南シナ海・東南アジアのベトナム・フィリッピン・マレーシアなどへ行動し、周辺諸国を困らせいます。
 ('10-10月 南シナ海問題 ASEAN拡大国防相会議/時事通信ドットコム )
 ('10-2月 中国 南シナ海進出の概要/米議会公聴会/Web-産経 )
   
中国海軍による領土獲得の威力行動例として、フィリピンが中国に屈し泣き寝入りになった事例が、文化人でもある石原慎太郎氏の手記('10-10.4.産経新聞)中にも報告されています。

手記によると、フィリピン -スプラトリー諸島の例では、まず無人の離れ島(海辺)に中国の古銭・土器破片をばらまいておき、後日に調査船が海中からそれを拾い上げ、この地にはかつて中国人が(ゴミを捨て)住んでいた証拠があると言い張り、そして強引に基地(中国領)を造ってしまう、というシナリオのようです。 石原氏はかつて大洋州・アジア連合の構想を描いていた関係で、その方面からの情報は確かと思えます。
   
別筋の南沙諸島の例では、中国漁船が難破したと言って船員たちを上陸させ、その後に救出搬送のためと称して軍艦を出動させ、何やかやで中国が駐留・占領した模様です。
   
次は日本の番で、今の小手調べ様の事件のあと機会をみて何か仕掛けてくるに違いありません。このままで済むとは思えず、日本にできる対策が必要になっています。
   
尖閣-近海の海底精密図は中国が作成済みと思われますが、日本側の海底詳細図は作られているでしょうか。目下の新政権は急務の政策に追われてそれどころではないとしても、国の財政に関わる片々の諸事にもなるべく早めに戦略・戦術の長期見通しを持って貰いたいものです。

領土問題に限りませんが、新政権による国内対策諸々は計画の策定が遅く、いつまでも実施されない手際の悪さに苛立ちを感じます。そのため、新設された戦略室の本格的な活動開始が期待されます。 こんど青山社中という頭脳集団(シンクタンク)が助力すると聞きましたが、実現すれば心強いことです。

[頭脳集団]のほか、もう一つの手段として民間の有力企業が軒並み採用している[情報管理]の手法があります。企業が事業計画を検討するため幾つかの頭脳集団を利用するとしても、それとは別に社内の企画部門に情報管理の手法を採用して経営計画の素材を経営者へ提供する方法です。この手法を採用しなければ、採用している同業会社に負けてしまう事態を防ぐためです。この手法を政治にも活用すれば、政策が強化すると予想されます。

[頭脳集団]は情報分析と改善策の言わば将来像・方針の提示が主点と思われますが、一方の[情報管理]は情報分析・策定用情報の工程段階が重点なので、政策の段取り実務に有効で実践的と考えます。しばらく経過を見て頭脳集団の助力でも物足りなく感じた場合は、第二段階として情報管理の手法を併用することが更に強力な推進効果が得られるのではないかと考えます。
   
中国に対する日本の対応を見ると、あたかも暴力団の仕返しを恐れているような外交態度のようで、本来ならば腰を据えて言うべきことは正しく主張し、日中相互が互に是正し高め合って進む方向もあると思うががなぜ採れないのか、やればできることをなぜ怠るのか、仕返しされるような手法しかとれないようでは情けない政策ではないのかと感じます。
    
庶民の立場から見ると、政治家へは甚だしく高額な俸給を支払っている感じです。 政治家たちは、報酬に見合った働きを期待したいものです。
そうでない場合、庶民レベルの平均的な額で収入に見合った役割遂行をして貰えばそれでよいかと言うと、それで万事が順調に進むわけにもいきません。

韓国ほか諸国に比べて日本の政治態勢は良い面がある一方、概して内政・外交の構えが劣っているように思える施策が多いと感じています。今後はもっと気合いを入れ、腰を据えた政治を実行して欲しいと実感しています。

菅政権が政治を真面目にこなそうと努力しているのは敬意を感じますが真剣さが感じられないので、これから本格化するらしい戦略・戦術が貧弱にならないよう、諸政策の遂行に腰を据えて外交・内政に取組む態度が見えてくるよう期待したいと思います。

日本の閣僚が「尖閣諸島に領土問題は存在しない」と言っているのは、厳密に言うと馴染めません。常識的な解釈では、オランダ統治を経て中国が領有していた[台湾]の、周辺に散在する小島が尖閣諸島という位置関係にあり、問題多々です。 ここで、尖閣諸島の領土問題にまつわる歴史的な経過概要を次に示します。

        [ 周辺諸島-領土問題の推移概要 ]  
 (出典=Web 諸資料)
       領有の主要な経緯        やや詳しい経緯・捕捉

 "文明の生態史観"(頁末紹介) のように民族と
 文化の流れがあり、やがて騎馬民族さえ次第
 に定着する傾向が現れ、文化が文明へ発展し
 領地・国境や国家の概念が芽生えたきた。 

  
 尖閣諸島や西表島など台湾周辺の諸島は台湾
 の付属子島の印象になる。しかし領土・領有
 の観点からは対象にならなかったと推察。
 
(年)                   
1885 日本は尖閣諸島の領土状態を調査開始。
   (10年間、所有国・住人形跡などを調査)
  
1894 7月、日清戦争が勃発。       
  
1895 1/14 日本は尖閣諸島を沖縄県へ編入。

  
1895 4月、日清戦で日本が勝利。      
  4/17日、下関条約で終戦。清国が自主的
  に台湾と付属島を日本へ割譲。尖閣諸島
  は日本領有のままで、割譲の対象外。
  (付属島は"澎湖諸島"と推察:台湾 西50km)

      (ぼうこ しょとう)    
1896 9月 政府は尖閣4島を個人申請へ貸与。
  [魚釣島]・[久場島]・[南小島]・[北小島]
  
1920 前年 尖閣-魚釣島へ漂着した中国漁民へ
 の救助に、中華民国-駐長崎領事から感謝状
 が石垣島村長と尖閣開拓者-K氏宛に贈与。 
  
1932 個人所有の尖閣4島を貸与から払下げ化。
  
1939 9/1日 世界的な第二次世界大戦へ突入。
  (独軍のポーランド侵攻が発端)   
   
1941 4/25日 日ソ間で"日ソ中立条約"を批准。
   
1941 12/8日 太平洋戦争が突発。      
  シンガポール制圧を目指していた日本陸軍
  はマレー島のコタバルへ上陸し、大本営は
  米・英・蘭・豪へ宣戦布告。      
   
1945 2/4.米ソ間のヤルタ会談で、南樺太と 
  北方四島はロシア領とする密約の説あり。
   
1945 7/26.連合国がポツダム宣言を日本へ提示
   
1945 8/6.広島へ原爆投下。8/9長崎へ原爆投下
   
1945 8/14.連合国各国へ、ポツダム宣言の受諾
  を日本政府が通告。公式終戦日は'52-4/28.
   
  米占領軍の下命で日本は台湾領有放棄。 
   
1945 8/28.終戦後にソ連は北諸島を武力強奪、
  ソ兵士が日本住民殺害・婦女暴行の暴挙。
  
1945 9/2.休戦協定(降伏文書)に日本が調印。
  
1946 尖閣諸島ほか南西諸島が明確に指定され
  施政権が日本から連合国に移行。    
  
1946 中華民国政府軍と共産党軍の争い勃発、
  政府軍が次第に劣勢化し南へ退却。   
  
1951 9/8.サンフランシスコ平和条約に日調印
  
1952 1/18.竹島を韓国(大韓民国)が武力占領。
  
1952 4/28.正式終戦日。サンフランシスコ平和
  条約発効により連合国の日本占領は終了し
  日本の主権が回復。諸島の日本領有復帰。

  
1953 中国[人民日報]1/8号 に琉球群島として
  日本名の "尖閣諸島" が明記されている。
  
1955 中央政府と政府軍の一部が台湾へ逃避。
  中国旧来の政府は台湾で民主国を樹立。 
  
1968 尖閣-周辺に豊富な石油資源の可能性。 
  翌年から中国・台湾が領土奪取行動 開始。

  
1969 5月、台湾当局は、尖閣-付近海域の石油
  採掘権を米国ガルフ社と契約。 魚釣島に
  [青天白日旗]を掲揚。 尖閣-領有を宣言。
  
1972 5/15日米[沖縄返還協定]により尖閣諸島
  ほか明記されて施政権日本返還が明確化。
  
  
1988 12月 日本の団体が魚釣島に灯台設置。
  
  
2010 9/7 沖縄県 石垣市尖閣諸島の近辺で違法
  操業の中国漁船と海保巡視船が接触事故。
   
   台湾へ航海者が上陸:-
   おもにマレーポリネシア人が定着化。
(年)
-1660 台湾へスペイン人移住。
1661 台湾へオランダ人移住。

 領土として取るに足りない小島や岩礁の尖閣諸島は、
 台湾の割譲の際にも領土移転としては対象にならず、
 記録類には記載されなかったと推察される。

   
1885-1895.尖閣-各島を10年間かけ外国領有状況・
  住民の存在・形跡など諸島の領土状態を慎重調査。

1894 朝鮮半島を巡り清国と日本が対立、戦闘に突入。
  
1895 尖閣-各島を10年間調査の結果、日本領に登録。


1895 清国は日本の再襲来を恐れ台湾の割譲を決意。
  下関条約(=日清講話条約)の台湾・澎湖諸島の清国の
  割譲には尖閣諸島の記載は無い。 台湾の付属小島
  は台湾北東56kmの彭佳嶼までとし、中国と合意。
  ( 尖閣諸島は台湾の東北東約140km の海域 )

          (彭佳嶼=ほうか しょ)  
1896 かねて申請中のK氏へ4島を30年間無償貸与。
  当時の政府所有は[大正島](0.06km2)の1島。

 八重山列島(西表島,石垣島-等) や宮古列島(宮古島、
 伊良部島-等) よりも本土寄りに位置する尖閣諸島は
 当然元来の日本領と考えるのが自然。
   
1932 尖閣4島は完全に個人所有地。登記も完了。 

1939 独軍がポーランドへ進撃後、9/3に英・仏と独戦
  9/17にソ連のポ.へ侵攻、11/30にソ.が更に北欧進出
  翌1940-4月に独が北欧諸国へ進出など戦火が拡大。

1941 12/8日本海軍の真珠湾奇襲よりもマレー上陸の方
  が70分早かったとの説がある。正式には陸軍の上陸
  行動で大本営が宣戦布告。マレー開戦は日本海軍の
  12/10英艦隊攻撃で、このとき不沈の戦艦と言われた
  プリンスオブウェールズが悲壮な沈没をした。

1945 2/4〜11.スターリン主相と会談したルーズベルト
 大統領は、日本が1904年日露戦で北方四島占領と誤解

1945 7/26.英・米・ソ3国協議のポツダム宣言で日本の
  無条件降伏要求。宣言書はソ連が辞退,中国が加盟。

1945 8/8.にソ連がポツダム宣言に署名 
  同8/8.ソ連が日本へ宣戦布告。8/9.から開戦状態。
  これは翌46年迄有効の"日ソ中立条約"違反の行為。
  
  
1945 8/14 日本がポツダム宣言受諾により終戦が決定。
  放棄した台湾領は連合国側へ返還。
  (尖閣諸島は放棄の適用外で日本領有のまま)


1945 9/2.米軍ミズリー艦上で調印式。 

1946 4/24までソ連は "日ソ中立条約"による両国領土
 保全と相互不可侵が有効中に、ソ連はポツ宣言加盟。

1946 ソ連が中国共産党軍(中国人民解放軍)を支援、
 共産党軍が次第に優勢化し政府軍を海辺へ追撃。
        
1951 9/8.サンフランシスコの講和会議で日本調印。
                    
1952 1/18.韓国が一方的に領有宣言・占領・領海設定。
   
1952 南西諸島<琉球諸島(=尖閣諸島・先島諸島・沖縄
  諸島)、奄美諸島・薩南諸島>は晴れて日本領に。

                 
1953 中国 [人民日報]1/8(ブログ中) の記事概要:
 「米国占領反対の琉球人民闘争 / 琉球群島は我が国
  台湾の - - 散在し、尖閣諸島、先進諸島、- - 」

1955 中国政府と政府軍の一部は香港へ定着か。

1968 日・韓・台の海洋専門家が国連-ECAFE(アジア極東
  経済委員会)の協力を得て東シナ海一帯を調査、尖閣
  はイラクに次ぐ1,095億バレル埋蔵の可能性が判明。

                  
1969 石油採掘権を与えたのは台湾当局との説が有力。
  台湾領旗を独断で魚釣島に掲揚。 宣言は「台湾が
  尖閣諸島領有」を世界中の通信社へ配信した模様。
                    

1973年頃 尖閣-所有が神奈川の実業家へ譲渡の説あり。
                  
1978 4月 中国の武装漁船約140隻が尖閣-海域に侵入、
  一週間に及ぶ威嚇行動。
   
2005 2月 日本(海保)が灯台を引継ぎ、海図にも掲載。
   
  


尖閣-が日本領有という点では問題など何もないとしても、現に中国が尖閣諸島は中国のものだと言い張って日本領土を奪おうとしている気配があり、中国内では自国領と信じきった暴徒の問題も発生しています。それでも何も問題がないとは言い切れないのではないでしょうか。
   
問題点の一つは、中国が国民へ正しい情報を隠し言論統制を常用していて、領有地の自国民認識欠如を中国の政策に都合がいい方向へ利用している状況です。
もう一つは、日本が自国の領有地の正しい情報を世界へ発信する配慮と努力を怠ってきた不作為によって一部領土が消滅する可能性の問題が生じていることであり、これが重い問題点です。

今後は倍増した努力が必要な重要な問題に発展したと考えています。それでも問題などは何も無いのだとは思えません。
   
もう一つ、大きな問題点があります。尖閣-の地主が知らない間に台湾が尖閣-地下資源の採掘権を米国ガルフ社へ渡してしまったことです。まずそれが事実かどうかを確かめ、もし契約が本当に行われていたなら、台湾の採掘権の "無効" を主張する必要があると考えます。土地は個人の所有であっても、外国に対する国土問題の手続きは国が行うべきと判断されます。

採掘権の契約書には、申請者やその国籍・採掘場所などが書かれている筈であり、その場所の領有を表す登記書ではないにしても、その時点で領有していた国籍などを証明し得る唯一の、現在活きている証拠として有効と考えます。
中国が台湾と組み、自国の領有を前提とした物言いをしているのは、この契約の書類があるからとも考えられます。

日本領有の証明をする場合、自国の記録ではなく他の国の文書あたりから、尖閣-が日本領だった証拠を探し出す必要があるのではないでしょうか。なぜなら、自国の記録書では国内で自由に偽造し得ることから、当時の書であることを諸墨の放射性同位元素や紙質・押印の朱肉などが当時の水準の物であることなどの鑑定を経なければ、第三者に対しては対抗しえないのではないかと思えるからです。

記録書によって日本領土を証明する場合、自国の古文書ではねつ造があり得ることから証拠としては弱く、外交の痕跡などを辿る"記録"によって、証明できる事項を探すほかないと思います。
しかしもし当時の外国にそれらしき記録があっても、日本領有を間接的に表す程度の記述しか無い筈で、ガルフ社の活きた契約書に比べ弱い上、現代の領有を証明する性格もありません。
   
現在の時点で尖閣-を実質支配している証拠にしても、中国の頻繁と思える見回り監視に比べて日本の巡視は実績が弱いように見えてしまいます。
このような状況でも、領有については"何も問題はない"とは言い切れません。

更に付加えて言うなら、中国とロシアが結託し、漁船衝突問題や国後・更に歯舞・色丹など北方領土視察で日本の騒ぎを起こして政治が少しでも遅れるように仕向けて尖閣-資源採掘権の取消し手続きを停滞させ、尖閣-日本領有の確定を阻止して産油国となった暁の日本の国力が強大化しないようにと動いている、などど見るのは深読みのし過ぎでしょうか。
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中国ほか近隣諸国の領土問題とその対策
 
  
フィリピンやマレーシア方面への制海権・制空権の掌握

中国の目的は、東シナ海などの領土獲得・領海確保と漁獲維持のため、威圧するための軍艦などの通り道にある尖閣諸島を中国領にし、航行の自由を確保したい願望が推察されています。

しかし、他国領をむりやり奪取する方法のほか、友好的に通行権だけを取得する方法もあるのではないでしょうか。
漁船衝突事故は、中国領海へ日本の巡視船が侵入し勝手な振舞いをしたと云うのが中国の言い分になっています。中国のネット界もその前提だけで意見百出している模様です。
   
古来、領地はその地を実行支配した者の領土となるのが慣例になっているようです。古代に国際登記所などと言ったものは存在しないので、理屈は抜きにしてとにかく生存できる場所を実力で獲得し縄張りとして集団生活し、それが民族・同類者集団の居住範囲となり、やがて境界や国境の概念が生じてきたと考えられます。
   
現代でも南極観測所のような未開地の場所取りは、最初に旗を立てた者が権利を確得するとか、他人の土地に自分の標識を建て20年間もの言いがなかったら標識者の所有地になると言われている慣行や掟(:おきて)は、その名残りでしょうか。
  
世には[法]・[不文律]・[おきて]・[礼節]・[しきたり]・[約束]・[おぼえ]などがあり、お互い同士が守り合って社会が動いています。「法律だけ守ればあとは何をしても悪ではない」と言うわけにはいかないのが集団生活上の安らぎが保てる妙味でもあり、また一方ルール無視されると怖いことでもあると思います。
   
領地は、戦争で獲得し領土となった場合か、台湾のように清の国から割譲された土地か、実行支配し続けているかで[領土]なのか[領有地]なのかが決まってくるようです。 領有地というのは、地主ではないが使用権があるということらしいのですが、詳細は不明です。

今の尖閣諸島は、清国から台湾を割譲されたときには台湾周辺の日本領土であっても、[実効支配]つまり人が住まず島を手入れもせず実質的に手入れせずに放置しておくと領有権が消滅するらしく、そのような状況の土地は国際司法裁判所でも領土とは認められない判例が出ているようです。
      
一方、昨年(2010年)11月1日にロシア大統領が我が国北方諸島を視察するとの報がありました。 尖閣から北方諸島へ脱線しますが、北方四島や竹島の領土問題も少し述べておきたいと思います。

北方四島は、もともとロシア先住民族が多数住み着いていた痕跡はなく、近代になってから日本人が定住し始め日本国領地となったことは、旧年の地図からも史実からも明らかな事実となっています。そこの地は戦前から日本の領土に他ならない場所でした。

1941年の米ソ間のヤルタ会談で、南樺太と北方四島は当時のソ連が貰い受けるとの密約があったらしいのですが、今のロシアはそのことを根拠にし始めたのでしょうか。
古来からロシア人が定住していた土地ではありませんが、最近のTV報道を見るとロシア国民が「本来ロシア領地」と見て来たようなうそを述べているのは恐れ入ってしまいます。

日本敗戦後の混乱期もあって当時のソ連軍が力ずくで進出し、武装放棄した状況のもとで日本人居住地を不法占拠しソ連領にしたのが実情です。
国際的な定めによって敗戦処理済みとなっている国土が、更に別国の占領行為によってロシア領地となった二重占領状態とも言えます。
   
竹島の韓国占領も尖閣-の中国妨害も同様なのですが、その背景には自国領土を主張する国民の歴史認識が間違っていて、そこは日本領土ではないと叫ぶ民衆意識となるように煽動している政策があるようです。 民衆意識は集団暴動も起こす意外なパワーになりますので、まずは日本が正しい領有経過を相手国の個々の人々に認識して貰うことが効果的ではないかと考えます。

その手段は専門家に任せるべきですが、例えば公式の歴史経過を私達だれもが読めるようには知らされていませんが外務省などは持っているようなので、それを国際的に格付けするよう主要な海外の歴史学者などに認めて貰い、その内容を簡潔に理解しやすい図入りの短文の形にでもしてWebや手書きの郵便で個人宛送付するといった方法が、相手国民に届きやすいのではないでしょうか。

日本が北方四島で建設した道路や建物、鉄道や道路などの痕跡を憶えている現在のロシア人が生きているうちに伝えることができれば、「そう言えば確かに日本人の居住地だった」と認めて家族や社会の人々に伝えられることにもなるでしょう。
竹島や尖閣の場合も同様に、正しい歴史経過を韓国向け・中国向けの簡潔解説書の形に纏めて衆知に努めることが効果的ではないかと考えます。
   
ソ連が占領した当時の状況には二つの説があります。
一つは、大戦が終了した後なのにソ連軍が攻撃してきたので、日本の兵隊が島民を守るため連合国の武器放棄命令を一時的に棚上げして抗戦したという説です。しかし武力がソ連軍に及ばないため島民を守りきれず、結果として多くの日本兵士がソ連軍に処刑されたようです。

もう一説は、武装解除した日本軍の武器類をソ連軍が没収した後に、ソ連軍が日本人島民を住居から追い出し兵士が婦女暴行や殺りくを行ったとの説です。
各島の地区・場所によって状況はさまざまだったと推察されます。
     
「ソ連軍にされたのと同じことをして取戻せばいい。それは領土問題ではなく原状回復問題だ」と考えている人もいます。気持は分かりますが無謀です。ステルス機も持たず装備が劣る日本は守備も状況偵察すらも満足にできず、もし何か行動を起した場合には途中で撤退したり中止したりすれば、結果として北方四島は完全にロシア領として定着してしまう恐れもあります。

実力による行動は無益に終るだけと思えるので、考えない方が賢明でしょう。 それよりも、前記の歴史認識を普及する地道な認識活動に努める方が、大きな効果が出てくる筋道と思います。
    
四島住民の大多数はソ連へ連行されることなく日本の内地へ送還されたのは、ソ連政府のせめてもの温情だったと解釈したいと思います。
もう少し詳しい状況は櫻井よしこブログ [ 忘れるな、ロシア人の蛮行 ]に記述されています。
   
大戦の終了で平和時代に入った北方四島へ武力で占領したロシアは、停戦当時の戦勝国による領土の分配に不満があったのなら、分配の時点で先勝諸国と領有を協議しておかなければ、後年になって領地要求しても無効です。戦争中でもない平和時点での占領行為は、領土の[強奪の犯行]を行ってそのまま居座り続けていることになります。

北方領土は、両国間の協議が未だに結着していない懸案事項となったままです。 北方諸島を視察したメドベージェフ大統領はそのことを考慮せずむしろ無視するかのような行動は慎まなければなりません。

この機会に、戦後の処理後、平和な時代まで不法な領土侵略が続いた状態による経済的な機会損失などに対する損害賠償と共に、現地住民の苦悩や精神的な苦痛に対する代償を含め、樺太の北部を日本へ割譲して貰い樺太全島を日本領土とするように願いたい気持ちです。 樺太以南の諸島も早急に我が国へ返還して貰うことは当然と考える意見もあります。

ロシア首脳者が北方四島を訪れる行動をとることは、その代償が高くつくことをロシアは悟るべきです。 たとえそれがロシアから受取る物・費の代償が得られなくても得られても、日本人の心の中にロシアを敵対視することに変じた潜在意識の形となって永く続くことになるでしょう。
     
尖閣近海の問題点

尖閣の領有については、どちらにしても、[実効支配]の面で尖閣は中国に奪い取られそうな状況です。中国は近年に周辺で漁をする中国漁民を見回ったり諸島を巡回して回ったり、尖閣諸島の周辺を実質支配してきました。中国が領土の主張をするため、なるべく有利な立場をとろうとしているようです。

日本の救いは、見かねた個人が島に灯台を設け、そのあと海上保安庁が受け継いで灯台建て直しを施したのが実質支配の実績になっていますが、かつて鰹節工場を設置した後は廃墟になり、いつも住民が定住しているわけでもなくほぼ放置してきたに等しい状態でした。
いまや、日本が産油国になれるかどうかの瀬戸際に、[灯台]一基が運命の大きな分岐点になっているとも言える状況にあります。
   
日本の領土だと言い張っていても、他国の船などが長い年月巡回して見かけ上は島を警備している実績が出来たり土地に上陸して居住し続けていれば、その国の所有地になってしまう不文律が働いてしまうようです。
とは云うものの、取り敢えずは日本領土であることの証明・証拠を諸国に認めて貰う行為も大切なことで、今すぐ努力する必要を感じます。

尖閣諸島が日本領土になっている説明資料・関係資料は、頁末に示したように多数存在します。日本領土であることを認めている中国赤旗などの旧年資料もネットで見つけるこたができるようです。
逆に、尖閣島が中国領だと裏付けする有効な資料は示されず聞いたこともありません。当時の中国と交流があった諸国の古書か大英博物館あたりに中国が領有した形跡が伺える文書でも存在しない限り、当事国内での記録文書ねつ造を考えると、その国の古文書類だけでは価値ある証拠にはなり得ません。

中国 国内の異変による周辺国の影響

中国の国内法で中国領だと決めても、他の国々はそれを認めるべき根拠がないため、国際的には無効です。 仮に日本が中国に習って、今「中国本土全域は満州国設立以来日本領とする。」と決めたと仮定すると、中国が行った法制定と同様の行為なので、中国に対しては効力があるということになるのでしょうか。

一方、尖閣諸島が日本領と表わされた米国文書が残されているなら、第三者の誰にでも通用する公式な証明になり得ます。
   
それなら、国がやらないので日本中のブロガーたちが尖閣諸島・近海が日本の領域という証拠の当頁末に示した類いの資料を中国だけでなく関わりがある外国諸国のブロガー達へ多種多様送信したらどうなのでしょうか。
中国ネット界のブログや掲示板類へ返事(コメントやレス)する形で証拠呈示する方法がとれれば良策と思います。

中国は目下ネット統制をしていますので一般市民が事実を知ることがとても困難なようです。当ブログもアクセス不能の中に入っている筈で、恐らくフィルターリング類の弁別によって、設定したキーワードを含む通信が中国内では遮断されていると思います。一方では交信の元局で規制した通信の内容を調べ、良・否内容ともめぼしいものは自国語に翻訳して政府筋へレポートしていることも想像されます。なにしろ3万人の監視員が絶えず稼働していると聞いています。内容判別の作業は人界戦術で端から報告書を提出している筈です。

海外の方面から中国へ情報を送らない限り、中国の一般者が正しい事象を知る機会はないので、アクセスする機会があったら、日本のブロガーたちからも情報を送って事実を知らせてあげると、日中相互のブロガーにとって有益な情報源になるのではないでしょうか。ただし、でたらめのアドレスなどでメルを送れば誰かには届くとしても、受取った方へは無礼な行為でネチケットに反する作法でもあり、慎むべきです。

筆者は幼少のころ満州ハルピン(中央寺院の近く)で過した体験から、どうも中国びいきな見方になりがちです。ただし、中国の大地の上に住み暮らした恩義は忘れませんが、今の中国政府の仕業には感心できません。

今の政府は元は共産党の革命軍であり、正統派は政府軍と共に台湾へ追われ、中国本土統治は昔の中国政府とは違う筋だと言ったら、事実なのに叱られてしまうでしょうか。
それでも、中国は日本のかつてのよろず先生であり、一国として諸国と同様に国家人格を尊重しなければならない点では間違いありません。
とにかく中国本土で御世話にはなったが、今は中国に知人も友人もいないのは心寒い気もします。
   
中国の相手アドレスや何かのURLを知っているような場合、日本から中国一般者を想定して送信するにしても最低限は日本語の説明文でも致し方ないと思いますが、送る証拠資料はURL文字ではなく画像が見える状態でないと、何の宣伝かなどと思われてしまい効果が薄いでしょう。連絡の意図は "教えてあげるから中国の証拠資料も教しえてくれ"、といった友好的な表現でないと逆効果で反感が生じ、国益を大いに傷つけてしまうから慎重に。

なお、現在掲示されているブログ類や掲示板などが国外(現地駐在者など)でどの程度閲覧されているかは、現地の中継サーバーが配信している場合はそこのサーバーにログ記録されても、日本の発信元のサーバーでは、直接アクセスを受けない限り計数されない仕組みになっているとみえ、通常は掲示者が自動的に海外からの訪問・閲覧数を知ることはできないようです。
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日本から見た中国と国際社会


以下は理想論を含めて述べますが、現実にもこの方向を目指して努力する方向が正しいあり方と考えます。

中国との交流が始まったころ、日本から見た中国は善良で友好的でな先進国で日本は未開の野蛮国だったようです。
日本は近隣の先進的中国から寺院の構造技術・建築手法や仏教・儒教類の道徳思想、円滑な伝導を受けるために必要でもあった漢字文字の導入や紙の製法など、当時のあらゆる文化を伝授して貰い現在の日本に育った恩義があります。 大多数の人々は今や多忙な日常で、ともすればその経緯を忘れがちになっています。

仏教伝来などの後も、中国から受け継いだ多面的な文化を基盤とすることができたからこそ、更に他の諸国から様々な文化・技術・芸術などを効率よく吸収でき現在の日本が先進国らしい国家になったとも言えます。当時の中国は、見返りはあったにせよ自国の技術流失を惜しまず様々な文化をなんと豊潤に伝授してくれたことでしょうか。

今は日本が中国よりも先進国になれた反面、中国は国際社会の中で暴力団の国家に成下がってしまいました。"暴力団"と呼ぶのは決して誇張や悪口ではなく真実の姿と考えています。 その理由は以下に述べますが、暴力国家へ国際社会の中で行っても許されること・してはならないこと等をいさめることが可能なのは、良き隣人の友好国である日本のほかには無いのではないでしょうか。今こそ、かつての恩義に報いることができそうに思います。それは、10年先・100年後の将来の国際社会の中で、中国にとっても日本にとっても得策になることだと考えています。
   
次に、幾つかの分野で中国が国際的にも節度の外れた身勝手な政策を夫々の分野ごとに続け、諸国の申し出にも拘わらず幾つもの迷惑を各国へかけ続けて国際間の協力態勢を乱しつつあることから、いずれは世界各国から一致した制裁を受けかねない観測を述べます。

隣国の日本から見て中国が制裁・不都合な諸国相互間干渉を受けることは、将来の中国状況を考える以前に隣国の日本にとって忍びないことでもあり、何らかの事前対策・助力を考えることが諸国にとっても有益な方向になる道筋があると読めます。 

まず経済面で各国相互間協力の問題があります

(1)為替レートの諸国思惑・国別実行見通しの問題。各国 "協調" といった内政干渉に類する規制とは別に、その外側に位置する大枠として、諸国 "協力" 体制の連携・わきまえ・けじめがどう決まるかが課題。 G7で、規律化の文言は保留。

(2)地球の環境保護の問題。諸国が協力しなければ生物死滅の脅威。大小国とも共通認識と現実面の各国事情がどのように折り合っていくかの課題。量的・質的・長期的に最大級規模の中国が諸国全部の運命を左右しているとも。

(3)若干国の石油系資源を中国が強奪見込みの問題。フィリピン近海やマレーシア(大洋州に及ぶ)で中国領有化の国際犯罪的な行動の脅威は既に始まっており、少なくともアジア地域の自己防衛が課題。

(4)今の状況が続行すれば、何十年間以内に各国連合で中国軍事力の壊滅行動勃発の危惧も、地球全生命存続のためには空虚ではない。但し、軍事装備・施設を壊滅させても軍備思想・武力方針は残る。それよりも中国の志向転換・国際的同伴意識を期待する方が諸国の損失が少ない。日本は中国に何を望むのか、戦略と日中相互の歩み方向が課題。 今や中国はお家騒動などしているどころではない筈だが。        

(5)印度も広大な市場ですが、いま物を持って行っても購買量がありません。向う何十年後かを見据えて印度を助成・育成し、将来はアジア地域でテロや暴走国家などへの抑止力の役割を担ってもらう方向も望まれているのではないか等の課題。
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軍備を強化し力ずくで自国の都合がいい政策を諸国へ施すよりも、方針転換して諸国へ貢献し相互の進展を図る方が、互いが遥かに有益になることに気付いて欲しいと思います。
   
余談になりますが、中国の航空母艦に関して述べておきます。

中規模と思える空母の建造が仕上がった頃と思います。
もし完成していたら、陰ながら完成のお祝いを申し上げたいと思います。

諸国の中には中国の空母所有に思わしくない感じを抱いている場合があるとしても、それは国夫々に事情は違っていても似たような戦略や装備を持っていることと同様であり、どの国とて自国に独自の方針があるわけです。
問題なのは、物質ではなくそれを中国がどう運用するかに危惧と不安があることで、その点では日本も同様で、脅威を感じます。
 
素人の夢想に過ぎませんが、ここで考えておきたいのは、空母と言えども不沈・無傷のままではあり得ないことも予測しておく必要があると思います。

中国は、"例えば"のことですが、以下に述べるような事態も想定しておき、それを威圧行為の方針転換など何らかの面で或いは何らかの手法で回避する努力をして欲しいものだと願っています。日本としても不祥事故騒動などが発生する事態は歓迎できないからです。
 
日本政府の外交姿勢が低きに過ぎることで、中国に対しても腰が抜けているかのような対応では困るので、空母に対する架空の攻撃例を示して、場合に応じて日本も強硬な意見提示をする場合があることを示し、同時に今後の対応策として先進技術・新技術や従来手法の改革手法・新技術への対応手法などで友好交流をすれば得策ですよと云う、豪軟の駆け引きを示したつもりです。つまり、現実面で日本の外交が軟弱に過ぎるので、ネット上の架空の例話を掲げ、外交の手段の一つとして "外交はこのように硬軟を使うんだよ"と仕向けたらどうか、例示のための茶番劇を仕立てました。

もう一つは、日本の攻撃ではなく他の国からの襲撃が起こりえる例を示し、空母があればそれで万全ではなく用心も必要なことを、友好国として伝えておくための例話に過ぎません。

このような軍用技術以外の面の進歩・発達については、常に賛同国同士で交流し互に技法を高め合っていくことが抑止力を得る面でも有益と考えます。
軍事技法に限らず、産業技術・経済戦略・情報処理手法などについても、賛同国相互の新技法を取入れたり学び合う行為が、互いに発展を図るためには有効ではないでしょうか。 今後の協調を期待したいと思います。
   
ところが、最近の中国は東南アジア・シナ海ほか周辺海域を侵略する暴挙が多発し、他国への強行態度が顕著になり、国際協調に反する行為が目に余る状態で、自制する気配がありません。
東シナ海では「尖閣諸島は台湾付属島だから中国領だ」との独自の主張を唱え公用船を動員して尖閣諸島近辺へ来襲し、尖閣近海があたかも自国領であるかのように振舞ったり中国領土であることを世界中へ発信しています。友好の隣国があったとしても従来の対応を改める必要に迫られます。

今となっては、日本が魚釣島ほか3島に日本の鰹節工場や羽毛採取場・宿舎設営、灯台建立を営んだことや、
1895年に「台湾の付属小島は台湾北東56kmの彭佳嶼(ホウカショ)まで」とする中国との合意、1943年カイロ宣言・1951年サンフランシスコ条約には尖閣諸島が南西諸島の所属とされ、台湾付属島として扱われた形跡・証拠は存在しない経緯、割譲は受けたが尖閣を中国から奪った歴史・事実も存在しないこと、などを、具体的な領有経緯として諸国へ説明しなければ、「本当は中国領だったのか」と思われている先入観を覆がえすのは困難でしょう。
   
近年に中国が唱える尖閣「棚上げ」論に同調するような公式見解を示してはなりません。

日本領だということは確たる事実として成立していますが、中国領との根拠は中国から提示されておらず真実ではないことをよく認識しておく必要があります。 もし領有の「棚上げ」論を認めれば、中国領であることを半ば認める対等の立場をとるに等しく、取り消しも元に戻すこともできません。
いま中国の「領有 棚上げ」を支持するような意見類を日本から公表することがあると、日本の領有の事実を放棄して中国と同じ立場を容認することにもなるので、そのことをよく自覚しておく必要があります。


仮に我が国の領土であることが不確かであるなら、中国との領土主張は互角なので、同じ土俵上で検討したり「棚上げ」という状況はあり得ます。現実はそうでなく、日本領は確実な事実であり、中国は奪い取る行為が歴然の犯行者の立場ですから、同じ土俵上で話し合う資格が中国にはありません。
オレオレ詐欺に例えるなら、だまし盗る犯人と被害者が取得分配の話し合いや「棚上げ」相談をする立場ではないでしょう。 今はそういった国営海賊・詐欺強奪類への犯罪対処の状況にあるわけです。 南・東シナ海域全般の状況は、[中国の暴挙と南・東シナ海域の保安] に概要が掲示されています。

日本で必要なレアメタル類が国内採取や諸国輸入で確保できる状態になったら、中国の輸出制限の復讐行為の恐れが解消します。 そこで、尖閣近海がまるで中国領域であるかのように振舞う中国に対し、我が国が断固たる処置をとることは当然の行動として実行に移すべきでしょう。
 韓国は竹島に近づく公船に対し威嚇どころか実射撃で占領したと聞きます。

不正行為に対し、警告だけという従来の対応ではなく、予告した上で緩やかな射撃実行や不発弾魚雷 (例えば遠操方向舵付き海面航行型) 発射などにより退去を促す行動、法令類を整備しておき領海内で正当な操業を妨げる違法船舶・運航機類や不当上陸者は拿捕・捕獲し不正行為の原因を究明するなど、当事者が当然の処置として励行する義務を実行すべきと考えています。

中国船から見て、魚雷が自艦めがけて方向転換しながら突進してくるのを目撃したら、次におこる状況を想像してかなりの脅威を感じるはずです。
念のため、魚雷発射というのは通常態勢であるべきだと唱えているのではありません。そういう方法も可能な状態を考えておくことが抑止力になるという意図です。
もし実行する場合は、相手方から簡単に破壊されないよう、発射魚雷は超硬合金で外皮を構成し軽機銃の弾丸程度なら跳ね返すような造りにする方法もあり、方向舵の遠方操作で魚雷を回収できるようにしておく必要もあり、周辺装備・遠方操作や要員の問題もあり、単純にはいきません。

そういう領土防御手段の技法ではなく、強い抑止装備で相手方が考え直す、日本がなぜそこまでするか疑問を感じさせる、"中国領" が真実なのか中国民衆・兵卒が自分で調べてみる、という行動をおこす機会になればと期待する願望の記述です。 可能性は薄くてもそこまで考えた論評であり、軍国主義によって戦闘を主張していることとは違います。特に海外諸国に理解願いたいことです。


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3. 漁船操業と衝突事故


漁船衝突行為の原因


当事者の主張 

(1)中国の主張「中国漁船へ巡視船がぶつかってきた」
(2)日本の説明「漁業域外で不法操業の中国漁船が停船要請に応じず逃走。
 海保の巡視船が追跡中に漁船の方が巡視船めがけて衝突した」

問題の背景

o 中国は尖閣諸島の近辺が中国領とする認識が国民へ徹底。中国領に反する情報を政府が遮断。
o 漁船操業も中国内の各地争乱はどれも「日本が中国領海内で勝手に振舞う」との解釈が騒動全ての根源と思える。
o 中国の一般庶民は真実を知らされないことも、中国内で起きている反日感情・暴挙類の全ての原因と推察される。

衝突事故の状況 
(資料要素-出典:ウィキペディア+産経新聞:2010.Y.2日)
 日時:2010年9月7日 午前11時15分ころ
 場所:尖閣諸島の"久場島"( 資料-諸島地図 参照)北西約12km近辺
 対象:中国籍トロール船「閩晋漁5179」(:びん-しん-りょう 5179)
 被害:(1)10:16'(海上保安庁 巡視船)「よなくに」左舷船尾側-船腹衝突破損
    (2)10:56'( 同船 )「みずき」右舷船尾寄り-船腹衝突破損
 罪状:漁獲-違法操業の疑い・公務執行妨害(停船指導への反抗)
 処置:処分保留 
 <備考>尖閣諸島=魚釣島・北小島・南小島・久場島(黄尾嶼)・大正島(赤尾嶼)、3つの岩礁 (沖の北岩・沖の南岩・飛瀬)。

漁船衝突行為の原因

日本側説明の原因推察:
漁船が停船しないので、多数の巡視船で漁船を取り囲んで停船させた。その間の追跡並走中に、漁船が何度も巡視船の船腹へぶつかってきた。

中国側説明の原因推察:
一艘の漁船を何隻もの巡視船で取り囲み、漁船の進路へ巡視船が侵入する形で日本の巡視船の方からぶつかってきた。

漁船衝突行動の動機・背景

漁船の方からぶつかってきたのが事実と仮定するなら、乗組員は軍人との推測もありますが、衝突による漁船破損を補償して雇った中国内反対派の過激団体などの有志か元兵士とも推測されます。通常の漁民による行動とは思えない衝突行為の理由には、次のような推測も成り立ちます。
o 漁船なら逃げるのが普通で、衝突行為は意図をもった行動に見える。
o 興奮して怒りのあまり船をぶつけるほどの重大な原因は見当らない。
o 漁民なら衝突で自船が傷み漁ができず修復費も要る行為は避ける筈。
o 漁船が衝突で傷んだとしても誰からか保障の約束があったと思える。
o 過激団体などの意図により予め計画された衝突行為の可能性もある。

記録映像非公表の推察

恐らく日本に有利ではない映像のため、公表しないのではないかと推察されます。
政府は司法の判断前なので公表しないと言っているが、法では早期公表も認めています。初期段階で公表すると、先入観が固定されてしまう状況を防止する意図ではないかとも思えますが、命じた人の真意は不明です。

司法判断や先入観は、発生した真実やその記録とは別の人為的な行為であり、審判の前でも後でも真実は変らない。今の場合は中国側の公表要請もあり、初期段階で公開した方が良策だったと判断せざるを得ません。状況判断が必要なときに公表されなければ、何のための撮影記録なのか意味がないことにもなります。

日本側の説明を信じたくても、記録映像が正式非公表で真相不明のため、中国側の説明が正しい可能性もあり得ます。努めて中立的・冷静に考えるべきでしょう。

状況証拠の価値がある撮影記録を非公表のまま長日間経過してしまいますと、"証拠"としての価値が消失してしまうことになります。CG(コンピューターグラフィックス)映画のように、映像を自分が都合のいいように電子的画像に改変したと疑われても仕方が無い状況になるのがその理由です。
  
そのような映像加工ができるのかと不可解に思われる方も多いようですが、不可能ではないと申し上げておきます。
余談になりますが、各位の参考のためにも当ブログが知り得た程度の基本原理を述べておきます。

単純な映像加工の場合、例えば被写体の側面・少し位置が変った面との2面を実写しておくと、その中間位置の被写体画像は、コンピューター内で自動合成が可能です。実写した2画面の範囲内であれば、被写体の位置が少しずつずれたどんな位置に変化したときの映像も合成画像で演出でき、自然な動画に見えるようにできます。二つの被写体が衝突したように見せることも、接触しないような動画にすることも可能です。

この動画技術は軍用機飛行状態の予想技法から出発したと聞きますが、現在は基本技法がほぼ完成しているようです。
航空機などで、機体の上・下・左・右面とその中間位置を何画面か実写しておけば、実際には行っていない宙返りや錐もみ急降下などの飛行を合成映像で自由に演出できることになります。
 
問題なのは光が当っている方向と影、透明感と周囲物の反射像・つや、などが物体の傾きによって変化する状況で、これの画像の創出計算が最も時間がかかるようです。 技術手法は確立されていますので、加工の時間さえかければかなり精巧なニセ動画が演出できると聞きます。

今の場合、二隻の船が衝突したかどうかの問題になります。海面でほぼ水平な平面上の範囲で定点撮影することになり、高さ方向の実写画面があまり期待できないので合成動画はやや難しくなるでしょう。しかし、波のうねりによる高さ変化の実写は可能であり、その範囲ならどんな動きも合成画像が作り出せます。加えて、定点撮影で船のローリング・ピッチングによる実写もしているなら、その範囲内の合成連続動画は容易に作成可能です。

中国の報道官が言っている「ビデオ映像では真相は変えられない」の意味は、中国漁船が日本の巡視船へぶつけた映像が映っているとしても、中国漁船へ日本巡視船の方からぶつかってきた真相そのものは変えることができない、という意味だと推察されます。

つまり、CG映画のように、ねつ造した映像を見せられても信じるわけにはいかないという意味と思われ、ねつ造する時間はたっぷりあったので、その間に変造が行われたに違いない、という論法になるわけです。映像公表までに時間が経つと、そのように見られても外部へは反論できなくなります。

しかしこの報道官の見解は公式つまり表向きの表明であることを、念のため申し添えておきます。中国首脳部の中にも軍政側と民栄派・官邸側のような対立があると思われ、個々にも強硬派・穏健派の凌ぎ合いがあると想像されますので、公式表明の裏には表明とは別面の集約済見解が存在し得ることも忘れてはなりません。

なお、中国報道官は事件後初期の段階で日本側の録画映像の提示を要請していて、部分的な映像では駄目で全容すべての提供を要望していました。日本側が妙な憶測をして誤った対応をしたり、正式のスポークスマンとしての報道官の要請を無視して提示しないのは中国に対して失礼でしょう。

提示しても事件記録の映像そのままが中国内で公表されることはない筈であり、日本の国内法が及ばない国外当事国へ提示することにも特段の問題点はないと思えるので、時期遅れにはなったが今からでも要請に応じてすなおに録画映像の提供をすべきと考えます。

今となっては、国外などの部外者から録画が合成画像だと言われても反論できる機会は失われたと云え、証拠価値は消滅したと思います。何でも隠しておけば無難だという思考は現代では通用しません。

多くの識者が言うように、記録映像は早い時点で公表するのが正しかったと思います。その理由は様々ですが、早期公開を是とする点では一致していました。
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漁船衝突事故の処置の不審

   
(1)検察裁定処置の妥当性の解釈
(2)法体系と政治執政制度の解釈
   
今回の中国側漁船が我が国巡視船と衝突した事故が公務執行妨害に当るとして処理されましたが、法を遵守せず所定の処置から逸脱して被疑者の船長を海外送還の特別処置になったと認識されます。 この結末の政府説明については、国民側から見ると制度と政治施行の面で矛盾、かつ、不審の念を強く感じます。
今後のこともあり、特に考察しておきたい一件です。
  
立法(国政)と司法(例えば検察)の分権・独立は大切ですが、政府側の説明で「検察の判断に従った」旨の説明はどうし見ても納得しかねます。
有るべくは「検察と協議したが今回は検察側の判断に従うことにした」と言えばそれで収束する問題だったと思います。それだけのことであり、ことさら政府側説明を追及するような問題ではなかったのではないでしょうか。
   
立法・司法の独立・分権は正しくあるべきですが、場合に応じた相互の上下関係も守らねばならない筈です。本来の国家運営は最高機関としての国会の判断が最高権威となる筈であり、国家を担う最高機関が国政下位に相当する検察側裁定に従う行為は妥当ではないと思えてなりません。
   
もし今回の政府説明が当然であるなら、今後も検察が国政の決定事項に対して仮定だが逐一「こうすべき」と法を根拠にしなくても、検察が注文すれば国会としてはいつも必ずそれに従うと言う論理になってしまうでしょう。それでは国政というものが不安定、かつ、無意味になってしまい、矛盾が生じるのではないでしょうか。
   
政府と検察が協議し政府判断でどうすべきかを決めるのが妥当だったと思えます。 特に今回の場合は検察が外交と内政との二面について国政へ介入したように見えることから、刑事事件処置の「説明」の主意については疑念が残ります。
   
次に執政の体系と制度について考えてみることにします。
検察の判断が、国会で決定すべき外交・内政を左右するような制度は、あってはならないのではないでしょうか。総体的な執政体系について疑念が生じています。
   
検察官へ国民が政策を委託した覚えはなく、託しているのは選挙投票による国会議事系であり、制度としての不備が明確に浮び上がってきたのではないかとも思えます。 司法の実動体系と国会における執政制度との相互関係について今一度考えてみる必要があるのではないでしょうか。
     ____________________

外交姿勢への感想


今度の問題からつくずく感じるのは、超年月にわたる外交が弱腰に過ぎたように見え、もはや待った無しで改善して欲しいとの強い思いです。
   

敗戦の負い目や戦時中のアジアほか各地での軍部暴挙からの遠慮、諸般の現状考慮もあるのかもしれませんが、保護者の米国を意識しつつも諸国へ対する姿勢を強化し得る余地はあると思います。 特に交渉面においては異常な低姿勢に見えてしまうのです。

素人考え乍ら、交渉という行為は専門とする交渉職業もある特殊な技巧や粘りなどを駆使する独特な才能が必要であり、並の人物が携わるのは危険な結末が起り得ると考えます。外交の一件ごとの一般的な処置は、初期段階で次のように行われると想像しますが、通常は現地の外務省職員が担う筈ではないのでしょうか。
 [下調べ]-[非公式打診]-[非公式打合せ]-[公式打合せ]
このとき、担当する職員個人の資質が問われることになります。

問われる資質としては様々な能力が望まれるが、外務省に限らないが国家公務員と言えども企業の競争と協調の共存など概して社会の荒波に揉まれた体験が無い環境育ちの人物であり、世の荒波・外国の思惑などに耐えながら活動できとは考えにくいのです。そのため相手の気迫に押されがちになったり、粘らずあっさり引下がる場合もありえるのではないでしょうか。胆力や押しの強さが必要にも拘わらず、必要とされる資質が備わっているとは限るません。その結果、弱腰外交が達成されてしまうとも考えられます。
  
国家公務に必要な資質の幾つかについては、別項[ 国家公務員の選考制度をこうしたら ]中の表[社会で指導者に必要な人物・素質の例]に例示があり、現場的で分りやすいと感じます。実はその記事の表は政治家に要求される能力を示したものですが、そうは書けない状況もあって上級職とくに外交官に相当する必要資質になっています。しかし、国・国民を動かす役割の人物を対象にしていることには変りありません。

表に示された素質すべてを備えていることが望ましいものの、現行では個人の資質を検証する制度が存在していない状況にあります。現状は素質ではなく資質に基づいた結果として現れる成果・実績を見る形で能力の二次的な判定・評価を行う方法が採られていようですが、これでは肝要な基本能力の様々な要素を見極めるには不十分と思えます。

国家公務員の採用試験で作文により資質の幾つかを見る方法を更に延長・進展し、採用の時点で、必要とされる各様の資質を見極めて任務に必要な個人の能力を評価・格付けする制度の定着を望みます。
   
また、入省後は省内事情・先輩などによる事例・保身の類を重視することなく、国益優先で処置することが必要なのは当然な行為にも拘わらず、伸び伸びと励行できない環境にあるのはほぼ間違いない。当面はこの環境を是正することも必要なので、公務員改革の一端としても期待したいと思います。
   
尖閣問題の機会に、諸国に遅れぬよう外交姿勢を強く保つ強かさも怠ることなく、保身に捕われず国民重視の方向へ努力する基本姿勢へと、今後は実質的に改善されるよう切望します。
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[kB24]-[尖閣諸島が日本領である証拠など関係資料] ( 整理中 )c

<領有の証拠・宣言・解釈>
◆ 領有権の日本の公式声明[ 基本見解 ]/外務省
◆ 尖閣問題の総目録 [ 尖閣諸島の領有権問題 ]/匿名者
◆ 尖閣諸島問題の総合的レポート [ 尖閣諸島問題の概要:(1)-(17) ]/匿名者
◆ 尖閣列島の歴史的経緯 [ 尖閣列島と領有権問題(1)-(10) ]/サンデーおきなわ
◆ 中国の文献と解説 [ 尖閣諸島問題 ]-(左目次 [中国の文献]付き) ]/田中邦貴
◆ 自国領主張の経緯 [ 領有権問題 ]/文藝春秋
◆ 尖閣-魚釣島への中国礼状 ほか[ 領有は歴史的にも国際法上も正当 ]/日本共産党
◆ 石垣島宛の中国感謝状[ 中華民国-駐長崎領事からの"感謝状" ]/たにむらさかえ

<経緯・現状・問題点>
尖閣 創設者:地主の声[ 尖閣諸島の領有権問題 ]/現 沖縄在住者
◆ 尖閣巡視-全容の解説 [ 尖閣-等の領海警備 ]/海上保安庁
◆ 国際法上の領有解釈[ 「領有は歴史的・国際法上も正当」]/日本共産党
◆ 尖閣諸島の経緯要点(地図入り)[ 尖閣諸島 ]/通信用語関連部署
◆ 経緯の解説(地図入り)[ 尖閣諸島問題の基礎知識 ]/All about
◆ [ 台湾は日本の生命線 ]/ユニティ社「メルマスタンド」
◆ [ 青空と麦穂 ( 尖閣諸島 + 竹島領土 ) ]/サンエタ
◆ [ 中国人が日本人より76年早く尖閣諸島を発見したことを証明する古書 ]/人民日報
◆ [ 台湾も認めていた「尖閣は日本の領土」]/ワードプレス

<地形・採油・動き-ほか関連情報>
◆ 魚釣島の灯台 [「魚釣島灯台」の管理開始 ] /海上保安庁
◆ [ 海洋資源に対する誤解 ]/中央日報
◆ [ 地上権と地下権 図解資料 ]/東建コーポレーション
◆ [ 大深度地利用 答申書 ]/国土交通省
◆ 採油技術の解説 [ —石油の掘り方— ]/石油天然ガス・金属鉱物資源機構
◆ 海底資源の新探査手法 [ 電磁波による 海底資源の - - 開発 ]/京大 後藤忠徳 教授
◆ 米国シェールガスの算出状況(図解)[ 米国の「シェールガス革命」]/ヤマグチネット
     _____________________
 
 尖閣諸島の日本領有・外交記録に関する掲示は、着々と増加中です。
 当ブログへのURL記載は、以下割愛します。
 引用して公表する場合は、その出典名を必ず併記して下さい。

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(kB24)-(単なる参考) 文化人の殆どに読まれている秀逸の一書をご紹介します。
「文明の生態史観」
(梅棹忠夫/中央公論社:単行本・文庫本)
{仏・伊・英・独・各国も翻訳出版。中国語版は「文明的生態史観」/三聯書店上海分店出版:世界賢哲名著選訳猫頭鷹文庫} 
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(kB24)
領土の解釈                          2013-9.09. (a+)

o 現代の領土に古代や中世の経緯を持出しても無意味。 単なる参考にすぎない。
 どの国家も古代から周辺域を制圧・侵略したりされたりの歴史を繰返してきた。 現時点の領土は、国際的な登記所が存在しないため一般論としては近代・現代の各国の認識によって定まってくるように見える。
   
o 歴史認識を自国が勝手に設定しても、それが国際的に認められていなければ正しい歴史・経緯とは言えない。
平穏にしている国に対し、独断による歴史を根拠とした自国領を主張したり領有目的の攻勢を仕掛ける行為は、相手国にも国際的にも許されざる搾取・横領の犯罪行為とみなされる認識をもたなければならない。

   
o 北方諸島、尖閣近海は、近代・現代の日本の領土であることが我が国の学術・史実の精査によって確認されており、海外に通用する証拠も揃っている。 認証ずみの日本領土を、中国提唱の如き "将来課題" とするような未決定の領有要件は無く論外。
確定している日本領域へ他国が "そこは自国領" と公言し行動してくるのは、埋蔵資源や漁業場の横領を目的(の一)とする戦術実現の現行犯に該当する。

o 自国領との不正宣言をした以降の日本領域への侵入機・侵犯艦船は犯罪現行犯として拿捕するか、犯行者が従わなかったり逃走があれば懲戒撃破(撃滅ではない)行動が可能な体制を整えておくことが、抑止力の一つになる。
米日の抑止力と共に、印度ほかアジア各国協力による多国籍艦船分団を編成して関係諸国の安全と平和維持を遂行するような方策もある。

   
o 北方四島、尖閣近海の諸島に対し他国から "我が領土である" との主張があっても真実ではない。なぜなら、日本領であることは動かしがたい事実として存在するので、他国の領土であると称する証拠が真実である可能性はない。
   
o 尖閣近海の諸島領有宣言する前は名も表示されない小島や岩礁であり、長年月にわたるどの国の上陸形跡・生活痕跡も認められなかった。そこで、人類生息の無形跡が確認された島・岩礁は、地理的な条件からも日本が領有宣言することになった。 経緯は下記年表のとおり。

o 敗戦後の日本は社交辞令を超える嘘を言わず悪意を持たない善良な国で一貫してきた。一方、
(2013-9.7.五輪開催地選考のブエノスアイレスで、阿部総理がこの日本の善良特質を破壊してしまった。「日本の放射能流出は完全にブロックされている」と公言され、既に外洋へ流出し世界に迷惑をかけている状況や現状の漏洩状態を偽る説明が「嘘も方便」の限度を超えてしまった。このため、「日本は戦後(社交辞令のほかは)嘘をつかない国」と主張し得ない立場となった。その結果、尖閣近辺は1895年以来日本の領地だと称しても、信頼される有効な説得力が消滅した。 今後の阿部氏言明は、全てを信頼してはならない注意が必要であろう。)

日本周辺諸島の領有を主張している大国ほど、偏向した言動と都合がいい方向へ自国民を誘導する手法を常習している。

o 日本の領土を他国が自国領だと称して証拠をねつ造し、嘘の歴史でシナリオを創作して自国軍を動かし国民を煽動したり、その虚構を真実であるかのように国内・海外へ宣伝したり独善的な掟が正当であるかのように振舞って国際活動などの妨害に励んでいる近隣国がある。
事態を打開するには、まずは双方の適正な役務間でありのままを率直に意見交換するなどの方法で、作り上げた嘘を突き崩し正しい認識を知らしめる努力から出発しなければ、問題解決の方向を辿れないのではないか。

o 中国が尖閣を自国領土と称しているが「沖縄は元々中国領」、「九州は従来から中国の領土」だと称しても同じことで、古来の日本領を奪取しようと企む行為には変りない。
日本から見て中国は横領目的の犯罪者の立場であり、善良な日本の立場とはレベルが格段に違う。 それを同じ立場の土俵上で論じようとする中国の雰囲気造りに巻き込まれないよう、毅然とした態度と意識が必要と考える。
  
o 同時に、諸国に対して日本と中国は領土争いのような対等の立場ではなく、一方的な強奪行為と悪意なき被害者の立場との対応であることを認識して貰う必要を感じる。
  
o もう一つ釈然としない問題として、国際司法裁判の相互同意という制度がある。領土問題でも、自国に不利な方向の提訴に同意する行為をとる筈はないので、これは領有目的に有利となる理不尽な制度ともいえる。被害側からの一方的な訴訟でも裁判が成立するような制度への改善提案を望みたい。諸国の同意を得られるなら、その方向へ是正されることが本当の姿ではないだろうか。
  

o 海外諸国が、日本を信頼するか周辺諸国の方を支持するか、それぞれの国家の立場と良心と品格に関わる問題でもある。

o 領土を長年月にわたり放置し、かつ、他国の実効支配が継続している場合はその支配国の領有権が認められる国際司法裁判所の判例が生じている。

o 竹島の場合は、韓国が上陸し、構造物を建設し、実効支配する行為を日本が容認してきたので領有放棄とみなされても致し方ない。国際司法裁判で実質領有国に有利な判決が降りる可能性が大きい。

o 尖閣に関して米国が度々 "防衛の日米安保は有効" と言明したのとは違う表現で、最近に "集団的自衛権は有効" と表明があったがおおかたが聞き流しているように見える。「日本は一戦交えるくらいの覚悟で自国の国土を防衛したらどうなのか。もし交戦があれば米国は援護する」 と言っているに等しいことを、少しは重く受けとめて考えるべきではないのか。
交戦は武力とは限らない。言外ながらも考えるべきは正当防衛の強化であり、善良な行動に対し過激な仕打ちを受ければそれなりの対策が必要になる。 努めて武力以外の手段で、中国に是正を促し共存できる方法がないかをを考えていきたい。
  
日本の十年間にわたる領有形跡の調査努力と配慮の善良な行為に対し、他国が不正に作った経緯を根拠として日本の領土を奪い取ろうとする行動や、その国では常道かもしれない「盗みとり」呼ばわりは日本にとっては大罪だが尖閣には全く該当しない行為であり国民にとっては人権侵害にも当たるので、状況に応じた日本の態度と再発防止の努力が必要になる。
   
事実を良く見極めもせずに悪しざまに公言するような野蛮で品格がない態度をとるべきではないことを、その当事国へ何らかの形で伝えて教えて上げ品位を高める方向へ促す必要もあり、罪もないのにそのような汚名を着せた罪悪の償いをして貰う必要もあり、かつ、今後にこのような罪を再発しないような手段を講じておく必要も感じる。
経済・領土・環境汚染など世界中へ迷惑をかけている状況は当事国自らが慎み、逸脱したら自発的に軌道修正する秩序の必要が際立ってきている。

海外国籍者の日本土地所有(集団登記など)の規制は、本格検討する必要がありそうに思える。
「土地は公的なもの。 公共の所有が正常であり、場所の専用権ではなく所有物として個人や一国が取得するのは異常なこと」のような思想で固まっている国民に対し、自由社会における地所の概念を理解して貰う方向はどうだろうか。 そのための一案として次のような意見も存在している。
   
外国人の土地登記に関し、一時的に極めて高い税率を課す案の例を示す。 いずれ元の税に戻すかは未定とする。
このような土地制度の注目喚起が刺激となって、土地の取得自由・個人も企業も国も権利転売自由・物納方法・競売入札などの制度が相手国の庶民全体に知れ渡るようになることが期待されるとする。 その結果として、領地所有の別世界の実情が認識され、国家の領有に対する民族的な偏見が是正される風潮になってくる、とのシナリオによっている。
領土問題の解決には遠回りになるが、先ずは「隗より初めよ」の諺もある。一考しておくに値する。
   
その国のために技術援助する人物でも拘束するような行為や一方的な交易措置を慣用したり世界の環境悪化・経済不順・国土侵略などの不正も働いている国へは、それとなく相手が気付かぬような手段の報復戦法をとったり、経済・文化・技術面の援助縮小や停止ほか多面にわたって静かに応酬する反撃などの戦術を、予め布石を打っておき実践するような穏やかであっても従来とは違う温厚離脱の路線方向を、日本としてどのように実行するかしないかといった問題にもなるのではないか。
  
横領されかかっている日本の国土を、いつも同じ台詞の「我が国固有の領土」と言うだけでは、日本領の根拠の有無や領有経緯が相手も第三者も誰にも認識できず、事態の積極的進展は望めない。 
当事者よりもむしろ第三者の諸国に対して、納得しえる領有経緯を公表することで歴史的経過が明瞭となり、日本にとっても善意ある領土防衛になる。 領有の真相を武器にして国土を守る方法も考えるべきではないか。 
  
中国が尖閣を自国領と主張した際は、必ずその都度「中国領の証拠を示せよ」、「諸国に通用する日本領の史実と照合したい」 とでも応答したらどうだろうか。 何らかの方法で、中国民衆が他国領土の正しい経緯を知り、証拠の価値・ねつ造の犯罪を悟るようになる手段を考えたい。
   
一方で、海外諸国に向け尖閣が日本領である経緯を発信する必要を感じる。 台湾の付属小島は台湾北東56kmの彭佳嶼(ホウカショ)までとする中国との合意、中国の古文書・地図さえも尖閣近海は日本領内に示された記録、先住民形跡を日本が10年間に亘り調査、魚釣島ほか3島に日本の作業場・宿舎設営、日本の有志が灯台の建立、日本の先住領有を無視した中国が1978年に「自国領だが棚上げする」と主張したあと1992年には一方的に棚上げを破棄し中国領と立法、などの略歴をウェブ・書誌上の広告などの広域開示の形で継続して公表することが望まれる。
   
日本の領有史実が認識されれば、中国が自国領と称する言動が不正行為であることは誰の目にも明瞭になる。 世界各国に中国の不正行為が歴然となれば、少なくも中国の領土横領目的の行動だけは中止に向かうのが必然で、日本領有の史実を広めることが結果的には武力に頼る防衛よりも強力な効果が得られると期待できる。
中国は既に多面的な国益戦略を展開している。

   
中国民衆は尖閣の歴史を調べ自国領と確かめたのではなく中国政府が自国領と言っていることを鵜呑みにしているに過ぎないと推察される。  清国から日本へ提供された台湾の割譲締結以前から、尖閣は地理的な位置でも日本国境界内に存在していたことを民衆が正しく知れば、今までもこれからも尖閣問題が原因のデモや暴動を起こすとは考えにくい。

1896年ころ日本国民が尖閣四島に自然材料採取場を設け魚釣島には住居や鰹節製造工場を作った際、中国はなぜ今回のような反発や暴挙に出なかったかに矛盾がある。 また、尖閣が台湾の付属島であり中国領であると言い張るなら、西表島・石垣島・宮古島などよりも本土に近い尖閣近海を中国領だと主張するのは位置関係が矛盾する。

日本の領土である諸島を国有化して中国が非難するのは日本への内政干渉であり、中国(外務省/国防省)が「尖閣は中国領」と明言するのは言論による日本侵略・占領目的の宣戦布告に等しい感がある。
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(kB24)
周辺諸島の今後                   (ver.a:)

100年後、尖閣諸島が中国領土になっている可能性が強くなっています。
沖縄も、米軍が撤退済み状態なら 中国領になっているかもしれません。
日本の漁船は今も将来も尖閣近くでは漁ができない状態が続くでしょう。
尖閣産出の石油も、日本は中国から特価で輸入する状況も予想されます。
沖縄の米軍基地は韓国移転でアジア防衛基地が強化する見方もあります。
沖縄は中国が占領し沖縄県民は中国統治下の生活になるかもしれません。
   
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(kB25)                       掲示:'11-3/19
◆ 津波の潮流と原発設備の防潮対策   
   修正:'11-9/12(ver. a2c.)

原発重大危機の原因となった津波対策を、機能面から考えてみました。
   
原子力発電に代る自然エネルギーのような低公害の発電へ順々と置換えていき、それまでの間はとりあえず原子力発電を続行するより仕方ないと考えている中立的な立場で述べます。
   
一部の人が主張している "原発は即時廃止" のように急激な方向をとると、電力不足によって介護医療類の停止脅威・暗夜道路の危険性や鉄道本数の制限そして生産活動や経済力の低下など社会に弊害が起きます。
そこで、今まで活動中だった原発は取り敢えず続行しておき、自然エネルギー発電などの電力で代行可能になった原発を、順次廃止していくようにすべきではないかという考え方です。
   

                                 避難用の照明塔付 波返し堤の例
[ずばり要点] 
 堤(^)照明付
o 津波高さは先頭の浪頭(なみがしら)ではなく直後の波高
o 対策の一つの津波高さは、誤解を基に推察すべきでない
o 防波堤だけでは防ぎきれない浸水被害も同時に対策必要
o 原子炉が過熱-溶融-水素爆発の事故は平時訓練の不備か
o 浸水対策は設備の設置場所・自然力利用・耐水機器ほか
o 原発反対なら代りの電力確保の納得できる方法の提案を
o 海水を使用した場合の海水含有成分の影響・障害の認識
o 原発事故は潮被災が元凶と解明すれば世界の対策の参考
o [再生可能エネ] は自然系に実在しない嘘で公式名に不適

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[読みの例]
                         (防潮堤/Google画像集)
津波と潮流の現象  

津波が4階建てビルの屋上を超えたという場合、そこが津波の高さと思いがちですが、そうとは限りません。
  
潮の量が多く流れが早い場合は、潮の先頭が建物などの壁に突き当ると先頭が壁を登り上がる現象が起きます。これは手近な水場で小物へ水を流してみても観察できます。
図1のように、そこの高さが津波の高さではなく潮流の到達地点・到達高さです。後方に続いて押寄せている潮の平坦な上面が津波本体の高さです。
   
水面下では、潮が壁に突き当たり後から来る多量の潮に押されて周辺八方へ広がる現象が起きています。壁面の直前は、横へ押し流す潮流と共に部分的な渦が生じやすく、そこに置いてあった小物は不定方向へ流されてしまう傾向になります。
  
潮+波返し堤-1 
     
高台の直下へ津波が襲来すると、潮の量が多く流れが早い場合は、潮が後から押寄せる流れに押されて盛土の斜面を流れ上がる現象になります。台地基部が斜面ではなく垂直の壁だと、潮の本流は真上へ吹き上がるだけで高台上まで登る現象は起きないので、潮流の影響はかなり違ってくるようです。
   
そのほか、今までに分かっている潮流の様相は次のとおりです。状況に応じた避難が必要になります。
   
o 堤防高さを超える分の潮流は、外洋と殆ど同じ速度で突入し、潮の流速圧が大きいと陸上の機器を破壊し押し流す。
o 津波は入江では潮が高くなる。津波の壁が入江で絞られ、後から来る潮流の勢力に押されて流れ込む現象と思われる。
o 遠浅の海岸で潮の高さが高くなり、流れが遅くなる。水深0 mの波打ち際では津波本体高さの3倍程度になるとの説がある。
 
防波堤の工夫     

津波や高波が防波堤の傾斜面をよじ登る現象を防ぐには、波返しの構造を設けると有効です。
図2は海側に波返しの突起部(オーバーハング)を設け、頂部は傾斜させた例です。
波返しが無い場合は、堤防高さをかなり高くしておかないと、潮の先頭が堤防の内側へ流れ込んできます。   
   
(a)小津波が来た場合 

 堤よりも低い津波の波頭が堤の上部を乗り超えない効果があります。
 堤の突起部は、潮の圧力で破断しない厚さ・長さの最適設計が必要です。
   
(b)限界高さの津波 

 堤の高さとほぼ同じ高さの津波は防波堤の保護限界です。
もし波頭が堤防頂部へ達した場合は、潮が傾斜部で持ち上げられて内陸側へほぼ自然落下する作用が働き、潮の流速のエネルギーが殆ど消滅する効果が生じます(図cも参照)。
   
(c)大津波の場合 

 堤の高さを超える巨大な津波が襲来した場合は、残念ながら堤の内側で潮の流速がいくらか低減する程度の効果しか期待できません。

波返し防波堤の一例を図2bに紹介しておきます。
   
           図2b 波返し防波堤の例 
    (a) 全曲面の波返し堤      (b) 裾広の波返し堤(奥側の堤)    (c) 通行門と避難階段付 波返し堤
 堤(a)全曲面 堤(b)裾広 景 堤(c)階段 長
 <出典: (a) [防潮堤]/Google画像集   (b) [防潮堤]/Wikiペディア      (c) [防潮堤]/Google画像集 >


巨大な津波が襲来すると、堤の高さから上の部分の潮だけが内陸側へ突入するので、堤から入って来る海水の量は津波全体の潮の量に比べてずっと少なくなります (現実には、堤高さ以下の潮も後から押される圧力で若干量は堤を乗越えてきますから、堤防高さから上の潮の量よりも幾らかは多くなると思われます)。
   
堤の内側は津波の頭の方の潮だけなので量は少ないとは言っても、流速は津波本体の速さのままで堤の頭を乗越えますから、バケツの水を浴びせる状態で内陸側へ飛び込んでくると想像されます。
津波本体の水量と流速による破壊力は、堤防の内側では減少する傾向になるのが、防波堤の大きな効果の一つと考えています。
   
そのほか、今までに分かっている防波堤と潮流の様相は次のとおりです。
  
o コンクリート製堤防は、強度が弱いと津波で決壊し、根入れが浅いと倒れて堤が寸断される傾向がある。
 コンクリートによる建造は、鉄筋の吟味と共に硬さ(スランプ値)の配慮が必要。
o 防波堤の内側が土面の場合、堤防を越えた潮の落下で土面を削り堤防が破壊することがある。防波堤の内側も舗装が必要。
o 防波堤の直前に設けた波消しブロック(テトラポッド類)に途切れ箇所があると、途切れ部分で津波が絞られて潮流の勢力が増し、堤防が壊れる傾向が出る。
 テトラポッドは魚礁に有益な反面で人の滑落死亡事故も多い。「波消し-ブロックは、堤防破損を考えると初めから置かない方が良策」との現地関係者意見もある。
   
重要機器の防潮対策   

福島第一原発の重大機器は、電気が切れて全ての安全装置が機能しないため、小さな障害から始まって大事故へと、安全化の自動機能が働かないまま次々と発展したのが元兇と考えられます。
元兇の根源は、津波潮流の流速圧と浸水によって非常用電源が壊れ動作不能になったことと、冷却系ポンプの不動と発電機動力源の燃料タンク流失などの障害も加わったのが原因と見られています。
   
なぜそうなったかは、設備の計画として確率論による津波襲来の規模想定とその規模の対策をしただけで、規模を上回る津波が起きる可能性に対して構えを怠ったと思われることが一つです。更に、原子炉に予想外の異常が生じた場合のマニュアルはあっても、消防訓練のように実践訓練を行っていなかったことが二つ目です。
   
また、予測を上回る障害発生の場合をタブー視する経営陣の方針があったと想像され、現実に、社内で危機を予想したり改善策を提言しただけで即刻左遷される事例が報道からも察知されました。
会社側が、設備機器の機能を活かして使う方向ではなく、安全化の性能を持つ設備の活用を封じてしまい、そのことが大きな損壊を招く事態などの予測を欠く、人為的な災害だったという印象があります。
   
地震による大きな障害は殆ど無かったようです。炉の加熱は自動的に停止して安全状態になり、重量物の発電機には回転軸が折れる事故も無く、タービンにも羽根が吹き飛ぶようなコルダーホール原発のような現象も起きませんでした。問題は地震ではなく、原子炉に対する津波の防潮対策の方にあったわけです。
   
原子炉の原理をよく知らずどこが危険で何が安全化されているかを知らない庶民が、原発は危ないと思うのは無理もないと思います。
しかしその考えは偏見ではないのでしょうか。すべて文明の機械装置類は大なり小なり危険な側面を持つものですが、社会から排除せず日常活用しています。

[ 女川原発 ]や[福島第二原発]も福島第一と同程度の津波を受けたのですが、重大危機には至らず、その後は安全に稼働を再開して今は健全のようです。
大事故の原因は報告書を待つことにし、ここでは津波の襲来から原発機器の障害発生までの間の事象と対策について、機能を中心として述べていきます。
        
        
防波堤とか防潮堤と呼ばれている堤は、船の出入りや港湾の都合などで開いている部分がありますので、堤が無い部分から入る津波が殆どそのままの勢力で陸側へ飛び込んでくると考えておいた方がいいと思います。 重要な機器類は、浸水のほか潮力による破壊への対策が必要になります。
                
防潮壁を重要な設備の屋外機器などの周囲に設けたり施設所の全体に巡らしても、改造工事や災害などで防潮壁の一部分が欠落した状態になる期間も予想され、そんなときに限って津波が襲来する事態もあり得ます。
   
そこで、非常用の電源・保守装備などの[重要機器]は、機器自体の防水性や潮流耐力・浸水対策を万全にしておくことが、堤を設けることよりも重要な対処とも言えます。
設備機器類を、分散設置した耐水・耐潮流の建屋の中に設けるか、一つの耐水建物の中へ全てを設置するのも、防潮対策としては優れた方法と思います。
      
注意すべきは、設置機器を盛土の上に設けても、津波の流速が速い場合は潮流が盛土の傾斜面をせり登る現象です。
一方、個々の重要機器の防潮対策は、一般論として次のような手段が考えられます。
                   (次の a-eは、フジ プライムニュースを参考 +α)
(a)設置場所・防水の処置の例 
o 潮に流されない堅固な防水の建屋の中に、重要機器を設置しておく。
o 潮流の影響を受けない高い場所か高台に、重要機器を設置しておく。
o 予備機器を安全な場所に保管しておき、非常時に移動してきて使う。
   
(b)自然力を利用した対策の例 
o 高所の貯水タンクから流水を導いて消火する。
o 重要機器を床面の浮箱(船)の上に設置し、水没無用で使う。
 
(c)重要機器の耐水強化の例 
o 重要機器は外郭で防水にするか、水中ポンプのような耐水型を使う。

(d)設備・機器の予備機融通の例 
o 重要機器と互換性・共通性がある予備機器を各社で共有するか中立機関などが所有し、融通し合って使う。

(e)重要機能の代行方法の例 
o 重要機器の機能と同じ結果が得られる別の方法を考えておき、非常時に切換えて動作させる。

       
原子力発電への不安憶測の解消   

今回の福島第二原発事故は、放射能が漏れる危険状態の最中です。炉心冷却が平常になって危険状態が収まるのは1年後か何年後か、そして電発の放射能もれが収束して安心できる段階までは何十年かとも言われているようです。
   
住み慣れた場所を離れ、放射能避難の最中に無くなった重病人や年寄りもあり、一方では原発の復旧計画が未定のため被災地域では生活設計の目処が立てられず、現実の損害のほかに機会損失が大き過ぎて困っている方々が大勢います。
   
原子炉は核爆弾のような爆発はしない筈です。なぜなら、一つは[制御棒]という放射線を吸収する素材が炉心に多数挿入されていて核反応(連鎖反応)を妨げるようにしてあり、制御棒を出し入れ調整して核反応を緩やかにしたり止めてしまう構造になっているからです。
   
もう一つは、核燃料の周囲に満たした水が、核反応の主役として働く [中性子線] のスピードを鈍らせ、これも核反応を緩やかにする働きをします。水の層が厚ければ放射線が更に減速して核分裂の作用が減衰するので、結果的に水が放射線を遮蔽する効果もあります。
                
更に三番目に、放射能の材料が混合セラミック状の混ぜ物で、爆弾のようにウランとかプルトニウムの素材が純粋ではなく、量も少なく、緩やかな核反応をするのに適した混合材料のため、蒸気発生用の湯沸かしに向いた構造になっています。
        
 (参考)
: 炉心の素材 [ 燃料棒 ]/Wikiペディア

   
つまり、ゆるやかな反応しかできないので、チェルノブイリの核爆発でも建物が消えて無くなるようなことはなく、核爆弾のように瞬間的な核反応の全量大爆発は、起こそうとしても起きない筈です。
     
福島第一原発では構造が違うこともあり今後も核爆発は起きない筈ですが、冷却水位が下がった部分の核反応が活発化して高温になり、燃料容器の一部分部が溶け落ちる状態(メルトダウン)は生じたようです。
                
目下は緩やかな核反応も止まり、溶融箇所の部分的な核分裂と容器内に残った僅かな放射能とが漏れ出ている状態と思われます。炉心が"爆発しない"のは当然のことなので、ことさら不爆発の表明をしないのだと思います。
        
 (参考)
: 原子炉の解説[ 原子炉の基本構造 ]/電事連 広報部
     : 原発の概要-図解
[ 4.3 原子炉 ]/山賀 進
     : 原爆の原理
[ 原子炉と核爆弾の違い ]/テクノポリス
   

福島事故のすべての根源は、潮流による障害事故で冷却水が炉心部などへ回らなかったことだけ、ということがほぼ明らかになっています。そして全機能の自動化と安全化を行う装備が、停電のために動作しなかったことが大きな痛手でした。
         
福島原発の建設当初に、専門家・学者の何人かが夫々の立場から大津波の危険性を進言したとの談話を聞きます。また、津波の予測と対策を提言した回顧録を新聞や雑誌で幾つも見受けます。

電発建設側は、津波への対策を知らなかったのではなく、潮流対策に努力したような様子もありません。
取り立てて言う程の津波対策を施さなかったので潮流によって水冷装置が損傷し、そのため炉心が高熱化して異常状態が次々に起きたのが目下の危機事態の原因と見られています。
   
使用中だった沸騰水型軽水炉は使用経験を積む実績があり、原発設備の全体に落度などは無く、致命的な欠陥は見当らないようです。
水冷が不能になる直前は、津波による大きな打撃もなく、安全は保動作させるフェールセーフ(障害の救済)の方式を適材適所に両用しています。
   
更に、鉄道・交通管制や原子力発電のような社会的な影響が大きい重要な装置では、自動装置自体に故障などの障害がないか全体の動きに異変はないかを人が監視し制御できる方式も併用しています。言うなれば機械装置の悲観的な予想にも対応している手段とも言えます。
   
そしてまた、監視制御する人間の疲労軽減や表示誤認防止・誤操作阻止を図るために、人間工学やMMI(マン マシン インターフェース:人と機械装置との交流方式)といった手法も採用しています。そのほか、重要なスィッチ類は、ワンタッチで動いてしまう危険を避けるため、2挙動方式という手法も使います。2挙動とは、蓋を開いてから押し釦を押すとか、ロック解除釦を押し乍らスィッチを兯動・衝撃による障害が起きたとしても修復できる程度で、潮流の障害が無ければ、全体としては今の現実に起きているような致命的な危機や障害などは発生しないことが明らかになると思います。
   
安全装置は何箇所にもそして何重にも仕掛けてあり、本当は原発は危険な装置ではありません。しかし乍ら、安全装置は少数個所が機械的な自動作用で働くほかは、殆どの機能が電気じかけで動作する構成なので、電源が生命線です。電源が断たれない限りは幾重にもしかけてある安全動作が働らき、例は悪いですが自動停止装置がない自動車の方がずっと危ない実情が改善されないままです。
   
一般の自動車は、危機でも自動停止しない危ない機械と断言する最大の理由は、物や人がいても止まらず、何もない空間へも突進し、危険状態でも自動的には停止しないことです。実際に運転ミスで止め損なうと、踏切でも電車めがけて突っ込んだり、立体駐車場から転落したり、波止場や崖から平然と空中へ進行し落下します。そんな危ない一般車がそこいら中を走り回っています。 それに比べたら電発装置は遥かに安全な機能を要所に多種多様備えているので、然したる障害も起らず世界各国でも古くから原子力発電を採用しています。
          
津波対策さえ怠らなければ非常電源が使え冷却ポンプも働いて、現時点の設計による原発なら通常に使えば安全・安心で頼りにできる電力供給源と考えています。 潮力・地熱発電では場所が限られ、風力や太陽光の発電では多数設けても僅かな電力量しか発電できないのが難点です。
   
福島の電発危機は、回避が [できなかった] のではなく回避 [しない] ようにしてあったことで、それは防潮対策が不可能だったのではなくしなかったのが原因、と読んでいます。この辺が一般者にとっては理解しにくく半信半疑かもしれませんが、爆弾のような危険なものではありません。 原発が危険なのは、異常者が発電所へ侵入するか、超大型の飛行体・大型流星が炉心を直撃した場合だけ、と言われている程です。
   
原発の [本体] の主機能は大地震の直後も健全で、たった一つの水冷障害さえ無かったなら、地震後の発電所は再開調整期間の後に電力供給ができる状態だった筈です。
いずれ証明される大きな問題ですが、精密なデータが無く大雑把な状況判断だけの現時点でも、大筋では間違いない観察と言っていいでしょう。
   
原子力発電の機能構成と津波の破壊力による損傷   

原子力発電の場合、主機能は [ボイラー](室)と [発電機装置](室)です。それらを安全に動かす [制御・監制機能](室)を加えた3機能が主力です。
発電機装置は、蒸気タービンを設けておき、ボイラーで沸かした蒸気圧をタービンへ注ぎ、タービンが蒸気圧で回る力で発電機を回す構造になっています。
   
ボイラーの熱源に石炭や石油を使うのが [火力発電] で、ボイラー熱源に原子炉を使うのが[原子力発電] です。
なお、ボイラー無用で可燃ガスによりタービンエンジン(ジェット機エンジンと原理は同じ)を回し、その力で発電機を動かす [ガスタービン発電] も商用発電に採用されているようです。 石油系燃料によるレシプロエンジンで発電機を回す方式は、船舶用の大型発電機のほかは作業用の移動型など小規模な発電が主流のようです。

   
今回の巨大地震では、地震の振動・衝撃だけだったなら、ボイラーによる加熱が自動停止しても発電機の方は特に障害は無かったと思われ、準備を整えてから発電を再開できた筈です。
   
整理すると、ボイラー・発電機装置・制御監視機能には重大な障害がなかったことがほぼ確実のようでしたので、これが重要点の一つです。
一方、潮流が起因で水冷機能と非常電源が同時に消滅したことが、今回の重大危機の根源と見られています。
   
電源が断たれたため、自動制御による安全化操作が不能になり、同時にあらゆる動力が使えなくなって冷却水の循環やボイラー系の調整など全ての自動・手動動作と状態監視ができない事態になってしまったようです。
その結果、今回の放射能危機が起り、発電量不足状況など様々な非常事態の根源となってしまいました。
   
水冷ポンプがなぜ動かなかったのかは、ポンプが潮流で破壊したためとの説もあります。 真相はいずれ公表されると思いますが、いま考えられる原因の要点は次のとおりです。 
  
(A)非常用発電機の障害 
 発電機をまわす動力エンジンの燃料タンクが潮に流されたとの説。
 発電機本体が潮流の影響で損傷し、発電能力が失われたとの説。
 発電機自体が津波の潮流によって流されてしまったとの説。

(B)冷却用ポンプの障害 
 電動ポンプが塩水浸水で短絡状態のため、動作不能だったとの説。
 ポンプが津波の潮流の影響で破損し、動作不能だったとの説。
 ポンプ自体が津波の潮流によって流されてしまったとの説。

   
原子炉の技術面・原発の経済性と今後の方向   

技術面から見た原子炉 

福島で使っている[沸騰型軽水炉]のほか、電力会社によって[加圧水型軽水炉]の採用もあり、[プルサーマル]という軽水炉に似た方式もあります。
どこが良くて選んだのかは、選んだ本人に聞いてみないと分りません。
   
夫々に一長一短があるようですが、どれも現実の運用に致命的な欠陥は無く、安定した現用をしているようです。
福島第一の軽水炉は、燃料中の水分障害や容器棒の腐食問題がありましたが、今は改善されて問題点は解決されているようです。
   
原子炉は危険をはらんだ装置というのは当たり前のことですが、それは中身の話で、分解して見たりしなければ安全に出来ているのは当然です。仮に危険だとしたら、操作する人はみんな逃げて居なくなってしまうでしょう。
   
原子炉の安全性能(自動化した装備による保安機能)はほぼ完璧に近いと考えています。しかし危険性は僅かですが存在しているのは事実です。 炉心へ衝撃破壊を加えた場合は放射能飛散の危険性がありますが、そのような故意の行為が生じることは地震災害がやって来る機会に比べると無視できる程度でしょう。
      
5月27日のG8サミットで原発の安全強化が今後の目標になったようです。原発は決して安全な装置ではないと考えますが、それだけに安全化の対策は怠りが無い筈です。日本では現用の炉の型別に地震耐久性も加えて装置の安全化はほぼ完成されている筈で、これ以上どこを安全強化をするのでしょうか。残っている課題は、装置ではなく取扱う人間ということでしょうか。
   
運用方式は個々の原子炉の型別ごとに定着しているようです。装置の細部的な改良は必要でしょうが、異常や障害が発生した後の操作手順のほか、原子炉以外のタービンや発電機など、機械系の危機対策に問題があるということでしょうか。
とにかく原子炉装置の方の安全性は、ほぼ達成されているように思います。
       
原子力発電のしくみや技術を大雑把でも知っている人は、原発反対を唱えたり反対運動などしません。それは、原発は安全装置が危険から守ってくれることが分っていますし、原発の発電量は総量の3割で、それを全て止めたら単純計算で日に3割時間が停電になってしまい、自分の首を絞めるようなことは得にもならないことを承知しているからです。
   
原発に危険な可能性があることは紛れも無く確かなことです。それは「可能性」です。ですが、大多数の人は強固・穏便の差はあっても、できることならば全原発を止めてしまいたいと感じている筈です。しかし、止めると不足する電力の全量を、今すぐに補う方法がありません。
   
だいいち、原発の設備はそれほど危険ではありません。原子炉運転は危険阻止を全部押さえている筈で、暴走阻止が無い自動車よりも安全な筈です。"福島よりも津波が大きかった” とも "同じ程度だった" とも言われている[ 女川原発 ] や、[福島第二原発] では危機は起らず現在も稼働中です。
   
原発反対派の人は、何が反対理由なのかどこが危険なのか、肝心なところを説明できるのでしょうか。原子炉装置の異常阻止は、予測される全てが対策済みで安全化されている筈で、残っているのは操作する人間面の問題だけではないかと思います。
 
[第一原発] だけが大危機になった原因は、津波に対する対策が不備だったことです。不備だった理由は、対策の方針を担当者が決めたとは考え難く、上層部が決めた基準に従った筈で、その後も学者・専門家など何件かの危険指摘・是正提言をわざと無視してきた行為と思われます。その結果が人道的・社会的な大被害になりました。
   
"故意の過失なので殺人・障害未遂罪に類する罪だ" と言う意見もあります。"建設費を切り詰めた結果の惨事だが、賠償すればそれでよい" とする見方もあります。しかし目下は罪・責任よりも事故の真因究明・再発阻止が先決で、同時に原発存廃の決断も火急の問題点です。
    
当面の節電を守っても限界があります。老人が多い状況では、救急設備や医療機器・介護器具類を止めると生命維持にも影響することになります。 節電は、産業、経済・内外情報、防衛ほか安全維持などを妨げ、社会機能・経済活動にも悪い影響が出ますので、本来ならあってはならないことです。
原発を止めてしまうのは、社会だけでなく反対運動派以外の大多数の人々にとっても甚だ迷惑なことになります。
     
太陽光発電が有望との説がありますが、そんな程度の発電量では不足分を補えません。 全国の家庭に採用しても必要総量の7%にしかならないとの試算があります。原発を止めるなら、電力不足をどう解消するかの具体策を考えておかなければ、無責任な言いたい放題だけの暴徒に過ぎません。
   
風力発電を併用すればとの意見もあります。これも発電所1基の量に比べて微々たるものです。山・野の風通しが良い地点でしか有効に発電できませんし、発電塔が林立すると景観やふるさとの雰囲気など吹き飛んでしまう場合が多いでしょう。かなりの量が必要な電力を補うには足りない手段と思えます。
     
原発反対の活動派が自分の停電状態をどうするのかは自身の問題ですが、電力不足でその他大多数者の生活を阻害し社会が停滞する状態を考えてみたのでしょうか。理想は立派ですが、現実に起る事態を無視するのでは、テロ活動と同様に見えてしまいます。
     
電力不足を少しでも解消するため、原発反対派が出資し全所帯に太陽光発電を設けてくれる覚悟があって当然でしょう。それでも屋根の面積が狭くて所帯の必要電力量にならない場合が多数ありそうです。アパート類ではなおさらの状態です。
   
或る村長さんが言っていた「原発は仕方ないというのが実態」と述べていたように、それが圧倒的多数の民意です。
積極的な原発賛成派はごく一部の人、反対運動を起こすような人も僅かな人数に違いない筈ですが、諸国の世論調査などで反対者と賛成者が半々程度(ギャラップ調査=賛39%:反47%, 世論調査機関=賛49%:反43%)とのデータは、世論を正しく現していないと考えています。"どちらとも言えない" の集計枠が欠けているからです。
   
言い換えると、"どちらかと言えば賛成/反対"の意見が出ていないわけですが、その形で賛・否を分けた質問をするのも実は誤りと考えられます。回答者は内心では賛成と反対の意見が交々共存しているからで、"どちらかと-" の回答を、集計の際に積極的 賛・否の枠へ合計してしまう結果になる設問は、原発賛否の場合は正しくないのです。
   
原発の問題点は、原子炉が危険か・放射能の障害が起きるかの問題が根源なので、原発の実態をよく知らない人々に賛否を聞いてもあまり意味がなく、単なる感想の意識調査に過ぎません。強いて尋ねるとしても、この場合は結局は放射能への物理的な影響度ですから、答える人の社会的な立場には殆ど関係がありません。
   
その環境条件は、どの人もほぼ同じ状態であり、特に答える人の場所・地点が同じなら、別の人が回答してもその人の環境は同一なので "どちらかと言えば" の回答が賛・否のどちらであっても同枠内へ集計すべきと考えます。つまり、どちらかと言えばの賛/否意見は気分によってどちらかへ転ぶだけのことで、同一枠の回答とみなすのが妥当と考えられます。
    
なぜなら、社交関係や身分など立場によって賛・否の意見を持つ人は、通常は積極的な賛・否の枠へ回答する筈ですから "どちらかと言えば-" の中間的な回答枠へは上がってこない傾向になります。そのため、原発の場合の中間意識層は、地域・場所に応じて誰もが等しく受ける被害の "物理環境条件" だけの傾向になるのが、一般の世論調査と違う点です。
        
マスコミが "原発反対の国民意識" のように報道していますが、大多数が断固反対してはいない筈です。原子力発電は誰もが反対の気持を持っているのは確かでしょう。しかしやむを得ないと考えている人々が居るのも事実です。
純真な一般者を煽動するような報道はしてはならない事です。誤報としか思えませんが、正しい根拠があるなら示すべきです。
   
その止むを得ないと考える人々が集計されないようなアンケートは実態を現していないとしか思えないのです。これは偏見ではなく誤った考えでもない筈です。この真意がよく理解できない場合は、誤りか正しいか解るまでよく考えてみて下さい。
       
結局、原発のアンケートは 断固賛成・断固反対・その中間 の3設問が必要で、その他(わからない、等)の項目を加えた場合は4項目の調査でなければ、実情を正しく表せないと考えています。
    
菅総理が原発反対派の肩を持つような発言をしたり、原発の維持・推進に曖昧な態度を続けるとしたら日本の発展のためにならないでしょう。
国の技術を高め文化水準を保つには、原子力発電の手段に依るほかないのが実情です。
          
ここから先の小文は、冗長で長くなります。 原発反対運動の人以外は次の文節(青色の題名)までは読まずに飛ばして結構です。
以下は、社会の危険面でなぜ原発だけを全廃すべきと考えるのかの疑問や、原発機能の正しい理解をできるだけ解り易いよう噛み砕いた補足説明です。
        
"安全神話"という言葉を聞きます。福島第一原発で危機に及ぶ事故が発生したので、多くの人は原子力発電は安全ではないと考えているようです。しかし安全性に問題があるとの説は現在は当てはまらないと思えます。
   
昔は神頼みの面があったかも知れません。その後は技術が日進月歩で進み、今はほぼ満足すべき自動安全化が達成されています。
福島第二原発の方は、重大な危機など起らず今も稼働しています。ほかの地震・津波災害を受けた原発の何箇所かも、大きな障害は無く運転中です。
   
原子炉には改良すべき機能は幾つもある筈です。しかし加熱炉の方式など機能の根幹を変更しない限り、使い慣れた装置で小さな改良をし乍ら使い続ける分には ほぼ安定した自動的な安全運転を続けることが可能です。方式の改造などの大きな変更をすると、必ずと言っていいほど初期故障が起きたりその後も偶発故障に悩まされたりで、却って不安定な状態も発生しがちな傾向が起きます。その意味では、在来から使ってきた装置は成熟した原子炉発電方式と言えそうです。
   
現代の自動化した機械装置類では、異常が生じたら動作を即時に止めるフールプルーフ(誤作用の阻止)の自動方式と共に、止めてしまうとかえって危険になる場合もあることから、機械を止めずに安全な方向への作用を自動的に動作させるフェールセーフ(障害の救済)の方式を適材適所に両用しています。
   
更に、鉄道・交通管制や原子力発電のような社会的な影響が大きい重要な装置では、自動装置自体に故障などの障害がないか全体の動きに異変はないかを人が監視し制御できる方式も併用しています。言うなれば機械装置の悲観的な予想にも対応している手段とも言えます。
   
そしてまた、監視制御する人間の疲労軽減や表示誤認防止・誤操作阻止を図るために、人間工学やMMI(マン マシン インターフェース:人と機械装置との交流方式)といった手法も採用しています。そのほか、重要なスィッチ類は、ワンタッチで動いてしまう危険を避けるため、2挙動方式という手法も使います。2挙動とは、蓋を開いてから押し釦を押すとか、ロック解除釦を押し乍らスィッチを入れるといった方式です。
   
かつての機械装置類は、人よりも機械を大事にして守ることが主眼で、機器の性能維持や装置の安全向上を最大目標とする傾向がありました。一方、装置の保護よりも操作する人間の方を重視し、機械よりも人間の高度な安全化や作業単純化・疲れの軽減・操作のし易さ、目が疲れず表示が紛らわしくなくはっきり読取れる視認性、うっかり誤操作防止の配慮などの人間重視の思想は、欧州が先進的だったと聞いています。
   
スリーマイルの1973年原発危機は、人間工学を考慮していない装置だったため、操作員の誤認や操作する手に持った工具が他のスィッチに触れて不本意な動作が生じた失態が重なり合って重大危機を誘発したとも聞きます。
   
人間工学というのは、人の行動心理学や錯覚などの心理面も含めた総体的な対策で、MMIは人間工学の一部分です。 人間工学のことをなぜか電中研(電力中央研究所=各電力会社共同の研究機関)では "ヒューマンファクター" と呼んでいて、更に広い範囲の人間研究を進めているようです。
   
1982年に原子力発電装置のメーカー各社と監視表示盤メーカー各社が合同して中欧・北欧の諸国の制御監視装備の実態を現地調査したとき、ノルウェーのOECDハルデン研究所(14カ国参加の原発ハード・ソフト面の国際共同研究機関)には、日本の電力系技術員(電中研・原電・動燃)数人が既に1967年から参加していました。電力会社は、装置メーカよりも早くから原発の性能向上や安全化に努力していたわけです。
   
   
福島第一の事故は、発電設備は運転の安全化を施す装置なのに使い方が悪かったので大事故になったと読んでいます。その使い方の不良には三つの問題点が浮かんできます。 以下は津波の自然災害に対する電発所の機能面を中心に述べます。
   
◆一番目の問題点は、事業策定の手法です。

津波への対策方針をいつの時点で決定したのか不明ですが、福島第一の最初の1号機設計1966年から着工1967年までの間と推測します。津波の推測高さを5.7mとしたとの説と、最終的には6.5m と決定したとの説もあります。そしてこの高さが以降の設備側の設計めやすになったようです。
   
当時は参照すべき諸データが乏しく、対処の設定基準値としては妥当だったと思われます。手落ちが無かったのはこの点だけで、これ以降の策定や手法は問題だらけだった印象があります。問題点の提言やその改善提案を推奨・育成するような制度も無いらしく、問題点解消案などを表彰とは逆に封じ込め罰する社内空気が伺われます。
   
推測5.7/6.5mの津波高さに対して、経営者は発電設備の対処はこの程度まで耐えればよいと裁定し、それ以上の安全対策を口にする者は会社決定に逆らう者として処罰された気配があり、以降の設定値として定着されてしまったようです。言うならばその設定は独断的な楽観論の推測・対応でした。それを超える大津波襲来の可能性があることは事実です。しかしその可能性が現実化した場合にどう対処するかの悲観的な推測と対策の検討が欠けていました。
     
ユカタン半島だってと思いますが、隕石落下で起きた津波高さが推測数百mから1,000m だったとの話も聞きます。これは作り話ではなく、地球物理学系か地球環境系の地質・地震関係などの専門家に尋ねれば判ることです。
自然界には予想を遥かに超える現象も起き得るので、推測の一方的な独断は禁物です。
     
一般論としての近代の事業策定は、今後の進路の [悲観的推測]・[楽観的推測]・[その中間の推測] の場合の対策を考えるのが基本とされています。事業計画を往々にして成功を夢見る楽観的な予測だけで進めがちですが、それは個人企業など近代の経営手法とは縁遠い人が行う経営です。
   
プロの経営は、一般論としては他業種進出・市場撤退なども含めて少なくとも [悲観的な観測] だけは考えておくのが事業進展の正道と聞きます。
原発の地震対策の場合、振動・衝撃力の備えはあっても、津波・潮流の最悪条件に対する検討や防護の構えが不備だったようです。
潮流による障害が原子炉の冷却不能を起こし、炉の過熱が放射能危機の発端となったのは、誰が見ても明らかです。
   
   
◆使い方不良の問題点二番目は、情勢変化への対応欠落と社内の風通しが膠着しているように見える点です。

2007年に [新耐震指針] に基づく原子炉方式(沸騰水型・加圧水型など)別の損傷予測が、"原子力安全基準機構" から報告されました。年ごとに詳細になり、2009年度の報告書では津波高さ3-23mごとに、炉心損傷などの詳細な解析が加わりました(毎日新聞2011-5.15日)。
   
"原子力安全基盤機構" 2009年度報告書(障害の予測など)の要点

  o 防波堤が無ければ、津波高さ7m 以上で :-
  o 13m高さの防波堤では、津波高さ15m 以上で :-
 海水ポンプが損傷。   非常用ディーゼル発電機が機能喪失。
 全電源が喪失。     原子炉建屋内の機器が損傷。
 障害は、ほぼ 100% の確率で炉心損傷まで至る。
 (2010年12月公表)
   
福島第一では最初の津波予想値を改めず固執したままだったようですが、その理由は不明です。
上記の解析シナリオを当事者が知らなかった筈はなく、絶えず新しい情報に対応する努力をしなかったのか、社内に 刷新禁止・新対策凍結の雰囲気があったのではないかと想像されます。
          
   
◆使い方不良の三番目は、予想を超える障害が発生した場合の実行方針・手順・予行演習が不備だったと思われる点です。

企業の内情(内規類、慣行、会社気風など)が不明のため、障害解消のための一般的な傾向だけを述べてみます。
   
異常が生じた場合の処置基準 (実行が必要かの判断、何をどうするかの手順、手順不能のときの代行方法など) が整っていないと障害発生時の即時解消が困難になるのは当然のことです。装置の問題ではなく、取り扱う人間の方の問題と思われます。
    
また、基準があっても消防訓練のように実際に対処演習をしておかないと、現実に異常が発生したときに順調にできなかったり、その都度上司決裁のため時間的に間に合わない傾向が生じがちになります。
発電所の設置後に一度でも実行演習をしておけば、危機対応の技術操作の不手際が未然に解消できますので、今回のように世界中にも電発近隣にも迷惑をかけ、事態収拾の多大な労力と膨大な損顔賠償も生じなかった可能性を強く感じます。
   
非常電源の接続ケーブル不備、ベント作業の障害や応急処置、海水冷却の手順、海水の塩分などによる影響(海水の層=厚さや比重のもとで真水に比べた放射線減速の差異、含有金属系物質類の放射化有無、塩分による機材の電解・腐食効果、等)の認識など、現場が一番よく知っていることを技術を知らない役員と協議したり決裁を仰いで時間を空費したり、今後の改善の教訓となる障害発生が幾つもあったと思います。
             
          
"東電を送電・発電に二分" の案が出ています。財務上の見地からの試案と思われますが、技術・機能面から見ても [発電]と[送・配電]の業務を切り離し、 [送電] 業務だけに限定する方向なら、賛成したくなります。
今の経営体質で、東電に [原子力発電] を任せておくのは、電発近辺の多面他種にわたる被害者の立場から見ても不安があるからです。
   
[配電]の緻密と思える業務も、"計画停電" の不手際を見ると今の経営体質では東電には無理なのではないか、任せておいて大丈夫なのか不安になります。今の東電は[送電] 業務だけに特化するのが無難ではないでしょうか。
一般には送電と配電の区別がつかないと思いますが、技術的な業務は異なっていて、どの電力会社でも[送電]と[配電]は今も別部署になっている筈です。
     
[送電] は概してスケールが大きく、山・谷を越えて送る超高圧の技術が本筋です。送電線へエコー波を送って回線状況を調べたり、他の電力会社間の電力供給・受電の潮流の融通計測などの精密な作業もありますが、障害現場へはヘリで飛ぶなど概して大枠な業務のようです。
[配電] は都市の近くの変電所まで送られて来た電力を、需要家の建家内まで運ぶ範囲です。市街地の地中配電・地上変電などの配電網や障害時の迂回路配電の技術など緻密な業務と、多岐にわたるサービス運営などのきめ細かな業務と思えます。   
   
[発電] は優れた技術者が多数いても、現在のような経営体質のもとでは原発危機がまた発生するのではないか、不安があります。
もし、原発部門の技術者・企画者たちが集団移籍し、開かれた経営陣の組織のもとで活動できるなら、今よりも安全・安心の発電所が出現するのではないかと期待したい願望があります。
        
問題点の前に、原発がほぼ安全と考えている機能面の説明をしておきます。
関心がない方は以下の小部分を読まずに飛ばして頂いて構いません。
       

今回の原発危機は、防潮対策をわざと怠った経営者側の失態と思われ、事業方針などの決定権が無い社員側に落度があったとは考えにくいようです。
原発の安全化装備には重大な落度が無く、人為的なミスが重なったことが原因と見られています。
   
原発が危ない手段だと一言で決め付けて原発廃止の極論を叫ぶ前に、必要な電力量を獲得できる、代りの具体策をWebか書誌類でどしどし提言することが望ましい方向と思います。ただし、誰もが納得できる方式で、裏付けがあり実現できる方向でなければだめです。

原発反対を唱えるなら代りの発電方法の具体案を示すべきで、大いに期待したいと思います。
代案が無く反対だけするのは社会の活動を妨害するだけの反逆行為であり、テロやゲリラと同じ立場になってしまいます。
      
    
原発の経済面と今後の方向  

今回の原発危機は、自社の道具(設備)を使って社会的な損害と海外諸国への悪影響を引き起こしましたが、当の電力会社には、人畜の生命短縮にまで被害を及ぼした重大な罪の意識が薄いように見えます。
損害賠償は何十年かかっても百年以上になっても弁済してもらう必要があると考えています。刑罰に処され牢屋に入るとしても、弁償を払い終ってからに願いたいものです。
          
弁償のためには、会社が潰れてしまうことなく、細々でも運営して分割払を続け、全額を返済して貰う必要があります。そのために政府が融資するのは、賠償金を一時立て替え払いするだけで、融資する原資の "税" を提供してしまうわけではない筈です。
  
「債務超過」とかいう専門語が飛び交っています。庶民にとって詳しいことは不可解ですが、負債(借金つまり賠償金)が会社財産よりも多い場合は返済しきれないので特別扱いになるらしく、賠償金を払わずに済ませる措置のようですが、とんでもない制度です。
   
経済の理屈は抜きにして、とにかく迷惑を受けた損害は大きい小さいに拘わらず一切すべてを償って貰わないと困ります。目に見えない放射能によって、今後の子・孫の代まで及ぶ有形・無形の迷惑と損失が生じているのですから、償う方も経営の代が変っても弁償を続け完済して貰う制度であるべきでしょう。
   
また、電力会社の過失全容が確定したなら、損害賠償を電力料金に上乗せして被害者に分担させるような料金請求は許されません。被害者へ支払う弁償金を、その被害者から取り立てるという暴挙になってしまうからです。
加害者が身を削ってでも支払わなければならない賠償金を分割し、当の被害者から[電気料金]の一部分の形で取り立てようとする気配があります。払う代金が例え培養額の一部分であっても、道に外れた了見です。
  
地震・津波対策の不備への忠告や提言を無視し、自分の設備・道具を使って社会へ重大な障害を負わせた不始末の弁償代を、電気料金と称して支払先の被害者から取立て、危険を忠告してくれた功ある人から取り、罪も無い第三者からも取る、そんな奇異な弁償方法が行われる筈はないのですが不安です。

不当な料金を防ぐには、一般の需要家も電力料金額を監視し続け、適正な料金を維持していくよう是正努力も必要になります。
      
手短かに言うなら、適正な電気料金は、従来と同じ程度でいい筈です。それ以上の料金となったら支払い拒絶する場合は、料金の自動振込を解除してその都度払いに変更する方法もあります。面倒なように思えますが、理由を添えて払込み方法を変更するか、不払い時の推定適正料金を供託積み立てにする方法を、一回だけ手続きしておけば継続する筈ですので、あまり難かしいことではないと思います。
   ( 料金支払の「 供託方法 」は、料金を支払先(電力会社)へ直接払わず第三者機関へ預け入れる 公的制度 です。電気料金の場合、需要家としては料金を提出しているので「料金未払いによる配電停止」は無く情報など諸サービスも通常どおり受けられる筈です )
    

電力会社失態の償いに、防潮欠陥を裁定した1970年代から役員の報酬も返上すべきとの意見もあります。反面、東電はよくやったきた、今後の返済努力だけでいい筈だとの意見もあります。そして、事業の損益と社会的な犯罪行為の償いとは別問題として考えるべきとの意見もあり、これは妥当と思われます。
    
一方、採決権がある株式の株主も責任を負うべきとの考えがあります。会社の経営に限定範囲乍らも参画していたと考えれば当然でしょう。利益配分を受けてきたなら、損失も分担すべきとの考え方です。
反面、裁決権が無い株・社債類のほか単なる融資は、半ば損得・半ば善意による出資の筈であり、庶民の感覚から見ると経営に不参加であれば賠償責務を負うのは不当ではないかと感じています。
  
         
発電所の周囲だけに防潮堤を巡らせ設備対策も施すとした場合の経費は凡そ何十億円か程度と見込まれます。一方、現実に起きた放射能拡散に基づく損害・損失などの弁償総額は何百兆円にもなるのではないでしょうか。
電力会社の経営者が防潮設備の構え方を決めたとき、今の結果が分かっていたなら、或いは予測ができたなら、それなりの対応策を講じていた筈です。
  
福島第二は対策強化し非常発電機の設置場所や冷水ポンプの配備も改善されて福島第一のような重大事故は起きませんでした。
福島第一の方は、原子力安全基準機構から大津波による障害予測が年々次第に詳細に報告され、電源・ポンプ・炉心の具体的な重大事故が警告されたにも拘わらず、準備期間は十分あっても何も対策強化しなかった理由は謎のままです。
         
電発が負う弁償は、放射能避難の移動時に起きた住民・家畜類の死亡や経済的損害、機会損失、精神的痛手の慰謝料、物質的慰謝料(従前と全く同じ事物・状態を再出現するための難易手数など)、そして海外諸国へ及ぼした風潮被害とその影響による国家的な損失、そして発電所側の被害・負担などの補償換算額と実質的な金銭弁償額の総計です。
          
社会を支える大電力発電の今後については、原子力によらない他の方法があるなら、安全・安定して永続使用ができ(と言っても数十年以上)採算がとれて立地面や資本面でも建造可能なら、その実用化は誰しもが望む方向です。
しかし実用化には中期的な実験使用や運用上の改良が必要になる筈で、今すぐ実行できることにはなりません。
   
大電力発電によって社会を支えるには、当面は不本意ながら原子力のエネルギーを使った発電方式によらなければ、ほかに手段が見当らない状況です。
原発にすべきとは言いたくありませんが、電力は社会を支える一端ながら欠かせない原動力でもあり、明るい将来を期待するには必要な電力を原子力に頼らざるをえないのが現実です。 そういった感覚が社会常識というものでしょう。
       
ところで、東電(:東京電力)には計画停電の指令で被災地を停電にしてしまう社員がいたり、私用なのに自衛隊機の出動を要請する経営者が居たりで、上から下までが常識に乏しい体質があるようです。今の時期に会社批判をするような不心得のつもりはなく、今後の改善を期待するため東電の振る舞いに是正を望みたい点を述べたいだけの意図です。
   
御存知のとおり福島原発は技術的に万全の構えだと思っていたところが、防潮対策だけが不備だったために大事故を誘発してしまいました。
県民だけでなく世界中へ迷惑をかけ、海外諸国の救援を仰ぐ結果も招きました。
       
今後は、技術面の不慣れや放射能避難で住民への思いやりが見当違いの措置にも見えるのに居住者の心情・立場に無頓着な政府と、非常時への対応が愚かに見える東電に更なる手抜かりが生じないか、福島近辺だけでなく日本全国の国民で電力会社を見張っていく必要がありそうです。
   
原子力のエネルギーによる発電は今後も続行せざるを得ない状況ですので、原発再開や増設のためには、被害者となり得る立場の国民も最大限の監視をしていくことが今後の課題と思います。
      

福島事故の解明報告は世界の原発計画の参照材  

以上のうち推測や仮定した内容はほぼ正しい筈ですが、目下のように詳細が不明の段階では推察としか言えません。 当記事の転載や伝達は構いませんが、尾ひれをつけたような情報が口伝えなどで広まる行為は歓迎できません。
証明付きの正しい事実は、いずれ原因とその結果がすっかり判明するでしょう。 全体像は NHK"クローズアップ現代" などで公表される日を待ちたいと思います。
  
目下のところ世界の各地で原発設置の再検討、原発反対運動が起きています。 日本の福島原発事故への不安が発端と思われ、原因の解明が待たれます。
福島原発事故は「津波の潮流対策が施してあったなら安全だった」と判明すれば、各国の不安も解消し今後の諸国の政策への参考になりそうです。
国際的にも影響を及ぼした重い問題として考えておきたいと思います。
   
   
末筆になりましたが、今回の東日本大震災へ
謹んで 津波災害、地震災害、放射能難儀の
お見舞いを申し上げます
______________________________

(参考) 自然力エネルギーの分類呼称
    (掲示'11-5/17 修正'11-9/12) ver.b3n

Web上の参考分類資料 ( 記事1 記事2 記事3 )を凝縮・改修して次に示します。
   
       o 自然エネルギー [太陽光,風力,太陽熱,地熱,潮流,波動,温度差など]
       (環境エネルギー) ("落差"力は 水力発電や貯水放流力など限定的)

自然力
   o 培養エネルギー [発酵熱,発酵ガス,培養処理物燃料]
エネルギー
  (微生物エネルギー /発酵エネルギー )
   
       o 放射線エネルギー [核分裂, 核融合 ]
       (原子力エネルギー /核エネルギー )

◆注1.[ 核融合 ]は5か国共同で2030年ごろ発電実験を目標に進行中で、夢物語ではなくなりました。
 電荷が逆の "反物質" は、生成を成功ずみですがその融合熱の実用化は遠い将来になりそうです。
 なお、メタンハイドレート燃料や電磁波送受式電力など実用化以前のエネルギーは省略します。
   
◆注2.[自然エネルギー] を [再生可能エネルギー] と呼ぶのは現象誤認ですので、要注意です。
     
 自然環境の発電では、使った光・風・熱を再び使う [再生] 行為はあり得ず嘘の表現となります。
 原子力発電では、増殖炉などで使うウラン235の放射能が [再生可能エネルギー] に相当します。
 俗称の[再生可能エネルギー]を法律名にする場合は、偽称に当らない厳密さが必要になる筈です。
 いずれは施政系の専門家により正当語に改称されると思います。

   
実存せず嘘に類する事象は、社交辞令では必要悪ですが理系の分野では一般者が考えている以上の深刻な悪業に当ります。
東北-石器捏造(埋設)事件のように歴史を塗り替えるほどの大事変になる場合もあります。偽の理論に騙されていたり思い違いなどで結果的に嘘になる場合は除き、真実を知り乍ら "わざとつく嘘" は、社会活動上の死刑に相当する罪悪です。嘘によって科学が停滞や混乱したり、人類・社会の進歩展開を阻害することになるからです。
   
公表された内容が真実ではないと知っていながら黙っているのも、嘘をついた行為にほぼ同じ罪だと思います。その結果が社会の障害となる点では嘘の公表と同じ罪悪になるからです。
[再生]の誤称を使い始めたのは、科学を深く理解しない官吏か専門外の有力者が、気軽に話した程度だったのでしょうか。
   
ここで、自然エネルギーから電気を取出す場合の例を示します。
(光発電):光発電素子に刻々と新鮮な光が到来し、発電素子の端子に生じる電圧を取出す発電。
  発電素子は、光(粒子の波動)の刺激により電子が飛出しやすい材料で作られています。
  光は、刺激を与えたあと減衰・消滅します。光が電気に変身することはありません。
  発電素子は多数を一体に一束ね、集合した電極を設けておき、この電極から発電電力が取出せる仕組みです。
  発電素子から飛出た電子は電極を経由し、接続した電線導体の中を玉突き状態に次々と移動し、これが電気の流れとして利用できるわけです。
   
光発電素子の変換力寿命は20-30年間と言われ、発電装置全体の保証は10年間前後とされているようです。
発電素子から取出す電気は+と-が出てくる直流ですから、利用するにも配電線へ送り出すにも、交流に変える[変換装置]を使います。
   
光発電は、光エネから電子の動きへの変換です。
この場合に[再生]と言うと光から再び光を生み出すと言う意味になってしまいます。不可能ではありませんが幾つもの工程が必要の筈で、採算がとれず例え研究でも行わないと思います。
光から電子(移動)への変換を[再生][再生可能]と呼ぶのは無理があります。
   
(風力発電):風車に到来する新鮮な風の力で発電機を回す発電
  発電機は、電線が磁力線を横切ると、電線中の電子が一斉に移動する性質を利用した発電です。
  風は時々刻々と激変しますので、発電機で発生する電子の勢力も大変動します。
  通常は、変動する電子の勢力を最初に[調整器]で整え、蓄電池へ溜めておきます。
  電気を使う際は、電池から[変換器]を経由し、交流の形にして使うのが一般的です。
   
  光発電の場合と同様、使った風をもう一度利用するなら再生ですが実用できません。風の力から電子移動への[変換]です。
   
(地熱発電):地下の熱湯か温湯を、湯のままか蒸発性の物質を使い、その蒸気圧でタービン類を回し発電機を回す発電。
  湯を循環利用することはあっても廃湯の再利用に過ぎず、湯を作り出す再生はあり得ません。風力の場合と同様で熱から電気への変換です。
   
(潮力発電):潮流が激しい海中で羽根車を回し発電する方式で、風車発電と同様な原理・現象です。
   
(波動発電):一般的には、浮き具で波の上下動を取出し、回転力へ機械的に変換して発電機を回す発電です。発電の原理・現象は風車と同様です。
   

[再生可能エネ] の呼び名が一般化し、多くの人がその誤り名称を使っている状況です。
光・風・地熱などの自然エネルギーから電気エネルギーを取出すのは、エネルギーの[変換]と呼ぶのが正しい表現の筈です。
日本語の[再生]は、直前の物質や姿に加工・補修を施すなど "前の資源を再び生かして使う行為" という意味です。

自然力を実用発電するには新鮮な自然現象に限られ、使い古しの再生に該当する現象がないので[再生可能]は誤り名となってしまいます。[新規生成エネ]とか[連続エネ]、[湧出エネ]或いは[個別発電力]と言った嘘にならない名称にすべきではないでしょうか。
なぜ従来から誤り名のまま使われているのか判断に苦しみますが、無理にも二つの原因を推察してみました。
   
一つは、電気エネルギーを取出す仕組みがよく理解されず、新鮮な自然力を連続使用する状態を、再生する現象だと誤解されてしまったと思える点です。
二番目は、外国資料などの"renewable" を「再生」と誤解して日本語化したのが始まりではないかという想像です。
自然エネルギーの利用を renewable・新規生成と考えるのは問題ないのですが、再生と呼ぶと実際には存在しない現象を指すことになります。
   
諸外国で自然エネルギーを表現するとき、使い終わった自然エネルギーをもう一度呼出して使う意味の「再生エネルギー」と呼んでいるとは思えません。しかし、万が一「再生 - 」の自国語を使っているとしたら、「それは間違っている」と教えてあげるのが真の好意と思います。それは相手国の為にもなり、日本にとっても対処類の障害を防ぎ有益になることです。
   
[再生可能エネルギー]の意味については、他国から質問が出て「再生というのは何が再生されることなのか?」「可能とはどういうことが可能なのか?」尋ねられるかもしれません。国内の年少者から同じ質問をされる可能性もあります。そのとき簡潔・正確にどう説明するのか、予め考えておく必要がありそうです。
   
この記事の説明は、理科系関係者の説明などを基にして述べています。
なお、説明話法が前版と少し変りましたが 以前の原文は [下書き]版 ブログの方に記載されています。
   
     
降り注ぐ光は、[発電素子]の中でもそれ以外の場所でも処々方々へ当って反射を繰返し、物質に吸収されて熱エネルギーに変化したり減衰したりして消滅していきます。光も、光のエネルギーも消えて無くなってしまいますから、光を再生利用できる状態は生じません。
   
光を使って発電し光が無くなった筈なのにまた使えるので、光が再度わき出てくるように感じて[再生]と名付けたのかとも想像します。 しかし、光はさんさんと後から後からと降り注いできますので、連続して使う光は実は次から次へとやってくる常に新鮮な光です。使った光を再度使う[再生]の作用は存在せず、発電した電気を再度使う[再生]の行為も行いません。
ここまでは、物理的な現象の真相です。
   
ここのところが誤解の元になるらしく、光が電気に変身するから[再生]だ、と思われているのではないでしょうか。
   
風力発電の場合は、風の風圧で発電機を回し、風が無ければ休む動作の繰り返しなので、使い終わった風を集めてもう一度使う再生とか、風が枯渇する現象には関係がない発電方法です。再生可能エネルギーと呼ぶには該当しないと思います。
   
地熱発電や潮力発電などでも、新鮮な自然エネルギーはほぼ連続してこんこんと湧き出てくる状態であり、使い終った熱や潮をもう一度使うことはなく、使った地熱が再発熱したり潮流が再加速する現象も存在しないので、[再生エネルギー]といった呼び方は的外れではないでしょうか。
また、エネルギー源が枯渇しないのは確かですが、それを[再生可能]と呼ぶのは日本語の意味違いです。
   
枯渇しないことを表したければ[無尽]とか[不渇]と言えばよく、地球生存の範囲内のことなので "永遠に無尽蔵" と考えても問題ない筈です。しかし枯渇しない無尽蔵状態を[再生]や[再生可能]と呼べば嘘になります。
   
   
[発電素子]([触媒]で光波動粒子を電子に変換する物質変換は将来課題)による光発電も、発電機を回す風力や潮力発電も、常に新しい光・風・地熱などの自然エネルギーでなければ発電効果が得られません。使い古した自然エネルギーでは役に立たないし、そのようなエネルギー再生品というものは存在しません。
   
光や風・地熱などがもう一度湧き出てくる[再生]のイメージは認識の間違いです。実際には、使った後に再度湧いてくるのを使う再生という現象は存在せず、新たに次々と到来する新鮮な光や風・地熱を使います。したがって、「再生」とか「再生可能」という名称は架空の呼び名に過ぎない筈です。
   
もし、連続して湧き出る新鮮なエネルギーを[再生可能エネルギー]と呼ばなければならないとしたら、光や風・地熱のほかにも多くの場合が再生可能エネルギーと言うことになりそうです。 放射線による熱が絶えず湧き出る原子炉材は確実に再生可能エネルギーの部類に入ると思われます。
火力発電炉の[熱エネ]も、そしてガスタービンエンジンの[気化ガス流圧エネ]も、エネルギーの連続供給が人工作用か自然現象かの違いはあっても、[再生可能エネ]のグループに相当することになってしまうでしょう。
   
[再生可能エネ]にぴったり該当するのは、誰もが知っている使用済み核燃料のほか、増殖炉などで炉材にするウランです。
炉内でウラン235が中性子を吸収してウラン238に再生され、そのウランが更に中性子を吸収して自動的にプルトニウム239が再生されます。この場合、最初のウラン235が持つ放射能のエネルギーが再生可能エネルギーに相当しています。
   
使用済み核燃料では、その再利用可能な熱能力が[再生可能エネ]で、再処理して取出す核燃料が[再生エネ]になり得るのは、御承知のとおりです。
事故でメルトダウンした核燃料も、取出す際に掻き寄せると臨界状態にならないか心配ですが、それもやはり[再生可能エネ]の部類に入りそうです。

自然エネを再生可能エネと呼ぶと、将来にわたりウランなどの放射性燃料との混同が起きる場合が多発しそうです。
何れにしても [自然エネ]又は[変換可能エネ]を[再生可能エネ]と呼ぶのは無理があり、また場合によっては取り違え解釈などによる障害発生も予想されます。
   
   
[再生] するのは電気エネルギーなのか自然エネルギーの方なのか、発言している本人は説明できるのでしょううか。 訳も解らず知ろうともせずに誤用している新聞社もありますが、海外に対し恥ずかしい思いもします。
表明するときには正しい意味を判断し、承知した上で他人にも伝える態度が大切ではないでしょうか。
  
見聞きした[再生可能エネ]がどのような事象になるのかを正しく理解し、自分独自の判断を持っておく必要がある筈です。
また、類似の曖昧・虚偽な事象に対する自分の考えを持ち、その根底の信念も備えているためには、平素から次のような心掛けが望まれます。
   
日本人の悪い習性で自分で考えず自分の意見を持たない癖があるなら、そういった習慣を直しておく必要があります。それが自分の為になることであり、社会や自国にとっても有益な方向になると思います。
   
指導者の立場では意識して欲しいのですが、[再生]の言葉に対して電気エネルギーへの[変換]の意味を持たせてしまうといった語彙の逸脱・改変を、ほかの語へも次々と実現させる日本語冒涜(ぼうとく)のような行為は、みだりに行ってはならないことだと思います。
   
自然エネから電気エネを取出す場合の[変換]を "再生可能" と言うことばに変えてしまったり、[再生可能]とは枯渇しない意味だとの解釈を紹介したり、そう言った変則的な解釈で伝統ある日本語を破壊するような行為を次々と行わないように望みます。
   
間違いや不明瞭なことはそのままにせず、調べ確認して正しい事実を示すのが報道機関の任務の一つの筈です。正すどころか誤りの上塗りをするような行為は慎むべきでしょう。
小さな発信元が大新聞を評するのは申しわけないのですが、これは報道機関の規模が大きい方が正しいとか、規模が小さいから記事内容の信頼性が低いといった問題ではなく、記事そのものが価値ある内容か正しいかどうかの問題だと考えています。
   
   
「再生エネルギー特別措置法案」はその後「再生可能エネルギー固定価格買取制度」として8月26日に制定されましたが、再生の名称を付けたまま制定されると、自然エネルギーの「再生」を行うような嘘の表現になってしまいます。日本は世界諸国から笑い者にされてしまうのではないか気がかりです。
「再生」以外の名称として「連続生成エネルギー買取- -」とか「新成エネルギー買取- -]、「事業用発電力買取- -]と言った嘘にならない表現に早く直すべきではないでしょうか。
   
このような、呼び名が適正か誤りがあるかは、本来なら初期段階で国語系や科学系の学者が誤りを指摘し明確にしておくべき問題だったと思います。国語学者であっても「使った自然エネルギーがまた湧き出る」という意味の [再生] が、現実に起り得るかどうかぐらいは理解できる筈です。

また一般論として、ネット上であっても有益で効果的な提言や見解があったなら、見落されずに拾い出し検討される状況になるよう望みたいと思います。

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